ブライアン様の訪問3
「この聞き取り結果は、団長に報告して、判断をゆだねます。その後どうなるかは、決まり次第ご連絡します」
そう言い置いて、ブライアン様が帰られた後、家族は全員、無言でしばらく座っていた。
「少し、休んで考えたいわ」
母はそう言い、黙ったままの妹を連れて、一緒に部屋を出て行った。
兄は、父と話してから部屋に戻る、と私たちに言い、父と二人ガパガパとブランデーを飲み始めた。
ロイドが、「もう一本、ブランデーをお持ちいたします」と言って部屋を出たとき、私も一緒に退室した。
「ねえ、ロイド。皆は私の話を信じてくれたと思う?」
「信じましたとも。私もです」
そう言って、すごく真面目な表情で、
「お嬢様、良く決断されました。本当に良かった」と言ってくれた。
「ロイド、ありがとう」
それからロイドは、急に少し茶目っ気のある目つきで私を見た。
「ジェイソン様に関しては、執事人生最大の汚点です。お許しください。やはり直接お会いして判断しなければいけないと、肝に銘じました。でも、ブライアン様なら間違いありません。お嬢様、私はあの方になら太鼓判を押せます」
急にブライアン様について力説されて、戸惑う。
「ええ、本当に頼りになる立派な方ね。お兄様と同じ二十歳だそうよ。それにしては、お兄様より年上に見えるわ。早くに近衛の副団長の地位に就いたので、貫禄が付いたのかしら」
「それは、いつお聞きになったのですか?」
「先ほど、庭でお茶を頂いている時に、色々と話してくださったの」
ロイドが私の顔をまじまじと見ている。
「その時、近くにベルも控えておりましたね?」
「ええ、そうよ」
ロイドは少し考えてから、
「伯爵様がたにブランデーをお届けしてから、少しお部屋に伺ってもよろしいでしょうか。ベルに確認したい事がございます」
「ええ、いいわよ。もう予定もないし」
ロイドは足早に厨房の方へ向かって歩き去った。
私は、少し不思議に思いながら部屋に戻った。
部屋ではベルが待っていて、すぐに近寄って来た。凄くにこにこして嬉しそうだ。
「お嬢様、話し合いはどうでした? うまく進みましたか?」
「ええ、ブライアン様が、ディール侯爵家の様子を話してくれたの。向こうは隠せないと観念して、私の殺害計画以外は全部認めたそうよ。でも、ベルを排除して、愛人を専属侍女にしようとしたことが、疑惑を裏付けているようなものよね」
「まあ、では、お嬢様にはお咎め無しですか?」
「どうでしょうね。母は、侯爵家有責って叫んでたわ。侯爵夫人は話し合いの途中で気絶したそうよ」
ベルは、「まあ、まあ、なんてことでしょう」と言いながら、嬉しそうだ。
嬉しそうなベルを見ていると、私まで楽しい気分になる。
「ベル、自分の事のように喜んでくれるのね。私も嬉しいわ」
「はい、お嬢様。ところでお嬢様があんなに積極的になられるのは、初めて拝見しました。後ろで聞いていて、ドキドキしました。ブライアン様もまんざらではなさそうでしたね。なんだか未来がパアーッと明るくなったような気分です」
「えーと、それは何の事かしら?」
「えっ、何って……」
ベルが言い掛け、ポカッと口を開けて、閉じた。
ドアをノックする音がしたので、「ロイドが、ベルに聞きたいことがあるって言っていたわ。入ってもらって」とベルに伝えた。
ベルはドアを開け、ロイドを招き入れた。
二人は顔を合わすなり、目で何かを語り合っている。二人の間では、通じ合っているような雰囲気だ。
そしてロイドが一歩前に出た。
「先ほど、庭でブライアン様と話されたことをざっくりと教えていただいてよろしいでしょうか」
何を改まって聞くかと思えば、雑談の内容についてだった。
「事件の事は、家族がいる場所で一緒に聞いてもらったほうがいいと仰ったわ。それで、ご自分の事や、家の事なんかを話してくださったのよ」
ベルがそれに追加してくれた。
「ええ、釣書きの内容的なお話でした」
「いやあね。自己紹介よ。初めてお会いしたのだから。それで、私も同じように自分の事をお伝えしたの。趣味や特技なんかや、そういう当たり障りのない話よ」
ベルが、おずおずと私の顔を覗き込んで聞く。
「あの、ジェイソン様といる時と違って、ブライアン様といると心地良いと、ブライアン様にお伝えになりましたよね」
ロイドが、おお、と声を上げた。
「ええ、そうよ。全然違ったわ。不思議ね」
ベルとロイドが顔を見合わせている。
「伯爵様の書斎に入って来られたお二人は、とても親し気なご様子でした。その後、ブライアン様はご自分の横にマリア様の席を用意されましたし、マリア様が震えると、腕に触って落ち着かせてくださっていました。マリア様もお礼の言葉を述べていらっしゃいました」
そう言って、二人一緒に、私をじっと見る。
「そうだったわね。何かしら。何かいけなかったの?」
二人は少し離れて、こそこそと話し合い始めたと思ったら、しばらくして、べルが私の前に立った。
「お嬢様、年頃の女性が、男性に向かって気のありそうなことを言っていいのは、その気にさせたい相手に対してだけです。宜しいですか。間違っても、好きでもなんでもない相手に、ああいうことを言ってはいけません」
「……わかったわ」
ちょっと首を傾げて、そう言った後、急に頬が熱くなった。
「私がブライアン様に誘いかけたってこと? ま、なんてことしてしまったの! どうしましょう」
慌てる私の腕を押さえて、ベルが言い聞かせるように話し掛ける。
「私とロイド様の見立てでは、大丈夫です。非常に良い方向に進んでいるはずです。ただ今後、他の方に接する時には意識してくださいね」
「今度ブライアン様にお会いしたときに、謝ったほうがいいかしら」
今度はロイドがグイッと前に出て来た。そして強めに言われた。
「絶対駄目です。今後は何も考えず、今日と同じようにブライアン様に接してください。いいですね」
この日もなんだか疲れて、夕食は部屋に運んでもらった。他の家族も自室で済ませたようだ。
髪の毛は、寝る前にベルに頼んで、ゆったりと編んでもらっている。
これでぐっすりと眠れる、と思ったのに、また夢を見ていた。
初夜を過ごし、疲れて眠っている私を置いて、ジェイソン様が隣室に向かう。そこにはメリーが待っていて、やって来たジェイソン様に、笑いながら抱きついた。
見たくなかったので、その場を離れると、場面は次の朝に変わった。私に優しく振る舞うジェイソン様、恥ずかしそうな私、にこにこと嬉し気な侯爵夫妻。
この頃は何も疑わず、何も知らないまま、幸せになれると思っていたのだ。
ジェイソン様に感じる違和感も、結婚して慣れれば、馴染んでいくものだと思っていた。
そんな愚かな私を、メリーが見ている。ジェイソン様とメリーの二人は、他の人たちの目を盗んで、私の背後で微笑みを交わしている。




