ブライアン様の訪問2
屋敷に戻ると、昨夜と同じ父の書斎に、家族が集まっていると従僕が告げた。
私はブライアン様にエスコートされて、部屋に入った。二人が一緒なのを見て、皆が非常に驚いている。
ブライアン様が挨拶し、先に私と話した理由を説明した。
「マリア嬢には、昨夜突然お邪魔し、話を伺った件について謝罪させていただきました。そして快くお許しいただきました」
それからロイドに勧められた椅子の隣の椅子に私を座らせた。全員が落ち着くのを待って、ブライアン様が今朝のディール侯爵家での事を話し始めた。
「今朝早くに、我が家の執事を送り、訪問の申し入れをしました。公務ではなく、私的な訪問であること、昨日の件で混乱が起こるのを抑えたいので、事情を聞きたいと伝えてあります。ディール侯爵家では快く私を迎えてくれました」
「あちらの様子はどうでしたか?」
「そうですね。最初は侯爵夫妻もジェイソンも戸惑っている、という雰囲気でした」
「はあ、そうでしょうなあ」
父が手を膝の上で組んで、背中を丸める。母がその腕を、扇子で軽く叩き、「しっかりなさって」と励ました。
「問題の侍女メリーですが、彼女はいませんでした。使用人によると、昨日の午前中までは屋敷にいたそうですが、今朝にはいなかったということです。それと、ジェイソンの乳母、キャリー・モード夫人が午後に突然屋敷を訪ねて来たそうです」
その話で、急に緊張感が部屋に満ちた。
父母も兄、妹も、ごくりとつばを飲んでブライアン様の言葉を待っている。
「ジェイソンに、侍女がどこの誰で、どういう伝手で雇ったのかを聞きましたが、知人の紹介だと言いました。知人の名は言えないそうです」
皆、顔を見合わせている。
これでは、愛人の件は、ほぼ確定だと思うしかない。
「私が黙って待ったら、しばらくして、侯爵が打ち明けてくれました。彼女はジェイソンが以前付き合っていた女性だったと。隠し立てしても何にもならないとジェイソンに言っていました」
父がそわそわし始めた。
「元愛人を、妻の侍女に付けようとしたわけですか。それはまた、なんて悪趣味な」
まあ、ベルと同じことを言っているわ、と私は呆れた。兄も、「趣味が悪すぎるし、ばれたら逃げようが無いな」と言っている。こちらはベルとロイドの合体版だ。男性の考え方って、こうなのかしら。
私が首を傾げていたら、母と妹が目を吊り上げた。
「悪趣味で済む問題ですか! 人を馬鹿にしていますわ。失礼にも程がある。今回の破談は侯爵家有責ですわね」
「そうよ。いくら何でもひどすぎる。やっぱりジェイソン様は、頭がおかしいんだわ」
そのノエルの言葉をブライアン様が捉え、聞き返した。
「頭がおかしいと思ったのは、どんな所ですか?」
「今朝、姉から聞かされた話なのですが、誉め言葉がまるで、別人の事を言っているようだそうです。それで、目か頭がおかしいと話していたんです」
妹は物おじせず、はっきりと話した。こういうところが凄く羨ましい。同じ姉妹なのに、どうしてこんなに違うのだろう。
「近衛は目が悪い人間は入れません。入隊後に視力が落ちたら、眼鏡を掛けさせられます。頭も同様ですね」
ブライアン様はそう言って、エリック兄さまを見る。
兄はびくっとして背筋を伸ばした。
「君が妹君をジェイソンに橋渡ししたそうだな。その時の経緯を聞かせてくれ」
兄は、おずおずと顔をブライアン様に向けたが、彼の厳しい目を見て急にシャキシャキと話し始めた。
「妹が十六歳になっても男性と話をするのが苦手で、相手を見つけるのに苦労しそうだと、何かの折にジェイソンに話しました。そうしたら後日、会ってみたいと言い出したので、家に連れて来たのです。相変わらず、妹はろくに挨拶もできずにもじもじしていましたが、なぜかジェイソンはそんな妹を気に入ったと言ってくれたのです。そして正式な申し込みがあり、1年前に婚約が結ばれました」
言い終わって、兄はふっと肩を落とした。
言った兄も、聞いている者たちにも、その流れが以前とは違って見えている。
大人しくてはっきりものも言えない若い娘、そういう娘を彼は探していたのだ。しかも家族から軽んじられ、お荷物扱いされている娘。そう、私だ。
思わず、ぞっとして身体が震えた。
その時、大きな手がそっと私の腕に触れた。
「もう、大丈夫です」
私は感謝を込めて、ブライアン様に向かって頷いて見せた。
「ジェイソンは、マリア嬢に恋をして結婚を申し込んだと言っていました。愛人は彼の子供を産んでいて、彼女を捨てることもできず、傍に置いたそうです。侯爵夫妻は、彼女との関係を清算して、今回の結婚に臨んだと思っていたようですね。げっそりした様子でした」
「よかった。侯爵夫妻にまで騙されていたのだったら、もっと深く傷ついていました。それが分かっただけでも救いになります」
私は心の底からそう言った。あの結婚当初の頃の歓迎すら嘘だったなら、人間不信になってしまいそうだ。
兄は私と目が合うと、すぐに視線を落とした。
しばらく無言になった辺りで、ロイドが父に小声で話し掛けた。
「お茶とブランデーでも、お持ちしましょうか」
「ああ、頼む。少し喉を潤したい気分だ」
ロイドが音も立てずに部屋を出て行った。
全員が、それぞれ物思いに沈んでいて、部屋は静かだった。
ロイドと侍女が、お茶とブランデー、チョコレートボンボンの皿を運び込み、それぞれの前にサーブする。私も少し、ブランデーをグラスに注いでもらった。
お酒は普段飲まないけど、この話し合いでは必要な気がした。
ブライアン様はお茶を一口飲んでから、先ほどの続きを話した。
「結局ジェイソンは、愛人と隠し子、それから愛人に変装をさせて、妻の侍女に据えようとしたことまでは認めました。乳母の子爵夫人には、ただ隠し子の養育を頼んだだけだそうです。そして最後のマリア嬢に危害を加える計画については、完全否定しました」
「ずうずうしい!」
一言で言ってのけたのは母だ。あんなに、この結婚は、あなたにとって神の恵みのようなものよ、と言っていたのに。いつも意見が極端で、コロッと変わりやすいのが、母の癖なのだ。
「そうよ、よくもこの状況で、しらばっくれる事が出来るわ。やっぱり目じゃなくて頭がおかしいんだわ」
妹のノエルは母似のようだ。
父と兄は、ブランデーをぐっと飲み込んでいる。
「教会でマリア嬢が言っていた通りで、もし犯罪が計画されていたとしても未遂で、証拠もありません。事実として挙げられるのは、今まで述べたことだけです」
そこで一度切ってから、「だが」と続けた。
「愛人を侍女として引き入れることが、百歩譲ってあったとして、妻の専属侍女にして身の回り全般の世話を任せ、実家から付き従って来た専属侍女を排除するのは、普通ではありません」
この話を初めて聞く母と兄と妹は、かなり衝撃を受けたようだ。
「この事も、侯爵夫妻は二人で決めたことだと聞かされていたようです。昨夜お伺いした通り、マリア嬢の専属侍女、ベルの部屋は用意されていませんでした。ここまでの話で、侯爵夫人が気を失いました。それで早めに辞去したのです」
今度は母も妹も声を上げなかった。




