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おまけ 第8話


 日本で起きている異常事態の解決法も判明し、カコリスを無事に日本に帰す方法も分かった。

 事態は随分と進展していると言えるだろう。


 聖女パーティの面々は現在も多忙極まりないが、お嬢様の頼みならば都合をつけると快い返事も貰えた。

 あとは聖なる間にパーティ全員で向かい、転移のために必要な魔力を用意する手はずさえ整えば、カコリスは無事に複製世界の日本へと帰還を果たせる状況だ。


 そのために必要なことが二つほどある。

 まず一つ目は聖女パーティが聖なる間に集まる理由を用意すること。

 もう一つは、そこに『外国からの旅行客』となる不審人物――カコリスを同行させることだ。


 聖女パーティのメンバーでもなければ、本来は王族ですらそう簡単には入れない場所だ。

 そこを使わせてもらうには、それ相応の理由が必要になる。

 女神への謁見申請には、通常の何倍も気を使わなければならないだろう。そもそも、『通常』の方法で使用することなど諦める必要すら出てきた。


 深夜に聖女パーティの面々を集合させ、誰にも見咎められることも怪しまれることもなく、〝世界をまたぐ〟などという大魔法を行使することが可能だろうか?

 答えは否だ。絶対に王族か、もしくは高位貴族の許可と手引が要る。


 そして、それは俺がロレリッタ公爵家次期当主としての立場を盤石のものにするまでは、極力使いたくない方法であった。

 まあ、このまま俺が己の立ち位置どうこうを気にして、カコリスが帰れなければ意味はない。

 

 バランスを見極めて上手く状況を運べれば――などと考えていたのだが。

 全てを誤魔化しつつ上手いことまとめられただろう旦那様への手紙を書き上げた、その夜。


 まさかのまさか、旦那様の方から我が邸宅を訪ねてくる事態となった。


 扉を蹴破る勢いでやってきた旦那様の第一声が、以下の通りである。


「カコリス。貴様、今度は一体何をやらかした」


 お嬢様が女神と話をするべく聖なる間に向かった翌日の夜。

 先触れも無く、一人で馬を走らせてきた旦那様の顔には、分かりやすい程に蓄積した疲労と強い疑念が浮かんでいた。


 眉間の皺は深く、眼光は容疑者を詰める尋問官の如しである。

 厳しく険しい表情で見下ろしてくる様は、気の弱い者が見れば震え出してしまうほどの威圧感だった。

 実際、案内にあたった使用人は早々に顔を青ざめさせ、壁の端でひたすらに自身の足の爪先を眺める石像と化している。


 何を、と言われると心当たりが多すぎてなんとも答えようが無い。

 もはや癖となった従者の笑みを顔面に貼り付けたまま旦那様を見上げた俺が口を開こうとした時点で、旦那様は低く這うような声で口早に絞り出した。


「五日前、王宮の魔導観測器が一斉に異常値を叩き出し、その半数が計器の故障を起こした。おかげで宮廷の研究室は対応に追われて今朝まで停止状態だった。全く、極秘で立ち回るのに随分と苦労させられた。

 異常が起きた当日、貴様はこれまで一度も立ち寄らなかった貧民街の首領の元へと向かったな? 関係が無いとは言わせんぞ」


 何の心当たりもありませんね、などとは口が裂けても言えない状況を聞かされてしまったため、俺の唇は一ミリも開くことなく、ただ笑みの形を保ったままに固まった。


 五日前とは、カコリスが世界を跨いだ(・・・)日である。

 どうやらこの世界にとって、転移とは余程の異常事態のようだ。それもそうか。世界を跨ぐなどという行為が、何も異変を齎さない筈がないものな。

 女神がカコリスの肉体へ俺の魂を入れたのも、転生でなければ世界に干渉がしづらく、異常を起こしてしまうためだったのかもしれない。


 魔王の再来を思わせるような状況でありながら即座に俺やお嬢様の元へと連絡が入らなかった時点で、王城での混乱は余程のものだったと見える。

 この五日間でようやく落ち着きを取り戻したところに、俺の不審な動きについて旦那様直属の部下から報告が入ったということだろう。


 何も言えぬままに固まった俺は、その後、とてつもない圧を放つ旦那様によって、全てを洗いざらい白状させられる羽目になった。

 説明のためにカコリスを呼ぶ必要があるかと思ったが、「貴様の突拍子のなさには慣れている」と一蹴され、そのまま全てを信じていただけたようだった。

 ちなみに、お嬢様は熟睡中である。トレヲワイス卿のもてなしや女神との謁見が立て続けにあったので、大層お疲れなのだろう。


 腕を組んだ旦那様は、俺を睥睨し、吐き捨てるように言葉を発した。


「それで? 報告をしなかった理由についての釈明はあるか」

「……黙って帰せないものかと思っておりました。他に弁明のしようもございません」


 旦那様の眼光は、普段の二倍ほどの圧をもって俺へと突き刺さった。

 床に座らせる文化がないので立たされてるだけで、きっと正座の文化があればそうさせられていたに違いない。そういう圧だった。


 弁明も釈明もないが、それでも、伝えたいことがないかといえば嘘になる。

 俺はできる限り真剣に見える顔を心がけつつ、本心から言葉を吐き出した。


「……彼には、陛下と同じく以前の世界に関する記憶が残っております。それはあまりに辛く、苦しい記憶です。今は遠く離れた世界で暮らしており、記憶に苦しめられるようなことはないとは思います。ただ……それでも、事故で此方に来た彼に、余計な心労はかけたくありませんでした」

「ふん、友人を慮り、出来うる限り接触をさせない内に解決しようと考えていた訳だな。この愚か者が、貴様はロレリッタ公爵家の当主となる身だぞ。

 私人としての情を優先し国への背信とも見なされかねぬ振る舞いをするなど許しがたい暴挙だ。今すぐ騎士団に叩き込み、貴様に忠誠の在り方を教え込んでやりたいくらいだ――が、そんな無駄事に時間を割いている暇はない」


 組んだ腕を、旦那様の指が苛立たしげに叩いている。

 周囲に目を配った旦那様は、控える使用人を下がらせると、扉に鍵をかけた。


「我が国の第二王子ファロス殿下と、ナナヴァラ王国第三王女の婚約が決まった。この婚約を持って、陛下はナナヴァラ国との水面下の争いに終止符を打ち、平和条約を結ぶ気でおられる」

「……なるほど」

「その婚約発表の祝賀パーティにて、貴様とリザには新開発の魔法構築の尽力者として、ルナ・ウィステンバックの付き添いをしてもらう」

「……は?」


 随分と話が飛んだ気がするが、気の所為だろうか。

 目を白黒させる俺に、旦那様は構うことなく、一切の気遣いなしに話を進める。


「あれだけの異常事態を、近隣諸国が把握しておらぬ筈がないだろう。我々は迅速に全てをなかった(・・・・)ことにしたが、実際に異常は起こり、今まさにこの屋敷にその異常の原因となった男までが存在している。

 我々はこれを『世界の異常』などという、大衆に信じさせるにはあまりに荒唐無稽な事実ではなく、納得と利益を同時に成り立たせる虚偽へと塗り替えなければならない」


 旦那様の語り口調には、時折小さく舌打ちすら混じっていた。


「今回の魔力計器異常は、我が国が魔王の再来にも備えて新たに開発した『光魔法』の実験によって起こった――とする」

「は。いえ、……っはい?」

「いいか、これは決定事項だ。ひと月後にナナヴァラと平和条約を結ぶまでに、我々は『新たな光魔法』を形だけでもでっち上げる」

「………………」

「黙れ」

「何も申し上げておりませんが」

「顔が言っている」


 まあ、そう見えるだろうな、とは思った。

 ナナヴァラだけではなくフェールメルズも、その他、魔法観測機器を持つ大国ならば、パージリディア国で起こった異常事態を把握しているだろう。

 だが、起こった事象の詳細までは突き止められる者は居ないはずだ。異世界転移などという荒唐無稽な事態を正しく予想できる人間が存在するのなら、それはもはや陛下以上に世界に深く関わっている者でしかありえない。


 だから、余計な憶測を立てられる前に、表に出せるだけの『理由』を作り上げることにしたというのが、国の決定なのだろう。

 旦那様は俺への糾弾と同時に、協力の要請(強制)をしにきた、という訳だ。


 陛下を含めた王宮での五日間を思うと、流石に胃が痛くなってくる。この状況で「いえ、無理です」とはとてもじゃないが言えなかった。


「しかし、いくらルナ様と言えど、一月でそのような魔法を、それらしくでも開発するのは到底不可能では……?」

「だろうな。だが、『ルナ・ウィステンバック』が『リーザローズ・ロレリッタ』を協力者として迎え入れた上ならば、決して有り得なくはない(・・・・・・・・)状況には見えるのだ」


 きっぱりと言い切った旦那様を前に、俺は素直に驚いてしまった。

 ルナ・ウィステンバックという存在は今や、公爵家の現当主に――いや、国の最高決定機関にそこまで言わせる程の実力者として認められている。これが驚かずにいられるだろうか。

 お嬢様を起こしておけばよかったかもしれない。そしたらきっと、我が事のように、もしくは我が事以上に喜んだに違いない。


「承知しました。この度の不手際の責は全て私にあります。全力を持って務めさせていただきます」

「貴様のことだ、普段通りにしていれば向こうが勝手に都合よく解釈するからな。大した気負いはいらんだろう」


 恐らく褒められてはいないお言葉を頂戴したような気がしたが、この状況で処罰を受けていないだけで奇跡のようなものなので、俺は綺麗に聞き流すことにしておいた。

 洗いざらい話すついでに、女神への謁見にカコリスを同行させる必要があることまで説明済みである。どうすればいいか尋ねると、旦那さまからはあっさりと答えが返ってきた。


「それも、例の開発の一件で必要な専門家を呼んだとでもすればいいだろう。どうせ、真偽を確かめるにも、此方の世界からは消える男だからな。余計な情報を握っているから消されたとでも思われるだけだ」

「なるほど。では、日程が整い次第パーティに連絡を取ります」


 ところで。


「ルナ様は、その案についてはご存知でいらっしゃいますか」

「明朝には通達が行く」

「……それはそれは」


 それはそれは、としか言いようがなかった。国からの命令だ。拒否することは出来ない――し、恐らく、それがお嬢様のためになることならば、ルナ嬢は拒絶することはないだろう。

 それがどれだけ己には不向きな場であっても、目眩がするような立場になる状況であっても、だ。



 この予想は極めて正しく、俺たちはひと月後に、顔面蒼白なルナ嬢の付添人として会場に赴くこととなる。


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます! 旦那様が相変わらず苦労人ですねー。面倒見がよくてつよくてこわくて私のお気に入りです。 カコリスも今のこちらの世界の、愉快なみなさんとじっくり話す機会があればと思います。 せ…
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