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狂戦士さんと熊さん

「ブラッドレイ」


 レイ……主要な属性の魔法でも単体への攻撃で大抵覚える魔法で、使い慣れない間は攻撃範囲が狭く微妙だが、威力が高く貫通しやすく、急所などを狙えるようになると使い勝手が格段に上昇する。

 こういう細かな制御は特異属性でも学べる。そもそも属性が司るものが物質的でないなど、意味が無い属性のものもいるが。


 私の手元から紅い閃光が奔ると、一瞬の間を置き、街道に傍に居座る巨体の豚の怪物の喉を穿った。

 同じ豚でもオーククラスになるとかなりの大物だが、二足歩行すらできないでかいだけの的は話にならない。似たような猪は強敵だが。


 いちいちこの程度の相手の為に馬車を止めて斬りかかりに行くのは正直面倒なので、遠距離攻撃手段があると楽だ。

 最も私のこの魔法は事前に血液をプールしておく必要があり、通常の六大属性の魔法などと比べると手軽に打てないし、面倒な割に威力もさほど高くない。

 幾つもの血の玉をふよふよと辺りに浮かしながら生活するのは流石に不気味なので、戦闘の度に補給を始める必要がある。


 獣型の怪物はしっかりと血が通っているの為、最初の一撃を自分の血液で打ち込んで、後は敵から補給している。

 ちなみに、私の血液を使うのが一番魔力の通りもいいし制御が楽だし威力も高いが、ぽんぽん使っていれば貧血で剣を振るうどころじゃないので、基本は外から集める形になる。


 アンデッドやゴーレムからすら血を取り立てる優れた愛剣だが、どちらにせよ人型じゃないなら愛剣で斬りかかったところで血は出ない。

 一番苦手なのは虫だな、奴らも一応血は通っているのだが、透明や緑などの血液を私が血と認識できないのかイマイチ操りにくい。

 無論人型には属さないし、人型の虫なんぞ見たことはないし見たくもない。

 奴等は本当に危険なのだ。


 あれから丸二日近くが経った。

 昨日の六時頃から出発し、昼に少し休憩をはさんでいる。夜は移動しないが、野盗への警戒もあるため見張りは必須だ。

 私の番もこれで六度目だが、ここまで特筆すべき事は特に無い。今のように担当の時間が来たら先頭の馬車で敵が来たらすぐに飛び出せる位置に待機し、遠距離で行けそうならぱぱっと処理し、必要であれば御者に止めさせて直に倒しに行くだけだ。

 七台の馬車を守る必要があるので、後方の馬車が襲われた場合などにも対応しないといけないが、こうみえて私は危機察知や直感には自信がある。感覚タイプの戦士と言っていい。


 が、はっきり言おう、退屈極まりない。

 最初は流れる景色に少々偶にはこういうのもいいなぁ、と思えたが、丸一日それが続くと飽きる。今のような怪物の出現すら暇つぶしになる、それすら少ない。

 とは言え、旅など基本そんなものだし……。


 セルフィ君が休憩の度に話しかけてくれるのが少し助かっている。いい子だ。

 コミュニケーション能力の低い私では自分から積極的に話しかけることができない。話すのは嫌いではないのだが。

 ただ、少し夜お喋りしすぎたのか、眠そうにしていた。





 ……こういう時、カードゲーム、いやさトランプでもあればいいのにな、と前は当たり前にあったものを懐かしく思う。

 元の世界でも十四世紀には欧州に伝わっていたらしいし、似たようなものが広まってもおかしくないと思うんだが、ついぞ聞いたことがない。

 田舎だからかも知れない。仲間内で賭け事をしているような話を聞いたことはあるが、私はあまりギャンブルは好きじゃないんだ。

 ただしガチャは回す。それが現代人。


 景色を眺めるのも飽きたので、視線を空に流すと雲がきままに流れているのが見える。

 そろそろお日様が真上まで上る時間だ。ぽかぽかとした日差しが絶妙に眠気を誘う。

 完全な快晴よりもこのくらいは雲が出ている好天のほうが好きだな。しかし、のどかだ……。


 軽快にテンポよく響く馬の蹄の音を聞いていると、どうしても眠くなる。

 ついつい出てしまう欠伸を噛み殺す。このまま次の交代まで、何もなさそうだな……。


  



 うん、何もなかった。

 何の問題も無く次のセルフィ君達に交代した私は現在マントに包まり、眠気に従いこうして惰眠を貪っている。

 ずっと座っていると尻が痛いので三人なら横になれるのは楽だな。とはいえ、今度は接している面が痛むのだが。

 悪路とまでは言わないが、そこまでしっかり整備された道ではないのでたまに跳ね上がる。


 それはともかく、ムーアのいびきがうるさい。

 早朝を担当した彼は眠かったらしく、入ってきた頃には寝入っていた。寝るべき時に寝るのも冒険者の資質とはいうのでそれはいいのだが……アークは気にせず武器の整備をしているようだ。

 日本人気質の私はこの世界の冒険者の方では神経質な方なのかもしれない。

 とはいえ、一人の私が次の順番で眠ってしまう訳にはいかない、今のうちに寝ておかねば……。



 ……ん、更に寝入っていたようだ。まぶたを開くとぼやけた視界にいきなりアップでセルフィ君の寝顔が入る。

 ……近くないか?

 衝撃映像に一気に意識が覚醒したので、頭を軽く振ると身体を起こす。セルフィ君の隣にはリズリットさんが抱きつくように眠っていた。

 セルフィ君は寝苦しいのか、寝顔を少々歪めると邪魔そうに身動ぎをする。きっと二人で馬車にいる間に仲良くなったのだろう。


 二人が寝ているということは自分の順番までは三時間以内ということだな。

 窓から差し込む光を見ると、殆ど日が落ちている。とは言えまだぎりぎり夕方と言えなくもない。

 完全に日が沈んだ頃が次の私の順番のはずなので、まだ時間はありそうだ、何をしようか……。


 ……いや待て。奇妙だ。馬車が動いていない。

 馬が怯えている? いや、それだけではない。この乱雑に響く水音と、獣が何かを貪る様な不快な音は……。


……耳に劈く悲鳴が聞こえる。この声は御者だっただろうか。


 ……どうやら十分に寝たので起きたというよりも、身の危険に反応して目覚めたようだ。

 最早眠気など微塵も残っていない。私は愛剣を手に取ると、馬車から飛び出す。




 馬車の前方、街道のど真ん中に居座るように、"それ"はいた。

 見かけは、黒い、巨大な、熊だろうか。四メートル近いでかさのそれをそう呼べるのならだが。

 確か前世でも、ホッキョクグマが三メートルだが四メートルだがあったという記録があるらしい。なんだ、全然問題無いじゃないか。軽い軽い。私は多少無理矢理だが自分を鼓舞する。


 ムーアとアークは……アークは……身体が半分しか残っていない。腹の中か。

 ムーアは無事だな。ただ意識はなさそうだ。

 武器の槍は熊の近くに落ちている。鉄製のそれが見事に曲がっている。根本的に相性が悪かったな、槍では防御もままならないだろう。


 熊とムーアの距離が近い、もたもたしていたらムーアも奴に喰われるだけか。状況次第で中の二人起こして来ようかと思っていたが、そんな暇はなさそうだ。


 私は自身に"フレンジ"をかける。即座に全身の血液が沸騰したかのように熱くなり、視界が赤みがかる。この感覚にも慣れたものだ。

 思考が攻撃的になるといったが、初めは衝動のまま武器を敵に叩きつける事ばかり考えていたことを考えると大した進歩だ。


 どうやら相手はこちらに狙いを定めたらしい。口の中に残っていた"者"を飲み込むと、残りの半分を放り出す。軽く血の滴る手を舐め、飛びかかるように姿勢を低くしている。

 気を引いたりする必要が省けて助かるが、私を始末してから両方おいしく、いや、商隊連中をまとめて食らうつもりなのだろう。

 

 だが、こうして対峙すれば分かることもある。通常知能の低い動物系の怪物は目の前の獲物に優先順位を決めたりしない。


 ――こいつ、魔物か。


 使い古されたように感じる言葉だが、その強さは脅威の一言。迷宮にも出没し、通常の怪物の種族より数ランク上、明らかに知能があり、原種とは異なる耐性、魔力を得るものや、身体能力も並外れた化物。

 主として、多量の生き物を殺した怪物が稀に変ずるらしいが、目の前で変化を見た例は少なく、詳しい事は分かっていない。

 私も過去に幾度が相対したことがあるが、全て強者といっていい奴らだった。人間の言葉をしゃべるのもいた。


 全くもってついていない。迷宮でもないこんな街道で遭遇するにしては化物に過ぎる。それこそ小さな迷宮なら迷宮の奥地で主をやっていてもおかしくはない。


 己の不幸を呪いつつ、私は熊に向けて威嚇するように剣先を向けた。アークには後で黙祷を捧げてやろう。私が生きていたらだが。


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