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狂戦士さんとにくしみ

 私達が覚悟を決め、目の前の邪神……そう呼ぶことにした、と対峙してしばらくすると、辺りの景観が徐々に移り変わっていく。


「……もう夕方、か。少し早い気もするが」


 私達がこのサニード洞穴に入ってからそれなりの時間が経っている。都市にほど近い迷宮とはいえ、移動時間を考えればそろそろ日が暮れてきてもおかしくはない。

 夕日は水を赤く彩り、実に美しいが先ほどと違いこんなグロテスクな生物が眼前にいる現状では恐怖を煽るだけだ。

 景観は変わらず美しいのだろうが、その美しさもどこか狂気を孕んでいるように感じられてしまう。


 まぁ、夕日の事はいい。それよりも、目の前の相手をどうするかだ。

 迂闊に近づけば無数の触手に襲われることは間違いない。

 とはいえ、動くしか無い。やはりここは、一番頑丈な私が陽動を含めて突っ込むか。


 そこまで考えた時、相手が先に動く。とは言え、こちらに接近してきたわけではない。

 それは殆ど予備動作も見せない、予想だにしない一撃だった。



 喉と思わしき部分が震えると、地の底から響くような悍ましい音、いや、声が響き渡る。


 その声を頭が認識する前に、私は思わず膝をついてしまった。


 い、痛い……いや、痛いと言うより、脳が焼けついているような。

 脳内に棒を突っ込まれてそのままかき回され、冒涜的な何かを直接流し込まれた、抽象的で分からないと思うがそんな感じだ。


「ぐぅっ……皆、大丈夫か」

「っ……手荒い歓迎だね、やってくれる」


 頭を振るい、無理矢理意識を平常に戻す。……どうやら、フレンジが解除されてしまったようだ。精神に対する魔法か何かだろうか。これ、私には相性が悪いかもしれない。


 ソールはなんとか大丈夫そうだ。むしろ闘争心に火が着いているようにも見える。


「ぐ、ぐわんぐわんするっす……最悪な気分、っす……日みた……」


 ラタトスクは相当具合が悪そうだが、なんとか返事は返ってくる。

 後は……。


「あ、う……」


 ! マルコの様子がおかしい。

 半ばしゃがみこんで頭を抑えたまま動かない。


「大丈夫か、マルコ!」


 一番近くに居た私がマルコに近づく。

 ……返事が返ってこない。

 まずい、精神にダメージを与えるような類だとしたら最悪……。


「くっ、何があっ、たっ……おう゛!?」


 唐突な痛みに思わず目を見開いた。

 マルコの右の拳が至近距離から下腹部に叩き込まれていた。


 力の入っていない無防備な臓腑を抉る、完全な不意打ちだった。

 平時には無い臓器を金属が打つ違和感及び吐き気と、仲間からの攻撃に困惑の渦に飲まれていく。


 ……え? なんで、私、マルコにお腹を殴られて……。


「へ……?」

「あ゛あああああぁ!」


 明らかに正気ではないマルコの叫び声。正気でなくとも日々の鍛錬の成果か、驚愕に動けずにいる私に対してすかさず連撃を行う。


「か、はっ――!」


 マルコの先程よりも力の篭った左拳が、私の鳩尾に叩き込まれた。

 息が止まり、背中がくの字に曲がる。

 愛剣が手から滑り落ち、全身に力が入れられず倒れこんだ。

 浅く張られた水に半身と剣が沈み、盛大に水音を立てる。


 口をパクパクとさせながら、なんとか現状を把握する。身体を動かせるようになるまでもう少し時間がかかる。


 さ、流石に効いた……。目の前がぐらぐらしている。


 私は変身しても再生力は上がるが防御力は大して変わらず、どちらも人体の急所である。

 無防備なそこに金属の嵌められた武闘家の拳が叩きこまれれば、尋常なダメージではない。彼は上層でも何度かサハギンの胴体を貫通するほどの膂力を発揮していた。私はそれなりに頑丈なので大丈夫だったが。

 

 思考を巡らせる私の上に、影がゆっくり覆いかぶさる。

 ……こんなこと、前にもあったな。あれとは影の大きさがまるで違うが。


「ごほっ!」


 どすん、と勢い良く何かが胸の下辺りに座りこむ。固い感触。思わず息を吐いてしまう。


「うっ、え゛……」


 そのまま私に馬乗りになったマルコは手を伸ばすと、首を締め上げてくる。

 ギリギリと首が締り、ただでさえ少ない酸素の搬入を拒む。

 ひやりとした金属の感覚が首の血管を冷やし少し冷静になるが、代わりに頭がぼんやりしてくる。

 

 うぐぐ、まずい、また、窒息する……。


「クルス!」


 先ほどの水音でこちらの動きがおかしいことに気付いたソールがすぐにマルコを止めようと走り寄ってくる。

 しかし、こちらに向かって多数の邪神の触手が飛びかかってきた。


「くっ!」


 ソールがこちらに来ようとしていたのを妨害しようとしたらしい。警戒されているようだな。

 ソールが数本の触手をまとめて切断する。が、流石に全ての触手を止めるのは難しい。……切り落とした先から生えてきているな。再生しているのだろうか。

 やはりこの迷宮では彼は相当強い。相性を考えれば私よりも彼が要になるだろう。


 て、そんなことを考えている場合ではない。そろそろ身体も動く。


 このままではまずい、首筋に食い込むマルコの力は思ったよりもずっと強い……いや、明らかに強化されている気がする。変な追加効果でもあったのだろうか。

 つつ、と抑えられない唾液が口の端から垂れていくのを感じる。


 力では私のほうが上だ。操られている仲間を攻撃するのは気が引けるが、このまま無抵抗では敵の思うがままだ。首筋に食い込む指をなんとか引き剥がそうとしていく。


 ぐ、力がいまいち入らない……体勢がずっと不利なのもあるだろうが、酸欠や急所へのダメージ、先ほどの声から私も完全に回復していない、など、マイナス要素が大きすぎる。

 中々指が外せない。


「怪我が残ったらごめんっす、マルコ君!」


 ラタトスクの声と共に、マルコの頭に硬質な音を立てて何か堅目の物が当たる。

 ……どうやら、クロスボウではなく素手で石か何かを投擲したようだ。


 首筋の手が緩む。ありがとう、ラタトスク、助かった。


 ぐわんぐわんとしばらく揺れていたが、頭部への衝撃で正気に戻ったらしく、目をぱちぱちとしながら私を組み敷いているのを認識したようだ。


「あ、あれ、俺、何して……あ、え、ごごごごめんなさいお兄さん!?」


 現状に目を丸くしたマルコが持ち前の跳躍力を発揮して私の上から一気に飛び去る。


「げほっ、げほっ……すー……はー……」


 なんとか息を整えていく。

 流石に大体分かったぞ。先ほどの謎の咆哮、私はひどい頭痛で済んだが、どうやら精神に異常をきたす効果があったようだ。それでマルコは味方に襲いかかってしまった、というわけだな。


 ペコペコと謝罪しているマルコを視界の端に入れつつ、自身の状態を確認する。敵がいるのだから早く起き上がった方がいいぞ。ソールが忙しそうだ。


 くそっ、まだまともな攻撃を受けていないのにいきなり大打撃だ。まぁ私ならすぐ治るからいいが、人によってはそのまま死んでたな。


 あぁ……首の下辺りしか見えないが、小さな手の痕がくっきりついているな。頑丈な私じゃなければそのまま首をへし折られていたかもしれない。


 ……ん?


 ……あれ? 嘘? この歳で……ちょ、ちょっと待って……さっきより湿ってる、様、な……? そういえば、さっき少し暖かく……。

 い、いや、水の中に倒れた時に違いない。この辺りの水かさではお尻側くらいしか濡れない様な気がしたが気のせいに決まっている。


 …………。


 このまま倒れているわけにはいかないので、私は少々内股になりつつ立ち上がった。

 断じて下腹部のダメージのせいである。痛みからの回復が早い私はもう痛みを感じていないが……それどころか少し快……あ、今のなし。


「……ふ、ふふふふふ……よくも仲間を、許さんぞ!」


 仲間をいいように操られたことに対して、悔しさのあまり若干涙声になりつつ私は憎しみを込めて憤った。

 それ以外の感情は何一つ含まれていない。何一つ。


 ……あ、また落とした愛剣を拾わないと。



あくまで邪神っぽいだけで本物じゃないんで、声も強い混乱効果があるだけです。本物ならここで冒険終わっちゃいますしね。

下着も戦いやすいようにと合わせてコンバートされてるので、女神の心遣いが感じられますね。

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