狂戦士さんと肥えた豚さん
手に持っていたフレイルともモーニングスターとも言えない武器が溶けるように消えていく。
怪物の武器は本体を討伐すると、こうして塵の様に消えていく。
生態武装と言うらしいが、その為拾ってもその場限りしか武器にすることは出来ない。
「……ちょっと気に入ってたんだがなぁ」
今度似たような武器を探してみようか。防御の上から殴りかかれるのは結構便利だ。
メイスは射程の関係からかいまいち合わなかったんだが、私の怪力を活かせるのは剣よりこういう武器なのかもしれない。
そんなことを考えていたら――その場に唸るような声が響いた。
「おわっ!? 何の声?」
クランがビクビクしている。
どうやら音の発信源は……我が愛剣のようだった。
……こんなことは初めてだ。妬いているのだろうか?
……ちょっと可愛いぞ。外見は不気味だが。なんだかんだ付き合いが長いからなぁ。
捨てたりはしないから安心してくれ、という意味を込めて軽く撫でると、徐々に声が静まった。
最近は鎧や髪飾りばかり気にしていたが、この子も不思議な子だな。
「ひ、ひぃぃ……なんだか、この村変だよ。もう、行こう?」
「? 特に何もいないけど、どうしたの? クラン」
クランが頭を抱えるようにして、おどおどしながら辺りを見回している。
結構怖がりなのかもしれないな。アルジナは平然としているぞ。
まぁ、確かに死体が散らばり、廃墟といっていい惨状のこの村は、下手な墓地より遥かに不気味ではある。
「さて、クラン。アルジナとその子の怪我は大丈夫か?」
「うん、どっちも怪我はほとんど無いみたいだから、安心して」
その子というのは、戦闘で私……というかアルジナが奇襲を受ける前に、助けようと近寄って倒れていた子供のことだ。
どうやら敵はこちらに気付いていたのか、疑似餌代わりに利用されていたらしいが、生きているなら何よりというところだ。アルジナへの攻撃は明らかにまとめて殺すつもりだった。
……現状ではこの村唯一の生存者ということになる。
私達が来る前に、無事逃げおおせている村人がいるといいのだが。
「アルバに着いたら、この村の惨状についてギルドに説明しなくては行けないな」
破壊痕からして人間業では無いと理解してもらえるので変な疑いはかからないだろう。
……私クラスの怪力なら似たようなことができないでもないが。
いや、無論しないぞ?
一応オークウォリアーの瘴石を持っていけば、強大な魔物の仕業である、というのは信じてもらえると思うが……。
と、そうだ、そろそろ怪物の死体が瘴石に代わる時間か。
そう思い、身体の真ん中に私からの愛のプレゼントを受けて大穴を開けているオークウォリアーの死体を見る。
予想通り、その体が徐々に散らばっていく。
だが、何か妙だ。
「瘴石が……でない?」
いや、そもそも反応がおかしい。
通常の怪物の死に様のように、身体が塵のように散らばっているというより、むしろ、周りから吸い込んでいるような……。
それなりに冒険者として活動しているが、見たことがない反応だ。
魔物はこのようにして瘴石に変わるのだろうか?
熊の時は気絶していたから分からない。
「……いや、何かおかしい。これは……」
ちりちりと首筋に焦燥感のような、なんとも言えない感覚が走る。
……この感覚に逆らって、プラスに働いたことがない。
「……離れるぞ」
「へ? どうしたの? クルス」
「いいから、死体から距離を取れ! 早く! この子は私が連れて行く!」
強敵を倒したことで安心していたのだろう、ゆったりとしていたアルジナがのほほんとした声を上げる。
正直に言うと先ほどまでは私もかなり気を抜いていた。
だが、今のこの感覚は……先ほど、オークウォリアーの奇襲を受けた時よりも遥かに上だ。
焦る私の声に、流石に何かあると思ったのか、二人が顔を見合わせて急いで距離を開けようと動く。それでいい。
私は寝かせていた子供を担ぎあげると、二人を追って急いでその場から離れる。
初めから妙ではあった。そもそもあのクラスの魔物が普通に村に現れるなら、もっと日常的に村が滅んでいる。だが、実際は流石にそこまでではない。
となれば、あれは他の魔物とは別の何かがあるのかもしれない。
「急げ! 少しでも距離を……いや、村から出るんだ!」
「な、何、何があるの?」
「ふ、ふぅ、流石に動き通しで、結構疲れたよ……」
後衛のクランは中々にきつそうだ。
体格的にはアルジナよりは体力がありそうだが、あまりその辺りは影響されないからな。
だが、ここで足を止めたら、何か致命的なことになるという確信がある。
少しでも、少しでも距離を……。
次の瞬間。
ぐらり、と。
世界が、揺れた。
熊やオークウォリアーどころではない、地響き……いや、最早地震と言っていい。
グラグラと揺れる足元に、三人ともそれ以上動く事ができない。
元々大きく壊れていた村の建物が、それがトドメとなったようで瓦礫の山と化していく。
私は唖然と呟く。
「なんだ、あれは……」
でかい。とにかくでかい。
オークの様に二足歩行ではなく、四足で地面にしっかりと立っている。
それは、豚だった。
村の建物と同程度の高さ、横の大きさはその二、三倍はある。
縮れた様な黒い毛並みと、醜悪という言葉では表せない程の面、イノシシほどでは無いが短めに牙を備えている。
「いや……これは……」
戦える、のだろうか。
いや、そもそもこれを相手に戦おうと考えることがおかしいのかもしれない。
山を相手に剣を振るう事を人は戦いとは呼ばない。
武器を持っていないことから直接的な攻撃力は低そうではあるが、そもそもあの巨体と体重で踏み潰されれば、そのまま地面に血の華を咲かせるだけだ。
「グッグッグッ」
辺りを軽く見渡すと、押し殺したような鳴き声と共に、"豚"が、動き出す。
どしん、どしん、と一歩ごとに地面が砕け、地面が大きく揺れ動く。
目標は……こっちか。
「あ、あははは……僕、あんな大きな豚さん、生まれて初めて見るよ」
「お、大きいねー。いっぱいいっぱい、お肉取れそう」
許容限界を越えたのか、後ろで二人がどこかずれた会話をしている。
今から村を全力で離れて、果たして逃げきれるだろうか? 現状相手の動きはさほど俊敏とは言えないが、見かけで判断するのは熊の件でこりごりだ。
突進と体勢に入ると、実は早い、なんて可能性もある。
なにより……歩幅が違いすぎる。
折角稼いだ距離が、着々と埋められていく。
結論。
このままここで何の対策もせず逃げれば、三人、いや四人まとめて潰れた血袋に変わるだけだ。
であるならば……私が行くしかあるまい。
アルジナの弓では何発打ち込んでも、針が刺さったようなちくりとしたダメージを与えるだけで、かえって怒らせるだけだろう。
クランは装備の力を解放すれば中々強力な前衛になれるが、それでも素手で殴りつけたところで肉の旨味が増すだけだ。
まぁ、怪物は食べられないがな。
自分の寒いギャグセンスにすこしクスリと笑みを浮かべると、私は担いでいた子供をクランに預ける。
「この子を頼む」
「あっ、クルス、どうしたの?」
不思議そうなクランの顔。
私はそれに答えず。
愛剣に手をかけ、一気に"豚"目掛けて駆け出した。
「あっ、クルス!?」
「あ、危ないよ!?」
「お前たちは逃げろ! 私が時間を稼ぐ!」
まずは、三人の無事を確保しなくてはな。
ちなみに本来はオークは醜悪というだけで豚と一切関係ないですが、この世界では豚から変化したような扱いです。




