狂戦士さんと対不死呪文
「へ……? は……? はえええ!?」
理解が追い付かずクランは思わずすっとんきょうな声をあげた。
今のは間違いなくクルスの声であった。
しかし、クランの目にはぐちゃぐちゃの半死体が映るだけだ。
もしや、自分も先ほどの一撃に巻き込まれて死んでいて、今のは冥府からの呼び声だったりしたのではないか……?
そうクランが疑いかけた頃、もう一度同じ声が響く。
「すまない、もう少ししないと起き上がれそうにないんだ。何分、下半身がほとんど繋がっていなくてな」
そりゃそうだろうさ、とクランは半ば適当になった思考の中で呟いた。
どこの世界にお腹の中身が見えた状態で何事も無いかのように話す相手がいるのだろう。
「……ターンアンデッド」
ちょっと疑いそうになったのでこっそりと光属性の対不死呪文をかけてみる。
眩い青の光がクルスの全身を包み込む。
うん、無反応だ、アンデッドではなさそうなのでクランは安心した。
「……アンデッド扱いはひどくないだろうか、私はまだ人間だぞ、多分」
クランは目の前の光景についてあまり深く考えず物事を進めることにした。
「えーと、じゃあ、治療するよ? ……大丈夫なんだよね? 逆にダメージとか受けないよね?」
「あぁ、助かるよ。私も自己治癒を行うから、相乗効果でより早く治るだろう。……しかし、私をなんだと思っているんだ」
アンデッド、と言う言葉を引っ込めつつ、クランは自分の仕事にとりかかる。
なんで意識があるのかよくわからないが、直ちに死にかねない致命傷であることは違いないのだ。
ぶつぶつと詠唱を始める。
「ライトヒーリング!」
光の治癒呪文をかける。
クルスの傷が徐々に治療されていく。
それに合わせてクルスが自らを治癒し始める。
そして、その後。
「うひぃぃぃぃぃぃぃ!?」
廃村にクランの悲鳴が響いた。
「うじゅ、て、うじゅってぇぇぇぇぇ」
クルスの魔法による自己治癒という名の失神物の光景にいまだ涙目で言語機能に支障をきたしているクランを適当に慰めつつ、クルスは身体が動くかチェックする。
「ふむ、問題ないな」
「ひぃん、一生記憶に残りそう」
恨み言を言うクランを軽くスルーしつつ、クルスは話を始めた。
「さて、ここに敵が来ないということは、アルジナが足止めをしてくれているのか? では、手を貸しにいかないとな」
「あ、はい」
まだ色々と言いたそうだったが、アルジナが危険なことを思い出し、引き下がるクラン。
クルスは自らの腹部に視線を移す。
続けて、ちらりと地に落ちた鉄球に目を向ける。
「……私はこう見えて、殺られたらしっかりと殺り返すたちでな。ふふふ、いいな、楽しいぞ」
正当防衛だし、と暗い喜びに瞳を滾らせるクルスの姿は、彼を知る人が見れば噂通りだなぁと思ったことだろう。
のそりのそりと巨体を揺らしながら、徐々にこちらへと近づいてくるオークウォリアー。
動作はさほど早くはないが、巨体から歩幅がでかく、ここまで来るまでそう時間はないだろう。
近づかれれば複数のオークでも苦戦するアルジナでは、一溜まりもない相手なのは間違いない。
なにより、通常の矢弾では、急所を正確に射抜かなくてはダメージを与えることも難しい。
アルジナの様な弓使い……アーチャーにとって、最も重要な問題となるのは、矢弾の残数だ。
どれほど強力な矢を放つことができるアーチャーだろうと、矢が尽きればできることはない。
そして、アルジナはオークの群れに追われた時と、この村でのオークの処理に多くの矢弾を消費してしまっていた。残りのストックはそう多くない。
背中の矢筒にしまえる矢の数が全てであるが、無論ただ矢を打つ以外の戦闘手段も三つほど確保していた。
例えば、腰のダガーでの接近戦もある程度はできる。最悪格闘戦も少しは出来なくもない。
魔法も火属性であれば本職に比べれば牽制程度だが使える。
が、目の前の相手にその何が役に立つというのか。
アルジナの持つ手段の中で唯一通じそうなのは最後の一つのみだった。
矢筒より矢を取り出し、弦に矢をかける。
「打てて二回、限界まで使って三回ってところかな……魔力が多い人はいいよね」
アルジナの矢を番える手の内から、燃えるような波紋が矢を介して全体に広がっていく。
魔技。
魔法と自らの持つ戦闘技能の融合という、誰でも考える技の総称だ。
これが剣士なら魔法剣とでも言おうか。
戦闘技能との掛け合わせによって威力が底上げされるので、純粋な魔法職でなければ十分に使い物になるし、魔力が少なくても使いようがある。
燃え盛る熱波が矢を伝って先端を高温で赤く照らす。
限界まで弓を引き絞り、狙いを定める。
魔法で調整してはいるが、弓はあまりいいものではないので、多用すると熱で弓が先にダメになる。
「アグニシューター!」
敵の眉間に突き刺さるように矢を打ち込む。
しかし、その前に眼前にて盾を構えられる。読まれていたようだ。
灼熱した火矢が着弾し、炸裂音が鳴り響く。
盾の中央を貫き、わずかに罅を入れつつも、本体には僅かな傷も与えられていない。
舌打ちする。
防御手段を削れたのはいいが、本体へのダメージが小さすぎる。
とはいえ、着弾と同時に漏れた炎が、オークウォリアーの身体を舐めるように燃え上がる。
「はっ、豚はよく燃えるね。油が多いのかな?」
彼女にしては珍しく、相手を口汚く罵る。
アルジナは怒っていた。
恩人に庇われ、二度も命を救われた自らの度を越えた間抜けさに。
その激情は彼女の適正である火の魔法を通して荒々しく燃え盛る。
そして……目の前に相手に、自分ではおそらく勝てないであろう事も又、よく理解していた。
なにせ、今の一射はアルジナの使える中で一番威力のある一撃だったのである。それは次の一射を往なされれば、殆どのダメージを与えられないことを意味していた。
自分の非力さに憤る。
強く強く奥歯を噛み締めた。
先ほどの場面。
アルジナは自らは敵を相手取り、クランにクルスを治療するように頼んだ。
冒険者として冷静に、感情を排して考えれば、クルスを置いてクランと逃走すべきである。
クルスが生存している可能性は非常に低いし、アーチャーとヒーラーのみで強大な魔物の相手など、むざむざミンチにされにいくようなものだ。
普通に逃げきれるかもしれないし、ここはアルバの近隣であるため、偶然居合わせた他の冒険者と協力して倒すことも可能かもしれない。
しかし、二度も助けられておいて恩人を置いて逃げる?
ありえない。
アルジナはそこまで恥知らずな女ではない。
であるならば、彼女はせめてクランによってクルスの死亡が断定されるまでは、死んでもこの場を通すつもりはなかった。
巻き込んだクランには悪いが、アルジナやクルスが死んだ後、判断を誤るような相方ではない。無事に逃げきることを祈る。
「残りの一射を確実に決めて、それでダメならダガーを使って接近戦に出てでも時間を稼ぐ……」
自分でもそれが可能であるとは殆ど思っていない。アルジナの接近戦の腕前は標準的な戦士よりも下に位置する。
ましてやダガーでは相手の懐に入り込む必要があり、あの小ぶりである為意外に小回りが効く片手剣の切っ先から逃げ切ることは困難だ。
唯一の希望は、アルジナのダガーは魔力を込めることで強い毒性を発揮する、出土品であるということだ。
魔物相手に期待値ほどの効果は望めないが、動きを鈍らせる事くらいはできるだろう。
即座に牽制の意味を込めて通常の矢弾を立て続けに打ち込む。
しかし、敵は顔を盾で守ったまま突進してくる。
当然、ほとんどの矢は身体に僅かに突き刺さるか、弾かれて地に落ちる程度のダメージしか与えられない。すでに唯我の距離は、弓では少々近い距離になりつつある。
やはり、即座に二発目の魔技を撃ちこむしか無い。
再び魔技の発動準備を行う。
「アグニ……」
そこで気付く。
オークウォリアーがまるで何かを投げつけるような体勢に入っていることに。
――次の瞬間、体に衝撃が走り、アルジナの意識は一瞬途切れた。
再び意識が戻ったのは、倒れ伏した視界のすぐ傍まで、オークウォリアーが接近している時だった。
一体、何が。
そう思いつつも、最早その思考をする暇すらない。
オークウォリアーの頭上に、剣が振りかぶられている。後は振り下ろすだけだ。
……どこに? ここ以外に、ないだろう。
「あ、私、死んじゃうんだ」
最期の言葉は思ったよりもすんなりと出てきた。
その直後。
突如飛来した巨大な瓦礫が、オークウォリアーの顔に直撃する。
唐突な衝撃に思わず後ろへとずり下がる相手。
「おぉ、あたったぞ」
そんなのんきな言葉を聞きながら、アルジナは後ろへと振り向いた。
「やぁ」
この場にそぐわぬ軽い挨拶とともに、クルスはこちらへと近寄りながら、身体の調子を確かめるように、思い切り敵から奪ったトゲ付きの鉄球と繋がった鎖を振り回す。
「先ほどはこんな大層なモノを身体に入れてくれてありがとう」
グォン、と空気を巻き込むように強風が吹き荒れる。
その中心には、凛々しい目つきの戦士が一人。
「お礼に、たっぷりとお返しをくれてやろう」
心底楽しそうに笑っていた。
クルス君、女の子の前なので格好つけるの巻き。
ちなみにサブタイトルはその話の中でクルス君にとって一番衝撃が強かった事が書かれています。




