第24話 何を言っても無駄なので
「……スレニアから使者?」
「はい」
「要件は」
「それが、殿下とアイリーン様への招待です。スレニアの新王太子のお披露目の式典への」
「……」
待ってほしい。企画したのはどこの誰だ。
なぜヴィクター様を招待しようと思ったのかと、開いた口が塞がらない。
だが。
「少しばかり、きな臭いか」
「ですね」
小さく溜め息を吐く。
「ヴィクター様のことですからご存じかとも思いますが、母によるとスレニア国内は相当割れているそうで」
「詳しく頼む」
「革命派と保守派とでも言うのでしょうか、簡単に言ってしまえばエルサイドの支配を受け入れて国としての成長を目指そうという派閥と、今まで通りの閉じられた国のままが良いという派閥があるようです」
「まあ、そうなるだろうな。実質的な支配を目指していることを隠したつもりはない」
革命派には、下級貴族が多いそうだ。それも納得のいく話で、エルサイドは属国出身だからといって公に差別はしない。もちろんそれは国としての姿勢であって、行き届いていない部分もあるにはあるのだろうが、実力があればある程度のし上がっていけるはずだ。
だからこそ、エルサイドの支配を望む声もあったという。
保守派は、その真逆だ。今までに大きな特権を手にしていた上級貴族は、その権限を取り上げられるのが怖い。既得権益にぶら下がっていたいのだろう。
私の両親はもちろん、私がこちらにいる以上革命派に属している。上級貴族としては珍しく、苦労もしているだろうが、慎重に国内の情報を集めては私に回してくれている。頼りになる人たちだ。
そして肝心の王はといえば、よく言えば平和主義、悪く言えば自分の意思がないので、国内の貴族との衝突を極端に避けるところがある。
どっちつかずの立場でふらふらと揺れているようだけれど、最近は上級貴族の多い保守派寄りの立場だそうだ。なんというか、相変わらずすぎる。
そんなことをヴィクター様に伝えると、納得がいった、というように頷いた。
「つまり、保守派貴族としてはスレニア支配の中心人物である俺を狙いたいと」
「そのための招待である可能性はありますね」
「よし、行くか」
「……文脈をどこかに置いてきたんですか?」
楽しそうに笑うヴィクター様の横で、がっくりと肩を落とすライアン様。
そうなる気がしてましたよ、と諦めと恨みのこもった小声がきこえてきた。
「反乱の芽はさっさと摘んでおくに限る。ことが公になる前に潰したほうが楽だろう? それだったら俺が直接動いたほうが早い」
「そうかもしれませんが、危険があるかも」
「お前らしくないな」
ふ、と口角を上げて、こちらを流し見る。
「俺が、スレニア如きに遅れをとると思っているのか?」
「……思ってませんが、それとこれとは別問題です」
「というと?」
「私は昔から、自分の安全や健康そっちのけで暴走するヴィクター様に散々悩まされてきたんですよ。これ以上そういう姿を見たくないという気持ちも理解していただけます? まあ」
次についた溜め息は、ライアン様とぴたりと重なった。
「一度こうなったヴィクター様に何を言っても無駄だということは長い付き合いの中で理解しているので、止めようとは思いません。代わりに、私も連れて行ってください」
「逆に、なぜ置いていかれると思った? スレニアに精通しているお前という武器を、なぜわざわざ帝国に置いていく?」
「それを聞いて安心しました」
実は、ほんの少しだけ、心のどこかで少しだけ、心配していたのだ。
危ないから、お前はくるな、と。そう言われることを。けれど、当然のように私を連れていくといったヴィクター様の言葉が、嬉しかった。
「出発は、そうだな、早い方がいい。式当日になる前に一度国内を見ておきたいからな。3日後で、どうだ?」
「とんでもなく急だとは思いますが、今すぐと言わなかったことに安堵している自分がいるのが怖いです」
そうとなったら、支度をしなくては。ある程度仕事も先行して終わらせておく必要がある。
「俺も行くの?」
ライアン様の影からひょこりと顔を出したのは、レオだった。
意外なことに、レオは実はかなりライアン様に懐いている。よく一緒に行動している様子を見かけるのだ。
ライアン様の方も、女性に囲まれるレオを時折じとりとした目で見つめていることこそあるが、別に嫌ってはいない様子だ。
なぜ懐いているのか、と前に聞いた時には、だって苦労性先輩俺より強いじゃん、と返された。基準が野生動物すぎるとも思ったが、仲良くしてくれる分にはありがたい。
「……まあ、そうなるだろうな」
「やった」
「くれぐれも向こうで女性狩りはするなよ、嫉妬に狂った女に追い回される姿は見飽きた」
「アイリーンちゃん、可愛い子いたら紹介してね!」
「医者を紹介してやろうか? 知り合いに、聴力について研究している男がいるんだが」
相変わらずすぎる2人は放っておこう。仲裁に意味がないことはもう理解した。
スレニアに帰るとなれば、色々と準備が必要になる。どこかの誰かさんのせいで毎度の如くとんでもなく忙しい日程になるのだから、準備には早く取り掛かりたい。
スレニア、という言葉は、もちろん懐かしさこそ覚えはするが、別に帰りたい場所というわけでもなかった。言ってしまえば、私にはエルサイドの空気の方が合っているとすら思う。
ヴィクター様が手を回しているらしい母国は、今頃何か変わっているだろうか。そう考えると、少し楽しみなような気もする。
そうして、準備に追い回される日々が始まり。
どうやらヴィクター様は自分の周りにおく人間を最小限にするきらいがあるようで、忙しく城中を駆けずり回っている人数はさほど多くなかった。
関係のない人間から向けられるのは、同情と呆れの混じった視線だ。相変わらずヴィクター殿下付きは大変だ、と言う声が聞こえてくるようだった。それでも、決してヴィクター様が設定した日までに準備が終わらないということがないのが、ヴィクター様の優秀さの証明だ。
けれど、文句こそ言うが、誰も辞めたいなどとは言い出さないことが、ヴィクター様の人望を表しているのだろう。あれだけ振り回されているライアン様も、なんだかんだでヴィクター様を好いているのは確かだ。
本当に、すごい人だと思う。思うが。
目の回るような忙しさは勘弁してほしいとも、毎回思ってしまう。
どうにか準備を終えて出発した時にはぐったりと疲れ切り、一応ヴィクター様と2人きりではあった馬車の中では見事に爆睡し、次に気がついた時には、私はスレニアにいた。
ここを旅立ったのは、たった数ヶ月前の話なのだが。その間に色々と起こりすぎて、遠い昔のことのように思えてくる。
ヴィクター様にエスコートされながら、私は懐かしい故郷に足を踏み入れた。




