8-7
昨夜は散々だった。
魔法騎士の執務室を後にし、ライアスに部屋へ送り届けてもらった。食事はこちらに届けさせようと告げる彼に、食堂へ行くから大丈夫だと言っても、一人で出歩くのはパーティが終わってからにして欲しいと懇願された。聖女と新たな宮廷魔導師のお披露目も兼ねてのパーティへと計画が変わっているようで、正式に発表されていないのであればここは大人しく従うべきかと了承する。そのことを早めにミラージュも告げていてくれれば今日だって大人しく部屋に籠り、アルフレッドとの遭遇を回避出来たかもしれないのに…と掠めはしたが、すでに起こってしまった事を今更どう言っても仕方ない。それから、今夜は窓の鍵をしっかり閉めるようにと念を押される。食事の際、アルフレッドが去り際に開けておいてと言っていた事をそこでやっと思い出し、大丈夫でしょと笑ったが、真剣な顔で閉めるようにと再び告げてくる。恋愛としては興味は無いが、地位と名誉と性格では酷くアルフレッドをそそるものがあるらしく本気で心配された。気を付けると返事をすれば、不安を残した顔で微笑むライアスは、トーマの手を取るとそのまま甲へとキスを落とす。呆気にとられている間に爽やかに笑いながら部屋を出て行ってしまったライアスに、残されたトーマは暫く身悶えした。
夕食ですとメイドが運んできてくれた豪勢な食事を一人でとり、レオルドから貰った名簿の暗記を始めた。あまり重要視していなかったが、パーティは明日なのだ、流石に今夜で覚えなければまずいだろうと焦っていた所でノックの音が聞こえる。開けて見れば、夕方ぶりのウィルが居た。仕事が終わり次第来てくれたのであろう恋人を部屋に招き入れ、お茶を淹れている所で後ろから抱きすくめられ露出している耳や首筋に必要にキスを落としてくる。お茶が淹れられない、と文句を言っても、会いたかったと青い瞳を潤ませ熱烈なキスをされてしまい、まあ良いかと絆されたのは秘密だ。そのままベッドに連行されそうになり、名簿覚えなきゃ!と告げるも、私が暗記しました。チヒロの隣を離れる事は無いので、安心してくださいと斜め上な回答と共に体が浮いた。
明日の事もあり加減してくれたウィルに、当然のようにバスルームへ連れていかれ、入浴を終えてからベッドへと入る。気持ちよく眠っていたトーマだったが、聞こえてきた声を抑えた会話が煩くて目を開くと、室内にはなぜかアルフレッドがおり、ウィルが不機嫌そうに受け答えをしている。何が起こっているのかわからずポカンとしていると、アルフレッドがこんばんは、トーマちゃんと微笑んできて、更にウィルの機嫌は悪くなった。鍵開けといてって言ったのに閉めてる上に男連れとかトーマちゃんもやるなぁ。お酒持ってきたよ!異世界人なんだって?君の世界の話聞かせてよ!とルンルンと準備を始めた第一皇子に付き合わされ、寝間着のままトーマは男二人の間に座らされ朝方まで異世界トークを強いられた。ウィルがトーマの限界を察し、アルフレッドを追い返してやっと眠れた頃には空は明るくなっていたのだ。
昨晩は散々だったと言っても誇張でもなんでもない。だからゆっくり寝かせて欲しかった。それなのに、眠っているトーマは優しく揺り起こされる事になった。
「おはようございます、チヒロ」
緩く目を開くと、朝日を受けキラキラ眩しい銀髪を垂らした自分の恋人。そして、その奥の壁際に控えているメイド服を身にまとった三人の女性。それを視界入れた瞬間に、トーマは飛び起きた。
「え?!ええ?!?!」
いつの間にかインテリアのように立っているメイド達にひどく動揺するトーマに、ウィルは納得がいったのか頷くと大丈夫ですと微笑んだ。
「彼女たちはチヒロ専属の侍女になります。と言っても、貴女は仕事もあるので、私室限定の身の回りの世話係と思っていただければ」
「せ、専属?!侍女?!」
「すみません、チヒロ、私は一度職場に戻ります。午後には戻って来ますので」
「あ、うん…」
「貴女達、彼女の準備をよろしくお願いします」
ウィルの声にメイド達は深く頭を下げる。それを見届けてから、ウィルはトーマの額へキスを落としベッドから離れた。見れば彼はしっかり軍服を身に纏っていて、昨晩の寝不足など感じさせない。そんな頼もしい恋人を思わず呼び止めたトーマだったが、ウィルは扉に手をかけたまま優し気な表情で振り返ってくれた。
「いってらっしゃ」
「ええ。いってきます」
トーマの発言に驚いたのは一瞬で、とても嬉しそうに微笑んだウィルは部屋を後にする。閉まる扉の音を合図にして、メイド達は行動を開始した。
「本日より、トーマ様の身の回りのお世話を担当する事となりました。早速ですが、時間が御座いません、お急ぎくださいませ、トーマ様」
「え?どういう事ですか…?」
「今晩のパーティの準備に取り掛からせて頂きます。さあ、トーマ様、こちらに」
ベッドから引きずり降ろされたトーマは、バスルームへと連行される。そろそろ一人でお風呂に入れますと言いたかったが、有無を言わせない侍女たちにたじたじなトーマが言えるわけもなく。簡単に服やら下着やらを奪い取られると全身隈なく洗われマッサージまでされる。覚えられないほど長い名前の油を塗られればほのかに花の甘い匂いが体を包んだ。それから、先日ミラージュからもらった際どいデザインのドレスを手際よく着付けられる。昨日ウィルとアルフレッドに挟まれて日本について話していた際に、向こうでは女性として生活していた事を語り、こちらでの身の振りについて思い出した。女性らしい服は避けたいと話をしたばかりで、二人はトーマの意見に同意してくれたはずだ。それもあり、流石にこれはまずいと侍女へ訴えたが、アルフレッド殿下よりこの上にローブを纏えば見えない為、このドレスを着せるよう指示を頂いておりますと返されて絶望した。あの腹黒第一皇子はどこまでもお見通しの様だ。二人がかりでコルセットを締めあげられ、呼吸が止まる。内臓破裂する!と弱音を吐くトーマに、頑張ってくださいまし!と何とも無慈悲な返答しか返ってこなかった。今度は座らされ、化粧を施される。本当はもっとがっつりとしたかったようだが、あまりにもやりすぎては女性よりになってしまうと言うことで薄化粧にして貰えたのはありがたい。髪を纏め上げるか否か、三人の侍女による盛大なバトルが勃発し、総合評価で決めようと姿見の前へと引っ張り出される。最早着せ替え人形のトーマは意見することもせず言われた通りに立ち上がった。久しぶりのピンヒールのパンプスに違和感を覚えつつも姿見の前へ立てば、シースルーの上は本当に胸ギリギリのところで切り返されて、露出している足にはガーターベルトと言う、エロ一直線の黒い魔女がそこには立っていた。ミラージュと並び、白の魔女の対の黒の魔女ですなんて言っても通りそうなぐらい魔女だった。
「わ…すごい…」
息苦しさに肩でを動かしながらも、自分の変貌っぷりに驚き侍女へはにかむと、三人は至極感激したようで、お美しいです!と何度も頷かれる。恥ずかしいから褒めるのはやめて欲しいと苦笑しつつ、コルセット緩められない?とさりげなく聞いたが、それはダメだと断られてしまった。なかなか彼女たちは手厳しい。そんな賑やかな部屋にノックの音が響く。ウィルだろうかと思いながら返事をすれば、開いた扉の先にはレオルドと、その後ろにはなんとアルフレッドが立っていた。
「ひえ?!」
金髪兄弟が並んでいるのを見るのはこれが初めてだったが、想像以上に強烈だ。威圧感が半端なく、思わずトーマは後ずさる。そんな逃げ腰のトーマに構うことなく、皇子兄弟は室内へと入ってきた。
「凄いね!トーマちゃん、本当に綺麗だ。ウィル君なんかじゃなくて、僕のお嫁さんとして永久就職してみない?」
「化けるもんだな、部屋間違えたと思ったぜ」
腰を抱き寄せてきたアルフレッドを引っぺがしたレオルドがニヤリと笑う。
「私も吃驚してる。侍女さんには本当に感謝だね。で、二人はどうしたの?」
「いや、お前ドレスねーんじゃと思って確認しようと思ったらよ、兄貴がトーマはエロいドレス持ってるって言うから」
「こら、レオ!僕は官能的って言ったんだよ?」
「どっちも意味変わんねーだろうが。ま、実際確かにエロイ恰好してっけどな」
「トーマちゃん、やっぱりその上からローブを着るのはやめよう」
「いやいや、無理です!こんなんで出歩けないです!痴女じゃないですか、私!」
ブンブンと頭を勢いよく振るトーマに、魔女と変わんねーだろとレオルドが突っ込みを入れる。確かに自分の師と引けを取らないが、彼女は紛う方ない痴女だとトーマ個人で認定しているので一緒にされては困る。それよりも、トーマとアルフレッドが知り合っていた事をレオルドが知っている方がトーマ的には驚きだったが、それを言うよりも先に頭を振ったせいで酸欠が酷くなり視界が歪む。それにいち早く気づいたのはレオルドで、顔色悪いけど大丈夫か?と声をかけてきてくれた。自分との闘いだから、と笑って見せたのも束の間で立っていられなくなったトーマはとうとうその場へと倒れこんでしまった。
「トーマ?!」
慌てたレオルドは、トーマが崩れ落ちる前に抱き止めてやる。その隣で、酸欠だねぇとトーマの顔を覗き込み呑気にアルフレッドが説明してくれた。脱がせちゃおっかと笑顔で告げる第一皇子の魔の手を避けるようにぎりぎりトーマを横抱きで抱き上げると、レオルドは唯一の頼みの綱であるアメリアの部屋まで猛ダッシュだった。
気づけば知らない部屋だった。目を開けた所トーマに気づいた侍女たちが涙ながらに謝ってくるのをぼんやり眺めながら、そういえば酸欠で倒れたのだと言うことを思い出す。なんでも罰を受けるので仰ってくださいと首を差し出す侍女たちへ大丈夫だからと笑ってやると、トーマ様に一生付いていきますと忠誠を誓われた。
「あ、トーマさん!気分はどうですか?」
騒がしくなった事で気付いたのか、隣部屋に続く扉から顔を覗かせたアメリアは、しっかりドレスを着こみ正装をしている。大方、テンパったレオルドがアメリアの部屋まで連れてきたのだと理解したトーマは、ごめんと苦笑を浮かべた。
「もう平気だよ、迷惑かけちゃったね」
「いいえ。トーマさんだったら、いつでも大歓迎です」
にこりと聖女スマイルを浮かべたアメリアに、やっぱりこの子が自分の癒しなのだと実感をした。隣の部屋にいるので、着替えてくださいねと部屋を出ていくアメリアを見送り、また着付けをお願いしようと侍女へ視線を向けると、彼女たちは昨日着用していた軍服を腕に抱えていた。コルセットの締めすぎて倒れたと言う情報を聞きつけたライアスが、届けてくれたそうで…大変申し訳ないが、大変有り難い彼の対応に感謝しつつ、ドレスを脱ぎ捨てると着慣れた男装へと着替えていく。ローブ以外はすべて身に着けアメリアが待つ隣の部屋へ顔を出すと、彼女は真っ赤になりながら称賛の声を上げた。
「わあ!トーマさん素敵です!」
「アメリアも、すごい綺麗だよ」
ピンクのドレスに白のフリルをふんだんにあしらったドレスを纏い、髪を緩く巻いているアメリアは絵本に出てくるお姫様そのものだ。華やかな彼女の姿を見ていると、誇らしくなってしまう。はにかみながらお礼を告げるアメリアは、でも、と唇へ手を当てた。
「もう少し…そうだ!」
トーマの全身を見て、パチンと手を合わせると自分の左耳へと手を伸ばす。何をしているのか見守っているトーマの前で、アメリアは耳についていたイヤリングを外す。ちょいちょいと呼ばれ顔を寄せれば、今しがた外したばかりのイヤリングをトーマの左耳へとつけた。真珠と銀とピンクの魔石で出来た少し長めのイヤリングを身に着けさせてから全身を再度見直し、トーマの手を引き鏡の前へと連れて行った。アメリアの後ろに立つトーマの左耳に同様のイヤリングが揺れている姿に、くすぐったくなる。
「華やかになりました!」
「そうだね、有難うアメリア」
「いえ」
「それに、お揃いだね」
「!はい、お揃いです!」
くすくす笑いあった二人は、迎えがくるまで近況報告を含めたお茶を楽しんだ。今夜のパーティが終わったら、レオルドと正式に式を挙げる予定なのだと恥ずかしそうに告げられたのには驚いたが、彼女的にはトーマがウィルと関係を持ったと言う事の方が衝撃だったのか、話題の大半は下世話だった。迎えに来たレオルドの顔を見て、トーマとアメリアはお互い顔を赤く染めしっかり彼を直視できなかったのは申し訳なかった。
「すっっっっごい、緊張する」
ローブの胸元を皺になるほど強く握りしめたトーマが硬い表情で口にしたのは本当に小さい声だった。扉の向こうにではすでに大勢の人間が集まっており、騒がしい音が聞こえているので、掻き消されてもおかしくない程小さい。しかし、その声はしっかり隣に立っていたライアスに聞き取られており、大丈夫だと笑われた。
「初めは誰でもそんなものだ。すぐに慣れるさ」
「無理、こんなの慣れたくない…」
「んだトーマ、緊張してんのか?宮廷魔導師なんて十何年ぶりの就任だろしなぁ、お前の行動、ずっと見られてんだろうなぁ」
「レオルド、煽るな」
「大丈夫ですよ、トーマ。私だけを見ていればいい」
「おい、誰かこの色ボケ黙らせろ」
「だだだだだいじょうぶ、みんな、じゃがいも、です!」
「…アメリアが一番ヤバイぞ、レオルド」
久しぶりに揃った旅のメンツは、それぞれ豪勢な衣装を身に纏っていても今だけは関係なくいつものように笑いあった。
よろしいですか?と扉の前に立っていた騎士に声をかけられ、問いかけられるようにアメリアとトーマへ三人の視線が集まる。トーマは息を吐くと、縮みこまったアメリアに視線を向け笑って見せた。
「大丈夫、治癒活動と同じだよ」
「…そうですね…そうですよね」
「うん。アメリアは、自慢の聖女だから、大丈夫。いつものように胸を張って」
「はい!」
「行こう、アメリア」
姿勢を正し、つられるように笑ったアメリアの返答で目の前の扉が開かれる。その先に広がるのは見たこともない煌びやかなホールに、貴族達の姿。眩しいぐらい溢れる光。映画やお伽噺のような世界。
「それでは、今回の英雄たちを紹介しよう」
「聖女 アメリア」
「騎士団 第四部隊 副隊長 第二皇子 レオルド」
「騎士団 第一部隊 近衛隊副隊長 ライアス・ロットナー」
「騎士団 第二部隊 魔法騎士班班長 ウィル・アーネット」
「昨日付けで就任した、宮廷魔導師 トーマ」
それぞれの役職名と名前が高らかに読み上げられ、室内から割れんばかりの拍手が響く。打ち合わせ通り、名前を読み上げられたので室内へ入ろうと歩き出すメンバーの中、一人トーマだけがその場から動かずにいた。不審に思ったウィルが名を呼べば、他三人も振り返る。足を止めトーマを気にしてくれた仲間たちの顔を一人ずつしっかり見ていったトーマは背筋を伸ばす。この扉を潜れば、正式に解除者の仕事を終え、宮廷魔導士としての生活が始まるのだ。支えてくれた仲間たちに、最大限の敬意を持って、この世界の敬礼をする。
「皆、今まで、支えてきてくれて有難う。これからも、よろしくお願いします」
解除者のお仕事はこの話を持って連載は終了となります。
短編、if等書きたい話がまだ残っているので、出来上がり次第こちらに追加させて頂きます。
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