8-5
顔を洗っていたトーマの背中へ、ノックもせずに入ってきてミラージュがテンション高く声をかけてきた。どうしたのかと振り返った先には、真っ黒のマーメイドドレスを手にしたミラージュが立っていて、思わずトーマの動きは止まる。
「なんですか、それ…」
「着替えが欲しいと言っておったろう!」
「ああ…そうでしたけど…それは…」
「私の弟子なのだから、もっと魔女らしくしても良いと思ってな、どうだ!官能的であろう!」
「嫌です!」
速攻で突っ込んだトーマを気にすることもなく、自分の体にドレスを宛てたミラージュは、何が不満なのだ?とくるりと回って見せた。胸のあたりで切替えてはいるがほぼシースルーの上半身と足の付け根ギリギリからの際どいスリットが入り、引きずるぐらいの丈のボリューミーなスカート。流石にミラージュの善意だとしても、このドレスだけは遠慮したい代物だ。
「魔導師ならばこれぐらい普通なのだぞ」
「私は痴女にはなりたくないので…シャツとズボンとかはないんですか?」
「なんだ、男装したいのか?」
「動きやすい格好の方が好ましいって意味です」
「つまらん奴だなぁ…」
頬を膨らまし腰に手を当て怒るミラージュに、すみません、と謝ると、少し待っておれとむくれながも許してくれた。だが、これは持っておけ!とドレスを押し付けてバスルームを出ていく彼女の後を追えば、ベッドの上に大きな紙袋が置いてあった。そこから取り出されたのは、黒の生地に赤のラインが入ったジャケットとズボン。形的にはウィルが着用している軍服に似ている一式と、紺色の生地に金ラインや装飾が入ったローブが現れる。
「宮廷魔導師の制服だ、私の物だが着るつもりもないのでな、トーマにやる」
「え?!いつか必要になるんじゃ無いんですか?!」
「基本、魔導師はこれを着ん。知っての通り、形式にはまることが嫌いなやつらばかりなのでな。だが、お前は皆と似たような恰好をしていた方が安心するのであろう?」
「仰る通りです…」
「ズボンとローブは新しい物を取り寄せた、取りあえず着てみろ」
有り難いミラージュの申し出を断る理由もない。着ていたワンピースを脱ぎ捨てると、すぐにシャツとズボンへと手を伸ばした。まさか異世界にきてまでネクタイを締めることになるとは…高校生以来のネクタイを締め、ボタン多めのジャケットを羽織ればすべてがピッタリで驚いた。これだけでも十分すぎる程の格好なのに、更に上からローブを羽織る。ゆったりとしているそれは、踝までの長さがあり、少しでも動くとやけにヒラヒラと裾が翻った。
「やはりお前は、中性的になるな」
少し離れ、全身を見たミラージュは困ったように笑う。近くにあった鏡の前で自分の姿を確認したトーマは彼女の言葉に納得をする。ゆったりとしているローブのせいで体の線ははっきり分からず、短く飾りっ気のない髪は中性的な雰囲気を醸し出す。それに加え、首元から下の軍服の襟とネクタイが覗いている為、それなりの位だと察せる。大抵、位が高い軍服を身にまとっている中性的な人間を見れば、性別は男だと思うだろうし、ヒールのあるブーツを履けば今よりも身長も上がる。女であると主張して歩きたいわけでは無いし、ウィルの婚約者という肩書が無いのだから、いっそのこと始めのうちは性別不明もしくは男と思われた方が楽なのではとどんどん考えが広がっていけば、見透かしたようにミラージュに声をかけられた。
「ウィル・アーネットへ相談してみると良い」
「え…?」
「中性で押し通す、と言う選択もあると言うことだ。その場合、パートナーに承諾を得ておいて損は無かろう」
「…そうですね」
パートナーと言う言葉に照れくささを感じながらも、トーマは頷いた。くるりと鏡の前で背を向けもう一度覗き込めば、顔を緩めた魔導師とその奥でニヤニヤしながらこちらを見ている魔女が映っていて…慌てて顔を引き締める。決してウィルの名前を出されてニヤけた訳ではなく、コスプレ衣装にテンションがあっただけだと言い訳をしておく。それでも何か言いたげにニヤついてみてくるミラージュの視線を避けるように顔を背ければ、サイドテーブルに置いてある小さなピンブローチが視界に入った。その視線を追ったミラージュもピンブローチを見つけると、和やかだった雰囲気が突然変わる。
「トーマ…それをどこで手に入れた」
硬い声色に驚きながらミラージュへ視線を向ければ、にらみつけるような目をしていた。言い訳など不要だ、と察したトーマは、すみませんと頭を下げた。
「昨晩…バルコニーへ出た時に。隣のバルコニーに偶然いた男性に渡されました」
「バルコニーにいた男?隣のバルコニーに人がいたのか?」
「ええ…月光花、でしたっけ?が咲いてて見蕩れていたら声を掛けられました」
「やられた、昨晩は満月か…!」
「え…?そういえば、そうだったような…」
「しかし、何故彼奴がここに…あのジジイが魔力の周期を知ってるはずが…」
「ジジイって…イケメンなお兄さんでしたよ?」
昨晩だけの印象だが、アルは決してジジイ等と称される年齢には見えなかった。あまりの違和感に苦笑するトーマだったが、その発言はミラージュにとっては重要だったのか、途端に厳しい光が目に宿った。
「トーマ、そいつはどんな男だった?」
「え…えっと、そうですね…濃い金髪で物腰が柔らかい人でした。確か、アルと名乗っていたような…」
「あのクソ狸めが…!」
名前を聞いた瞬間に舌打ちをし、不機嫌そうに腕を組んだミラージュに、びくりの肩を揺らしてしまう。ここまで怒りを顕にしているのは初めてでどうしていいか分からず、不安げに見つめるトーマの視線に気付き、ミラージュはすまんと息を吐くとピンブローチへと近づいた。そのまま捨ててしまうのではないかとはらはらしたが、それをつまみ上げると戸惑ってるトーマの元まで歩み寄り、胸元へとめる。その途端、はまっていた魔石が小さく光を生じた。
「…これはな、宮廷魔導師の証明だ。認められた魔導師の魔力を感じ取ると、中に光が生じ渦を巻くようになる」
その言葉に、慌てて胸のピンブローチへ目をやれば、透明な石の中で光が渦を巻いているのが確認できる。昨夜受け取った時にもこんな状態だったが、朝サイドテーブルに置いておいた時は何も起こっていなかったので、一定以上の距離がないと渦は生じないのだろう。
「これって…私に反応してるんですよね…?」
「そうだな。お前は本日より、正式な宮廷魔導師だ」
突然の事で驚きはしたが、やっと皆に世話を見てもらうと言う事からは卒業できるのだと思うと、嬉しくなって顔が緩まないように必死に唇を噛んだ。嬉しそうな様子を複雑そうな表情で見つめていたミラージュも、ふっと息を吐き気持ちを切り消えると、良かったなと笑顔を作った。
正式となったため、これからは自由に歩き回っても問題ないとミラージュからの許可も下りた。それから、近々部屋を用意してもらえると言う。今いる部屋は、王族と高位の物のみが入室を許可された棟の一角にある客室だったので、ずっとここに住むわけにはいかないようだ。独身者や、通ってこれない騎士と文官達が住んでいる兵舎の更に奥に魔術関係の研究棟があり、三階より上は魔導師の生活スペースとなっており、そこへ新たに移動となる。現に、ミラージュは既に住んでいるらしい。他に宮廷魔導師はいないのかと聞いてみれば、他に数名在籍はしているが、皆王都へは寄り付かず、更に言えば招集命令にも応じず、動くとなれば自分の為か戦時の時のみらしい。それで許されるものなのかと不安になるが、辞められて困るのは国だろうと返され納得する。そんな変人たちしか居ないので、自分で会いに行かない限りは、同じ肩書の人間には会えないだろうと断言された。引っ越しをしても、同僚兼隣人に気苦労などせず、旅に出る前と同じ環境で暮らせるのは大層有り難い。家具等を入れる必要があるので、パーティが終わるまではこの部屋を使えと言われ、素直に頷いた。
「私は野暮用がある。自由に出歩けるようになったのだ、食堂にでも行ってみると良い」
一区切りついたところで、ミラージュがそう切り出すと、さっさと部屋を出て行ってしまった。そこは案内しようなのでは無いのか、と言いたかったが、彼女から張り詰めた空気を感じ、呼び止めることはできなかった。宮廷魔導師の証明となるピンブローチを渡した男…アルについて調べに行ったのだろうか。あれだけ距離があったので、雰囲気に飲まれることはなかったが近くに居たら、あの人には逆らうのは難しい気がする。柔らかい雰囲気を纏っているのに威圧されると感じたのは、関係者だったからなのか…ミラージュの口ぶりからはあまり良い印象を受けなかったが、自分にはどうすることもできないことだと割り切ると、トーマは部屋の扉を開けた。
頼れる人間がどこに居るかも分からず、当然ながら案内図なども無い。城がこんなにも広く似たような風景が続いている物だとは思わなかった。完全に迷ってしまい、散策がてら部屋を出たのは失敗だったかもしれない。おまけに、人を見つけたと思うと、顔色を変えて廊下の端へ寄り、通り過ぎるまで頭を下げられるのだ。その気まずさと言ったら無い。人通りの少ない廊下を歩き続けたトーマは、とにかく人が居そうな方向をと歩みを進める。キョロキョロと辺りを見回し歩き回る姿はさぞ怪しく見えるだろう。申し訳なが、ここはウィル辺に頼るしかないか、と溜息を吐いて雑巾とバケツを手に持って頭を下げているメイド二人へと当りをつけた。ウィルも仕事中だろうが、城内に放り投げられて絶賛迷子中なのだから、背に腹は代えられない。トーマの胸に輝く魔石を見た途端、メイドが例のごとく端へ寄り頭を下げたのは、こんな時には都合が良かった。
「あの、すみません…」
声をかけると、二人のメイドは肩を揺らし頭を下げた状態で返事を返してきた。そんなに畏まらないでください、と苦笑して顔を上げさせれば、戸惑ったような表情を浮かべている。
「本日からこちらでお世話になることになった宮廷魔導師のトーマと申します。お恥ずかしい話なのですが、どうにも覚えられなくて…魔法騎士班が居る場所を知りませんか?」
なるべく怯えさせないようにと笑顔を浮かべれば、メイド達は驚いた表情を浮かべ固まった。しかしそれも数秒で、バケツを手にしている方が口を開く。
「魔法騎士様方でしたら、この時間は外回りかと…」
「全員ですか?」
「いえ、数名の方は残っておいでかと存じますが、その方々が現在何の任務にあたってらっしゃるかまでは…申し訳御座いません」
再び頭を下げる二人に、トーマはこちらこそごめんなさいと笑いかける。頬を赤く染める二人に、では食堂はどちらですか?と更に質問をすれば、事細かに教えてくれた。今居る棟の隣にある、騎士や文官達が仕事をする中央棟の端、兵舎棟との間に食堂はあるらしい。
「ありがとう」
何とかたどり着けそうだと安堵し、礼を告げ歩き出したトーマにメイドは頭を下げた。教えた通り廊下を右へと曲がりトーマの後ろ姿も消えた頃に顔を上げると、メイド達は自然と見つめ合った。
「何?今の信じられないぐらい素敵な王子様」
「魔法騎士班に御用って、やっぱりウィル班長?」
「でも、レオルド殿下の寝室がある方からいらっしゃったわよね?」
「スクープよ」
「スクープだわ」
色めき立つメイドの様子を、ここにいないトーマが知る由もない。
教えてもらった通りに歩いていけば、確かに喧騒が聞こえ始める。外へと続く渡り廊下の前にはライアスと同じ軍服を身にまとった騎士が二人居り、トーマの姿を見つけると驚いた後にすぐに敬礼をした。通って良いのだと判断したトーマは、通り抜ける時にお疲れ様ですと声を掛けながら廊下へと出た。少し先の扉にもやはり騎士が立っているが、こちらは先程の騎士達よりも装飾の少ない簡素な軍服を身に纏っており、位が低い事が分かる。長くもない廊下を歩いていると、向かいの騎士たちが敬礼をすると中央棟へと続く扉から見知った顔が出てきた。向かいから歩いてくるトーマに気付き、驚いて足を止める相手へ思わず駆け寄った。
「ライ!」
「トーマ…もう体調は大丈夫なのか?あの後再び倒れたと聞いたが…」
「そんな大袈裟じゃないよ、ちょっと眠くてなかなか起きれなかっただけだし」
「起きれない程の不調は、重症だぞ?」
「あー…まあ、そうなんだけど…」
苦笑をするトーマに、ライアスは顔を近づける。覗き込むようにしてきた彼と目が合うと、薄い茶色の瞳が柔らかく細まる。
「無理してないようだな」
「っ、信用してなかったの…?!」
「お前は、そういう事は直ぐに隠そうとするからなぁ」
「ぐ…っ」
ご尤もな言葉に言い返すことも出来ずに黙り込んだ様子に、小さく笑うと、トーマの全身を眺めるように視線を動かした。
「宮廷魔導師、就任おめでとう」
「うん。有難う。それと、レオルドとウィルからライの立場について聞いたんだ…そっちについても、有難う」
「いや…これは、ただの俺の我儘だよ。トーマの存在を少しでも知られたくない、俺の我儘だ」
苦笑を浮かべるライアスに、何を言えば良いのか分からず唇を噛み締める。優しすぎる彼に何も返すことができなくて、もどかしいと感じてしまう。それはしっかり本人にも伝わったのか、傷がつくと唇を親指で撫でてきたライアスは、優しく微笑んだ。
「あいつらに言われたと思うが、俺とはあまり関わらない方が良い」
「……ライ」
「ここは、旅の時とは違う。守ると誓った事は変わらないし、想いは揺らぐ事などないが、宮廷では力だけではどうしようもない時がある。それを、分かって欲しい」
そこまで言われてしまえば頷く事しかできない。それでも少し不満そうな彼女の様子に、小さく苦笑を浮かべたライアスが、有難うと呟いた時だった。急に周りの空気が張り詰めたかと思うと、話し声や足音が消え、カンっと床を靴が鳴らす音が響く。ライアスやトーマへ向けた敬礼とは違う動きと、固い表情を浮かべた騎士の間から、濃い金髪が現れる。豪華なマントをつけ、全身白と金の装飾の入った軍服を身に纏い立っていたのは、昨晩バルコニーで会ったアルだった。その後には、ライアスと同じ軍服を身に付けた騎士が二人控えているのも見える。優雅に歩く姿に、隣にいたライアスが聞こえない程度の舌打ちをしてから、周りの騎士と同じように胸に手を当てる敬礼をして姿勢を正した。その瞬間に、優しげな雰囲気が消えぴりっとした堅そうな雰囲気が彼を包む。一人取り残され、自分も同じように敬礼をした方が良いのかと戸惑っていると、すぐにアルに見つかってしまった。
「おや、夜の妖精さんじゃないか。こんな時間に再び会えるとは、矢張り僕と君の運命は重なり合うのかな?」
「あ、あはは…こんにちは、アルさん」
「こんにちは。嬉しいなぁ、名前を覚えていてくれたんだね」
にこにこと笑いながら歩み寄ってきたアルは、流れるようにトーマの手を掴むと、手の甲へキスを落とす。驚きはしたが、この人ならば仕方ないかと苦笑を浮かべたトーマとは違い、隣に居たライアスは信じられないと言った表情を浮かべていた。その様子に、アルは苦笑する。間近で見た彼はトーマよりも少し上のように見える。薄い紫の瞳がなんともミステリアスだ。
「なんだい、ライアス、そんな顔しなくても良いじゃないか」
「失礼致しました」
すぐに無表情へと顔を戻したライアスはまるで別人のようで…今度はトーマが呆気に取られ、ライアスを見つめてしまう。そのやり取りに、アルは声を上げて笑った。
「君たちは面白いね。しかし、ライアス、連れの導師がこんな素敵な妖精さんだったなんて…秘密にしてるなんて酷いだろう」
「申し訳御座いません」
「そう思わないかい、夜の妖精さん。いや、導師トーマ」
「え…」
「導師トーマはどこに行くつもりだったんだい?」
「あ、えっと、食堂に…」
「食事を?それなら僕もまだだったんだ、是非一緒にどうかな?」
「アルフレッド殿下っ、」
「僕は君に凄く興味があってね、折角だしライアスも来なさい。お前達はここで大丈夫だ、下がれ」
さりげなく腰に腕を回し引き寄せられたトーマは、すぽりとアルの胸へと収まる。後ろに控えていた騎士二人に声をかけると、行こうと甘く微笑みかけてから歩き出した。昨晩とは比べ物にならないぐらいの威圧感を感じ、歩き出したトーマ達の一歩後ろをライアスが静かについてくる。不安げにライアスへ視線を送れば、小さく頷き返された。大人しく従えと言う事なのだろうか…訳も分からないまま、トーマは今しがた出て来たばかりの棟へと入って行った。
迷路のように同じ作りが続く中を迷う事無く進むアルにエスコートされるのは、精神的に参る。一目見ただけで、メイドたちは壁に寄り添い礼をとり、当たり前のようにアルが通り抜ける。注目を浴びすぎて居心地悪さは先程の比では無い。なるべく顔を見せないように、俯いてひたすらに塵ひとつ無い床を見ながら歩き続けた。やっと室内へと入れば、そこはアルの私室だと言う。広い室内に、豪華な調度品、座ってと優雅に椅子をひかれ、微笑む彼の言う事を聞かないという事は許されないのだと本能的に感じた。彼も着席をし、壁際にライアスが立てば、君もこっちと手招きをする。表情ひとつ変えずに護衛ですのでと断るライアスに、アルは頬をふくらませた。
「今は公の場じゃないんだ。もう良いだろう、ライアス」
「しかし…」
「じゃあ命令だ。君たち、三人分の食事を」
「アルフレッド殿下!」
部屋の隅に控えていたメイドへ声を掛ければ、彼女達はお辞儀をして部屋を後にする。そうすれば、柔らかい物腰だが押しつぶされそうな威圧感がアルから減り、昨晩の彼に近付く。それを切欠に無表情だったライアスも、眉を寄せ表情を表した。
「トーマちゃん、どう思う?あんな仕事人間。だからライの婚期が遅れてるんだと僕は思うんだ」
「アルフレッド殿下」
「さっきも言ったように、僕に会わせまいとトーマちゃんのこと必死になって隠すんだ、ひどいよね」
「殿下」
「聖女の旅に凄腕の魔術師が同行しているなんて一般市民でも知っている内容なのにだ。その魔術師が解除者だって言うのもすぐに察しが付くし、重傷で運び込まれたのだって知ってる。そんな英雄にお礼を言いたいと言っても上手くはぐらかされて…そこまでされて気にするなと言う方が無理な話だ、ねぇトーマちゃん」
「アル!」
「なんだい、ライ」
いつの間にか壁際から移動しテーブルを軽く叩いて声を上げたライアスに、アルはにこにこと笑いながら答える。大きくため息をついたライアスは急に態度を変えると空いている席へと腰を下ろした。
「お前ら、いつ知り合いになってたんだ…」
「昨晩、運命的な出会いをしたんだよ。魔女によって囚われていた姫が月下の中儚げに立っているのだから、男としては声をかけずにはいられないだろう?」
「魔女め、抜かったな…」
髪をかき上げ悔しそうな顔をするライアスに、アルは頬杖をつくと上機嫌に笑った。
「いいねぇその顔。最高だよ、ライ。それじゃあもう一つ、君たちにとって最悪の事を教えてあげる。僕がプレゼントしたピンブローチ、早速つけてくれて嬉しいよ、トーマちゃん」
「あ、はい、これが証明だったんですね」
「そう。君が僕の物って自ら主張をしてくれて、ぞくぞくするね」
「僕の物って…」
性質の悪い冗談に苦笑を浮かべたトーマとは違い、ライアスの顔色が変わる。まさか、と呟く彼にアルは満面の笑顔で頷いた。
「そうだよ、魔石付きのピンブローチを渡したのは、僕。とってもトーマちゃんに興味があったから、父上から宮廷魔導師の管轄権を奪い取ってしまったよ」
「アル、お前…!」
怒りを露わにするライアスを見て、アルは相変わらず柔らかい笑顔を浮かべている。もう、ここまで来れば詳細を把握していなくても察しがつく。アルに対する皆の態度、この棟に私室を持つ意味、そしてライアスの肩書。
「と言うわけで、ご挨拶。初めまして、導師トーマ。僕はブリアント国第一皇子、アルフレッド・ラン・フォース・ブリアント。昨日から宮廷魔導師は僕の管轄になったため、君の直属の上司だよ」
「第一皇子が、直属の上司…?」
「そ、驚いたでしょう?」
驚き固まったトーマに、その顔が見たかったんだと上機嫌に笑うアルフレッド。関わるなと念押しされたが、それは守れそうにないと心の中で謝りながら、眩暈を起こしそうな頭を支えるだけで精一杯だった。




