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解除者のお仕事  作者: たろ
解除者のお仕事
74/78

8-3

 書き終わった書類の上へペンを置くと、ミラージュが回収をした。サインを確認し頷くと、紙を丸め胸元へと差し込んだ。


「これで手筈は整った。後は内部処理を待つだけだが、残念ながら宮廷魔導師としての身分を証明するものはまだ無い。悪いが、それが出来るまではこの部屋から出すわけにはいかん」

「お待ち下さい、ミラージュ様。せめて庭程度は、」

「駄目だ、姿を見られた場合言い訳がつかん。が…そうだな、夜にこの部屋のテラスにでるぐらいは良いだろう」

「しかし…!」

「ウィル。大丈夫だから」

「トーマ…」


 食い下がろうとする所で宥める様に声をかけたトーマに、ウィルは唇を噛み言葉を飲み込んだ。その様子にありがとう、と礼を言う二人を一瞥してから、ミラージュは背を向けた。


「私は早速書類を提出してくるので、失礼するぞ。おまえらも、会いに来るなとは言わぬが、まわりに悟られぬようにしろよ」


 残りの面子へと釘を刺し部屋を出ていこうとしたミラージュだったが、ああ、と声を漏らすとひょこりと扉から顔を出す。どうしたのかと視線を向けたトーマと目が合うと、赤色の瞳をスッと細めた。


「トーマ、見通す力は早々に殺した方が良い。予知夢など人には過ぎたる物…お前が辛くなるだけだ」

「…そうですね」

「それを狙う輩が現れないとも限らない、分かっておるな」


 その発言に、ナルディーニを思い出たトーマはびくりと肩を揺らしてしまった。この旅の中で何があったのか、彼女には全てお見通しなのかもしれない。はい、と弱々しく頷いたトーマの返答に頷き扉が閉まった。



 目が覚めたトーマだったが、魔力が著しく低下していた為に、体調も引っ張られ、それからまた三日ほど横になって過ごすハメになった。目覚めて微睡んでを繰り返し、昼過ぎに起きてぼんやりしている所でミラージュが食事を運んでくる。他愛ない話をし、彼女が部屋を後にすれば、持ってきてもらった本を読みながらまた微睡み、再び訪れたミラージュと夕食を一緒に取り、入浴して眠る。たまに、ミラージュが訪れても、眠くて起きれずに気配だけを感じる日もあった。次第に起きていられる時間も長くなり、久しぶりに朝から起きれた今日は、きちんと顔を洗い歯を磨き髪を整える。隣りの部屋にはしっかりとトイレとバスルームも完備されたホテルのような部屋なのは有難かった。服もきちんとした物に着替えたかったが、新しい物も今着ているのと同じ入院着のような白の長袖ワンピースしかなかったので、諦めた。

 ベッドの上で本を読みながら過ごしていれば、ノックの音がした。昼の時間にはまだ早い気もするし、ミラージュであればノックなどせず部屋へ入ってくるはずだ。誰だろうと首を傾げながら返事を返すと、ゆっくりと扉が開くと黒の裾が揺れた。


「おはようございます」

「ウィル!」


 そこには、先日全員が集まって以来のウィルの姿。旅をしていた頃は四六時中一緒だったので、数日会わないだけでも酷く懐かしく感じてしまう。ベッドから出ようとしたトーマに、そのままでと告げたウィルも、トーマの顔を見るのは久しぶりな気がしますと笑っていた。手に持っていた紙袋をサイドテーブルへと置くと、トーマへと顔を寄せる。


「だいぶ顔色は良くなりましたね」

「沢山寝たからね」


 ドヤと胸を張るトーマに、それは良かったと頬を撫でた。久しぶりの感覚に嬉しそうに目を細めたトーマだったが、すぐに我に帰り、お茶入れると動こうとするも、私がとウィルがベッドへトーマを押し返し、そのまま部屋に置いてあるポットへと向かった。水差しからポットへ水をいれ、魔石に手を添えれば水が簡単に沸く。それと二人分のティーセット盆へ乗せると再びトーマの元へ戻ってきた。盆をサイドテーブルに置き、手際良く準備を始めた彼に礼を述べれば、どういたしまして、と微笑みが返ってきた。


「その袋は、ライからですよ」

「ええ?!そんな良いのに…」

「彼の立場では、今はまだ会えませんからね。私が会いに行くと言ったら、二人で食べろと渡されました」

「そうなんだ」

「どうぞ、開けてみてください」

「え、うん」


 お茶を入れながらのウィルに促され紙袋を覗くと、中から甘い香りが漂ってくる。包装された箱を取り出し開けてみれば、一口サイズのクッキーが沢山詰まっていた。


「わ…!」

「これ、城下で人気な店の物なので、手に入れるのは難しいんですけどねぇ。あの人、どうしたんでしょうね」


 くすくすと笑いながらお茶を手渡してくるウィルに、トーマもつられて笑った。こうやって、ミラージュ以外の人と話すのは久しぶりな上に、会いたいと思っていた人物が顔を出してくれるのは嬉しい。皆仕事を持っている事と、会いにくい自分の立場を考えれば会えない日が続くのも仕方ないと理解は出来ていたが、寂しいと感じてしまうのは止められなかった。そろそろ折れてしまいそうな時に、タイミング良く声をかけてくるウィルの行動が計算なのではないかと疑ってしまう程だ。


「ウィルは、もう仕事に復帰してるんでしょ?忙しい?」

「私はそこまででもないですよ。居ない間に溜まっていた書類整理ぐらいでしょうか…レオルドやライは走り回ってましたけどね」


 忙しく走り回り指示を飛ばすライアスならば簡単に想像できるが、それをレオルドに置き換えると違和感しか無い。それが顔にも出ていたのか、ウィルは小さく吹き出すと、レオルドも一応働いているんですよ、と告げてくる。ずばり当てられ、そうだよねと苦笑を浮かべることしかできなかった。


「そう言えば、パーティの話は聞きましたか?」

「パーティ…?」

「ええ、聖女帰還の祝賀パーティです。そこに、貴女も参加出来るようにと、ミラージュ様が張り切ってらっしゃるんです」

「え、俺、じゃない…私も?」

「実際、一番の功績者はトーマですから」

「そんなこと…」

「二年もの間素性を隠し、最後は腕が潰れて尚、聖女を守り続けた…これほどの人物は他に居ませんよ」


 気ままに暮らして、皆と旅をして、最後は出来る限りの事をしただけだと思っていたが…確かにウィルの言う通り、トーマはアメリアとこの世界のためだけに呼ばれたのだから、一番の功績者で間違い無かった。そこまで重く考えずに過ごしてきたが、実際は重役だったのだなぁとしみじみ思い返し、照れ臭そうに笑う姿に、ウィルは目を細め見つめる。その視線に気付いたトーマが視線だけでどうしたのかと問えば、自然と伸びてきた手がトーマの指へと絡んだ。掴んだ手へ顔を寄せたウィルは、自分の頬へと当てると目を閉じる。


「無事で、良かった」


 幾度となく言われてきた言葉なのに、ウィルに言われるのはどうしてこんなにも胸がいっぱいになるのだろうか。自分だって同じ気持ちなのだと指を握り返すと、青い瞳が再びトーマを捉えた。


「本当の事を言うと、力のある人間が戦うのは当たり前だと思っていたんです。トーマのように、才能に恵まれているような天才は特に。貴方の魔法には興奮しました…どれをとっても一級品…初級でも威力は全く違うのですから、妬ましいとすら思った事もあるんですよ」


 いつもの笑顔とは違い、少し恥ずかしそうな苦笑を浮かべたウィルは、年相応に見える。何の前触れも無く突然本心を語り出した彼に驚きながらも、黙って聞いてくれるトーマの指へキスをひとつ落とすと、でも、と続けた。


「それなのに、貴方ときたら…大型魔物程度に腰を抜かすし、突然洞窟で落下したり…私が知りうる中でも最強の魔術師のはずなのに、何をしているんだと…」


 返す言葉も無く、只ごめん、と謝罪の言葉しか言えない。そんなトーマの言葉に、ウィルはくすりと笑うといいえ、と首を振った。


「あんなにも強い人も、私なんかの力を必要としている知れば、興味も湧いてくる。どんな人なのか、もっと知りたくなっていく。危なっかしいトーマを気にかけていれば、いつの間にか常に目で追うようになっていた…気が付いた時には、手を離してしまうのが怖くて仕方ないほど、大切になっていて…やられました」


 ちゅっ、と音を立てて爪に口付けられ、トーマの肩がぴくりと揺れる。恥ずかしくて目が合わすことが出来ず、頼りな下げに目を伏せた。答えを返さないトーマに不満を漏らすこともなく、ウィルはただ大切そうに手を握りしめるだけだった。



 その手が離されたのは、暫くしてからだった。突然扉が開いたと思えば、いつもの時間より少し遅い時間にミラージュが食事片手に現れたのだ。部屋の中にトーマ以外の人物を見つけ驚いた様子だったが、すぐに目を細めると二人の間に遠慮なく食事が乗った盆を置いた。大皿に盛り付けられているサンドイッチとスープが傾かないよう慌てて抑えたトーマが、危ないですよと思わず小言を言うが、ミラージュはじっとウィルを見下ろしている。もうそんな時間でしたか、と見慣れた笑顔へ表情を切り替えたウィルが立ち上がるのを、片手で制したミラージュはくるりと踵を返す。いつもなら共に食事をとるか、とり終えるまで待っている彼女の予想外の動きに驚いたのはトーマで、師匠?と声を掛ければ顔だけをこちらへ向けてきた。


「魔力はほぼ安定している。後数日でこの部屋からも出せるようになるだろうから、ゆっくり出来るのは今の内だ。元よりこの部屋は人払いされているので、思う存分楽しんでおけ」

「分かりました」

「人払い、の意味を分かっておるのか?」

「…え、そっちの楽しむ?!」

「男と女が一緒なのだ、やることなど一つであろう」


 背中を向けてヒラヒラと手を振りながら、扉が閉まる。上機嫌な自分の師の様子とぶっ飛んだ発言に固まったトーマは、ゆるゆるとウィルの方へと視線を向ける。呆気に取られている彼と目が合えば、ごめんとしか言う事が出来なかった。

 気まずそうにしているトーマに、どうぞ食べて、と食事を勧めてきたウィルを誘い一緒にサンドイッチを口へと運ぶ。味などまるで分からずにもごもごしていれば、トーマはよくこれを食べてましたよねと話題をさりげなく変えてくれ、これ幸いと乗っかった。ウィルの言う通り、暖かい食事が頂ける日の朝は、必ずこれを食べていた。嫌いでもないし、割と好きな食べ物の分類には属しているものの特別好きとまではいかない。朝から重たい食事をとるこの世界の食生活にはトーマの胃が付いて行けず、軽いものをと選んでいった結果になっただけなのだ。訳を話せば、なるほどとウィルは頷き、でも、これとパンケーキとなら重さはそこまで変わらないと思いますが…なぜ好きな方をあまり頼まなかったのですか?と指摘されて驚いた。食べていた回数は圧倒的に少ないはずだったのに、なぜそれを知っているのかと問えば、顔を見てれば分かりますと笑われた。ウィル曰く、好物を食べている時は表情が緩み切っているらしい。どこかでも聞いた覚えのある話に、トーマは恥ずかしさで爆発したくなった。これもウィルの言う通り、薄めで量も少ないパンケーキは好物だ。こちらでも甘いシロップをかけて頂く為、毎回食べると太るからだと正直に答えれば、必死に笑いを噛み殺されて何とも言えない気持ちになる。インドア引きこもり時代が長いのだから、食べれば食べた分だけ太るのは仕方ない。騎士をしているウィルとは基礎代謝が違うのだ。そりゃあ好きな物を好きなだけ食べたかったさとむくれるトーマに対し、やはり笑いながら謝ってくるウィルに少しイラっとしたので、頬を抓ってやった。


 一度感じた気まずい空気も他愛無い話をしていればだんだんと薄れていく。当たり障りのない世間話から始まり、その軍服はウィルに似合いすぎていて怖い話、王都のオススメ店、精霊との戦いが終わった後自分が目覚めるまでどうしていたのか等、どうでもいい話から真面目な話まで話し込んで行けば、既に窓の外は暗く染まり始めていた。外を見てからそろそろお暇しますと席を立とうとした時、タイミングよく扉が開けば、台車とその奥にミラージュが立っていた。長居してしまってすみません、と立ち上がったウィルだったが、座っておれと促して部屋へ入ってくる。良い香りがするので、夕食なのだと分かったが、いつもは盆に乗り切る程度の量だったはずなのに、とトーマは首を傾げた。


「皿は明日回収しに来る。こやつと食事をしてやってくれ」

「師匠、いくら何でも、ウィルにだって予定があるだろうから」

「予定?お前、明日の午前まで休みだったろう?」


 慌ててミラージュへかけた言葉を、彼女はそんなわけがあるかと突っぱねる。矛先が向いたウィルは、その予定です、と頷くと有難く頂戴致しますと優雅に頭を下げていた。申し訳なくて謝れば、公認ですねと嬉しそうな笑顔を向けられ、曖昧に笑って答えることで精一杯だった。


「ああ、先ほどは言い忘れておったが…避妊は忘れるなよ?」


 真面目な顔でウィルへと声をかけたミラージュに、会話とは全く関係の無いトーマがぶっと噴き出した。


「なななななんて事を…!」

「トーマにはこれから馬車馬の如く働いて貰うからな、身籠られては使いづらいだろう」

「やめて下さい!ウィルに失礼ですから、」

「ええ、善処します」

「ええ?!ウィル?!」


 激しく動揺するトーマとは対照的に、それはもう綺麗な笑顔を浮かべ承諾したウィル。何なのこいつらと信じられない物を見るようにミラージュとウィルを交互に見つめるトーマを他所に、満足気に頷いたミラージュは昼食の皿を載せた盆片手に部屋を出て行った。せっかく空気が回復したと言うのに、どうするんだこれ、と絶望的な気持ちで呆然とするトーマへ、見送ったウィルは頂きましょうか、と綺麗に微笑んだ。


 部屋に灯りを灯し、場所をベッドからソファーへと移動をする。ミラージュが持ってきた食事には、珍しく酒まで用意されていた。細くなってしまった食のせいですべては食べきれなかったが、少しずつ摘まみながら頂くお酒は極上で、自然と頬が緩む。幸せだと正直に感想を述べると、ウィルも同感のようで、頷いた。


「はーーー、こうしてるとまだ旅は終わってないんじゃないかって思えてくる」

「そうですねぇ…男と同室なんて、貴女には辛い思いをさせてしまいましたね」

「ううん、楽しかったよ。最初はドキドキしたりもしたけど…本当に最初だけ」


 潔いくらい男扱いだったしね、と笑えば、ウィルは眉を下げ悲しそうな表情を浮べた。


「すみません…最初は疑っていたのですが…トーマがあまりにもサバサバしていたので…」

「ん?私、今そこはかとなく貶された?」

「まさか。しかし、もうトーマと一緒に夜が過ごせないと思うと…」


 座っていた距離を詰め、トーマのグラスに酒を注いでくるウィルを拒めず黙って彼をみつめれば、寂しげに笑いながらボトルをテーブルへと戻した。恋人関係でも無い男女が、一緒の部屋で一晩過ごすのは宜しくない。何も無かったとしても、お互いの立場が許さないのは分かっていた。ウィルがどれ程の立場の人間なのか直接聞いていないので知りはしないが、聖女の護衛へ抜擢されたのだから、一般兵ではない事ぐらいは予測できる。加えて、今後宮廷魔導師となるトーマの立場はさらに上になる。食客と言う言葉も出てきてたのだから、少なくとも騎士や魔術師達より上なのだろう。性別の違い、身分の違い、お互いの立場…隔てる物は多く、これから身を置こうとしている所は異世界なのだと思い知らされる。


「…寂しくなるね」

「ええ…」

「ウィルとは一緒のベッドでも寝たからなぁ…流石にあれは緊張したよ」


 懐かしさにくすくすと笑いながらグラスを傾けるトーマに、その割には熟睡してたじゃないですかと横から突っ込みが入り、それは、と口ごもる。グラスを手のひらで回しながらもじもじしていたので、それを取り上げテーブルへと戻せば恨みがましい視線が向いてきた。


「もう一度、体験してみます?」

「っ、洒落にならないから、」

「本気だと言ったら?」

「ウィル…」

「待ての御褒美、頂けないのですか?」

「! それ、は…」


 青い瞳を細め顔を近付けてくるウィルの熱視線に、ぎこちなく目を逸らしたトーマだったが、後ろへと下がることはしなかった。必死に逃げずに受け止めようとしてくれる姿に、一歩前進したと嬉しくなり、ウィルはすみませんと苦笑を貼り付けなおす。パタリと止まった色気に、困惑しながら視線を戻してきたトーマと目が合った。


「冗談ですよ。実は、今でもギリギリなんです。なので、そろそろ失礼させて頂きますね」


 ちゅっと鼻の頭へキスを落としたウィルがいつものように綺麗に微笑むと立ち上がる。呆然と見上げてくるトーマの頬をおやすみなさい、と撫でてから背を向け歩き出す。ドアノブへと手をかけた所で、空気が動いた気配がしたと思えば、背中へ軽い衝撃が走る。驚いて振り返るとトーマが抱き着いていて…夢のような出来事に思わず笑ってしまった。


「こら、トーマ、私の話聞いてましたか?離れて、」

「いいよ」

「トーマ…?」

「あげる、御褒美」

「トーマ、自棄になっていませんか?確かに見通す力は早くに失った方が良いと思いますが、今日のミラージュ様の言葉を真に受ける必要は…」

「ウィル」

「ああ、分かりました。酔ってますね?ベッドまでは運んで差し上げますから、」

「好きだよ」


 遮るトーマの言葉に、ウィルの呼吸は止まる。背中へ埋めていた顔を上げ、見上げてきたトーマの顔を見ればとても酔っているとは思えない程真剣だった。回されている腕を外し、しっかりと向き合えば、今度は逸らすことなく見つめ返してきた。


「貴女は…ライが好きなのではないのですか?」

「…そうだね、きっと好きだった。でも、今は憧れてるって感情の方が強いかな」


 何かと頼りになり、優しくて、責任感の強いライアスを思い出し、トーマはくすりと笑った。彼に対して好意を抱いていたかと聞かれればYESだろう。牢屋から引っ張り出してくれた彼を嫌うことなど出来るわけもないし、親身になって話を聞いてくれるお陰で、自然と距離感も近くなった。年齢を気にしたことは無かったが、レオルド、ウィル、アメリアの前では年上として無意識に気を張っていた事もあり、ライアスの隣は唯一落ち着ける場所だった。最初から女性として接していれば、異性として好きになっていたのだろう。一瞬気づいたその気持ちは、勘違いしてはいけないと殺したはずだったが…気づけば、好意はいつの間にか敬愛に変わっていた。

 対して、ウィルへ抱いている感情は紛れもなく純粋な好意。最初こそ、ウィルのような人間に恋に落ちることなどないと思っていた。二次元ならばドストライクでも、ここは三次元だ。物腰が柔らかで優しい笑顔の紳士というものは、絶対に腹黒ドSで利己的がテンプレであり、ウィルもそれにぴったりとあてはまる。面白半分にちょっかいを出してきても、本気ではないと分かっていたし、このタイプを好きになれば絶対に自分の首を絞めると分かっていたのに…垣間見せた弱さに、計算のない本当の優しさに、直向な想いに、いつの間にか心を許していた。今までの距離が、関係が壊れてしまうから、答えることに戸惑っていたが…もう潮時だ。きっと、自分の心などミラージュにはお見通しで、お膳たてしてくれたのだろう。ここまで待ってくれた彼に、答えるのは今しかないと思う。


「それとも、"私"の言葉では信じられない?」

「そんな事は…」

「"俺"が好きなのは、寂しがり屋で、愛され慣れてない、いつでも俺の味方で助けてくれた魔法騎士さんだよ」


 綺麗な顔を辛そうに歪ませたウィルは、微笑みかけたトーマを強く抱きしめた。縋りつくようなウィルに、トーマは安心させるように優しく背中を擦ってやる。ぎゅっと力を込めてから体を離したウィルは、潤んだ瞳でトーマを見つめてきた。


「本当に私で良いのですか…?私は、中途半端で…トーマのような素晴らしい人間ヒトには、私など…」

「いくら本人でも、俺の好きな人を貶すの禁止」

「トーマ…すみません」

「やっぱり、男言葉こっちの方が話しやすいや。ウィルこそ、いいの?こんな、どっちだか分からないようなやつで」

「言ったでしょう、性別など関係ない…私は、トーマが良い」

「でもさ、俺だってやっぱりウィルの事思うと、」

「私の事など気にしなくて良いんです」

「気にするよ、ウィルが不安に思うように、俺も、」

「もう、黙って」


 言葉が紡げたのはそこまでだった。君のことが心配なのだと告げようとし開いた唇は、ウィルに塞がれていた。ちゅっと軽く音を立てて口付けられてから解放される。薄目で覗き込んできた青い瞳と目が合い、小さく笑ったトーマは目を閉じれば、再び塞がれて。啄むように唇を食まれ、答えるように軽く開くと舌が入り込んできた。自分よりも大きいそれに、自分は女なんだなと改めて思っていると、余計な事を考えるなと怒ったように絡めとられた。


「っは、ん…」


 甘ったるい吐息を吐けば、それに煽られたようにウィルの腕がトーマの後頭部へと回る。掻き抱くように髪を乱され、固定されると口付けは更に激しくなった。もう息の吸い方等忘れてしまう。悪戯に吸ったり、噛んだり、酸欠になりそうな体に与えられる感覚にビクビクと体が震え、立っていられなくなる。かくんと膝が折れそうになった所で、足の間にウィルの膝が割り込んできて、腰に腕を回される。背中に衝撃を受けたと思えば、器用にも彼は回転して、トーマの背を扉に預け、力の抜けた体をウィルが支えていた。


「可愛いですよ、トーマ」


 扉とウィルに閉じ込められたトーマが、肩で息をしながら必死に軍服を掴み堪える。そんな耳元へ囁けば、恥ずかしそうに身を捩った。部屋着のお陰でがら空きの首元へキスを落とすと、トーマが数回軍服を引っ張ってきた。


「チヒロ、」


 潤んだ瞳で見上げてきたトーマが言った聞きなれない言葉に、顔を上げたウィルは首を傾げる。


「チヒロ・トーマ…、俺の、私の名前…」


 呼んで、と可愛くおねだりをされ、ウィルの中で何かが切れる音がした。もう、我慢が出来ない。そんなつもり等全くなかったのに…目の前にいる可愛すぎる生き物がいけない。明日、トーマに怒られてしまうと分かっていても、止められなかった。


「チヒロ、私が責任を持って幸せにします」


 抱き上げたトーマの額へキスを落とせば、彼女は泣きそうな顔で有難うと笑った。


5回ぐらい書き直したんだ…本番じゃないので、15指定で大丈夫ですよね…?(ビクビク

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