7-9
なんちゃって戦闘な上に血なまぐさいです。
ヒロインが痛みで絶叫するって言うのがダメな方…すみません。
ライアスの攻撃を受け、精霊は斬られた胸を押さえながら後ろへと飛びのいた。トーマに向けて放った光の矢はその瞬間に消え、防御壁がはじき返していたうるさいぐらいの音も止まる。忌々しそうにライアスを睨み付けながらも体勢を立て直すと、彼へ向かって腕を振る。すると、彼目掛け光の矢が飛んでいく。トーマに対して程ではないが、雨のように降り注いでくる矢に、ライアスは剣を構えた。
「解放!」
そう口にした途端、剣に嵌め込まれていた魔石が光り、剣身にも紫の光を纏う。降り注ぐ矢を払うよう剣を振れば確かな手ごたえを感じる。通常の光の矢は単発式のようで、矢を捌きながら後退すればすぐにそれは収まった。先ほどトーマに放った時のように持続させるためには、常に魔法を発動させている必要があるため、接近戦が可能な者が居る際はあまり発動する事はないだろう。それだけ分かれば十分だ。続け様に放ってきた光線を交わしながら、ライアスは辺りへ目を向けた。
覇気は劣らずとも、多かれ少なかれ、皆手負いだった。ライアスは、今さっき躱しきれず矢で掠った傷がいくつも、避けることをあまり得意としていないレオルドは、光線を避ける際に何度か寸での所を掠っており、更にはいつの間にか出来ている切り傷がいくつもある。防御壁を張り続けているトーマは、一見どこにも怪我を負っていないように見えるが、身体が魔力に追い付いていないのか、伸ばし続けている腕には大きな赤い染みが出来ている。すでに冷静になりつつある精霊だが、まだ後ろを振り返させるわけいはいかない。剣を構え直し相手との距離を詰めようとした時だった。後ろから、トーマの静止の声が飛んでくる。振り返ってみれば、彼は口の端を上げながら、精霊の更に奥を見つめていた。
「そこ、危ないですよ」
背中にかけられた声に反射するように、ライアスはトーマたちの方へ向かって駆け出した。それと同時に彼が今までいた足元から火柱が上がる。
「火柱・甲」
ウィルの声が響いた時には、すでに精霊は足元から噴き上がった火柱に全身を飲まれ姿が掻き消えていた。熱風だけでも火傷をしそうな上位魔法に、トーマは防御魔法の範囲を広げ、対象を最前線にいるライアスまで入れる。防御壁に居てもなお吹き付ける熱風に、これの外は相当の熱さだと言う事が分かる。術者であるウィルは大丈夫なのか心配になる程の勢いだ。真っ赤に燃え上がる炎が揺れると、次には高い金属音が響いた。一瞬垣間見えた炎の先では、あちこちを黒く焼け焦げている白い精霊の攻撃を受け流しているウィルの姿が確認できた。
「しつこいですね」
駆け出したウィルの後を追う様に精霊も高く飛ぶ。炎の勢いは収まり、燻っている上へと姿を現した精霊は明らかに手負いで、動きが遅くなってはいるが攻撃をやめる気配はない。だが、大量の魔力を消費しているウィルにとっても、状況は似たようなもので、思う様に体が動かないようだ。トーマに向かい投げつけてきた槍と同等の物を具現化すると、ウィル目掛け投げ飛ばす。その槍は、ウィルの腕を掠めながら床へと突き刺さる。同時に、地面に血痕が散った。左腕から多量の出血をしながらも駆けていたウィルは、少し先で腕を庇う様に押さえると片膝をついた。
「ウィルさん?!」
それに慌てたのは、トーマの後ろで見守っていたアメリアだ。慌てて駆け出そうとした所を、トーマが乱暴に掴みそれを止めた。
「離して、ウィルさんが…!」
「あんな前線、行かせられない!!」
涙を溜めて睨み付けたアメリアに、トーマが怒鳴りつける。彼に初めて怒鳴りつけられ、驚くアメリアだったが、次いで聞こえてきたウィルのうめき声にすぐに我に返り視線を向ける。いつの間にか彼の剣には炎が纏わりついており、その剣を左腕に当て付けていた。冷や汗を浮かべ青白い顔色をしながらも、大丈夫だと言う意味を込め笑顔をたたえたウィルはしっかりとアメリアを見ている。それと目があったアメリアは小さく息を飲むと、納得したように頷いて見せた。ほっとしたような表情をしたウィルだったが、すぐに血相を変えるとトーマと叫んだ。
慌ててトーマが前を向いた時には、遠くにいたはずの精霊が目の前に迫っている。アメリアを止めるため防御壁の展開を止めてしまったために、接近を許したのだ。突き出された三叉槍に逃げ場など無く、恐怖に思わず目を閉じた。だが、痛みは訪れず、金属音が響く。驚き目を開けば、目の前には鮮やかな金髪が揺れていた。
「ッ、テメェ、相手は俺らだろうが…!」
宙に浮かんでいる精霊からの攻撃を受け止めているために、さすがのレオルドでも分が悪く押され気味で、肩で息をしている彼の足元はゆっくりと後ろへ滑り始めている。それに気づいたトーマは、レオルドまでを含めるようにして防御壁を張った。防御壁に直接触れば弾き飛ばされるのを理解しているのか、トーマの動きを逸早く察知した精霊が自ら距離取るように跳躍するが、逃がすまいと、続けざまにトーマは腕を振る。
「風鎌!」
間近での魔法はさすがの精霊も避けきれないと判断をし、守るように出された左腕を大きく風鎌に切りつけられながら、精霊は後退する。
「わりぃ」
「ありがと」
振り向きざまのレオルドの言葉と、素直に頭をさげたトーマの言葉が重なる。これには予想外だったのか目を大きくしたレオルドは小さく笑いながら頷くと、迎撃をしているライアスの元へと駆け出した。既に、傷口を焼いて止血したウィルも珍しく魔法剣士らしく剣に魔法を纏わせながら前線へと加わっており、精霊は確実に押され始めている。レオルドが駆けつけ三対一になると、薙ぎ払いの光線を多用し始めた。近付きにくいそれに阻まれ三人が足を止めた所で、精霊は天井まで高く上昇した。
「光の矢!」
部屋全体を覆う様に降り注ぐ光の矢に、魔石を解放させた剣を構えた三人はそれぞれ叩きとし始める。だが、矢の数は膨大で、全てをいなせるわけでもない。それが分かっていたトーマは、意識を集中させると天井へ向かい炎の範囲魔法を唱えた。高熱により一気に燃え上がった光の矢は、地面に落ちる前に燃やし尽くされ、灰へと変わっていく。それでも残っている物もあるが、数は先ほどの半分以上に減っており、格段にいなしやすくなる。
「トーマさん、あれ…!」
持ち堪えた三人にほっと息を吐いたトーマの後で、緊張した声のアメリアに名を呼ばれ振り返り、彼女の震える指先が指す先へ目を向けて、今度は息を飲んだ。崩壊している棺の上に浮遊している精霊に、大量の魔力が集まり始めていたのだ。光の矢はこの為の囮だったのかと気づいた時には既に遅い。チャンスとしている特大魔法を、精霊が撃とうとしているのだ。追い詰められれば使う切り札にお目にかかれたものの、圧倒的な魔力量を前に恐怖で身体が動かない。
「皆さんを…、トーマさん!」
悲鳴のようなアメリアの声に、前にいた三人もようやく気付き彼等の視線の先へと目をやり絶句する。浮かんでいる精霊の周りには、既に数十本と言う槍が具現化されている。あんなものを一気に投げ飛ばされでもしたら、たまったものではない。今この現状であれに耐えられる力を持つ者は、トーマぐらいなのだが、その彼が耐えきれるかも微妙な所だ。それはトーマも同じだったようで、震える息を無理やりに飲み込んでから、叫んだ。
「下がって!!」
トーマの指示に、三人は弾かれた様に駆け出す。交代するように、トーマは前へと駆け出した。アメリアを守るようにレオルドが立ち、トーマの数歩後にライアスとウィルが並ぶ。普段通りに前へ腕を突き出すと、トーマは声を張り上げた。
「絶対防御!」
今まで感じたことが無いほどの魔力が集まる。熱いぐらいの手のひらからは、薄い青色の壁が展開された。その壁に向かい、空中にいた精霊が大量の槍を投げ落としてくる。強度を上げるため、極小範囲に展開したので、トーマたちの周りには次々と槍が突き刺さり粉塵が上がった。ただ闇雲に撃っている訳では無いようで、槍の軌道はどんどんと修正され、全てが絶対防御目掛け降ってくる。ガンと言う音を立てながら絶対防御に槍が突き刺さりは消えを繰り返していれば、次第にトーマが押され始めた。それを物語るように、最初こそ消滅していた槍は、どんどんと消えずに絶対防御に刺さったままで残っていく。
「ぅ、あぁぁ…!」
焼ける様な痛みが腕全体へと広がった。ぱたぱた、と衣服が吸い込み切れなかった血がトーマの足元へと零れ落ち血溜りを作っていく。耐えきれず声をかけたのはウィルで、駆け寄ろうとした所を本人に下がって!と怒鳴りつけられた。顔だけを振り返えらさせたトーマの顔色は、既に血の気が引き蒼白になっている。
「ウィルは、この後が、あるでしょ」
「トーマ…」
トーマがここを耐えぬた後、攻撃を仕掛けるのはウィルの役割だ。予め決めており、同意したはずの作戦だが、目の前で痛み苦しんでいるトーマに対して駆け寄る事も出来ないのはなんとも歯痒く、悔しい。強く噛み締め感情を押し殺すウィルの名を呼んだトーマは、小さく微笑んだ。
「大丈夫」
再び前へと顔を向ければ、先程よりも一回り大きな槍が二本飛んできていた。更に強く展開するよう魔力を追加するも、うち一本がトーマが立っている真横へと絶対防御を打ち破り飛込んできた。槍のせいで抉られた床は瓦礫を伴い砕け飛び、容赦なく当たりへと飛び散る。流石に絶対防御内での出来事には対応しきれなかったトーマは、瓦礫による衝撃を覚悟するが、その前に柔らかい感触に包まれた。
「ぐ、あ…!」
降ってきた呻き声は、ライアスの物で。驚いて顔を上げれば、トーマを庇うようにライアスが抱きしめている。頭に瓦礫が当たったのか、額から血を流している彼は、トーマと目が合うと茶色の瞳を細めた。そのまま背を抱くように後ろに回ると、抱き込むようにしてトーマの両腕を支える。トーマが今使用しているのは、特大魔法。放出している魔力は尋常ではなく、使い手だけでは無く近くに居るものにすら熱を感じさせる為、トーマを抱きしめているだけでも熱いはずだ。腕を掴むなど、炎に手を突っ込んでいるのと同じぐらいなのに、ライアスは離すことも、握り潰すこともなくトーマの腕を支えていた。
「ライ、危ないから、」
「だったら尚の事離さない」
「な…っ」
「俺は、トーマを守ると誓ったから」
「ライ!」
「くるぞ」
こんな所で貴重な戦力を潰すわけにはいかないと顔を上げたトーマだったが、ライアスの声に視線を精霊へと戻す。すると、そこにはライアスの言った通り、先ほどの比にはならない程の大きさまでになっている槍を具現化している精霊がいた。あの大きさの槍を防ぎきることは不可能だと言うのは、トーマでなくても分かることだ。貫通してきた槍の倍はある大きさなのだ、正面から受けたら力負けするのは確実だが、しかし逃げることは出来ない。ここで守り切らなければ全滅して終わり。トーマは持てる全ての魔力を手のひらへ放出を始めると、絶対防御内は彼の魔風で吹き荒れた。
「トーマ、受け止めるな、受け流せ」
耳元で囁かれたライアスの言葉に、トーマは頷いて答える。いつ槍を投げ飛ばされてきてもおかしくない、そんな状況で、二人の隣に足音を鳴らしながらウィルが並ぶ。痛みに顔を歪め、それでも前をにらみ続けているトーマを一瞥し、苦しそうに眉を歪めたウィルだったが、その表情をすぐに不敵な笑顔へ塗り替える。
「ライ。仕方ありませんので、ここは譲りますよ」
「何を。ウィルこそ、一番おいしい役割だろう」
「おや、では今からでも変わります?」
「まさか、俺はトーマの騎士だからな」
「はいはい、騎士様。私の愛しの君は任せましたよ」
剣を片手に腰の位置を落としたウィルが、いつでも駆け出せる体勢をとる。トーマが次にくる攻撃を止めれば、隙の出来た精霊へ攻撃を仕掛け、アメリアが祈りを捧げる…正念場だ。二人の会話など聞こえない程の集中を見せたトーマが、今までやったことの無い最大出力で魔力を放出されば、精霊も腕を振り具現化させた槍を狂いなくトーマ目掛け飛ばしてきた。腕が魔力の影響で溶け落ちそうな感覚に、ライアスは歯を食いしばる。
絶対防御へ突き刺さった槍の威力は凄まじく、あたりに粉塵が舞った。勢いに押され、トーマの体が足元から後ろへと押されるのを、ライアスが抱き止めた。正直、トーマにもう手の感覚は無い。指の骨など何本か折れているかもしれない。それでも増す魔力に、近くにいたライアスとウィルにも聞こえるぐらいの音で、バキンと何かが切れたような、折れたような音が響いた。
「っ、あ゛あ゛あ゛ぁぁあ…!!!」
途端にトーマから悲鳴が上がる。それでも、ボタボタと出血の増す腕を伸ばし歯を食いしばりながら槍を受け止め続けているが、限界なのは分かっている。踏み込んだトーマは、腕を右へと少しずつ動かしていく。対等程度の魔力では軌道をずらすまでにはいかず、自分の生命力でブーストをさせれば、ゆっくりと槍の矛先はずれていく。トーマの悲鳴を真横で聞いているにも関わらず、精霊だけを見据えていたウィルは目を細めた。同じように力を放出しトーマと力比べをしている相手は、酷く疲れ切っている。
「逸れろぉおおお!!!」
叫び声と共に、更に魔力の威力が上がるのを隣に感じ取ったウィルは地を蹴った。絶対防御内を飛び出し、目指すは陽の精霊。ウィルを止めようと腕を振る精霊だが、力が残っていないのか風だけが巻き起こり、得意の光線も、光の矢も現れはしない。目前にまで迫ったところで、突き出された槍をウィルは右腹で受け止めながら己の剣を精霊の胸へと差し込んだ。
「アメリア!」
レオルドの声が聞こえ、すぐに祭壇内は暖かい光に包まれる。咽かえるような血の匂いがしているのに、こんなに辺りは暖かいと言う矛盾がおかしくて。小さく笑い声を漏らしながら目だけを後ろへやれば、力なく倒れているトーマを、ライアスが抱きしめている。トーマは無事なのか、なんて取り留めない事を考えながら意識が遠のいて行くのを感じる。
耳元で、ありがとうと女性の囁く声が聞こえたような気がして、世界は暗転した。




