表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
解除者のお仕事  作者: たろ
解除者のお仕事
71/78

7-8

なんちゃって戦闘なので、ご容赦下さい…

 

 洞窟内へ足を踏み入れると、ひどく静かだった。どこか天井から垂れているのか、ぴちゃんと言う水音や、時折聞こえる風の音の他には何も聞こえない。トーマの言った通り生き物の気配は皆無で、逆に不気味さを感じてしまう。それでも、外は既に暗くなっている。魔物の多さも他の比にはならないと知っているから、体を休めるのならここが一番最適なのだろう。洞窟内に防御璧を展開するトーマに続くように、それぞれがぎこちなくもいつも通りの準備を始めた。いつも通りの最後の野宿だったが、最後の見張りは誰にしようかと話題が上がった時、いつもとは違うことをトーマが口にした。


「見張りはいらないんじゃない?」

「しかし…何かが洞窟内に侵入してくる可能性はあるだろう」

「?入ってこれないと思うんだけど」


 ライアスの言葉に、トーマは不思議そうに見つめかえす。なぜそんなことを言うのかと言った視線に、今度はライアスが不思議に思う。なぜと聞かれればはっきりと説明が出来ず…だが、安全だと言いきれる。根拠の無い自信に気付き、あれ?と首を傾げるトーマだが、彼以上に状況がわかっていないライアスが答えられるはずもない。そんな首を傾げあう二人に、アメリアが、あの…と控えめに声をかけた。


「ライさんには…見えませんか?」

「見える…?」

「入口に、何か…結界のようなものが張ってあるじゃないですか。通り抜けるときだけ、トーマさんが解除をした…」

「何…?」


 驚き振り返るが、洞窟の入口は先程と変わらず暗い口を開けているだけだ。強いて言えば、闇が深くなったぐらいだろうか…とても結界などは見つけられない。他はどうかと、会話を聞いていたレオルドとウィルへ視線を向けるが、彼らも首を振った。それを見たアメリアは、え?と驚くと助けを求めるようにトーマへ視線をやる。目が合った彼だけは、合点がいったのか、なるほどと納得した。


「その結界は、恐らく聖女にしか見えないと思う。俺も目視は出いないけど、ここへ入るときに何かを一瞬解除した感覚はあったんだ」

「聖女にしか見えない結界は、解除者にしか解けないですか…」

「お前らいなきゃ誰も入れないって事か?」

「いえ、そういうわけでも…透明な壁みたいな向こう側には、魔物も沢山いるんですが…見えませんか?」


 あそこに、と指さす先へ視線を向ける。至って普通の岩の壁が広がるそこは、とても魔物がいるとは思えない。もちろん、それはトーマも同じで、何ら変わりない洞窟が広がっているのだが…ある一箇所に不自然な切れ目のようなものを見つけ、歩み寄る。トーマの様子をじっと見つめていた護衛達の前で、トーマはその切れ目へと手を触れた。すると、今まで岩だと思っていたそれは感覚を無くし、手が奥へと入り込んで行き、そのまま前進すればすんなりと壁の中へと体が埋まっていく。上半身だけさらに前のめりにしてみれば、暗かった視界が開け、全く同じ左右対称の情景が目に飛び込んできた。そこには、アメリアの言う通り魔物が数匹いる。気付かれないように静かに状態を正し振り返れば、驚き固まる三人と、こちらには気付かないみたいなんですと告げるアメリアが居た。要は、自分たちが今いる所は入口から違うのだろう。トーマが居なければ結界は解除できないし、アメリアが居なければ解除すべき結界がどこに張っているのかも分からない…最深部に進むには確かに一般人だけでは適わないと言うのも肯けた。

 結局、トーマの防御璧もあるからと言うことで、見張りは立てずに皆が休む事になった。休む前に、最後にもう一度事前に決めておいた段取りを確認する。扉が開いて直ぐにこちらへ向かってくる精霊に、先手を取られるわけにはいかない。防御璧で初撃を耐えると言う選択肢もあったが、距離を詰められた状況ではこちらが不利なのは目に見えているからだ。開けた瞬間に攻撃を仕掛ける事、誰か一人が注意を引き攻撃を集中させる事、光の矢がどれ程の脅威なのかなど、淡々と進められる作戦会議は、今までに無く事務的に短時間で終わる。体を休めようとライアスが締めれば、異論もなく解散になった。



 翌朝、いつものように軽い携帯食料を腹に入れると最深部へと向かって歩みを進めた。静かな洞窟内には、人数の足音だけが響き渡る。入口付近では見られなかったが、ここまで進んでくると壁に埋まっている魔石から光が発せられ、薄く青く光り始めていた。普通魔力を通わせなければ光ることがない魔石が光ると言うことは、既に精霊のテリトリーへ侵入している事を意味しているのだろう。自然と会話は途切れ、無言のまま進んでいく。道は別れている訳ではなく、緩やかな下り坂の一本道で迷うことは無い。進めば進むほど空気は重くなり、まとわりついて来るように感じた。そして、一際周りが明るくなった行き止まりのような場所へと出る。


「行き止まり、か?」


 小さく呟いたライアスは、自然とトーマとアメリアの方へと視線を向けた。寄り添うように立っていた二人は、違うとそれぞれ首を振る。


「更に奥に、入口が隠されているはずだよ」


 静かに告げたトーマがゆっくりと歩き出す。付いてこようとしたアメリアをやんわりと止めた。不安そうな彼女に、大丈夫と笑ってから一番奥まったところまで近づくと、トーマに反応するように石版が浮き出てきた。石版からも光が放たれており、小さな光の粒のようなものが周りに浮遊している。この後の事が無ければ、蛍のようで綺麗だと感動出来たかもしれない。浮き出てきた石版を片手で撫でると、ほんのりと温かい。気持ちを落ち着かせる為に、ふっと息を吐いてから、後ろへ振り返った。


「言ったとおり、俺がこの石版へ力を巡らせば後ろの岩壁が扉に変わる。そこへ更に力を加えると、扉が開かれる」


 冷たいぐらいのトーマ声が洞窟内へ響いた。当初の予定通り、アメリアを一番後にし、前衛三人も洞窟の入口近くまで下がったところへ位置取りをしている。


「勝とうとしないで、動きを止めること。アメリアが祈りを捧げる隙をつくる。チャンスは一回しかない」


 追い込まれれば、確実に相手は特殊魔法を使ってくるだろう。光の矢の威力がどれほどかは実際に見なければ判断出来ない為、それが切り札かまでかは言いきれないが…なにかしらの特大魔法を使用すれば、発動前と後に大きな隙ができる。仕掛るのは発動後。何発も撃たれれば防ぎきれない、この一度に賭けるしかないのだ。


「もう一度確認するけど、本当に個別の防御璧(ディフェンスウォール)はいらないんだよね?」

「ああ。必要となったら下がる。トーマは補助を優先してくれ」

「躱せば良い、それだけの事です」

「むしろ、防御璧(ディフェンスウォール)あった方が戦いにくいだろ」


 分かっていると三人それぞれの返答を返され、トーマは頼もしいなぁ、と小さく笑いながら頷いた。


「じゃあ…いくよ」


 トーマの声に、皆が頷き答える。それを見届けてからトーマは背を向けると石版へと向き合った。両手を置き意識を集中させる。


( ――― 現れろ )


 一度だけ声に出さずに命令をすれば、石版の光が増し、洞窟中青い光に包まれる。それは一瞬で、光が収まると目の前には豪華な飾りが施された巨大な石の扉が現れていた。奥の岩壁一面に広がる扉は、力技ではとても開けられそうにないが…トーマがその前に立ち、片手を扉へと当てるとミシっと言う音がした。


「開け」


 低く呟いた声に反応し、重々しい音を立てながら扉が奥へと開いて行く。青白い光が洞窟内に差し込んですぐに、強烈な熱風が吹き付ける。だが、それに驚くよりも早く耳をつんざくような女性の悲鳴が響いた。奥の棺が備えられている祭壇の上には、白いワンピースを翻し金の髪を乱し立ち尽くしている女性の姿。下を向いていた彼女が顔をあげれば、それはしっかりトーマを見据えていた。


「かかってきなよ」


 挑発するように口の端を引き上げ笑ってみせたトーマに、精霊が地面を蹴る。ふわりと浮かんだ体は、勢い良くこちらへ向けて飛んできた。


重力解除ディスペル・グラビティ!」


 両手を前に出し叫ぶ。重力の操作を行う呪文を唱え、前回とは逆に重力を掛ければ、精霊の体は一気に地面へと叩きつけられる。大理石のような床に穴が開くほどの重力をかけられ動きが止まった所で、銀髪が飛び込んできた。初撃を与えるのは、一番動きが早いウィルの担当だ。彼がトーマの前方へと駆け込むのとほぼ同時に、掛けられた魔法を無理やり解除した精霊が体制を立て直す。ウィルの姿を見て精霊が手元に三叉槍を具現化した時には、既にウィルは自分の間合いまで詰めていた。


「遅い」


 突き刺してきた槍を交わすと、体勢を低くしそのままの勢いで相手の懐目掛け斬り込む。だが、至近距離にも関わらず精霊は無理矢理体を捻り横へと飛び退いた為に、ウィルの剣は脇腹あたりを斜めに斬りつける程度に留まった。この間合いで避けた事に驚きながらも、連撃へ持ち込むために左足を軸にしその場で回れば、目の前の相手は三叉槍を大きく横へと振っていた。その軌跡を追うように光の線が現れ、横へ振ったのと同時にウィルへ向かい光線が飛んでいく。


「しゃがんで!」


 トーマの指示に、ウィルは咄嗟にしゃがみ体勢を低くする。


風刃(エアブレード)!」


 ウィルがしゃがみ切る前に、すでにトーマは呪文を叫んでいた。発動した魔法は、駆け込むライアスと、精霊の横を通り過ぎると、光線に向かい飛んでいく。圧縮した風の刃を飛ばし、吹き飛ばしと斬撃攻撃を与えるそれは、寸での所で躱したウィルの頭上を掠めて行った。風刃により軌道がずれた光線は、後ろにあった棺を掠め壁へと当たる。石で出来ているであろう棺の角は切断され綺麗な断面が現れ、まともに当たった壁はくっきりとした光線の焼け跡が残っており、仄かに煙が立ち上がっている。その光線が高熱であり、当たれば一溜りも無い事ぐらいは一目瞭然だ。

 一方、攻め手を緩めまいと続いてライアスが振るった剣は、振り向きざまの三叉槍によって防がれた。ガシャンと金属がぶつかり合う音が上がる。


「嘘でしょ…」


 半端じゃない力を前に驚くトーマの横を、今度はレオルドが駆け抜けて行く。ライアスの剣を受け止めているのとは反対へと斬付けたレオルドだったが、その剣はもう一本の槍によって受け止められた。


「くそっ、二槍使いかよ…!」


 悪態をつくレオルドの隣で、剣を交えていたライアスも面倒だと声漏らした。男二人に押されていると言うのに表情一つ変えない精霊と、歯を食いしばる二人の攻防が続く。


攻撃強化リインフォース・アタック


 ライアスとレオルドに向けて、トーマが腕を振った。その途端に二人の周りには風が巻き起こり、精霊が押され始める。高難易で消費魔力も多い魔法を次々と惜しげも無く披露するトーマに、思わずレオルドが口の端を上げた。


「大盤振る舞いじゃねぇか…!」


 強化魔法の後押しがあれば押し勝てる、そう思った時だった。ギョロリと精霊の目が動くと、突然ニタリと笑った。視線は、手前の彼らではなくその奥のトーマへと向いている。それに逸早く気づいたのはライアスで、押していた力を急に引き、相手の体勢を一瞬崩れさせる。晒された喉元目掛け剣を振るうも、届く前に三叉槍の柄がそれを防いだ。だが、次に与えられた衝撃に精霊体がグラついた。反対のレオルドが、槍を剣でいなしながら、先程ウィルが斬りつけた脇腹へ蹴りを入れていたのだ。チャンスとばかりにレオルドが追撃しようと剣を振り上げる。


「 ――― 堕チロ 」


 精霊の声に、ライアスとレオルドは咄嗟に身を引いた。次の瞬間には、彼が先程まで立っていた場所に頭上から光線が降り注いでおり、床が抉れている。それは、ウィルに向けて薙ぎ払った時に生じた光線と同様の物のようで、高熱により床からは煙が上がる。しかし、精霊の動きはそれまでに留まらず、三叉槍を大きく横へと薙ぎ払ってきた。二人に向い、同様の光線が飛んでくる。


「ッ、トーマ!」

防御璧(ディフェンスウォール)!」


 器用にも振り返りながら薙ぎ払い攻撃を避けたライアスが声を荒らげ、一拍後にはトーマが叫んでいた。精霊の追撃の狙いは、ライアスとレオルドでは無く、その後に控えているトーマだったのだ。光線はトーマが展開した防御璧に当たるとバチンと音を立てて消滅した。


「そんな攻撃じゃ、俺の壁は壊れないよ」


 煽るように笑ってみせるトーマの言葉で、背後の空気が動く。気付いた時には、精霊が握っていた槍がトーマに向かい飛んでいた。一寸の狂いもなく心臓目掛けた槍は、片腕を上げいるトーマの数十センチ前で止まる。挑発に乗り、精霊が槍を投げたのだと分かったのは、半透明で展開されている防御璧に槍が刺さったのを見届けてからだった。槍はその場で一気に燃え上がると跡形もなく消え、その後には、ほらね?と首を傾げて見せたトーマだけが残る。普段平和主義の彼だけに、小馬鹿にするような笑いには背筋を震わすものがあった。


「人間如キガ…!」


 すでに精霊のターゲットは、後方にいるトーマに固定されていた。彼よりも前にいる剣士二人になど目もくれず、片腕を高く上げトーマ目掛けて大きく振りかざす。膨大な魔力が動いたせいで、辺りに魔風が吹き荒れた。


光の矢(ホーリーアロー)!」


 呪文と同時に、トーマの頭上より沢山の光の矢が現れると次々と降り注ぐ。


「馬鹿野郎、煽りすぎだ…!」

「レオルド!」


 トーマ達の元へ駆け出そうとしたレオルドを制したのはライアスだった。胸の辺りに出てきたライアスの腕を邪魔だと押し退けようとするが、相手も引きはしなかった。


「俺達の役割を忘れるな、トーマの努力を無駄にする気か」

「くそ…っ!」


 キツく睨みつけながら注意をされ、レオルドは舌打ちをする。こうしている間にも、目の前では大量の矢が降り注いでいる。確かに事前の確認の際に、注意を引きつける盾役はトーマが適任だと全員が納得した。彼の防御璧は通常とは違い物理までも完璧に防ぐことが可能であり、魔法攻撃である光の矢についても、叩き落とすしか出来ない前衛よりも対処法のレパートリーは多い。アメリアを抱えた事を差し引いても、適任なのは間違いないのだ。トーマの近くが一番攻撃が集まるが、一番安全なのはわかっている。しかし、あの集中砲火の中にはアメリアも居り、助けに行きたいと不安に駆られる気持ちもある。

 だが、ライアスが言うことも最もで、与えられた役割はこなさなければならない。特に、戦闘ともなれば、自分勝手な動きで隊列を崩す事は、全員の死へと繋がることもあるのだから。強く唇を噛んだレオルドが再び前方へと目を向ければ、既にライアスが精霊に斬りかかっている。魔法攻撃中、術者は無防備になり、魔術師相手の戦闘ではこの機を逃す訳にはいかない。同じ魔術師であるトーマが壁役をかって出ているのは異常だが、ここで攻めない選択肢など無いのだ。


「っ、くそが…!」


 防御璧が攻撃を弾き返す音を背後に、剣を握り直したレオルドは、地を蹴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ