7-7
晴れ渡る空の元、昨晩お邪魔した武器屋へ顔を出せば、疲れた様子だがどこか満足気な店主がカウンターには居た。朝陽が目に染みるのか、開けられた扉に目を瞬かせていたが、すぐにいらっしゃいと立ち上がる。すでにカウンターの上には綺麗に練磨され装飾品として生まれ変わっている魔石が三つ並べられている。光を反射してキラキラと輝く姿はとても綺麗で、魔石と言う名前にぴったりだ。
「朝早くからすまない」
「いや、大丈夫だ。品物は出来上がってるから、早速だが確認してもらえるか」
「もちろん」
ライアスを先頭として、レオルド、ウィルもその後へ続く。カウンターに乗せられている魔石へ目をやると皆が感嘆の息を吐く。後ろから控えめに覗き込んだトーマとアメリアでも、素人目から見ても美しいだけは分かる。これがただのアクセサリーではなく、実用性を兼ね備えている逸品なのだと思うと、つくづくファンタジーだ。
「どうだい」
自慢気に声を掛けられ、ライアスが素晴らしいと素直に感想を述べた。その言葉に異論は出ず、二人の剣士もただ驚き頷く中、魔石を見つめていたトーマは違和感に気付く。紫色の宝石の中に何かが渦巻いているのが見える。目視するのは初めてだが、それが魔力なのだと本能的に分かったが、その魔力の渦の中心に何か他の…黄色い輝きを見つける事が出来るのだ。中央にある黄色い輝きを中心とし、魔力の威力が上がり外へ向かうにつれて衰え、魔石へ反射して再び中心へ戻って…を繰り返している流れを見ていて、首を傾げる。中央にいる黄色い輝きを通し増加する威力はまるで…
「…なにこれ…ブーストしてる…?」
思わず漏れたトーマの独り言に、剣への追加加工へ移ろうとしていた店主はぴたりと動きを止め、信じられないと言った表情でトーマを見つめる。それにつられるようにして、ライアス達もトーマへ視線を向けると、魔石へ集中していた彼はハッとして顔を上げた。全員の視線を一身に集めていることに気付き、何か不味い事を口にしたのかと悟ったのか、慌て始める。
「ご、ごめんなさい、なんでもないです!」
両手を振り取り繕っては見るも、誰も頷いてはくれず。困惑気味なライアスが店主とトーマの間を数回視線を送り、あの、と声をかけてやると、固まってた店主も我に返ったのか曖昧に頷いた。
「すまん、あまりの目利きに驚いちまった…」
「え…?」
「指摘通りだ、ブースト加工を施してある。聖女様の為に用意する商品が、最低純度の物じゃ申し訳が立たないからな」
「なるほど…であれば、再度料金を計算し直して欲しい」
上乗せして払うと言い出したライアスの方へと慌てたように体を向けると、店主はとんでもないと首を振る。せっかく聖女へ貢献ができるのだから、これぐらいはさせて欲しいと切に訴える姿に、ライアスがしかしと食い下がる。店主にしては言うつもりの無い加工だったが、真面目な彼は、相応の対価を支払うのが当然だと思っているのであろう。余計な事を言ってしまったかもしれない、とトーマが責任を感じ始めた所で、レオルドがうるせー!と声を張り上げた。
「ブーストは店主の善意だろ、折れろよライ。後、アンタもその代金は昨日の治癒で支払ったとでも思ってくれ」
治癒?と不思議そうにしているライアスの隣で、店主はそういう事ならと渋々と了承をしてくれた。珍しく場を収めたレオルドに小さく拍手を送れば、お前も話し拗らせんなと軽いデコピンを頂いてしまった。だから、お前のデコピンは弱くしても痛いんだ!と涙をためた目だけで訴えてみるも、プイっと視線を逸らされてしまう。それからすぐに、剣への加工へ移るので、得物を出してほしいと話しを進められてしまえば、後衛は口を出すタイミング等ない。ヒリヒリと痛む額を指で撫でていると、心配そうにアメリアが覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、アイツのデコピンには慣れてるから」
苦笑を浮かべ返してやれば、眉を顰めたまま手を伸ばしてきた。細くて小さい指がトーマの前髪をかき分けると赤く腫れている額が現れる。そこへ触れて目を瞑ったかと思えば、店内に光が溢れかえり、彼女が治癒してくれたのだと分かった。昨夜は夜更かしをしたために少し体が怠かったので、それまで取り除いてくれた彼女はにこりと微笑む。それから、光に驚いて動きが止まっていた店主と護衛達へと顔を向ける。
「時間、かかりますか?」
「そうですね…すぐに終わらせはしますが、剣三本なので…三十分程度は見てもらえると」
「わかりました。よろしくお願いします。ライさん、その間トーマさんお借りしても良いですか?」
「遠くへ行くなら、流石に二人では」
「大丈夫です、すぐそこですから」
彼女にしては珍しく他人の言葉を遮るようにして告げる。聖女の微笑みを浮かべ失礼しますね、とスカートの裾を持ち上げてみせてから、トーマの腕を掴むと歩き出した。
「え、アメリア…?!」
突然の行動について行けずポカンとしていたトーマは、グイグイとアメリアに腕を引かれ、引き摺られるようにして店内を後にした。アメリアの言う通り、店の横に数本生えていた木の下まで来れば、すみませんと腕を離してくれた。店内からでも窓を通し二人の様子は見える位置だが、話し声は聞こえない程度と言う程良い距離。そこまで連行されたトーマも、大丈夫と笑い返しては見せたが、彼女がなぜ連れ出したのかは分からなかった。不思議そうにしているトーマを前に、アメリアはにこりと笑って見せた。
「中々二人になれる機会がなかったので…トーマさんってば、いつでもライさんかウィルさんと一緒なんですもん」
「そう…かな…?」
「お二人からの熱烈アプローチに少し参り気味ですもんね」
「アプローチって…」
「あら?騎士の誓いとか…あったんじゃないんですか?」
「っ、ごほ、ごほ…!え?ええ?!」
くりくりした緑の目を輝かせながらの発言に思わず咽た。明らかに有りましたと頷いているのと同じような反応を返したトーマに、やっぱり!と拍手をするアメリアは、嬉しそうに胸の前で指を組むと目を瞑る。
「騎士の方が誓いをたてるって、生涯かけて守り抜くって意味ですよねぇ…」
「しょ、生涯…!?そんな大袈裟な…」
「本当ですよ?」
「え、だって、結婚とか…」
「自分よりも大切な他の方へ生涯を捧げて居ても良いと言う女性であれば、あるいは…でも、基本は独身だと聞いたことがありますねぇ…その誓いをたてた方と結婚、なんて言うのはロマンチックで素敵ですけど…やっぱり、お相手はライさんですか?!」
キラキラとした目で見上げてくるアメリアの言葉に、トーマは固まる。なんだ、あれか、甘酸っぱい新婚生活を自分とライアスに送れと言うのか。盛大に心の中で突っ込みを入れている間、何も言い返せずにいたトーマがいけなかった。目の前に居る聖女の妄想は盛大にヒートアップしたようで、ライさんとトーマさんの新婚生活…はぁ…、とぶつぶつと両手を頬にあて赤くなりながら、妄想劇場の幕が上がった。
「…今日は夜勤だから、帰りは明日の昼頃になる」
「そっか…気を付けてね」
「ああ、トーマも早く寝るんだぞ。俺に合わせる必要なんか…こら、トーマ」
「え、な、なに?ライ」
「そんな悲しそうな顔をするな」
「え?そんな顔…してないもん…」
「ああ、駄目だな…俺はお前のその顔に弱い。離したくなくなってしま」
「ぎゃぁぁあああ!!!やめて!ストップ!!お願いやめてぇ!!」
最早身内のような距離感の仲間と、しかもあんな胸ときめくようなイベントがあった直後の仲間と、×自分での妄想を始めたアメリアの口を慌てて塞ぐ。泣きそうなぐらい恥ずかしい。そんなトーマの様子をにこにこ笑いながら見上げてくる彼女は、するりと彼の手をすり抜けると、じゃあ、ウィルさんですか?と第二幕が開始される。
「今夜、あなたをエスコートできるのは、最高の誉です」
「やめてよ、ウィルってば、大袈裟」
「そんなことありませんよ?私の贈った物で身を包み、色を合わせたコーディネートで夜会へ…夢の様です」
「でも、確かにお揃いで、相手の色をチョイ足しって…ちょっと嬉しいかな」
「トーマ…」
「だって、夫婦にだけ許された特権でしょ?私はこの人のモノなんですよって主張してるみたいじゃん…」
「トーマ…夜会は、別の機会にしませんか?今夜は、あなたを私のモノに」
「だぁかぁらぁああああ!!アメリアぁああ?!?!?!」
この子は乙女ゲー的な何かをプレイした事があるんじゃないのか?それともドリーム小説を読むのが趣味なのか?もしくは隠れ腐女子か?女の子にホモが嫌いな人は居ないって、本当だったのか?両肩をしっかり握り、鬼気迫る表情(しかし赤面)で詰め寄ると、えへっと笑い返された。恨みでもあるのかとジト目で睨めば、トーマさんの恋を応援してるんですよ!と手を握りしめ真顔で言ってくるので、他意は無いようだ。ひどく疲れを感じ、溜息と共にがっくりと彼女の肩へと額を預けると、アメリアは、まあ、と小さな笑いを零す。トーマの髪の毛を優しく指で梳くと、そのままで聞いてくださいと言葉を続ける。
「トーマさん。あなたは何かあったらご自身を盾にされると思う…それは、止めてくださいね」
先程まで楽しそうに語っていたのが嘘のように落ち着いた声色の彼女に、トーマは反論することもなく、ただ黙って肩口に顔を埋めた。ここまで連れて来てまで話したかったと言う本題はこちらなのだろう。
「こちらの世界にだって、あなたが居なくなって涙する人はたくさんいます。ミラージュさんなんか、あなたのお師匠様であり家族なんですから」
「なんで…」
この世界の住人ではないとはっきり口に出して言ったことは無かった。人里離れて暮らしていたせいで、極端に世間知らずだと認識をされていたはずなのに…アメリアの口ぶりからは、そんな事は微塵も感じさせなかった。驚いて頭を上げると、そこには慈愛に満ちた聖女の顔をしたアメリアがいた。
「異界からやってきた、解除者さん…勝手な理由で呼ばれたのに、私を支えてくれて、私達の世界の為に戦ってくれて、この世界を好きになってくれた…本当に優しい人。だからこそ、私はあなたを犠牲になんてしないし、するつもりも無い」
きゅっと両手を包み込むように握ってきた彼女は、上目遣いにトーマを見上げる。
「信じられないかもしれないけれど、私聖女として本当に不安だった。ただの村娘だったのに突然治癒能力が発動して、王都から騎士様がやってきて、無理やり親元から離されて…聖女なんてやりたくないって思ってたんですよ」
「そんな…」
「でも、解除者の話を聞いた時に、ハッとしたんです。夢で私に声をかけてくれたあの人がいるなら、頑張れるって。なぜだが、あの人の為に頑張らなきゃいけないんだって思った。トーマさんと出会えて…聖女になれて良かったって、嬉しくなりました」
頬を赤く染めてはにかむ姿は、本当に嬉しそうで。思いがけない彼女の告白に驚き呆然としているトーマを前に、だから!と声を大きくすると、背伸びをし顔を近づけてきた。
「自分を大事に!トーマさんが私を守ってくれるように、私だってあなたを守りたいんです」
良いですか?と念押ししてくる彼女に、トーマは小さく笑うと頷いた。彼女がこんなに自分の事を思っていてくれていたとは、嬉しくて少し涙ぐんでしまう。これで一区切りだからって、皆に優しい言葉をかけられて、感傷的になっているかもしれない。
「えへへ、良かったぁ。やっと言えました」
にこにこと嬉しそうに笑いかける彼女には、珍しく控えめな姿が無い。きっと、これがありのままなのもしれない。
「最後だからこそ、絶対無理すると思ってたので…前もって言えてよかったです」
「うん、そうだね…死体で帰ってきたとかじゃ、師匠に申し訳ないもんね」
苦笑を浮かべながら頷くトーマに、アメリアも優しく微笑んだ。護衛騎士達とのイベントラッシュのような状況で、久しぶりに恋愛に浮かれていたが、今のアメリアとの会話でこれから向かう場所の事を強く意識できたような気がする。恋愛をするにしても、己の身の振りを考えるにしても、まずはこれから行うことを誰一人欠けることのない状態で成功させることが、絶対条件なのだから。
武器屋へと戻った二人へ最初に声を掛けたのは、やはりと言うべきかレオルドだった。随分と楽しそうだったなと絡んでくる彼に、前半の妄想アメリア劇場を思い出してしまう。楽しそうに話していたように見えるのはのそこぐらいだろう。顔を赤く染めるトーマにレオルドは首を傾げると、なんで赤くなんだよ、と突っ込む。そうすれば、更に赤くなりながらなんでもない!と上ずった声で返してきた。これには何事かとライアスとウィルも視線を向け、目があったトーマはぴゃ!と変な声を上げながらレオルドの後ろへと隠れた。
(アメリアの妄想だけど、あんな話をされた後に、二人を純粋な気持ちで見れない…!)
自分の背に隠れ、ふるふると震えるトーマにレオルドが不思議がるのは当然だろう。そんな光景に、アメリアはあらぁ~と頬に手をあて満面の笑みで見つめるのだった。
そんな緊張感の欠片の無い一行でも、加工をしに奥へ引っ込んでいた店主が戻ってくれば一気に空気は引き締められる。待たせたな、と顔を出した店主の声に、トーマも姿勢を直すと視線を向けた。彼は、手元に抱えていた三本の剣をそれぞれカウンターへと並べる。
「有難いことに、すべて魔石装填が出来るように施しがされていた剣だったよ。さすが、王都の騎士様方が持つ剣は違うね」
楽しそうに語る店主を前に、護衛三人は自分の剣へと手を伸ばすと鞘から抜いて確かめる。確かに柄の中心に、先ほど見せられた紫色の魔石が違和感なくしっかりと嵌っているのが確認できた。
「武器魔石の使用は初めてだよな?これだけ力を跳ね上げる武器魔石は、基本使い切りになる。もちろん、これも例に漏れず使い切りだ。使用回数を重ねれば、魔石の色は黒ずんでいき、最終的には黒になる。そうなればおしまいだ」
魔石利用についての説明は、興味深いものだった。通常の魔石は持っているだけで効果が発動されるが、今回利用する武器魔石は、魔石の力を使いたい際に力を解放するのだそうだ。常に解放し続けているのは危険なのが理由だと言う。解放方法は簡単で、利用者が「解放」と呪文を唱えるだけのお手軽感。危険なのに、そんな簡単な解放方法で良いものなのか…疑問に思ったが、今はそんな事は重要では無いかと打ち消した。
朝早くにお邪魔をしたと言うのに、武器屋を後にした頃には太陽は真上へ上りかけてきている。そんなに時間がかかったのかと驚きながらも、数日間世話になった町を後にして目的の祭壇へと向かい歩き出す。流石に祭壇への道のりまでに街道などは無く、森の中を進んで行った。なぜだがトーマもアメリアも行くべき道が分かるのは、己の役割故のようだ。祭壇へと近付くにつれ、空気が重くまとわりついてくるように感じる。何より、魔物の数が多かった。最初こそ、武器魔石の練習とばかりに意気揚々と剣を抜いた三人だったが、流石に両手では数えられない程の数までエンカウントすれば嫌気がさしてくるようだ。そうなれば、魔物と対峙するのはトーマへとバトンタッチされた。渋るライアスに、精霊との戦闘の為にも力を温存して欲しいと尤もらしい理由を述べれば、下がるざるを得ない。そんな調子で先を進み、辺りが暗くなり始めた頃に、それは現れた。
「ここ、ですか?」
「はい…恐らく…」
信じられないと言った感情を言葉に含め、ウィルが振り返ると、アメリアは頼りなさげに頷いた。目の前には真っ暗な口を開けた洞窟の入り口があり、中からは冷たい空気が噴き出てきている。
「祭壇っつーから、建物かと思ってたわ…」
「まあな。だが、指示された場所はここだから、間違ってはいないはずだ」
洞窟へ顔を突っ込み感想を漏らすレオルドに、地図を眺めていたライアスも苦笑を漏らした。
「あってる…ここだよ」
一人だけ、硬い声色でしっかりとした回答をしたトーマに、全員が振り返る。彼はそれに答えることなく、無表情で暗闇を見つめていた。
「中は精霊以外は何もいない…野生動物や、虫ですら。仮眠をとるなら、中の方が良いと思う」
行こう、そう呟いた彼のマントを、洞窟から噴き出てきた風が大きく翻した。




