7-5
翌日。はらはらと雪が舞う中教会へと向かった。礼拝堂へと顔を出せば、シスター達が慌ただしく準備を始めていた。今回アメリアの傍に立つのは、やはりトーマとレオルドで、彼女が座る椅子の後ろと言う定位置へ立ったトーマは、目の前で随分と悲しそうな表情を浮かべているアメリアへと気付いた。
「アメリア、どうしたの?」
声をかければ、彼女はピクリと肩を揺らし驚く。それからすぐ誤魔化すように笑いを浮かべるが、心配そうなトーマと目が合うと、それは苦笑へと変わった。
「いえ、これが最後なんだと思うと…なんだか寂しくなってしまって」
「ああ…そうだね。今回で一区切りがついちゃうんだね…」
「はい。私、治癒活動をやれて本当に良かったです。良い事ばかりじゃなかったし、みなさんにも迷惑を沢山おかけしたと思いますが…聖女としての自覚を持つことが出来ました」
「…俺も、一緒にやってこれて、良かったよ」
「トーマさんの支えがあってこそ、でした。また、みなさんと一緒にしたいです」
アメリアは寂しそうに微笑んでから、視線を礼拝堂内へと向ける。入り口付近で神父と話しているライアス、中ほどで話しているウィルとレオルドを見て黙り込んでしまう。この旅が終われば、彼らと今のように簡単に会える事も少なくなるかもしれない…それはトーマも思っていた事だ。もちろん、アメリアが一番会いづらい相手になってしまうことも想像がつく。それでも、そんな状況になる前から諦めるつもりは毛頭ないトーマは、いつものように微笑んで見せた。
「出来るよ。駄目だったとしても、はいそうですかって簡単に諦める訳ないし」
「そう…ですよね。また、みなさんと治癒活動、しましょうね」
そう言って頷いたアメリアは、自分を元気づけるように笑った。
辺りが一段と暗くなり始めた頃には、順番待ちをしている人はいなくなっていた。今回の治癒活動もつつがなく終わった事を安堵し宿へ戻れば、そこには例のごとく聖女様に申し訳ない~と恐縮しまくる宿屋の亭主の姿があった。最早手馴れてしまった対応を終えたアメリアが、お待たせしましたと振り返ったのを合図に昨日と同じ席へと腰掛ける。夕飯は亭主の計らいもあり昨日よりも豪華になった。元々これが、皆で囲んで食べる最後の食事だと分かっていたので、豪華にする予定だった為遠慮はせずに頂く事にした。流石に明日の朝動けない程飲むわけにもいかないので、適量で酒のストップをかけたライアスに、珍しくレオルドも頷いていた。
それぞれ自分の部屋へと引き揚げ、トーマも同室のレオルドと一緒に室内へ入る。すぐにベッドへダイブしたレオルドに小さく笑いながら、トーマはマントを掛けた。最後の暖かい食事、最後の治癒活動…そんな、今日の事を思い出しながらジャケットのボタンを外しているところで、思わず声が漏れた。
「あ…」
「あ?」
その声に、俯せていたレオルドは顔だけをトーマの方へと振った。そうすれば、半分ほど外れたジャケットのボタンを握りしめたトーマと目が合う。
「今日、あの人来てなかった!」
「あの人って誰だよ」
「昨日、ライとお願いしに言った武器屋の店主さん…!居たら声かけたいなって思って探してたんだ…」
「あー…魔石3個も依頼したんだろ?だったら昨日の夜からぶっ通しの徹夜とかしねぇと明日までに間に合わねーだろ。そりゃ来ねぇわ」
「え?!そんな大変な物なの…?!」
「むしろ、間に合うかも微妙な所だろうな」
驚くトーマへ当たり前のように告げたレオルドは、大きな欠伸をしながらもぞもぞと起き上がりベッドへ座り直すとマントを手早く脱ぐとトーマへと投げた。レオルドは、自分で洋服を掛けるという行為を知らないのか、脱ぎ散らかす事しかしない為、昔はトーマが拾って掛けていたのだ。それを見て、ウィルに、トーマは貴方の侍女じゃありません!と怒られからは脱いだ物を渡してくるようになったのだが…結局はトーマが掛けるというところは変わらない。それでも、成長したと思ってしまうあたり甘やかしている気がする。レオルドのマントを受け止めたトーマは、ぶつぶつと何か呟いて居たが、決心がついたかのように顔を上げるとそのままベッドへと歩み寄る。目の前まで来た彼は、何事かとビビリ気味のレオルドの腕をつかむと、引っ張った。
「付き合って!」
「あぁ?!おまえ、今何時だと、」
「いいから!ほら、立つ!」
普段押しの弱い彼だが、そんな彼が押してくると最高に断りづらく、面倒くさいのだ。
自分たちの無理な注文を引き受けてくれたために、何徹もする上に治癒活動にまで参加できなくなってしまったのだから、こちらから顔を出しに行きたいと騒ぎ出したトーマに、それが商売だろうと面倒いと態度で示すレオルド。暫くの間は押し問答を続けていたが、なかなか動いてくれないレオルドに痺れを切らし、無理に護衛でついてきてとは言わないと言い切るとトーマは部屋をでて行った。向かうのはアメリアの部屋だろう。そして、トーマの言う事なら何でも聞くアメリアの事だから、このお願いもすぐに承諾。そうすれば、時間が遅いからと言ってライアスとウィルに遠慮をして二人だけで出ていくに違いない。結果、知っていて外出させたとライアスとウィルに袋叩きにされるのはレオルドだ。最悪な未来を簡単に予想できたレオルドは、慌ててベッドから立ち上がるとトーマの後を追い部屋を出る。すると、目の前にはしたり顔のトーマが出迎えてくれていた。つまりは彼に、ハメられたのだった。
「こんな夜遅くに出歩くなんて、新鮮です」
嬉しそうな声を上げながら、雪降る中を歩いてたアメリアは辺りをキョロキョロと見回していた。広くもない町の為、2日目ともなるとどこに何があるかぐらいは分かるようになっているが、あまり夜に出歩く事無い彼女は、今の状況自体が楽しいのだろう。そんなアメリアを連れて歩くのは、トーマとレオルドだ。彼女の様子に顔を緩ますトーマとは対照的に、レオルドは面倒くさそうに欠伸をした。まんまとトーマの作戦にハマったレオルドであったが、文句を言わずについてきてくれたのは有難い。雪を踏みしめながら歩けば、目的の武器屋はすぐにたどり着くが、夜遅くに開いている訳もなく店は暗い。扉には、閉店を知らせる看板がかかっている。さすがに閉店中の店の扉を叩いて開けさせるわけはいかないと悩んでいるトーマを横目に、レオルドは店内が見える窓へと顔を近づけた。
「奥から光が漏れてる、人はいるだろ」
「どうしよう、近所迷惑だけど入り口叩く?」
「面倒くせぇし裏口回ろうぜ」
何でもないように言ったレオルドは、さっさと裏口へと向かって歩き出した。個人的な店主への用事なのだし、問題ないかと自分を納得させると、おろおろしているアメリアを連れその後へと続く。遠慮なく裏口を叩いてくれるレオルドが同行してくれていて本当に良かったと思いながら様子を見守っていると、ほどなくして乱暴に裏口の扉が開かれた。
「誰だ、こんな時間に…」
最高潮に不機嫌そうな店主は、目の前立っていた人物を見ると思わず口を閉じる。レオルドの後ろに、昨日無理な注文をしてきた客として訪れていたトーマに気付いたからだ。目があったトーマは柔らかい笑顔を浮かべると、こんばんはと声をかけた。
「夜分遅く、すみません」
「なんだ、昨日の兄ちゃんか。悪いがまだ出来上がってないぞ」
「いえ、今日は魔石の件ではなくて、個人的な用件で…教会にいらっしゃらなかったので、直接お邪魔しにきちゃいました」
「教会?」
「はい。治癒活動、いらっしゃらなかったですよね?」
「ああ、聖女様のアレか。行ってみたくもあったんだが、そんな暇ないからな。で、用はなんだい?無いなら俺は依頼された魔石作りに戻りたいんだが」
「ああ、すみません、すぐ終わるので。アメリア、お願い出来るかな」
早く済ませろと言ってくる店主にトーマは苦笑してから、振り返りアメリアへ声をかける。はい、と頷いた彼女は店主の前までくると、いつも通り手を出すように声をかけた。不思議に思いながらも差し出してきた店主の手を握ったアメリアが祈りを捧げれば、辺りをは淡い光へと包まれる。驚き固まった店主の手を離し、終わりましたと告げた聖女は、悲しそうに眉を寄せた。
「無理をなさってます…私たちのせいですね、すみません…」
「アンタは…」
「魔術師が居ながら、武器魔石の生産をお願いしているとは…本当に面目ないですが、どうかよろしくお願いします」
頭を下げるアメリアの隣で、トーマも同じように頭を下げる。突然の出来事に固まっていた店主だったが、気を取り直すと頭を上げてくれ!と声を上げた。
「訳ありだとは思っていたが…まさか聖女様だったとは…」
困ったような表情を浮かべていた店主は、アメリアと目が合うと姿勢を正す。そうすれば、畏まった店主に釣られるようにして、アメリアとトーマも姿勢を正した。
「俺なんかのために足を運んで下さって、有り難うございます。元より仕事を受けた以上、最高の物を提供するのが信条です、明日の朝を楽しみにしてて下さい」
「有り難うございます…!」
「それに、剣士は、前線で戦えない者を守るために剣を振るうのが仕事だ。魔術師様を守るための魔石に、恥ずかしがることもないだろ」
口の端を上げながら告げる店主に、トーマは驚いた表情を浮かべたが、すぐに緩めると、再び頭を下げた。
「気は済んだか?」
アメリアを部屋へと送り届け、自室へと戻ってきたトーマに、肩乗った雪を払いながらレオルドが声をかけたきた。マントを脱いでいたトーマは、その問に満足そうに笑うと頷いて見せる。付き合ってくれてありがと、とまで告げられれば毒気は抜ける。レオルドはガシガシと頭をかくとため息を付いた。
「お前、本当人良すぎ…金払ってる相手に頭下げることねーのによぉ…」
「うーん…っていうか、これは俺の力不足のせいだから…」
「力不足?」
「うん。実は、自分の魔法にはちょっと自信が付いてきたんだけど…皆を攻撃から守りながら精霊を相手にするって、やり切れるか不安になって。守れるのは俺だけなんだって思うと荷が重かったから、正直魔石の利用は有難い…」
「魔石を使わなかった時は、何で1人で全部請け負う事になってんだよ」
「だって、剣で弾けない矢だよ?流石にそんな状況では前ひ、らにすゆの!」
仏頂面で話しているトーマまで近寄ったレオルドは、手加減なくトーマの両頬を引っ張った。上手く喋れず、間の抜けた声で非難してくるトーマを相手にせず、間抜け面を見物する。暫くしてレオルドが手を離してやると、トーマの頬は赤く腫れてしまっていた。その頬を両手で抑え、毛を逆立てるように威嚇しながら涙目で睨み付けてくるトーマだったが、何事も無いようにレオルドが顔を寄せる。そうすれば、いつもと様子の違うレオルドを察知したのか、威嚇しながらもトーマは一歩後ろへ下がった。
「だから、俺らが前に出ねぇとでも思ったのか?」
「た、対処出来ないなら、無闇に前に出るのは得策じゃないって、言ってるの…!」
下がれば詰めてくるレオルドのせいで、トーマはどんどんと追いやられる。普段とは違い、静かに話す彼の姿に怯えながらも、口だけでは負けないと言い返しはするが、追い込まれていくばかりだ。
「それだけの理由で、お前の後ろに下がれるわけねーだろ」
「それだけって…、当たるんだよ!?刺さったら、死ぬかもしれな 、」
声を荒らげたトーマは、耳元で聞こえたドンと言う音に驚き口を噤む。気付けば壁まで追いやられており、トーマの顔の真横にはレオルドの手がつかれている。音の原因はこれだろう。壁とレオルドに挟まれた壁ドン状態で逃げる事が出来なくなったトーマに、彼は更に距離を縮めてきた。
「さっきの店主の話、聞いてなかったか?俺たちは、前線で戦えない者を守るために剣を振るんだよ。ましてや、守りたいのが大切な仲間だ。で、それはアメリアだけじゃなくて、お前も入ってんだぞ、トーマ」
珍しく真剣な表情で、しっかりと目を見つめ告げられる言葉に言い返す事など出来ない。黙っているトーマに構うことなく、レオルドは続けた。
「確かに、俺は戦略では劣るかもしんねぇが、だからって男が簡単に引けねぇ事ぐらい分かんだろ。おまけに、お前が命張って戦うつってんだぞ…後ろで見てるなんてごめんだね。同じことライやウィルに言ったら、ふざけた事言うなってくっそ怒られるぞ」
真正面から告げられ、トーマは目の奥が熱くなるのを感じた。乱暴な物言いだが、彼が自分の事を大切な仲間として守りたいのだと告げてくれた事が、素直に嬉しい。
「無謀すぎ…」
ぶっきらぼうに言葉を返すのと共に、緩みそうになる口元を隠すように顔を伏せると、すぐ近くに寄っていた彼が小さく笑った。
「そうか?後ろには、怪我しても直してくれる聖女も、国一の魔力を誇る優秀な魔術師もついてるからな。望みはあると思うぜ?」
「な…?!」
「お前に後ろを任せられるから、俺らは前へ突っ込めんだ。力不足なんかじゃねーよ、トーマは。落ち着いたか?」
レオルドらしからぬ発言に驚き頭を上げれば、優し気な目元をした彼と目が合う。段々と恥ずかしくなっていき、ほんのり頬を赤くしながらも頷きで答えてやると、よし、と笑ってからわっしわっしと頭を撫でられた。その頃には普段の彼へと戻っており、見慣れた人の悪そうな笑顔を浮かべていた。
「んだよ、トーマ。お前可愛いとこあんじゃねーか」
「うるさい…」
「随分と熱のこもった眼で見上げて」
「そんな眼してない!」
「お前にしては珍しい慌てっぷりじゃね?」
「うるさいなぁ!もう、早く脱いで!寝るよ!!」
反論は認めないと言った雰囲気で睨み付けたトーマは、勢いよくレオルドのマントへと手をかける。手馴れた手つきで紐とボタンを外すと、ついでとばかりにジャケットのボタンまで外し始めた。2人部屋になった時だけこうやって甘やかしてくれる彼にしてみれば、これは癖の様な物だろうが…不貞腐れながらも甲斐甲斐しく世話するトーマを見て、大概だなとレオルドは機嫌良く笑った。




