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解除者のお仕事  作者: たろ
解除者のお仕事
66/78

7-3

 曇っていた天候は、時折雪がちらつき始め、次第に常に降り続けるようになった。空は常に厚い雲に覆われ、光は僅かで昼間なのに薄暗い。そこまでくれば、町はもうすぐだった。

 薄暗い中、魔石が放つオレンジの光に雪が舞落ちるのがキラキラと反射している。雪に覆われ何もかもが白く染まる。外に人は出ておらず静かな町は、不気味を通り越して幻想的だ。雪を踏みしめる音が響く中、見つけた食事処を兼業している宿屋の扉を開けると、暖色の光が漏れでる。昼時を過ぎていた為か、数人しかいない客と店主が談笑をしていた。


「いらっしゃい、珍しいねぇ」

「悪い、食事ではなく宿をとりたいんだが」

「こんな薄暗い町だ。宿の利用客なんか居ないから、どこでも好きな部屋をつかってくれ」

「角部屋を含め並び三部屋が良い」

「安心してくれ、そんなにたくさん並べるほど広くはないさ」


 ライアスと店主が話している間に、先程まで店主と話していた男性客に観光かと声をかけられた。物珍しそうにアメリア達を見てくる客へ、そんなところです、ウィルが答えると、男性客は何もない所だぞ、と苦笑いで返される。代金を支払い終えたライアスに促される様に2階にある部屋へとあがれば、店主が言っていた通り横並びに3部屋と、階段隣りに続いて2部屋のみで、大して広くはない。部屋割は…と口にして言い淀むと言う珍しいライアスの姿に、レオルドがため息をついた。


「トーマ、さっさと奥の角部屋陣取ろーぜ」

「え、いいの…?」

「早いモン勝ちだろ、荷物置いたら俺達の部屋集合な」


 有無を言わさずトーマの腕をつかみ歩いていくレオルドは、そのまま彼を引きずるようにしながら歩みを進めて行く。気遣わし気にレオルドと残り3人へ視線を行ったり来たりとさせていたトーマも、最後は観念して奥の部屋へと消え、音を立てて扉が閉まる。一連の流れを見届けてから、どこかほっとした様な表情を浮かべたライアスだったが、隣に立っていたウィルは不満げに溜め息をついた。


「…もどかしいですね」

「え…?」


 それは予想外の所から聞こえた声だった。ライアスとウィルが声を揃えながら振り返えると、言葉を発した人物であるアメリアが悲しそうな表情を浮かべ、トーマが消えていった部屋を見つめていたのだ。今のやり取りを考えれば、確実に置いてけぼり状況だった彼女なのだが、何がもどかしいのか…


「理由があってのことなんでしょうが、そのせいで苦しんでいるのに…」

「アメリア…?」


 1人で呟く彼女の言っている意味が全く分からず声をかけたライアスだったが、名前を呼ばれたアメリアは顔を上げると何時にもなく真剣な目をそれぞれへと向けた。


「それでも、こちらに残る決心をしてくれたんです。お二人共、どうか、この旅が終わってもトーマさんを支えて下さい」

「それは、勿論ですが…」


 今度は少し押され気味にウィルが頷く。


「有り難う御座います。今の事は、トーマさんには内緒にして下さいね」


 聖女の時に時折見せる、強い視線を向けられれば、特別な力など持ちえない一般人は頷くしかない。大人しく承諾を示した2人へ再度お礼を告げてから、アメリアは真ん中の部屋へ向かい歩き出す。彼女が消え去った廊下に残された2人は、何だったのか、と首を傾げることしか出来なかった。



 何処でも治癒活動を行うのは変わらない。この旅ではここが最後になるはずだから、と教会に話を通しに行くのはアメリアとトーマが希望した。その希望が出るのは予想済みだったのか、護衛達も反対をする者は居なかったが、ヴァリスでの一件があった為、流石に2人だけでは行かせられないと言うのも当然で。譲る気が無いであろう聖女と解除者に、レオルドも同行する事で折り合いがついた。

 外へ出れば、先程よりも暗くなったような気がする。常に薄暗いので、大して変化がないのかと思っていたが、そんなことは無かったようだ。そんな他愛のない話を交わしていれば、教会へはすぐに到着した。ちょうど礼拝堂内に神父がおり、聖女の治癒活動だと告げると2つ返事で了承してくれた。聖女自らの登場にテンションが上がり、もてなそうとする神父と、申し訳ないので大丈夫だと止めようとするアメリアと言う、どちらかが折れないといけない話題に発展し始める。良くあるこの光景に、暫くは続くだろうと苦笑したトーマは、どうしようかと視線を逸らした先に、他の教会には無い女性の像が飾られているの見つけた。基本、教会のデザインや飾られているものは礼拝堂内は統一されているものだ。ここにだけ飾られている像に興味を惹かれ、もっと近くで見たくて足を進める。初めて見るのに、この女性を見るのは初めてじゃないような…緩いウェーブのかかった髪を腰まで伸ばし、白いワンピースの様な女性は、どこと無く古代ギリシャを彷彿とさせる。


「ああ、そちらは陽の精霊様です」


 いつの間にかアメリアとの戦いを終えた神父が、トーマの背へと声をかけてきた。陽の精霊と言えば、今回の旅の目的の人物だと思い出し、だから見たことがあったのかと納得がいく。


「綺麗な…方だったんですね…」


 トーマの記憶にあるのは、この世界に来て1日目に解除者として、初めて夢で見通した時に目にした恐ろしい形相だけで…思わず漏れてしまった感想に神父は不思議そうにしていたが、追求はしてこなかった。100年に1度冬が明けないのは、陽の精霊の力が弱まる周期であり、力を貯めるために眠るから。昔話でもそれは伝えられているから、皆が知らない女性では無いからだろう。


「ああ、聖女様は、正気を失っている話はご存知ですか?」

「え…正気、ですか…?」


 突然矛先を戻されたアメリアは、戸惑いながらも首を横へと振る。視線をレオルドへ向けると、彼も心当たりが無いのか、首を傾げるのみだった。そうですか、と呟いた神父は、ここは陽の精霊の祭壇に一番近い教会の為、世間には出回らない類の話も入ってくるのですが、と簡単に前置きを置いた。


「…稀にですが、眠りから覚めているのに、力を貯めすぎて正気を失っている時があるのです。聖女様の覚醒時期が遅ければ、その可能性が高いと言われております…」


 神父の言葉の続きを急かすことは、誰もしなかった。黙って見つめる3人に、神父はただ静かな声で告げる。


「今年は大分遅かった…皆様、どうか気をつけて下さい」



 なんとも後味の悪い話を聞いてから外へ出ると、この幻想的な雰囲気も、重くのしかかってくるようだった。心配してるからこその神父からの忠告だったのだろうが、後味が悪い以外言いようが無い。最初から穏便には済まないだろうと分かっていたトーマですら、実際に聞いて重いと感じたのだから、前情報の無い2人にとっては尚更だろう。心配気にアメリアの方へ向けた視線は、彼女を通り越しその先に居たレオルドとあった。トーマと同じことを心配していたのか、レオルドはトーマと視線が合うと頷いた。


「アメリア」

「え…?あ、はい…!」


 何か考え込んでいた為に俯けていた顔を上げるタイミングで、レオルドはアメリアの腕を掴むと歩き出す。


「え、レオルドさん…?!」

「借りてくぞ、トーマ」

「うん、いってらっしゃい~」


 状況についていけず戸惑うアメリアを他所に、トーマはにこやかに手を振り送り出す。不安げなアメリアへ、大丈夫と声には出さす口だけ動かしてみると、伝わったのか彼女は頷いてくれた。教会の敷地外へは直ぐで、入り口を右へと曲がり完全に2人が消えるまで見送ってから、トーマも歩き出す。幸い2人が曲がったのとは反対は宿がある方角だ。来た道を1人で戻りながら、このまま宿に戻ってのんびりしようかと考えていると、見慣れた姿を見付けて思わず足を止めた。丁度店から出てきたライアスだ。軒先で辺りを見回していた彼は、立ち止まっているトーマを見付けると驚きた表情を浮かべ駆け寄ってきた。


「アメリアとレオルドはどうした?」

「2人は大事な話しがあったみたいだから、俺だけ先に戻ってきた」

「お前は、本当に…」

「ごめん、でも今回だけは見逃してほしい…最後だからさ、ゆっくり話せるの」


 不用心だと怒られるかと思ったが、眉間を押さえ溜め息を漏らされるのみだったので、小言は免除されたようだ。


「ライはどうしたの?買い物?」

「いや…何か情報が無いかと思ってな」

「なるほど…まだ回るの?」

「後一件だけだ」

「ねえ、俺も一緒に行って良いかな?」

「それは構わないが…」

「話したいこともあるんだ。終わってから、付き合って欲しい」


 1人で戻ってきただけで何かあったと大体は察していたのか、トーマの言葉に驚く事は無く。ライアスは静かに頷いてくれた。

 ライアスが言っていた後一件の店へ入ると、店主は驚きながらもいらっしゃいと声をかけてきた。どうもこの町は外部から人間が訪れる事は少ないようで、どこも同じような感じだったとライアスが小声で教えてくれた。店内には剣や斧等が置いてあり、いかにも武器屋ですと主張してくる。普段より魔法を使い、物理攻撃は全くの専門外であるトーマにとっては、物珍しいものだらけである。剣の手入れ用具について店主へ声をかけていたライアスの話など分かるはずも無いので、それをBGMとして自然と並べられている商品へと目を向けた。その中でも、柄の部分に大きな魔石が組み込まれている、トーマより頭一つ分低いぐらいの長さを誇る大剣は好奇心をガンガンに擽ってくる。武器へ魔石が組み込まれているのなんて、初めて見る。一体何をはめ込んでいるのか気になってしまい、良く見ようと顔を近づけた時だった。


「兄さん、気をつけてくれよ、そいつは属性付きだぜ」

「あの…この魔石は何ですか?」

「何ですかって…斬属性強化に決まってるだろう」

「ざん、ぞくせい…?武器スロに匠珠入れて切れ味アップするって事なのかな…」

「は?ぶきすろ?」

「それに触ると指を切り落とされるって意味だ、トーマ」

「ええ?!そんな即効性なの?!」


 伸ばしかけていた手を慌てて引っ込め振り返ったトーマのビビリ様に、ライアスが溜らずに吹き出す。我慢していた店主も、釣られるようにして笑った。


「笑わないでよ、魔石なんて魔法に使うものだと思うじゃん!」

「いや、悪い。確かに武器へ魔石を組み込むのは中々ないからな。取り扱ってるのを見るのは、俺も数える程度だ」

「武器に対しても魔石で能力付与ができるんだね、魔術師だけだと思ってた」

「そうだな、トーマは魔術師だから武器について知らないのは当然だな」

「へえ、兄さん魔術師様なのか、だったら光の矢(ホーリーアロー)って知ってるかい?」

光の矢(ホーリーアロー)?」

「この近くに住む精霊がいるんだが、そいつが使う特殊な技らしい。文字通り光の矢が降り注いでくるんだと」

「…精霊特有の魔法の中には、確かに魔力透写って言うのがあったような…その矢が魔力透写だったらまずいかも」

「物理無効ってことか…だが、それはあくまでも戦闘前提の話なんじゃないのか?」

「解除者として言うね。…戦闘になる。絶対に」


 低く告げられた声に、ライアスは絶句する。精霊と戦うなんて聞いたことが無いし、圧倒的な力を前に生き残れるのか…しかし、そんな動揺を見せたのは一瞬で。直ぐに立て直すと、店主へと振り返った。


「他に、その精霊について何か知っている事は?」

「い、いや、俺が聞いたことがあるのはそれだけだが…」

「そうか…それと、魔力付与の武器魔石はあるか?」

「魔石自体は在庫があったはずだが…装飾品は、」

「3つ、明後日の朝までに加工をお願いしたい」

「そんな、無茶を言うな!」

「金は倍払おう、1番純度の低い物で構わない」


 頼む、と頭を下げるライアスにつられるようにして、トーマも下げる。突然雰囲気の変わった2人に、狼狽えていた武器屋の店主だったが、深くため息を吐くと渋々だが了承の言葉を返した。前金とし、3分の1を渡してから武器屋を後にすると、ライアスが歩き出したので、それについていくようにしてトーマも隣へと並んだ。


「良かった、事前に分かって」

「そうだな。しかし、精霊と戦闘になるとは…それは、やはり見通す力なのか?」

「そう…だね。俺が言ってた話したい事にもなるから…場所移そう。出来れば人が少ないところが良いかな」


 曖昧な笑顔を浮かべたトーマの言葉にライアスは頷くと歩みを進めた。



 トーマのリクエスト通り、ライアスが連れてきてくれたのは、町の外れにある小高い丘の様な所だった。ちょうど教会の裏手側に当たるそこは、町と外との間のようだ。先程まで振り続けていた雪はいの間にか止み、空には月が出ていた。こんな所も聖女の恩恵だろう。


「解除者が見る初めての夢ってね、祭壇の扉を解除する内容なんだ」

「祭壇の扉を解除…?聖女関係じゃないのか…?」

「意外でしょ?でも、全ての解除者はそこから見通すんだって」

「そうか…じゃあ、トーマも見たんだな」

「うん。俺が見たのは、扉を開けると響く悲鳴、吹き込む熱風、何か生暖かい物が顔にかかったと思って隣へ視線を向けると、アメリアが死んでた。続けざまに悲鳴が聞こえて、視線を向けるとレオルドの腕が飛んでた…飛んだ腕は多分剣を握ってたのかな。その勢いでウィルへまで間合いを詰めていて、槍で胸を突き上げられてた…それが、俺が振り返った一瞬の間で起こってたんだ」

「それ、は…」

「でね、次の一撃をライが受け止めてた。それで俺に言うんだよ、逃げろって…なんの悪夢だよ、って思った。知らない人が目の前で死んでいく…それだけでも気分が悪かった…でも、今は違うんだ。倒れていくのが、守ってくれたのが、俺の知ってる人で、大切な人で、守りたい人で…俺が防御魔法特化していったのは、きっとこれが根底にあったからなんじゃないかなって思う」


 あまりの内容に声を出すこともできずトーマを見つめるライアスに、トーマは困ったような笑顔を浮かべながら、更に続ける。


「教会でね、精霊が力の貯めすぎで正気を失っている時が稀にあって、その可能性も聖女覚醒の時期が遅いと上がるって聞いて…確信した。精霊との戦いは避けられない。だから、このことをみんなに告げる前にまずはライに相談しておきたかった」


 そこまで話したトーマは、声を詰まらせた。痛いぐらいに両肩をライアスに捕まれ、真正面から向かい合うように体勢を変えられたのだ。驚いて彼を見つめれば、辛そうに歪められた顔がすぐそこにあった。


「お前は…後、どれだけ…」

「え…」

「いや…違うな。これは今言うべきじゃなかった…悪い。説明は俺からするよ、流石にトーマの口からは…言わせられない」


 とても有難い申し出に、頷く。先ほど声を震わす事無くライアスへ伝えられたのだって奇跡に近い。これを全員の前でもう一度話すとなると…今でも鮮明に思い出せるあの光景に気が狂いそうになる。知らない間に詰めてしまっていた息を吐き、有難うと笑えば、ライアスも小さく笑い返してくれた。


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