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解除者のお仕事  作者: たろ
解除者のお仕事
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7.解除者のお仕事

 トーマには、余裕がなかった。港を治める伯爵に監禁されて、貞操の危機まで感じ、仲間として一緒にいた男を異性として意識しだす。自分のことでイッパイになってしまうのは仕方のないことだ。好きだと、言葉にはされなかった。だが、唇はそう形どっていたし、トーマにも何を伝えようとしたのかは分かっていた。分かっていたが、わざと見ないふりを、気付かないふりをした。そんな彼の答えに、ウィルも今は納得してくれたようで。軽くでも口付けたという事を微塵も感じさせない、いつも通りの態度で接してくれた。


 ぼんやりと考え込む時間が増えたトーマに、船内で語れた夢の内容を思い出した面々が、敢えて彼をそっとするようにするのは当然だ。しかし皆が心配していた貞操については、トーマはさして深く考えてはいなかった。むしろ、彼をここまで追いつめてしまったのは、別の事だった。

 帰れるなら帰りたい、ここに残っていたとしても迷惑をかけるだけなのだから。帰れないならば、誰も来ないような所で生活をしたい、性別を隠し通して行くにはそれが一番安全だから。そう思っていたのに、ウィルに好意を示されて決意が簡単に揺らいでいる。どちらにせよ、好きな人の手を取って一緒に生きていくなど出来ない事だと分かっていたからこそ、誰に対しても、好意は友達止まりで留めていたはずだ。好きになれば、自分が辛くなるだけなのだから。いままでだって上手くやってこれた、これからもやっていける。その為には気持ちを落ち着かせたくて…トーマは皆からすこし距離を取ることにした。


 ヴァリスから次の村までは少し距離があり、いつもと変わることなく野宿を繰り返す日々。今日は見張りには参加させずにゆっくりと眠れる日だった。


「トーマさん…」


 控えめに声をかけてきたアメリアに、トーマは振り返る。距離を取り始めてから、あまり会話をしなくなった為、アメリアに声をかけられるのは久しぶりだった。そんな彼女の顔を見て、息を飲んだ。彼女はこんなにも白い顔をしていただろうか。


「あの、少しお話が」

「アメリア、ちょっとごめん」


 アメリアの言葉を遮ると、額へと手をあてる。信じられない熱さと悪寒で震えているではないか。驚き、彼女を見返せば瞳は潤み呼吸をすることですら苦しそうで、立っていられるのが不思議なくらいだ。なぜこんなに悪化するまで気付いてやれなかったのか、と思い、自分で避けていたからだと気付くと思わず舌打ちが漏れてしまった。トーマは自分のマントを勢い良く脱ぐと、虚ろな瞳で不安げにこちらを見上げてくるアメリアの肩を抱くようにかけてやる。


「ごめんね、寒いよね。今すぐ薬を調合するから待ってて」

「とーま、さん…」

「レオルド!」


 力が抜けたアメリアが倒れないようにしっかり抱き留めてからすぐにレオルドを呼べば、火を弄っていた彼は、アメリアの様子を見て顔色を変えるとすぐに立ち上がった。


「アメリア、大丈夫か?!」

「高熱が出てる、今すぐに熱冷まし作るからアメリアをお願い」

「ああ、分かった。アメリア、抱き上げるぞ」

「ああ、ごめん、どうしたの、アメリア」


 会話中に何度か小声でトーマの名前を呼んでいたアメリアは、レオルドに横抱きにされぐったりした状態で手を伸ばしてくる。どうしたのかと顔を寄せれば、酷く熱い手のひらが頬へ触れた。


「がまん、しないで…」


 彼女の意識が途絶えたのは、そのすぐ後だった。



 なぜ彼女がここまで体調を崩してしまったのか、それは数日前へと遡る。

 トーマ達が逃げ出したあの後、ナルディーニの死体は見つからなかったと言う。逃亡した可能性があるため付近の捜索を続けさせるが、見つけられる可能性は極めて低いと警ら隊が語っていた。ただ一つ掴めた手がかりは、ナルディーニ所有の船が一隻無くなっていたと言う事。しかし、混乱を避けるためにも町民には領主は不幸な事故で死んだと公表され、町中は葬式のような雰囲気だった。そんな中、町民を励ますように治癒活動を行ったのがアメリアだ。そして、治癒活動が終わった途端、休んだ方が良いと言う警ら隊の声を振り切るようにして町を出た。ナルディーニが治めていたのだから、彼と志を共にしている者がいないはずがない、そう考えたアメリアはすぐに出発を決めた。それは護衛達も同意見だったようで、彼女の体調を心配する声は上がるも、反対意見は上がらなかった。

 そんなアメリアだったからこそ、無理が祟り体調を崩したのだ。彼女が倒れてから近くの村までの道のりは、強行軍だった。トーマまで倒れる二次被害が起こらないか心配をしていたが、聖女を導くのが俺の仕事だ、と切り返されてしまえば、何を言えるだろうか。揃いも揃って無理をしたがる聖女と解除者に、護衛達はただ黙ってついていくだけだった。


 最寄りの小さい村へとたどり着けたのは早朝だった。宿屋も、食事処もないそこで頼りになる場所と言ったら教会しかなく。治癒活動をして歩いている聖女を抱いて、助けを求め飛び込んできた時には、教会側でもひどく動揺をしていた。ライアスが冷静に、薬の調合ができる魔術師が同行しているので、移設を借りたいのだと説明をしてくれなければ、今頃ヴァリスに連れ戻されていたかもしれない。アメリアをベッドへ寝かせると、すぐ傍にレオルドが寄り添う。それを見届けてから、教会側の好意で広くはないが一人一部屋提供してもらった部屋へ引っ込んだトーマはすぐに薬の調合を始めた。聖女の奇跡の力は自分以外の者へ向けて発動するので、本人が不調になれば、それは自力で治すしかないのだ。



「トーマ」


 黙々と作業を続けていたトーマが呼びかけに気付き手を止めたのは、夜も更けた頃だった。振り返れば、扉を背にしたライアスが立っているのにすぐに気付いた。手には湯気が上る食事を乗せた盆を持っているので、2回の食事に顔を出さなかった為に直接持ってきてくれたのだろう。チラっと見たトーマは、すぐに視線を手元へ戻した。


「食事にしたらどうだ」

「有難う…でも、あんまりお腹すいてないから」

「ダメだ、すいてなくても食べろ」


 全てを言い切る前に、ライアスが強い口調で遮った。彼に何の権利があって、食事を強要してくるのかと苛っとしながら顔を向ければ、しっかりとこちらを見つめているライアスと目があった。頼む、と言われ、権利など関係なく、ただトーマの事を心配しているのだと気付く。


「…ごめん、ありがと」


 つまらない意地を張っていた自分に恥じ頭を下げると、ライアスは安心したように息を吐いてから、パタンと扉を閉めた。部屋に1つしかない小さな机には、薬草や工具やらが広がっていてとても食事がとれそうになかったので、行儀が悪いがベッドに腰掛けて食べるしかない。そう判断したのはライアスも同じだったようで、ベッドへ移動したトーマの隣へ並ぶように腰掛けると、盆を寄越してくる。頂きます、と小さく呟いてから食事へと手を付けた。不定期にスプーンが食器へ当たる音以外はしない室内。トーマとライアスが居ると言うのに静まり返りっていて、気まずいような無言の時間が続く。食欲がないはずだったのだが、胃に食べ物を入れれば活発になったようで…ライアスが持ってきた食事を簡単に平らげてしまった。ごちそうさまを言ってしまえば、やることがなくなってしまう。しばらくはスプーンを弄ってたトーマだったが、いつまで経っても動かないライアスに控えめに声をかけると、床を見つめていた彼ははっとしたように顔を上げると、ああ、と曖昧に頷く。


「片付ける…」


 トーマから盆を受け取ろうとした所で、再び部屋の扉が開いた。


「何をしてるんですか」


 突然開いた扉に驚いて視線を向ければ、そこには呆れたような表情のウィルが立っていた。彼はすぐに扉を閉めると、ツカツカと部屋の中へ入ってきて、トーマの膝の上に置いてある盆を手に取る。


「ウィル…?」


 不思議そうなトーマに、ウィルは小さく微笑みながら盆を机の端へと置いた。それから、ベッドに腰掛けていたトーマの前で片膝をついてしゃがみ込むと、しっかりと目を見つめてくる。


「すみませんでした」

「え…?」

「私たちの力不足で、アメリアにもトーマにも、迷惑をかけてしまいました」

「何言って…」

「今後、このようなことは無いように尽力したいと思います」

「…すまなかった、トーマ」


 足元からと、隣から告げられる謝罪の言葉の意味が分からずえ?え?と同じ言葉を繰り返す。


「ですが、もう私たちに任せられないと感じているのであれば、遠慮せずに言ってください」

「俺たちの警護で不安に思うのは仕方ない事だと思う。護衛の変更はすぐにでも王都へ要請しよう。その場合少しここでの滞在が伸びることとなるが、アメリアの体調を鑑みれば」

「ちょっと待ってよ!!」


 思わず上げてしまった大声に、話していたライアスが驚いたように口を噤む。


「本気でそんなこと考えてるの?護衛を変更するなんて、なんでそんなことになってるの?」

「しかし、トーマは最近、私たちの事を避けて」

「避けてたよ、避けてたけど、そんな理由じゃない…!ライも、ウィルも、レオルドも、感謝してるよ…!そんなことじゃなくて…!自分の中で蹴りをつけるためだったのに…なんで…?なんでなの…?」


 手のひらをぎゅっと強く握る。上がってきてしまった呼吸を押えたくて、大きく肩で息をする。それなのに、一向に感情は落ち着いてくれそうにもなかった。護衛の変更など、叶ったりの提案だ。深入りしなくて済むし、これ以上辛くなることもない。そんな望んだ結果になるにも関わらず、トーマはその提案に怒りすら感じてしまった。


「そもそも、俺の責任じゃん…俺が捕まったせいで、アメリアが無理して、みんなが気を使って、俺のせいじゃん…」

「トーマ、それは違います。私たちだって、アメリアの不調は気付けたはずです。私たちは、貴方方に甘えていたのです」

「トーマとアメリアなら大丈夫だと思っていた。それに、元はと言えば護衛対象であるトーマが簡単に連れ去られたんだ…職務怠慢以外の何物でもない」


 昂った感情で、酷く不安定な状況で、懺悔のような二人の言葉は毒以外に例えようがない。元の世界に帰るからとか、性別を偽っているとか、そんな事を放り投げて、一緒にいて欲しくてたまらない。


「ずるくない?弱ってるときに優しくするって…ずるいよ…」


 もう限界だった。弱って居るところで、優しい言葉を投げかけられて、それでも悟られないように笑い返すなんて芸当は、トーマには決して出来ない。始めから結論は決まっていたのだ。ぽろぽろと瞳から涙が零れ落ち、ズボンへと染みを作っていく。声を殺すように泣き出したトーマに、ライアスとウィルはお互い目が合うと、情けない表情を浮かべていることに気付き、笑い合った。


「トーマ、これからも私たちに貴方を守る権利を頂けますか?」


 問いかけに、こくこくと頷き返すことで返事をすれば、ウィルは白くなってしまったトーマの手を優しく解き、指を絡ませてから両手で大切そうに包み込んだ。


「良かった…正直、捨てられてしまったらどうしようかと…」

「なにそれ、言い出したのウィルじゃん…」


 泣きながら笑えば、足元に居る彼はほんのり涙ぐみながらも、そうでしたねと笑い返してくれる。すると、今度は反対の手を片手で包み込むようにライアスが握りしめた。


「トーマ…感謝する」


 顔を上げると、柔らかく細められた色素の薄い茶色の瞳と目が合う。普段とは違う甘い雰囲気をまとうライアスに、照れながらも笑い返した。


「ううん、こちらこそ、よろしくお願いします」



「トーマ、先ほど言っていた蹴りを付けると言うのは何です?」

「ああ、俺たちに嫌気がさして距離を取っていた訳ではなかったんだったな」


 やっと落ち着いてきた頃に、そういえば、とウィルが口にした言葉にトーマは固まった。突然の護衛変更の話に動揺して思わず口走ってしまったのだと思い返すと、恥ずかしさで埋まりたくなる。友達として、仲間として以上に貴方たちを好きになってしまいそうだったから、目を覚まそうとしてたんです、なんてとてもじゃないが言えない。ウィルあたりには大歓迎ですよ!と目を輝かされそうだが、歓迎されても男と性別を偽って恋人などできるわけはない。


「それは…」

「もし同性同士での恋愛で悩んでいるのであれば、問題ありませんよ?」

「っ、ごほ、ごほ…っ!」


 とんでもないウィルの発言に、トーマよりも動揺を見せたのは、隣に座っていたライアスだった。涙目になりながら咳き込む姿はとても珍しい。


「おまえ、は…!何を言い出すんだ…!」

「何をって、一般論でしょう。同性での付き合いが禁じられているわけでもありませんし、ライには馴染みが薄いでしょうけれど」

「それは、まぁ…」


 サラリと言ってのけるウィルに、やっと咳が止まったライアスが何とも言えない顔で頷いた。


「子を残すためだけに妻を娶り、妾に男を囲うのは珍しいですが、無い話ではないんです」

「え、そ、そうなの…?!」

「ええ、相手が男であれば、余計な子供が産まれませんから。平和に過ごせるんですよ」

「そ、そうなんだ…随分詳しいね…」

「私の家がそうでしたからね」

「へー…ぇぇえええええ?!?!?!?!?!」


 ああ、しんみりとしていた所で、とんでもない爆弾を投下されてしまった気がする。


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