6-15
ノーマルのようなBLのような…そんな下りがありますので、ご注意下さい。
コツコツと、螺旋階段を上っていけば最上階はすぐそこだ。この為だけに作った部屋、揃えた家具、整えた対魔術師用の魔石。腕の中でぐったりとしているトーマを抱え直しながら、ナルディーニは頬の緩みを抑えることができなかった。厳重な2枚扉の前までやってくると、自然と開かれ、部屋の中から事前に中を整えていたメイドが現れる。
「準備は整っております」
恭しく頭を下げるメイドの前を通り抜け、抱えていたトーマを部屋の中央に設置されているベッドへと寝かせる。未だに意識が戻っていない彼は、固く瞳を閉ざしたままだ。自分一人で魔法を使うことはできないが、魔石を指輪に加工し、専用の魔法道具とすれば普通の人間でも使うことは出来る。威力は埋め込まれている魔石の力に比例し、一度使えばそれきりと言うデメリットはあるが、使いどころを間違わなければ強い切り札になり得る。その切り札の使いどころを今回間違える事なく使用できたようだ。その結果が、今目の前に眠っている本職の魔術師の姿である。解除者が魔術師である事は前持って仕入れていたが…ベッドの淵へと腰掛け、眠っているトーマの頬を撫でれば、男とは思えぬ程の柔らかい肌だった。
「君は、優しい人なんでしょう…それ故に、甘い」
だから、魔法道具で気絶魔法をかけるとき、防御魔法を発動させようとした。防御は攻撃よりも発動速度が遅い。あの時にトーマが攻撃魔法を発動すれば、今頃こんな事にはなっていなかったはずだ。それこそ、自分はこの世に居なかったかもしれない。情報としてしか知らなかった解除者を実際に見て、話して、人の也を知って、トーマと言う人物としても好感が持てるようになったのは予想外だった。
「解除者であればどんな人でも良いと思ったんだが…私は、思っているよりも、君に好意を抱いているようだよ、トーマ」
聖女については気に入らないが、彼女の補佐役である解除者と言う者の話を聞いた時の興奮は今でも覚えている。最初に聞いたのは10代の頃だったか…聖女の伝説に出てくる、聖女が現れることを予言したという魔法使い。ただの御伽噺だと思っていた魔法使いは、本当に実在したのだ。解除者と言う名前で。それからは必死に解除者についての調べを進めたが、出てくるのは聖女の伝説に出てくる魔法使いの話のみで…今まで実在している解除者の情報については、皆無だった。その情報源をミラージュと言う宮廷魔導師がすべてもみ消していると言う事実を知ったのも、ここ数年前の出来事。しかし、そこから月が回ってきたように思える。100年に一度とされている聖女の到来の時代に立ち会えると言う奇跡。そして、ミラージュと同じ宮廷魔導師へ魔法道具を届けに行った際に、扉の向こうで漏れ聞いた新たな解除者の出現と言う話題。だが、やはり情報は少なく、聖女に魔術師が同行しているが、それが解除者であると言う所までは確信が持てなかった。そのため、彼に解除者についての話題を振り鎌をかけてみれば…思った以上の動揺を見せてくれたのだ。彼が予想以上に純粋な人間だったお陰で賭けに勝ったと思うと、頬の緩みを抑えることができないのは当然だろう。
「すぐに聖女から解放をしてあげよう…今はゆっくりお休み」
軽く前髪を払い現れた額へキスを落とすと、ナルディーニは立ち上がる。そこで、やっと今まで入り口で控えていたメイドへと視線を向けた。
「魔力吸収の魔石の動作確認と、香を焚け」
「幻影は如何いたしましょうか」
「そうだな…聖女のような非力な娘にでもしておけ」
「畏まりました」
頭を下げているメイドの横を通り過ぎ、部屋を出て、階段を降りる足音が聞こえ始めてからメイドは再び頭を上げた。寝ているトーマに目もくれず、彼女は部屋の扉を閉める。2枚扉になっているその部屋の、間に仕掛けられている魔石へ手を触れる。きちんと発動をしている事を確認してから、扉に仕込まれている魔法道具へと手を伸ばした。蓋をあけ、水と薬草を入れ燻らせれば、その煙は室内へと流れんでいった。独特の甘い匂いを確認してから顔色一つ変えずに蓋を閉め、仕上げにもう一枚の扉を閉める。魔石の力とは関係なく使用できる魔法道具を手に入れるのには大変苦労をしていたようだが、その苦労の甲斐もあり、効果の相殺は起こっていないようだ。錠を落とし、閉まっている事を再度確認したメイドはゆっくりと瞬きをしながら階段を下って行った。
とても息苦しくて、トーマはうっすらと目を開けた。部屋の中はまだ薄暗く、今が何時なのかが分からない。おまけに酷い眩暈のせいで、意識がぼんやりとしたままだ。
(何、してたんだっけ…)
霞む意識の中で、記憶を掘り返す。確か、今日は教会に行って、夕食をとって、ウィルとライアスと別れそれから…ナルディーニに状態異常魔法をかけられた事を思い出すと、慌てて体を起こそうとしたが、それは叶わずに再びベッドの中へと舞い戻った。起き上がりたくても、眩暈がひどく目の前が真っ白になる。自分の状態から考えれば、気絶魔法あたりだろうか…詠唱も呪文もなく、短い時間で魔法を発動させたのは、きっと指にはめてあるあの指輪のお陰だろう。魔石を組み込んだ金の指輪…夢に出てきていたはずなのに、それに気付けない上に魔法で打ち負けるとは…思う様にならない体も相まって、思わず悔しさに強く唇を噛んだ。
「ダメ元だけど…」
状態異常の解除魔法を使おうと意識を集中させてみるが、低く上げた腕は魔力が集まる前に弾け飛んでしまう。魔術師である自分を閉じ込めたのだ、思った通り魔力吸収の準備はされているようで、魔法は使えないのが分かった。最悪な状況に自己嫌悪したくなるが、今はそれよりも現状をどうするかが先だ。夢ではアメリアが捕えられていたはずなのに、なぜ自分がここにるのかがはまだ分からないが、今まで見てきた夢でも現実での行動によって結果が変わってきていたのだから、今の状況もその一つと言うことになるのか。
(ああ、ダメだ…眩暈が酷くて、考えがまとまらない…)
ベッドの背に敷き詰められている質の良いクッションへ頭をうずめると、トーマは息を吐いた。とりあえず、少し体を休ませてからでは無いとどうしようもないようだ。瞳を閉じると、少しは平衡感覚が戻ってくるような気がして、体の力を抜こうとしたその時だった。扉の向こうで物音が聞こえる。微かにだが、それは足音のようで…一気に体を緊張させると、トーマは肘をついて半分程上体を起こし、扉へ視線をやった。次第に近づいてきた足音は、扉の前で止まるとカシャリと金属音がして、ゆっくりと扉が開く。暗い室内に突然あふれる光。逆光気味の為長身の影しか捉えられる事が出来ず、眩しさに目を細めていると、すぐに扉が閉められた。やっと相手を確認できたと思えば、目の前に立っている人物を見て息が止まった。
「アメ、リア…?」
「目が覚めていたんですね」
柔らかい笑みを浮かべこちらへ近づいてくるのは、見慣れた聖女。微笑みかけられ、いつものように頬を緩め笑い返してしまったが、なぜ彼女がここにいるのか。しかも、いつも着ている胸元切り替えのワンピースではなく、黒のクラシカルワンピースを身に纏っている。それでも、どこから見ても彼女はアメリアそのもので、未だ動けずにいるトーマの真横まで着た彼女を見上げると、トーマは失礼にならない程度に様子を伺いながらも柔らかく微笑んで見せた。
「その服、どうしたの?」
「え?…あぁ、気分転換です」
そう言って笑った彼女は、すぐ表情を崩すとトーマの頬を両手で覆い顔を近づけてきた。突然の彼女の行動に驚くが、払いのけるには気が引け困惑気味な視線を向ければ、アメリアは心配そうに眉尻を下げる。
「それよりも、顔色が悪い…気分はいかがです?」
「ちょっと眩暈がするけど、大丈夫だよ」
「そうですか…良かった…」
熱の籠った瞳で見つめてくる彼女に、やはり、何か違和感を感じる。普段、アメリアはこんなことをしただろうか。不調を訴えたら、すぐに治癒をと騒ぎ出しはしなかっただろうか。それに、自分の頬を包み込むほど…彼女の手は大きかっただろうか…?何かがおかしい。本当に、彼女はアメリアなのか…?
「ねえ…」
「なんです?」
「…君は、誰?」
トーマの言葉を受け、アメリアは驚いたような表情を浮かべるが、それも一瞬で…すぐにくすくすと笑いだす。明らかに異常な彼女の様子に、アメリアではない、アメリアの姿をした何かだと確信したトーマは、彼女の手から逃れようと腕を掴むが、ぴくりとも動かず固定をされてしまっていた。
「ちょっと、離して…!」
「こら、暴れないで。眩暈が酷いのでしょう?」
「なんで…!」
「聡明な人だとは思っていたが…やはり、君は私が思っていたよりも全てが上回っているよ、トーマ」
「アンタ…もしかして…」
「ほら、御覧なさい」
含み笑いを浮かべたまま、アメリアの姿をした何かはトーマの頬を解放してから窓へと顔を向ける。それを追う様に視線を窓へと向ければ、そこにはぼんやりとした部屋の明かりに反射して映り込む少女が、二人。そう、今目の前に立っているアメリアのような少女と、全く同じ少女が二人居るのだ。
「なに、これ…」
「この部屋に充満しているこの香り…なんだか、分かりますか?」
呆然とするトーマの耳元へ唇を寄せ囁かれた言葉に、心当たりがあった。昔、ミラージュに薬草学について習っていた頃に幻影を見せることができる薬草があり、それを使用した魔法道具と言うものがある。
「そんな、この手の魔法道具は、表では…」
「ええ、表ではとても手に入らない代物です。ですが…先ほども言ったでしょう。仕事柄、流行り物を多く取り扱っている…表の商品も、もちろん、裏の商品も、ね」
その発言で、今目の前に居る人物が誰なのか、判明した。間違いはない、この人物は、
「どういうつもりですか、ナルディーニさん」
少しでも距離を取ろうと後ろへ下がりながらキツク睨み付ければ、アメリアの姿をしたナルディーニは、軽く両手を上げて見せた。
「私はね、ずっと解除者に憧れていたんですよ。未来を見通すと言う強大な力を持つ魔術師…聖女なんかより、ずっと優遇されるべき人物だ」
「そんな事…!」
「癒すの力なんかよりも、見通す力の方がよっぽど有効的だろう?君が国の中心になれるかもしれないんだ!だから、聖女等と言う枷を私が解放してやらなければと思った…これは、君の為なんだよ、トーマ」
「ふざけるな…何を勝手な事を…!」
詠う様に語りだしたナルディーニは、笑顔を浮かべている物の狂気しか感じない。ずっと感じてきた、熱の籠った視線の原因は、これだったのだ。狂信的な解除者信者と言った所だろうか。それが正しいと、全てだと思い込んでいる彼に何を言っても通じないのは明らかで。彼が口にしていた小鳥は、アメリアではなく自分だったのだと分かった時にはもう全てが遅い。とにかく逃げなければと両肘へ力を込めた所で、体は言うことを聞かず、そんなトーマの様子を見ていたナルディーニはくすくす笑いながらベッドへと上がってくると、トーマの上へと馬乗りになる。それからポケットから取り出した小瓶を取り出し蓋を外すとトーマの目の前へと差し出してきた。
「辛いでしょう。さあ、どうぞこれを」
「退いてください」
「大丈夫、中和剤です。副作用で睡魔に襲われますが、起きれば気分が良くなっていますよ」
「うるさい、そこを、」
「トーマさん、お願いします、飲んでください」
出された小瓶を叩き落とそうとした手が思わず止まる。目の前に居るのはアメリアでは無いのに、アメリアの姿で悲しそうな表情浮かべそう声をかけれ、一瞬だが判断が鈍る。トーマがそんな反応を返すと分かっていたナルディーニは、その隙にトーマの顎を掴むと一気に小瓶を口へと差し込んだ。慌てて吐き出そうとする前に、自分の唇で彼の唇を塞ぎ、上を向かせると両手で頭を固定する。
「んぅ?!」
苦しそうに胸板を叩くが、相手は長身のナルディーニであり、どう考えても力で勝てるはずもない。飲み込むまで開放するつもりはない相手に、とうとう我慢しきれずに液体を飲み込むと、軽く舌を吸い上げられてから開放された。げほげほと激しく咳き込み朦朧とする意識の中、目の前には自分の唇を舐め上げるアメリアの姿があった。
「ああ…聖女の姿ではなく、本来の君で見れたのならとても情緒的なのでしょうね…奴らが去ったら、すぐに魔法道具を止めますから…それまでの我慢です」
うっとりと指で頬を撫でてると、再び顔が近づいてきて…今度は優しく唇を啄むようなキスが降ってくる。まるでアメリアにキスをされているようで、眩暈のせいで力が入らなくて、なんだかとても眠くて。トーマは再び意識を手放した。
「おやすみなさい、私の小鳥」
伯爵が言っていた宮廷魔導師ですが…盗み聞いた描写等はありませんが、やらかした魔導師が登場している話があります。閑話7になりますので、気になった方はどうぞ!




