6-13
「アイツって、ホモなのか?」
パーティの翌日、教会へと向かう途中レオルドが神妙な面持ちで飛んでもないことを口にした。教会まで馬車を出すと言うナルディーニの申し出を丁重に断り、久しぶりの安心できるメンバーのみとなった中で、解放感に我慢ができたくなったのだろう。早朝の刺すような冷たい空気が心地良いだなんて伸びをしていたトーマは、直球なレオルドの発言に思わず噎せる。
「レオルド!」
咎めるようなライアスの声に、頭の後ろで手を組んでいたレオルドは悪びれる様子もなくと更に続けた。
「昨日の見ただろ?アイツ、トーマの事マジで口説いてたぜ?」
「それは、まあ…そうだったが…」
「今朝のトーマを見つめる目、気色悪かったですね」
「おい、ウィルまで…!」
「やめてよ、二人共…そもそもあんなイケメンなのに、なんでアメリアじゃなくて俺狙いのさ、絶対おかしいでしょ」
「裏があるだろうな…トーマを狙う理由を考えれば…」
「いーや、絶対ホモだって!」
「間違いないですね」
「レオルド、ウィル…おまえら、いい加減にしろよ…」
げんなりしているトーマの発言に対しライアスが深く頷くが、彼の言葉は大きなレオルドの声によって掻き消された。同調するように頷くウィルに、ため息をつきつつ睨み付けるが、二人は全く気にすることなく受け流す。
「おい、トーマ、おまえ掘られないように気を付け、」
「レオルド!!」
流石に我慢が限界となったライアスの平手がレオルドの後頭部へと直撃する。それは珍しく遠慮なく全力の平手だったようで、頭を押さえたレオルドは涙目になりながらライアスへと食って掛かった。そんな二人のやり取りをバックに、今まで黙っていたアメリアが首を傾げた。
「トーマさんが、掘られる?」
「きゃぁああ、やめてアメリアちゃん!天使みたいな顔して!そんな単語、可愛いお口で言わないで!!」
「うわ…トーマ、今の貴方少し変態くさいですよ…」
言葉の意味が分かっていないアメリアが口にした瞬間に、全身の血が引いていく感覚がした。半狂乱になりながら彼女の口を押え動揺するトーマを前にして、初めてウィルが引いた。ちなみに、トーマの絶叫で言い合いをやめた二人も、彼のアメリアへの発言に対して同様に引いていた事を、トーマは知らない。
十分ほど歩くとすぐに教会には到着した。事前に話が通されているだけはあり、相手側の対応は今までの中でも一番と言って言い程で、すでに治癒活動の準備は整っていた。治癒活動を行う前に、少し休んでくださいと出迎えられた神父に案内される。先を歩く神父の後ろ姿に、どこかで見覚えがあり首を傾げていれば、ウィルが昨夜のパーティでナルディーニと最初に話していた背の低い男とだと教えてくれた。確かに、着ている物は違うが、出迎えてくれた時に一緒にいた男かもしれない…アメリアとは昨夜のうちに挨拶を済ませていたらしく、親しげに話しかけられていた。一方的にだが。どうも、この街は押しが強い人が多い気がする…治めている人間がそうだと、少しは似てしまうのだろうか、等と失礼ながらにも思ったりもしてしまった。
治癒活動を開始すると、訪れた人たちは矢張り商人が多い。治癒が終わったアメリアの手を離さず、自分の取り扱っている商品について説明したり、その場で渡して来たりと、一人一人の個性が強い。断ることを知らない彼女が話を聞いてしまうので、その度にライアスとレオルドはアメリアの手を握りって離さない商人達を追い払って行った。残念そうにアメリアの前から立ち退く商人たちだったが、新たなターゲットを見つける。出口の警備にあたっていたトーマである。魔術師自体が珍しいのか、トーマ押しの弱さが見た目にも滲み出ているのか…聖女に受け取ってもらえなかったのならばせめて、とガンガンに押してくる。やんわりと断っても聞こえないふりをして続ける商人。しかも、一人だった相手は、治癒が終わった分だけ増えて行き、既に数人の商人に囲まれ始めている。断っても断ってもめげずに押してくる彼らの熱意に引きつつも、割とキツク結構ですと首を横に振り続ける。が、諦めない彼らに、トーマは埒が明かないとため息を付いた。
「おい」
気付けば、アメリアの隣へ立っていたレオルドが、商人を挟みトーマの前へ立っている。なぜ彼がここにいるのかと問うよりも先に、声をかけられた商人達はピクっと肩を揺らすと振り返り、レオルドを見れば愛想笑いを浮かべた。先ほど追い払われた護衛に再度声をかけられ、気まずくない人等いないだろう。
「ここで商売はすんなって、さっき言ったよな?」
「これはこれは、レオルド様…」
「トーマ、次なんか押し付けてくるようなやつが来たらぶっ飛ばせ」
「ぶっ飛ばせって…」
「魔法で半殺し位やってやれ、アメリアすぐそこに居んだから、死にはしねぇだろ」
「す、すみません、私は用事を思い出しましたので…失礼します!」
一人が逃げるようにその場を去ると、すぐに連鎖が始まり、蜘蛛の子を散らすように一気に人がいなくなる。先ほどまで賑わっていた出口には、トーマとレオルド、そしてこの騒ぎの最中に治癒が終わり出口を通り抜けようとしている一般人だけとなった。
「あ、有難う…」
驚きながらも礼を述べれば、彼はウザったそうな顔をしてこちらへ視線を向けてくると、軽く額をデコピンされた。
「って!」
「お前も、あれぐらい追い返せれるようにしとけ」
「仰る通りで御座います…」
「次絡まれたら、呼べよ」
「…何を?」
「俺をだよ!」
「…なんで?」
「助けいらねぇのかよ」
「え、助けてくれるの…?」
「うっせーな、もう呼んでも助けてやんねぇ」
「うそ、うそ!ごめんね、レオルド。ありがと」
「うっせ、バーカ」
頬を赤く染めて不貞腐れるレオルドに笑いかければ、もう一度デコピンを食らった。容赦ない攻撃に、両手で額を押え痛みに堪えるトーマを置いて、大きな足音を立てながらレオルドはアメリアの元へと戻っていく。耳の後ろまで赤くなっている彼の後ろ姿が可愛くて、小さく笑いを漏らしてしまった。
治癒活動は無事に終わり、教会の外へ出ると、そこには見慣れた馬車が止まっていた。アメリア達の姿を見つけると、御者は深く頭を下げた。
「お迎えに参りました」
「迎えは頼んでいないはずだが」
「主からの命で御座います。屋敷へお連れ致しますので、どうぞご乗車下さい」
ライアスの言葉に頭を下げたまま淡々と答える御者に、彼は小さく息を吐くと様子を伺っていた残りのメンバーへと顔を向けた。不安そうに見つめているアメリア・トーマとは違い、ウンザリとしているレオルドと、明らかに不機嫌なウィルが居る。視線だけで問うライアスに、レオルドは御者に聞こえる程の大きさでため息をついた。
「観光すらさせてもらえねぇのかよ」
「…ご希望でしたら、馬車にて…」
「結構です。戻るのでしょう?乗りますよ、レオルド」
笑顔を浮かべながらも、冷たい声で切り捨てると、ウィルはレオルドの背を押して馬車へと向かい始める。険悪なやり取りにおろおろと見守ってたアメリアが、不安げにトーマへ視線を向けてきた。
「大丈夫、今日が最後だから」
「…はい」
笑顔を作り背を押してやると、彼女も無理に笑顔を作り馬車へと歩き出す。ライアスがアメリアを迎えると、トーマへと視線を向ける。
「行こう」
しっかりと目を合わせてから頷いて見せると、トーマも最後に馬車へと乗り込む。今日が終われば、この街に滞在する理由はない。最後の山場となる事を全員が感じていたのか、車内は思ったよりも空気が重かった。
昨日と同じように使用人達が出迎え、昨日と同じように部屋へと案内される。すぐに夕食だとパメラに告げられ、扉が閉まれば、トーマは深く息を吐き出した。何かあるかもしれないと緊張して過ごすのはこれほどまでに疲れるものなのか…精神的に参ってしまいそうだが、これも明日の朝で終わる。後数時間耐えれば良い。ベッドへ腰を降ろし窓の外へと視線を向ければ、港が赤く染まってキラキラと光っていた。
「ご馳走様でした」
夕食に何か仕込まれてくると思っていたが、特に異変は起こらなかった。連日通り、贅沢な食事だったがアメリアが口にしたのはほんの少しで、それを心配するナルディーニへ治癒活動を行うといつもこうなのだとライアスが説明すると、心配げに頷くのみだった。同じく少量しか胃に収められなかったトーマも、食べた気がしない。軽く胃を撫でながら階段を上っていると、先に上がっていたウィルが歩調を緩めトーマの隣へと並んだ。
「大丈夫ですか」
「なんとかね…戻ったら胃薬でも作ろうかな」
冗談交じりに笑って答えたトーマに、ウィルは目元を少し細めただけで留めた。それっきり何も話さず2階まで上がりきると、先に部屋へと向かっていたライアスの姿があった。
「ウィル、少し良いか」
「ええ。トーマ、貴方は部屋へ」
「あ、うん」
「悪いな、トーマ」
「一人で戻れますか」
「大丈夫だよ!それじゃ、おやすみ」
ウィルにからかう様に言われ、むくれて答えれば、ウィルとライアスは小さく笑った。お休みと挨拶を交わし、連れ立ってライアスの部屋へと向かう二人を見送ってから、トーマは反対方向にある自分の部屋へと体を向けた。緊張を和らげようとしてくれたウィルと、それが分かっているからこそ咎めることもなく笑って流したライアスの優しさが有難い。自然と緩んだ顔のまま前を向けば、いつの間にか、初めて見るメイドが立っていた。足音が聞こえなかった、それ所か、気配等感じなかった。無表情を張り付けたメイドは、驚いているトーマと目が合うと、ゆっくりとスカートの裾を持ち上げ礼を取った。
「トーマ様。主人より、個人的にお話をお伺いしたいとの申し出が御座いました。お時間宜しいでしょうか」
「個人的って…何でしょうか」
「内容については、私には分かりかねます」
「…そうですか」
「宜しいでしょうか」
「ああ…一応、連れに知らせてからでも良いですか」
「お連れ様には、私よりお伝え致しましょう。主人が心待ちにしております、どうぞ、こちらへ」
恭しくもう一度裾をあげて礼を取ってから、メイドは階段を上がっていく。どうするか質問をしてきているのに、最初からこちらには拒否権など無い態度に、相手の思惑に嵌ったのだと小さく舌打ちを漏らしてしまう。確実に聞こえただろうに、彼女は全く無反応で、足音もなく階段を上る。チラリとライアスとウィルが消えた部屋へ視線を向けるが、扉は固く閉ざされたままで…視線を再び戻せば、途中で止まり、こちらを無表情で見つめているメイドと目が合った。意思を持たないただのガラス玉のような目に、ゾクリと鳥肌が立つ。それを誤魔化すように小さく息を吐くと、トーマは階段へと足をかけた。階段を上がり切れば、初日に案内をされなかった東棟へとメイドが進んでいく。奥へと進めば進むほど照明が暗くなっていき、ぼんやりとした灯りの廊下の突当りにある扉の前までやってくると、メイドは立ち止まり振り返る。
「どうぞ、お入りください」
そう告げ頭を下げたメイドだったが、はいそうですか、と扉を開ける気にはなれず。戸惑いながらメイドへ視線を向けるが、彼女は人形のように動かずにいた。気味の悪い彼女の様子に、トーマは視界の端へ入れながら扉の前へと立った。断り切れず安易についてきたちょろい自分に嫌気がさすが、ここまで来てしまったのだ…腹を括るしかない。今日の中で一番緊張している呼吸を整えながら、ノックをする手へ力を込めた。




