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解除者のお仕事  作者: たろ
解除者のお仕事
55/78

6-11


 また夢を見るのではないかと怯えながら眠った為に、十分に疲れが取れるわけでもなく。カーテンの隙間から差し込む朝陽に目を細めると、トーマはベッドから起き上がった。寝不足気味で重い頭をすっきりさせたくて、顔を洗いに向かおうと部屋を出れば、廊下の冷たい空気に自然と鳥肌が立つ。朝も早いと言うのに、水場へ向かう途中で何人ものメイドとすれ違った。いつもこんな朝か早くから働くものなのかと驚きながらも、そこまで気にも留めず冷たい水で顔を洗っていると、トーマ様と名前を呼ばれる。顔を上げれば、元気いっぱいのパメラの姿。おはようと笑いかけると、彼女は早朝からハイテンションで挨拶を返してくれた。


「おはようございます!本日は楽しみですね!!」

「楽しみ…?」

「僭越ながら私がトーマ様の担当を任されました。力の限り頑張りますので、お任せください!」

「ん??」

「はあ…どんな物を御召しになるのかしらぁ…」


 うっとりとしながら失礼致しますね、と頭を下げられれば、はいとしか答えようがない。なんだかとんでもないことになっているのではないか…周囲に花を飛ばす勢いのパメラの後ろ姿を見送りながら、トーマは顔が引きつるのを感じた。



 そして、その予感は見事的中した。朝食後、玄関には昨日に乗った馬車が再び止められており、押し込まれ連れて行かれたのは、街中にある仕立屋だった。絢爛豪華な布が並ぶ店頭を通り過ぎ、店の奥へと案内される。そこは巨大なクローゼット状態で、数えきれないほどのドレスや靴、宝石類が所狭しと並べられている。その煌びやかさに圧倒され、思わずトーマは入口で立ち尽くしてしまった。お好きな物をお選び下さいと微笑みながら女店主に声をかけられ、ぎこちなく頷く。その反応は護衛たちも同じであり、流石に3人も予想外の事態に動揺をしていた。対して、アメリアは色とりどりのドレスを前に素直に喜びながら頷いている。本当は駆け寄りたいのだろうが、護衛たちの事も考えて必死にその場に留まっているのが見るだけで分かってしまう程だ。


「さあ、聖女様、まずは採寸から始めましょう」


 女店主がアメリアへ声をかければ、彼女は嬉しそうに頷いてから、はっとしてライアスへ視線を向ける。そんな彼女の反応に、女店主はライアスへご安心くださいと微笑みかけた。


「ここにいる間はワタクシの大切なお客様です。何人たりとも手出しさせませんわ」


 女店主の言い知れぬプレッシャーに、あのライアスが思わず押されて頷いてしまった。そんな彼女に、誰も、異を唱えることなど出来なかった。



 採寸はすぐ終わり、試着室から出てきたアメリアは早速ドレス選びへと移った。最近の流行りは大きく背中が開いている物だと告げる女店主に、即座にレオルドがそれはダメだと声を荒げる。なぜ貴方の許可が必要なのかと至って自然な返しをしてきた女店主に、トーマは思わず吹き出してしまう。聖女らしさを意識すれば、あまり背中は空いてない方が良いだろうとさりげなくライアスがフォローをしてやれば、女店主は納得したように頷いてくれる。なるべくアメリアの希望には沿ってやりたいので、まずは彼女が好きな物を選ぶ所から始める事となった。


「う~ん…どっちが良いと思います?」

「色は左の方がかわいいよね。でも右のそのフリルも捨てがたい…」

「そうなんです!」

「ちょっと右のやつ体にあてて見て…ああ、意外といけそう、そっちキープが良いんじゃないかな?」

「そうします、有り難う御座います!」

「ねえ、アメリア、これはどう?」

「わあ、これも可愛いです!」


 選び初めて数時間。昼の時間もとうに過ぎたと言うのに、いまだにアメリアのドレス選びをしていた。アメリアが決まるまでは傍で見ている予定の護衛達は、最初こそ一緒に選んだり見て回ったりしていたのだが、今では、レオルドとウィルは疲れ切った様子で部屋の隅にあったソファーへ座り込んでいた。その隣の壁に背を預けるようにして立ってアメリアを見守っているライアスにも疲れて見えている。そんな男性陣の中、トーマだけは元気いっぱいにアメリアと一緒にドレス選びに精を出している。しかも、アメリアの質問に答えるだけでなく、彼女の好みを酌みつつさり気無く選んでいないようなタイプの物を勧めたりまでしており、完全に二人の世界である。


「あいつ…すげーな…疲れねぇのか…」


 思わず漏れたレオルドの呟きに、ウィルとライアスも深く頷いた。


「見張り任務よりも疲れますね…」

「…そうだな」

「それよりも、良かったのですか。パーティの誘いを受けるだなんて」

「おー、俺もそれは思った。人が多いとそれだけ護衛しづらいんじゃねぇの?」

「ええ…流石に帯刀も許されないでしょうし」

「だからと言って、ナルディーニ卿からの誘いを無碍にするわけにはいかないだろう…それに、メイドへ確認をした所、勝手な話だが、明日に治癒活動を予定していると言うのは既に告知済みらしい。何か仕掛けてくるとしたら…」

「明日以降と言う事ですか」

「そう言うことだ」


 ライアスとウィルのやりとりを聞いていたレオルドは深くため息を吐くと、ゆっくりとソファーから立ち上がった。何事かと視線だけで問うてくる二人に、げんなりとした顔を向ける。


「俺らのもとっとと決めとこうぜ…このまま待ってたら日暮れるわ…」

「そうしよう」

「そうしましょう」


 綺麗に重なった声に、三人は似たような苦笑を浮かべると男性服がかかっている方へと重い足取りで向かった。そんな割と真面目な話をしていた護衛達をバックに、アメリアはワインレッドのドレス片手にトーマへ詰め寄っていた。


「ほら、トーマさん!」

「いや、落ち着こうよ、アメリア…」

「大丈夫です、ね?」

「何が大丈夫なのか、よく分かんないって…!」

「これは、絶対に似合います!さあ、トーマさん!」


 にこにこと輝く笑顔を浮かべ迫るアメリアに、トーマは逃げるように下がっていく。ひきつった笑みを浮かべたまま、逃げていたトーマの背中にぼふっと柔らかい何かが辺り、振り返るとそこにはアメリア同様良い笑顔の女店主。まずいと逃げようとした瞬間には、しっかりと肩を掴まれていて。


「魔術師様、是非着てみてくださいませ。間違いなくお綺麗です」

「ひ…っ」


 思わず漏れてしまった悲鳴等聞こえなかったと言う顔をして、女性陣は微笑むとトーマを試着室へと押し込んだ。アメリアからドレスを手渡され、よろしくお願いしますと頭を下げられて、無情にも扉が閉まる。あまりの押しの強さに何も言えずここまでやってきてしまったが…手元にあるドレスに目を落とせば、アメリカンドレスのような作りで、ノースリーブスではあるものの、首から上半身は隠されている。平たい胸を強調するようなデザインでは無いものをそれなりに選んでくれたようだ。


「ドレス、ねぇ…」


 友達の結婚式で数回着る機会はあったが、まさか、また着ることになろうとは。それでも、久しぶりの女性物の服に興味が無いわけではない。ちょっと着てみたいと言う願望があったのも事実なので、アメリアには悪いが無理矢理着させられたと言う体で、ちょっとだけ着てみよう、そう判断した事を後に後悔する事になろうとは、この時のトーマは思いもしなかった。

 手早く身に付けている服を脱ぎ、ドレスを着る。首元をリボンで結んだ時に、足元の冷たさに気付く。久しぶりのスカートなのでこんなものだったかと首を傾げながらも、備え付けの姿見を見て、驚愕した。鏡に映る自分の足元。下着が見えないギリギリラインから割れているスリットは、右太股が丸見え。腰切り替えで下半身が酷くタイトなデザインに思わず固まってしまう。上半身は露出控え目で安心させといてこの仕打ちとは…


「終わりましたー?」


 しかも、着替え終わったタイミングで、外からの声かけ。完全に彼女の思惑にはめられたと気付いたときにはもう遅く、トーマが答える前に扉が開けられた。今だ固まっているトーマを前に、覗き込んだアメリアと女店主は同時に息を飲んだ。


「あ、あの…」

「すごい!素敵です!!!」

「お似合いです!!もっとしっかりやりましょう!!」


 鼻息荒く詰め寄ってくる二人に、これ以上下がる事が出来ないトーマは、最早頷くしか選択肢は残されていなかった。


 トーマをメイクアップさせると決めた後の二人の行動は早く、別室へ連行されると鏡の前に座らせられる。怯えるトーマなどお構い無いしに、女店主はメイク道具を取り出すと化粧水を塗り始めた。それと同時進行で他の店員まで呼び、髪のセットをするようにと言い付け、アメリアと店員でアクセサリーやら靴やらを選びトーマの前に並べて選び始める。どうしてこうなった、と当の本人だけ放心状態で、周りの熱はどんどん上がっていく。


「誰か助けてぇ…」


 ぽつりと呟いたトーマの声は、更に増えた楽しげな女性人の歓声で掻き消されていった。



 そして、この異変に護衛達が気付いたのは、トーマが餌食となって1時間後の事だった。自分達の服を適当に選び終わり、アメリアの様子を確認しようと戻ってくると、彼女が店員と二人で最終判断をしている姿はあるが、トーマの姿が見当たらない。トーマはどうしたのかと聞けば、彼女は頬を赤く染めながら後少しなんです!と嬉しげに返してきた。噛み合わない返答にライアスは首を傾げてしまう。意味が分かるかと視線だけでウィル、レオルドへと投げ掛けても、二人も同じ反応で。そんな所に、別室の扉が開くと店員が出てきて、アメリアの元へと駆け寄った。


「聖女様、準備ができました」

「はい!ありがとうございます!」

「準備…?」

「お、おい、アメリア…?」

「皆さん、ちょっと待っててくださいね」


 にこにこと笑いながら告げると、彼女は隣の部屋へと駆け出す。隣の部屋の扉小さく開けると顔を覗かせ、黄色い悲鳴を上げたと思ったらそのまま中へと駆け込んでいく。何事かと駆け寄ろうとしたライアスだったが、扉の向こうから聞こえてきた声に思わず足を止めてしまった。


「ちょ、ちょっと、アメリア、マジ、勘弁してよぉ」

「本当素敵です、美人さんです、皆さんにも見せましょう!」

「え?!何、皆さんって、まさか…」

「はい、ライさんたち揃ってますよ」

「やだやだやだ、本当ムリ、やだ!」

「何仰いますか、お綺麗ですから」

「わ、店主さん押さないでください、よ…!」


 涙声のトーマとは違いひどくテンションの高い女性陣の声はどんどん近づいてきて、勢い良く扉が全開になったと思うと、ワインレッドの裾が大きく揺れる。


「え…」


 護衛の前に姿を表したのは、黒い髪をまとめワインレッドのドレスを纏っている長身の女性。ばっちりとライアスと目が合えば、顔を真っ赤にして目の前で手を振り出した。


「うひゃああ、ライ、あの、これは、その…!」


 動きと反応はいつも通りなのだが…これは、やはり、あのトーマなのか。混乱で固まってしまったライアスの後ろで、ウィルがトーマなのかと声をかけてくる。もう、諦めるしかない…涙目になりながら頷くトーマに、信じらんねぇ、とレオルドの呟きが漏れる。


「すごい綺麗ですよ、トーマさん!」


 彼の後ろからひょっこりと顔を出すと、トーマの腰あたりに嬉しそうにアメリアが抱きついてきた。もうそれに驚く事も注意する事もできないトーマは、投げやり気味に笑い返す。


「はは…有難う…ヒールのお陰でライと同じぐらいのデカさだけどね…」

「驚きました…本当にトーマなのですね…」

「すげぇな…お前、それで良いんじゃね?」

「はぁ、何言ってんのさ、」

「うわ、すげぇ、何?女物の下着つけてんの?」

「ぎゃ!ちょと何自然に触ってんの、しかもなんで捲ろとしてんだ変態…!」


 いち早く太ももに気づいたレオルドが遠慮なく足を撫で上げると裾を捲ろうとする。慌てて裾を押さえるトーマに、減るもんじゃねぇだろ、と強要する手を、ウィルが叩き払う。不満そうなレオルドをスルーして、大丈夫ですか?と微笑みかけるウィルに、トーマはほっとしながら有難うと礼を言えば、何か彼の様子が違うことに気づく。


「えっと…どうしたのかな…」

「トーマ…」

「は、はい…」

「本当に、美しいですよ」


 なんだ、こう、色気が、すごい。

 そんな色気垂れ流しなウィルは甘く微笑むと自然な流れでトーマの手を握り、そのまま甲へと口付ける。彼のその行動を目の当たりにした他店員からきゃあと黄色い悲鳴が上がった。


「ウ、ウィル…!?」


 頬を赤くして諌めるトーマだったが、ウィルの表情は崩れることはなく、むしろ嬉しそうに微笑むと愛おしそうに手を撫でられる。これ以上彼を目で追ってはいけないと本能が警告している。涙目になってレオルドへ助けを求めれば、彼は薄く頬を赤くして目を逸らした。


「やめろ…俺はノーマルなんだ…」

「酷いですね、今口説いているのは私ですよ?」


 私だけを見てくださらないのですか、と声を掛けられれば、見ないわけには行かない訳で…。切なげに細められた青い瞳と目が合うと、あまりの色気に、思わず呼吸が止まってしまった。久しぶりの乙女ゲーモードの彼の破壊力と言ったら、勝手にソフトフォーカスがかかる始末だ。腰からも黄色い悲鳴が聞こえたので、きっとアメリアが興奮しているのだろうが、どうしてもウィルから視線をはずす事が出来ない。雰囲気に飲まれそうになっているトーマと本気で口説きにかかっているウィルの姿に、これ以上はまずいと珍しく常識陣な判断をしたレオルドは、慌てて後ろへ顔を向ける。


「お、おい、ライ、どうにしてくれよ…!」

「あ…あぁ…」


 いまだに呆然としているライアスは、助けを求めるレオルドの声でやっと我に返った。悪いと苦笑を浮かべると、トーマの元へと歩み寄り、ぼんやりしているトーマに声をかける。すると、彼の視線はウィルからライアスへと移った。これで危険が回避できた、と詰めていた息を吐こうとしたレオルドだったが、彼は、ライアスもいつもと違うことに気づけてはいなかった。


「とても…綺麗だ」


 爽やかに微笑みながら、トーマの頬を指で撫でる。一瞬何をされているのか分からなかったトーマだったが、みるみるうちに赤かった顔を更に真っ赤にさせる。目に涙を一杯に溜めたトーマに、どうした?と優しげに目を細めたのが、トドメだった。とうとうオーバーヒートしたトーマは、頭から湯気を出しながら意識を手放した。ぐらりと傾く体を逸早く抱きとめたのは、レオルド。


「おまえら!トーマに近寄んな!!」


 こんなに彼に同情したのは、これが始めてだった。


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