6-9
優艶:やさしくしとやかなこと。艶やかで美しいこと。また、そのさま
辞書を引く時間の方が長かった、6-9話でした。。。最近更新遅くてすみません><
屋敷の中は、派手さは感じさせないものの使われている一つ一つはとても良質な物だ。玄関から部屋中央に位置している階段へと長く続く絨毯は、思わず靴を脱いで上がりたくなるほどであり、同じように躊躇っていたアメリアへナルディーニはお気になさらずと声をかけて自ら踏んでみせた。恐る恐ると言った表情で絨毯の上へ足を置く姿に、順番が違えばあの姿は自分だったなとトーマは彼女の背中をなんとも言えない表情で見つめるのだった。
まずは部屋をご案内致します、と言われ其々にメイドが一人ずつ傍に寄ってくる。お荷物をお持ち致しますと声をかけられるも、流石渡す気にはなれずやんわりと断ると、メイドは嫌な顔せずに頭を下げるのみだった。心なしか目がキラキラしていたような気がしたが、頭を上げた顔は人当たりの良い笑顔しか浮かべられておらず、見間違いかと首をかしげるトーマは、こちらですと促され慌てて足を進める。広間の奥、中央に設置されている階段を上れば、更に上へ続く階段と左右へ続く長い廊下が現れる。二次元でしか見たことのないようなお屋敷に圧倒されつつ後を追ってきたトーマは、先を歩いていたアメリア達とは反対側へとメイドが曲がるのを見て足を止めた。
「え、そっち…?」
「魔術師様と護衛騎士様のお部屋は、西棟にてご用意させて頂いております」
「あ、そうですか…」
思わず漏れてしまった呟きにもメイドは頭を下げながら丁寧に答えてきた。釣られるように同じように頭を下げるトーマに、最後尾についていたウィルは小さく笑いながら案内してくださいと先を促した。案内された部屋は、階段から3部屋程度通り過ぎた客室で、手前にトーマ、奥にウィルがそれぞれ通された。
「…ここ、ですか…?」
今まで泊まってきた部屋の中でも一番豪華な室内に、入口で扉を閉めていたメイドへ質問をしてしまう。声をかけられ、やはり目を輝かせたメイドだったが、すぐに質問された内容に気づくと申し訳なさそうに頭を下げた。
「はい。大変申し訳ございませんが、主人よりこちらをご案内するように仰せつかっておりまして…」
「あ、違うんです、不満があるわけじゃないですよ!」
「え…?」
「むしろその逆で、こんな良い部屋使って大丈夫かなって、不安になっちゃって…」
ごめんね、と照れ笑いを浮かべたトーマに、メイドは思わずと言った様子でくすりと笑いを漏らす。だが、すぐに自分が笑いを漏らしたのだと気付くと、彼女は慌てて口を押え謝罪の言葉と共に勢い良く頭を下げてきた。その様子に怒りはせずとも驚いたトーマは、頭を下げ続けている彼女に小さく息を吐くと、ピクリと揺れる細い肩へなるべく優しく手を乗せた。
「顔上げて?怒ってないから」
「魔術師様…」
「こういうのには不慣れで…ありがとう。不慣れついでにもうひとつ、俺絶対に迷う自信あるから、前もって質問しても良いかな?」
「は、はい…!」
「俺とウィル、もう一人の護衛が通されてるのが西棟2階の客間で、聖女と残りの護衛はこの階東棟なんだよね?」
「はい、左様でございます」
「伯爵には我が家のように好きにして構わないって言われたんだけど、流石に人様の家を歩き回るのはね…他に俺たちが立ち入っても大丈夫な場所を教えてもらいたいんだ」
「そんな、魔術師様が立ち入ってはいけない場所など…!」
「俺、方向音痴でさ…似たような作りが続くお屋敷とか苦手なんだ。使用人さんたちの部屋に間違って入っちゃうかもだよ?」
「え…?!」
困るでしょ?といたずらっぽく笑いかければ、彼女は困ったように笑うと頭を下げた。
「魔術師様のご都合が宜しければ、屋敷内をご案内いたします」
「ごめんね、無理言っちゃって」
「とんでも御座いません」
「よろしくね、メイドさん。俺はトーマ」
「パメラと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します、トーマ様」
にこりと微笑むトーマに、パメラは一瞬頬を赤く染めると微笑み返す。先ほどの笑顔よりも素に近い表情を浮かべた彼女に内心ほっとしつつ、先に廊下へと向かう背中を見つめた。本当に迷子になる可能性を考えてと言うのもあるが、何か起こった時の為に最低限屋敷の作りを見ておくことは必要だろう。できれば、夢で出てきた塔の最上階のような部屋についても調べておきたい。ヴァリスの港へ入る直前、ウィルに、アメリア達が単独行動をしないと言うのは絶対ですが、なるべく私達も一緒に動きましょうと声をかけられていたことを思い出したが、果たしてこれはウィルを呼ぶべきものなのだろうか。名目上は迷子防止なのだから、むしろウィルを呼んだら怪しまれるのではないだろうか…ぐるぐると悩んでいた所で、こちらです、と声をかけられ、トーマは意識を浮上させる。部屋を案内してくれた時とは違い、嬉しそうに微笑みかけてくるパメラを見ると、なんだか騙して案内をお願いしたような罪悪感を感じてしまう。
(これは、俺の迷子防止のために案内をお願いしてるんだから…!)
ウィルを呼ぶ必要もないし、パメラに対して罪悪感を感じる必要もない、と自分に言い聞かせ、いつもの笑顔を浮かべたトーマも廊下へと出た。
「1階よりご案内致します」
「うん。お願いします」
「ト、トーマ様?!」
軽く頭を下げたトーマに、パメラは酷く驚きながら慌てて頭を上げるよう声をかける。あまりの必死な声に驚きつつもパメラへ視線を戻せば、彼女は顔を真っ赤にして今にも泣きそうな表情を浮かべており、更に驚いてしまう。
「え?え??ご、ごめん?」
「聖女様に同行されている魔術師トーマ様ともあろう御方が、私などに…!恐れ多いです…!」
ぶんぶんと首と手を大きく振る姿は、先ほどまで粛々と案内してくれていたメイドと同一人物とは思えないが、テンパりすぎて素が出てしまっているのは痛いほどわかったので、あえてそこについて突っ込むことはやめた。その代わり、むずむずする程の丁寧な対応について口を開く。
「さっきから思ってたんですけど、俺そこらへんのしがない魔術師ですよ?」
「そんな事御座いません…!貴殿方は私たちの憧れで、魔術師様と言えば黒き優艶の護り手では御座いませんか!」
「は?黒き…なんだって?」
「僭越ながら、私、黒き優艶の護り手・トーマ様の大ファンなのです。そんな方とお話し出来ているだけでも夢のようなのに、私など使用人に頭を下げられる等…!なりません!」
「は、はい、ごめんなさい!」
一気に捲し立てられその勢いで思わず謝ってしまったトーマに、ですから、と再び口を開こうとして、今度は大きく息を飲むと口を押えぽろぽろと泣き出してしまった。昔アイドルの追っかけをしていた友達が、よくこんな状態になっていたな等と思い出していると、パメラに勢いよく頭を下げられた。大好きな人を目の前にテンションが上がりすぎて何を喋っているのか頭が追い付かず、ようやく我に返ったと言った所だろう。申し訳ございません、と声を震わす姿に、懐かしい友人の姿が重なり、どの世界でも女の子は変わらないものなのだと思うと思わず笑いが漏れてしまった。
「ごめん、君みたいな友達がいてさ…あまりにも行動が似てたから、思い出しちゃったんだ」
「え…?」
「面白いね、パメラさん。そういうノリ好きだよ」
「っ、す!?!?!?」
沸騰するのではなかろうかと言うぐらい顔を赤くしてこちらを見上げてくるパメラに、トーマはくすくすと笑ってみせる。それのせいで更に赤くなり口をパクパクとさせ始める姿にトーマは堪えきれず、可愛いなぁと声を出して笑ってしまう。今度はわたわたとするパメラだったが、突然トーマの背後へと視線をやると急に動きが止まった。それと同時にため息が聞こる。
「貴方、もうメイドを誑し込んでいるんですか?」
「ウィル!」
振り返れば、少々あきれ気味のウィルが背後に立っていた。全く、とため息をつく彼にトーマはたらしてない!とむくれればジト目が返ってくる。だが、彼がそのままトーマの背後にいるパメラへ視線を向けた時に、一瞬違和感を感じた。それが何なのか探そうとするも、瞬きをした次にはいつもの笑顔を浮かべたウィルへと戻っていて…パメラへ近付きトーマには気をつけて下さい、見た目によらずたらしなんです等と軽口をたたき始めている。
(気のせい…?)
腑に落ちないが、確証がない以上指摘するわけにもいかない。女性に甘いのだと告げるウィルに自分もだろ、と突っ込みを入れれば、戸惑っていたパメラもやっと表情を柔らかくしてくれた。
「で、彼女をナンパしてどうしようと?」
「屋敷の散策デート」
「で、デート?!」
「おや、面白そうですね。私もご一緒しても構いませんか?」
「へ?!」
「え~、せっかくのデートだったのにー」
「ト、トーマ様…!」
「構いませんか?お嬢さん」
綺麗な微笑みを浮かべながら首を傾げると言う得意技を繰り出したウィルに、パメラは言葉もなくコクコクと頷いて承諾を伝える。彼があの技を出すときは断らせない時だと知っているので、引く気がない様子にやはり先程の違和感は気のせいではないようだ。おそらく彼は、物凄く機嫌が悪い。その原因は、十中八九、ウィルを誘わずに屋敷内の確認へ行こうとしていた自分に対してだろう。長くはないが短くもない付き合いで、それぐらいウィルの事が分かるようになったトーマは、自分の判断ミスに小さくため息をついた。
自由に出入りをしても問題がない部屋ご案内します、と前置きをされ、1階から広間、客間、食堂、遊戯室と続き、2階の東西棟にあるそれぞれに与えられた部屋、客人用の風呂場、御手洗い、そして3階へと向かった。
やはり中央に位置している階段を使い3階へと上がれば、東棟は主の私室なのでと告げられ西棟へと案内される。西棟には一部屋のみで、ほとんどが本で埋め尽くされている所謂書斎のような物だった。締め切りのカーテンから漏れる西陽でぼんやりと明るい部屋は、紙とインクと少しのカビ臭さが入り交じる独特な匂いが充満している。明かりは必要最低限に押さえられているようで、この部屋が今一番明るい時間帯なのだろう。
「すごい本の量ですね…」
「…見た所、聖女関係と魔術に関しての本ばかりのようですが」
「はい、主は、仕事の合間に聖女と魔術の関係性についての研究をされてらっしゃいますので」
「関係もなにも、魔術を介さずに力を使用できるのだから、聖女と呼ばれているのでは?」
「あー、でも本で読んだことあるかも。治癒の力は、俺達が使ってる魔術とは別系統の魔術であるって仮説」
「ごく少数派のあれですか…ナルディーニ卿もその説を根底として研究を?」
「あ、あの…申し訳ございません、私は詳しくは…」
ウィルの質問に、パメラは申し訳なさそうな表情を浮かべ頭を下げる。メイドである彼女が知っているのは本当にこの程度なのだろう。この件については彼女に聞いても仕方ないと判断したウィルは、すみませんでしたと苦笑を浮かべ、部屋はここが最後かと話を逸らす。答えられる質問を振られた彼女は大きく頷いてみせた。
「もちろん、ご案内した部屋以外でもご利用されたい場合は、声を掛けて頂ければ問題御座いません」
「親切に有り難う御座います」
書斎を出て、割り当てられた部屋へ戻ろうと階段まで来たところで、トーマはナルディーニの私室があるという西棟へ視線を向けると立ち止まった。いかがされましたか?と声をかけてきたパメラにもトーマは視線を反らさずじっと見つめている。様子がおかしいトーマに気付いたウィルは、数段降りていた階段を再びのぼり、彼が見つめる先を追うように視線を向けた。そこには、行き止まりの壁にはまっている窓の外に、塔のような建物が見えていた。
「あれは…」
思わず声を漏らしたウィルに、パメラも階段を上り廊下まで出てくると二人の視線を追う。窓の外に見える塔を見つめている事が分かると、何でもないようにあそこは今は物置ですよ、と告げてくる。
「一階の部屋と、長い螺旋階段を登った最上階にお部屋があるだけの塔なのですが、現在は一階の部屋のみを物置として利用しています。階段には鍵がかけられていて、それ以上入ることが出来ないんです」
「貴女方でも入れないのですか?」
「はい、鍵をお持ちなのは主だけだと」
「そうなんですか」
「あ、あの…トーマ様は一体…」
パメラとウィルの会話中でも、一向に塔から視線を外さずにいるトーマを心配そうに見つめるパメラに、ウィルは大丈夫ですよ、と告げると小さく笑ってみせた。それから、トーマの目の前へと立ちはだかると、彼の頬を両手で包み込み顔を寄せる。目の前いっぱいに広がったウィルの顔に驚き身を引こうとしたトーマは、思っていたよりも強い力で頬を包まれていたために、腰だけ引いたような形になってしまった。
「ウィルっ?!」
「珍しい建築方法だと興味をひかれるのは分かりますが、ガン見しすぎです」
「え…」
「全く、彼女の話も上の空だったでしょう」
「あ、う…」
「すみません、彼は興味を引くものを見つけると周りが見えなくなってしまうタイプでして…さっき彼女も言っていましたが、物置より先の鍵を持つのは伯爵だけだそうです。中を観察したいだなんて、使用人を困らせないで下さいね?」
「わ、分かってるよ…!」
ならば宜しい、と微笑みながら顔を開放したウィルから一歩後ろへ後ずさると、頬をぐりぐりとマッサージする。咄嗟のウィルのフォローをパメラは何の疑いも無く信じ、流石は黒き優艶の護り手…などと頬を赤く染められながら感嘆のため息を漏らされたりした。部屋の前まで送ってくれたパメラは、数刻もせずに夕食となりますので、準備ができましたらお迎えに上がりますと礼をとると持ち場へと戻っていく。お互い部屋には入らず、パメラの後姿を見送っていれば、階段を下りる前でもう一度こちらへと視線をやってきた。見送ってもらえている事に気づいた彼女は、驚きながらもこちらへ向けて深く頭を下げる。それにトーマは小さく笑うと軽く手を振り、待ってるね、と声をかけると、彼女は頬を真っ赤に染めながら顔をあげ、それはもう嬉しそうに頷いてから階段を下りて行った。完全にパメラが消えてから、さて、と隣に立っていたウィルが口を開く。ギギギと言う効果音が似合うぐらい固い首をまわして彼へと視線を向ければ、今まで見たこともないぐらいの満面の笑みを浮かべている。
「話、聞かせていただけますね?」
「…はい…」
そこに、拒否という選択肢は存在しなかった。
パタン、と静かな部屋の中で扉の閉まる音が響く。なんとも気まずい雰囲気に俯いてしまうと、後から入ってきたウィルが小さく息を吐いた。
「…まず、なぜ単独で動こうとしたのか。理由を伺っても?」
「他意はない…少しでも屋敷の作りを把握しておきたかったんだ…」
「港に入る前に、私と約束した事は覚えていますか?」
「俺達も、なるべく一緒に行動をする」
「覚えていて下さっているのならば結構」
「ウィルにも声かけようか迷ったんだけど、名目上は俺が迷子にならないようにだったから…その…」
言い訳を黙って聞くウィルに、段々と心苦しくなってしまい、最終的に尻すぼみになってしまったトーマは、ごめんなさい、としか言えなくなってしまう。一応悩みはしたし、反省をしていると言う事を伝えられ、ウィルは分かりました、と声をかけて俯いているトーマの顔を上げさせた。不安げにこちらを見上げてくる彼の目をしっかり見つめると、ウィルは優しく微笑みかける。
「…トーマ、私は責めているのではありませんし、貴方が弱いとも思ってはいない。ですが、貴方を心配しているのは…わかりますね?」
「…うん。ごめん…」
気をつける、と口にしながらも再び項垂れてしまったトーマは、どこか怒られた犬のような印象を与える。しょんぼりしている姿を見て可愛いなぁ、と心の中で笑ってしまったウィルは、先ほどまで感じていた怒りなどすぐに吹き飛んで、変わりにトーマの黒い頭を押さえ込むようにして抱きしめた。
「うわ?!」
突然の行動についていけず驚くトーマなどお構いなしに、ぎゅうっと抱きしめる力を込める。それでも何するのと腕の中で抵抗しようとするので、耳元へと顔を寄せ
「お仕置きです」
とありったけの低い声で囁いてみれば、びくんと身体を揺らしてから大人しくなった。書斎にあった本や、ナルディーニ独自行っている研究や、帰りがけに見つけた塔や…他にも話したい事は沢山あったのだが、トーマの反応が可愛くて。とりあえずは無茶しがちな我らが魔術師を思う存分抱きしめる所から始めるのだった。




