小話
時間軸は6-1。ライアスとウィルの話。
「あの3人で行かせて大丈夫だろうか…」
「問題ないでしょう、彼等も子供じゃありませんし」
不安げなライアスの言葉に、隣を歩いていたウィルは気軽にそう答えた。船が出るのは明後日だと告げられたのは今朝。それから昼をとり、教会へ向かう組と情報収集へ向かう組で別れたのがさっき。別れてすぐに、彼らが心配だとライアスが口にしたのは、もうこれで三回目になる。最初こそ真面目に答えていたウィルだったが、三回目となると返答もおざなりになってしまうのは許して欲しい。
(大体、心配なのは3人ではなく、トーマでしょう…)
気づかれない程度にため息を吐きながら、ウィルは視線を巡らせた。港町だけあって、様々な物を取り扱う店が多い。特に港に近いこの辺は、他の場所よりも活気付いている印象を受けた。
「さて、どうしましょうか。手分けでもします?」
未だに、うんうんと唸っているライアスへいい加減にしろと言う意味合いを込めて少し強めに声をかけると、やっと目的を思い出した彼は悪いと苦笑を浮かべ素直に謝ってきた。素直に謝られるとそれ以上なにも言えなくなり、ウィルも苦笑を浮かべそれに答える。そこまで広くはない港町の為、手分けはせずに同行して聞いて回ることになった。
客を呼び込む声を聞きながら、ウィルは再び隣を歩くライアスを盗み見た。王都に居た頃は、ここ数年職場で顔を合わすことが多かった為、いつも難しい顔か彼特有の爽やかな笑顔を浮かべるかで、感情を出すような事をしなかった。彼の立場上そうしなければならなかったのは分かっていたが、元より旧知の仲なのだ。表情豊かであることを知っていた為、そんな顔しか出来ない彼に心配して声をかけるも、その度に大丈夫だと返され仕方ないと諦めていた。そんな彼が、初めてトーマの話を切り出して来た時、解除者が見つかったが高熱をだして寝込んでいる、と悔しげな表情を浮かべる姿にひどく驚いたのは今でも覚えていた。あの鉄仮面を崩させただけでも異常なのに、規則正しく常に模範であるライアスが、力を使って無理矢理にトーマを連れ帰ってきた、という事実にライアスにそこまでさせるトーマと言う人物がどんな人間なのか、単純に興味を引かれた。
(それが今や、兄代わりの男と、男を取り合おうとしているんですから…)
世の中、何が起こるか本当にわからない。真面目に情報収集を始めたライアスの後ろで、ウィルは誰にも気づかれないように小さく苦笑を漏らした。
「ヴァリスでは、今聖女様の歓迎準備をしてるって聞いたな」
不足品の買い足しついでと入った雑貨屋で、受け取った代金を仕舞い込みながら店主がみなと同じことを口にした。これから向かう港町・ヴァリスでは明後日までこの港からの入港を禁止しているのだが、他の地域からは変わらず受け入れをしていると言う。聞き慣れてしまった情報に内心ため息を吐きながら同じ質問を投げかけると、今回は少し違った返答が返ってきた。
「歓迎準備のために、港を一部閉鎖するような事を頻繁に行っているのか?」
「まさか、今回が始めてさ!街を挙げての祭りを催す予定らしいな」
「聖女がヴァリスへ向かうとは限らないでしょうに」
「俺も最初はそう思ったんだがなぁ、どうもナルディーニ伯爵様の指示らしい。聖女様が明後日一番の船に乗って街へいらっしゃる予定だと伯爵様が仰ってるんだから、どっかから連絡が入ったんだろ」
後ろから口を挟んだウィルに店主は笑いながらそう答えると、少し多めに固形型の携帯食料が入った袋をライアスへと渡す。おまけしておいたよと告げられ、申し訳なさそうにライアスが頭を下げた。
確かに治癒活動をしながらの旅は、今聖女がどこにいるのか告げているようなものだ。先日の偽聖女の件を考えればそろそろ情報が伝わっていてもおかしくは無いが、乗船する船まで漏れているのは予想外だった。周りを嗅ぎまわっているような輩はいなかったはずだ。店主とライアスのやり取りを笑顔で眺めながら、どこか腑に落ちないウィルは、今後について考え直そうとした所で突然後ろから女性の声が響いてきた。何事かと振り返ると、花売りの少女が男に絡まれているようで言い合いを始めている。男に腕を掴まれていた少女は、肩まで伸ばした黒髪を揺らし必死に抵抗をしているが力の差は歴然で相手は全く動いていない。分の悪い言い争いだが、何よりも周りの人間が遠巻きに見て誰も仲裁に入る様子はなく…明日の治癒活動で顔が割れるのであれば、自分達も今ここで慈善活動でもするべきか、とライアスへ声をかけようとした所で、隣を人がすり抜けて行った。
「ちょ、ライ…?!」
思わず驚いて名前を呼ぶ。すり抜けていたのは、見紛うことなくライアス本人で、彼は一直線に揉めている少女と男の方へ向かい歩いていっている。ライアスは、アメリアやレオルドとは違い誰彼構わず人を助けることなどはしない。特に、今回の旅は聖女の護衛と言うのもあり、目立つような行動を慎むようにと注意をしている側だったはずだが…そこまで考えて、ウィルは思わず、あ、と声を漏らしてしまった。今、ライアスが助けようとしている少女へ視線を向ければ、セミロングの黒髪を風に靡かせ怯むことなく毅然とした態度で対峙している。腕を掴まれ絶対に不利な立場だと言うのに、凛とした雰囲気は、先ほど思い浮かべていた仲間の魔術師そっくりではないか。損得を考えず、自然と体が動いてしまったであろう兄代わりの男の背を見ながら、ウィルはなんだと呟く。
(無意識とは、性質が悪い)
「お、おい、兄ちゃん、大丈夫なのか…?」
心配そうに声をかけてきた店主の声に、思考を浮上させたウィルはいつもの笑顔を浮かべると頷いて見せた。
「問題ありませんが、騒ぎにはしたくありませんからね。お世話になりました」
軽く会釈をしてから、すでに男と接触をしているライアスの元へ早足気味で向かう。いつも通り穏やかに接しているライアスとは違い、男は感情的に何か怒鳴りつけていたが、後ろからウィルも加わってくるのが見えた途端に捨て台詞と共にその場から離れていく。突然去っていく男が何を見ていたのか気付いたのか、ライアスがこちらへ振り返ると悪いと苦笑を浮かべていた。そして、その横では頬を赤く染めてライアスを見上げている黒髪の少女の姿。
「貴方、完全に私の存在忘れてたでしょう」
「いや、すまん…」
「目の前で女性が助けを求めているのですから、気持ちは分からなくは無いですけれど」
チラリと少女の方へと視線を向ければ、彼女はハっと我に返ると勢い良く頭を下げてきた。近くで見れば、まだ幼さは残るがとても可愛らしい顔立ちをしている。瞳の色はトーマとは違い深い青色をしているが、やはり雰囲気はトーマと近いものを感じる。頭を上げ頬を赤く染めながらライアスとウィルへ微笑みかける姿は、それなりに破壊力があった。
「有難う御座いました」
「俺の方こそ、余計な事をしてなければ良いんだが」
「そんなことないよ!本当に助かりました。アイツのしつこさには飽き飽きしていた所だったの」
「可愛らしいお嬢さんですからね。気になってしまうのでしょう」
ぷくりと頬を膨らませて怒る姿にウィルが小さく笑えば、彼女は赤い頬を更に赤くしながら、そんなこと無いですと首を振る。可愛らしい反応にウィルもライアスも頬を緩ませると、笑わないで下さい!と怒られ更に笑ってしまった。
「お兄さん達、最近港に来たの?あまり見ない顔よね」
「今朝来たばかりです。船が出せないと足止めをされてしまいまして」
「え、お兄さん達ヴァリスへ向かうの?止めといた方がいいよ」
「聖女の歓迎準備の為に閉鎖をしていると聞いたが…他に何かあるのか?」
「今は危ないってヴァリス行きの船員の人が話してるの聞いたの。あそこの伯爵は反聖女派なのに、歓迎するなんて絶対おかしいって」
「そうか…だが、明後日には出航するんだろう?」
「そうみたい。伯爵がそう宣言してるんだって」
本当変だよねと告げる少女を前に、ウィルはライアスへと視線を向ける。全く同じ行動を彼もとっており、
目が合うとそれぞれ頷いて見せた。
「有難う御座います、気をつけます」
「うん、そうして」
「助かった。だが、反聖女については、はっきりと口にしない方が良い。何かあってからは遅い」
「あ…はい。迂闊でした。有難う御座います」
ライアスの忠告に素直に頷く少女に別れを告げ再び歩き出す。少女が見えなくなってからすぐにウィルがため息を漏らした。
「怪しいとしか言い様がありませんね」
「ああ…乗船予定の船まで把握しているのは気持ちが悪いな。まだどの時間の船に乗るかまでは決めていなかったはずなんだが」
「相手側からそれに乗れと指示されているようにしか思えません」
「何をしてくるのか…ナルディーニと言えば、反聖女の過激派だったな」
「ええ、面倒な相手です。それにしても、貴方がああやって女性を気にかけるなど、珍しいこともありますね」
「そんな事無いだろう」
「仕事以外で絡まれている女性を助けて、しかも相手の心配までしている所は始めてみましたよ」
可愛らしかったですもんね?と悪戯っぽく笑いかければ、ライアスはムッとした表情を浮かべ視線をそらす。その態度に、ウィルは更に笑みを深くした。
「あの女性、トーマに雰囲気が似ていましたね」
決して大きな声では言わなかったその一言に、ライアスは立ち止まると静かにウィルへと視線を向ける。それにワンテンポ遅れてからウィルも立ち止まり、彼からの視線をしっかりと受け止め、綺麗に笑い返した。
「この際ですから、はっきりさせておきたいのですが…ライは、トーマの事をどう思っていますか?」
雑踏の中喧騒で溢れ返っているのに、静かに告げるウィルの声は不思議とライアスへと届く。ウィルの真意が読み取れず、ライアスは眉をひそめた。
「大切な仲間だろう。何を言って…」
「そうです。人当たりがよく、気が利き、魔導師並みの魔術。中性的な容姿に、流されやすい性格。無防備で懐いた相手には絶対の信頼を置く…どこか儚い所もあって、目を離さずにはいられない。ずっと、手を握っていてやりたくなる」
「ウィル、お前…」
大きく目を見開き、信じられないと見詰めてくるライアスに、ウィルはくすりと笑う。
「私ね、結構本気なんですよ。ライ相手では勝ち目が無いと諦めもついたんですが…貴方にその気が無いのならば、話は別です」
「トーマは男だぞ」
「ええ、それが?」
「な…」
「そんなこと、然したる問題ではないでしょう?」
挑発的に笑って見せるウィルに、ライアスは何も言えずただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。そんな彼の反応に、ウィルはいつもの顔へ戻るとくるりと背を向け、顔だけをライアスの方へとやる。
「宿で合流しましょう。流石の貴方でも、考える時間は必要でしょうしね」
そう告げて、歩き出せばすぐに人の波へと消えていてしまう。消えていく銀髪を見送りながら、ライアスは未だに動けずにその場に留まっていた。




