6.貴族
「出港は明後日だよ」
港近くにいた船員から返された言葉に、聖女御一行は固まった。
「くっそ!これじゃあ朝早くでた意味ねーだろうが!」
道に落ちていた石を蹴り飛ばすレオルドに、アメリアが苦笑浮かべながら声をかければ、彼は不貞腐れたように頬を膨らませた。偽聖女の一件を片付けた聖女一向は、当初の予定通り、船に乗ろうと港町まで戻ってきていた。今まで居た町からは歩いて数時間の距離なのは経験済みだったので、まだ眠いと愚図るレオルドを引きずりながら、少しでも遅れを取り戻そうと朝早くに発ったのだ。港町には昼前には到着し順調に進んでいると思った矢先、冒頭へと至った。
「仕方ない…まずは宿を取りに行くか」
ライアスの提案に、全員が頷き、宿屋へと向かう。数日前にもお世話になったそこの亭主は、アメリアの顔を見るとお帰りなさいと声をかけてきた。前回と同じように3部屋でいいかと問われ、反対する理由もないので頷けば鍵を渡される。階段を上がれば、見覚えのある光景だった。
「あ、前と同じ部屋なんだね~、どうしよっか?」
トーマが隣に居たライアスへ声をかけると、彼は気まずそうに目を逸らす。そんな反応に不思議そうにするトーマだったが、ここで酔ったトーマがライアスに絡み、間違いが起こりかけた事件は記憶に新しい。ライアスの反応に例の事件を思い出したレオルドは、彼から鍵を奪い取ると、トーマの首へ腕を回し力任せに引っ張った。
「うわ?!」
「んじゃ、10分後下に集合な、行くぞトーマ」
「ちょっと、レオルド?!何、痛いんだけど…!」
「うっせ、俺と一緒だと嫌なのかよ」
「やだよ、レオルド寝相悪いんだもん。俺のベッドに入ってきたのとか覚えてないでしょ?」
「んで俺がお前のベッドに入らなきゃいけねーんだよ」
「ほら、覚えてないじゃん」
「いちいちうっせーな、俺様と一緒に寝られるなんてそうそうねぇんだからな」
「良く言いますよ、起こそうとして引き込まれたこともあるんだよ!しっかりホールドされてね、」
「はいはい、わーったよ、とりあえず入るぞ」
トーマを引きずるようにして、二人の姿は部屋の中へと消えて行った。バタンと言う音と共に閉じられた扉の前で、まあとアメリアが楽しそうに笑う。
「なんだか、仲の良い兄弟のようで微笑ましいですね」
にこりと微笑みかけられ、ライアスとウィルは思わず顔を引きつらせながらも頷いた。また後程と挨拶をして部屋へ引き揚げたアメリアを見届けてから、浮かべていた笑みを解くと二人は顔を見合わせる。
「あの馬鹿…トーマに甘えすぎでしょう」
「同感だ…気を利かせてくれたのは有り難いが、まさか、あそこまで…」
「後で、一度釘を刺しておきます」
にこりと、ウィルがここ最近で一番良い笑顔を浮かべる姿に、ライアスは顔を引きつらせながら頷いた。
昼食をとってから、ライアスとウィルは情報収集へ、残りは教会へ別れることとなった。普段教会へのアポはライアスかウィルが行う事が多かったが、情報収集とを天秤にかければ、この割り振りになるのは納得できる。心配そうにするライアスに、トーマは大丈夫と笑うとレオルドとアメリアを引きつれて教会へと向かった。
「だーかーらー、教会に挨拶に行くのが目的でしょ!?」
「ちょっとだけ、本当、マジで、ちょっとだけだから!な!」
「もう信じません。ほら、行くよ」
「おまえ、アメリアが見たことないって言ってんだぞ?!」
「そうだね、俺も見たこと無いのばっかりだよ」
港町だけあって、他の町では見かけない珍しいものが多い。そのため、一々露店で立ち止まるレオルドの首根っこを掴まえて引きずる事を何度もしていたトーマがとうとう声を大にして怒ったのは、両手で数えきれない程になってからだった。トーマは、レオルドが手にしていた指輪を謝りながら店主へ返すと、レオルドの手首を掴み歩き出した。
「お、おい、トーマ?!」
「掴まえてないとどこ行くわからないからね。離さないよ」
「んだよ、俺と手ェ繋ぎてぇなら最初からそう」
「どんだけ前向きだよ!」
始まる漫才にくすくすと笑いながら、アメリアは手を繋ぐ男二人の隣を歩いて教会へと向かった。
迫出した岬に建っている教会の神父は、とても優しい人だった。前の町で起こったことはすでに聞き及んでいたようで、対面した次の瞬間には大変失礼いたしましたと頭を下げられた時には、アメリアだけでなくレオルドとトーマも慌てた程だ。明後日の船に乗りたいので、明日の朝から治癒活動をしたいと言う事を伝えれば、快く頷いてくれた神父に礼を告げ教会を後にしたトーマは、やっと一安心のため息を漏らした。ライアス、ウィルとは夜に宿で落ち合う事になっているので、まだ時間はあるだろう。良い奴だったな、等と感想を言い合っているレオルドとアメリアへ振り返る。
「それじゃあ、行こうか」
「え…?」
「露店。見に行こうよ」
驚いてこちらを見上げていたアメリアへにこりと微笑みかければ、彼女はみるみる内に笑顔になると嬉しそうにはいと頷いた。頬を赤くしながらトーマへ礼を告げるアメリアを見たレオルドは、絶妙な飴と鞭の使い方に尊敬の眼差しを向けていた事を、二人は知らない。
アメリアを真ん中へ挟むようにして露店へと出れば、普段大人しい彼女が珍しくはしゃいでみせる。無理矢理にでも気分を変えようとしているのだろう、前日までの事を引きずっていたのはトーマも同じだったので、彼女の気持ちが痛いほどよく分かった。そして、いつも彼女の傍にいたレオルドもなんとなく感じ取っているようで、言わなければ気付かない程だが気を使っているように見えた。
(一肌脱ぎますか…)
アメリアは、果物を絞りジュースとして販売を店主と笑顔で会話をしている。そんな彼女を眺めていたレオルドの腕を、トーマは引っ張った。
「んだよ」
突然のトーマの行動に不思議そうな顔をしたレオルドの肩口を掴み、耳元へ顔を寄せると、ちらりとアメリアへ視線をやりながら小声で口を開いた。
「ここはレオルドに譲るから、話聞いてあげて」
「話聞くって…」
「浜辺とか連れてって、海眺めながら、無理すんなよとか…あるでしょ、色々」
「んなこと、できるわけ…!」
「うっさい、男だろ、ガツンといけ!」
トーマに強く背中を叩かれ、レオルドが鈍い声を上げたのとアメリアが振り返ったのはほぼ同時だった。涙目でトーマを睨みつけるレオルドだったが、そんな視線等気にも留めずトーマはアメリアへ笑顔を向けた。
「えっと…どうかされましたか…?」
「ううん、なんでもないよ。それよりも、すごい色だね~」
「あ、はい、そうなんです。こんな真っ赤だと、少し戸惑ってしまいますよね」
不思議そうに首を傾げたアメリアへすぐさま違う話題を振って話を逸らすと、彼女は気付くことなく話を続けてくれた。見事なまでに赤く、甘い匂いを漂わせているジュースについて話すアメリアの声へ耳を傾けながら、ちらりとレオルドを見れば、分かっていると言わんばかりに鼻を鳴らしながら頷いた。
情報収集からそろそろ引き揚げようとしていたウィルは、物陰に隠れながら大通りを覗いているトーマの後ろ姿を見つけると、首を傾げた。明らかに怪しい彼は、何かを見るのに夢中なのか真後ろまでウィルが近付いても全く気付かない。
「トーマ」
「ひっ?!」
不用心な彼の肩をウィルが触れば、トーマはビクリと大きく体を揺らしながら振り返った。
「なんだ、ウィルか…」
「何をして、」
「しーっ!」
不思議そうにしているウィルの口を慌てて抑えたトーマは、もう片方の手の人差し指を自分の唇へ当てて訴える。それから振り返り、先程まで見ていた方へ再び視線を戻すトーマ。自分の口を抑えている彼の手を握るようにして離し、視線の先を追えば、寄り添って座っている男女の後ろ姿を見つけた。それは、紛れもなくレオルドとアメリアの姿だ。アメリアは泣いているようで、そんな彼女に戸惑いながらも背を撫で始めたレオルドに、トーマは興奮の表情でウィルへと振り返った。
「やったよ!レオルド、良くやった!!」
トーマの反応にワンテンポ遅れてくすくすと笑いだすウィルに、トーマはやっと我に返り思わず恥ずかしさに俯いた。
「全く、貴方って人は…確かに、二人の背を押したくなる気持ちは分かりますが」
「でしょ?レオルド、本命に対してヘタレすぎで…」
「あそこまで進展すれば、今のところは大丈夫でしょう。これ以上の覗き見は無粋ですし、先に戻りましょう」
「そうだね」
返答を聞いてから、トーマの手を引き歩き出すウィル。平然とトーマの手を握りながら大通りへ出た所で、流石に焦ったのはトーマの方だった。ついさっきは自分がレオルドの手を引っ張って歩いていたと言うのに、何故だかウィルとは恥ずかしくて堪らなかった。いつまでも離す気の無い彼に声をかければ、嫌ですか?等と少し悲しそうな表情で返してくるのだから。そんな顔をされたら、とても嫌だとは言え無い。もごもごと小声で卑怯だと呟くトーマに、ウィルはくすくすと笑うと手を握る力を強くした。
「こんなに冷たくなっている手を、離すことなんて出来ませんよ」
「…、キザ…」
「何とでも。トーマの手を握れるなら、安いものです」
思わずあげてしまった視線は、しっかりとウィルの幸せそうな笑顔を捉えてしまう。耳まで赤くしながら慌てて視線を反らすトーマの反応に、ウィルはくすりと笑いを漏らしながら、前へと向き直した。更に握る力を強くしながら。




