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泣きながら謝り続けるロッテをソファーへと座らせると、アメリアは慰めるように彼女へと寄り添った。優しく肩を抱き大丈夫ですと微笑むアメリアに更に罪悪感を感じたのか、ロッテは大粒の涙を零す。その様子に、まずはロッテを味方に付けれたと内心ほっとするトーマへ、ライアスがよく分かったなと小声で声をかければ曖昧な笑みを返した。
「魔術師ですからって言いたい所だけど、夢で魔法の応用でって言葉が出てきてたのを覚えてて」
「ああ、神父の言葉か…だが、それがあったとしてもなかなか見抜けるものじゃないんだろう?」
「そうですよ、トーマ。魔法だと気付けても、何魔法かまで見抜くのは伊達ではありません」
「だそうだ。お前は自分を過小評価しすぎだと思うぞ」
会話に割って入ってきたウィルの発言に、ライアスも同感だと頷いて見せる。そんな二人へ、褒められ慣れてないんだってば、と苦笑を浮かべるとすごくデジャヴを感じた。照れるトーマにウィルがくすくすと笑うので、この話題を引っ張れば彼にからかわれるのは目に見えている。玩具にされるのは遠慮したい為、神父はどうする?と口にすると、今まで和やかだった空気は一気に引き締まった。それは、ライアスとウィルだけには留まらず、向かいに座っていたアメリアとロッテ、不機嫌そうな表情を浮かべていたレオルドにも伝わっていた。視線を一斉に集めと言う予期せぬ出来事に怯むトーマに、ライアスは小さく笑ってからそうだな…と考えるポーズをとった。
「神父の出方にもよるが…ロッテさん。彼の目的は分かりますか?」
「目的、ですか…?」
「ええ。貴女を聖女と呼んでいるにもかかわらず、俺たちへ接触してくるのはリスクが高すぎる。排除だけを望んでいるのなら、なおさら自分の顔を見せる必要はないはずだ」
「……私には何も…ですが、神父様が奇跡の力を目で確かめたいと仰っていたのと、同行されている魔術師様について非常に興味深くされてらっしゃいました…」
「え、俺…?」
「偽聖女が潰れた場合の身代わりだろうな…」
「まさかぁ、大体、俺に聖女の代わりなんて…」
有り得ないでしょ、と笑うのはトーマだけだった。真剣な顔で可能性が無いとは言い切れないと告げられれば、流石に顔を引きつらせてしまう。
「まずは、真意を問う所でしょう」
「だな。ま、ぶっ飛ばすのは確実だけどよ」
仕切りなおしたウィルに続いて、レオルドがニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。アメリアのことばかりを考えていたが、まさか手駒の対象に自分も入っていたとは…。少なからず動揺をしたトーマは、皆には気付かれないように小さく息を吐き気持ちを落ち着かせようとする。だが、それだけではやはり収まらず、自然とロッテが淹れたまま放置されているカップへと視線がとまった。それに手を伸ばし仄かに温かい紅茶を口へと運ぶのと、
「飲まないでください!!」
とロッテが叫ぶのはほぼ同時だった。驚くトーマの元へソファーから立ち上がったロッテが駆け寄り、紅茶のカップを手から叩き落とすと派手にカップが割れる音と共に紅茶が床へと広がる。突然の彼女の行動に驚いたが、先ほど口に含んだ紅茶が気管に入り激しく咽るトーマの背をウィルが擦った。だが、ロッテはトーマの咽る様子よりも、紅茶の方へと視線を落としたまま、がたがたと震えだした。
「ああ…どうしましょう…御免なさい、御免なさい…!」
「何か入れていたのか」
異常な程動揺を見せるロッテに、ライアスが厳しい声色で詰め寄るが、激しく動揺しているのか、口をぱくぱくさせるのみで答られない。
「げほっ、毒とかじゃ、ないよね?」
「ちが、!」
生理的に浮かんだ涙を拭いながらのトーマの問いかけに、ロッテは大きく首を振る。一体何が起こっているのかわからず、困惑の雰囲気が室内を包み込む所で突然扉が開くと大きく拍手する音が響いた。音の方へと顔を向ければ、そこには満面の笑みを浮かべた神父が拍手をする姿があった。
「ロッテ、よくやった」
「説明をして頂けますか。神父」
低い声で威嚇するライアスをチラリと見てから、部屋の中へと足を踏み入れる神父は、まるで護衛など居ないかのように、アメリアとトーマへのみ微笑みかけながら大げさに両手を広げる。その姿は、怒りを通り越して薄気味悪ささえを感じさせた。
「あの、神父様…!」
「お前の発言を許可してないぞ」
「っ!」
その場に縫い付けられたように動けないロッテが必死に訴えかけようとするも、簡単に一蹴される。人とは思っていないような物言いに、たまらずレオルドが怒りで声を荒げたが視線すら向けないで神父はそれを聞き流した。あまりの態度に怒りを覚えたトーマが睨みつけると、やっと神父が反応を示した。
「いやいや、聖女の治癒の力、そして同行している魔術師の力…まさかここまでだったとは!素晴らしいですよ、お二方!」
「神父さん…ロッテさんは、」
「聖女よ、私の下でその力を使いなさい。それならば一生遊んで暮らせます。断ると言うのであれば、それ相応の対応となってしまいますがね」
「お断りします」
怒りを露わにして即答をするアメリアに、神父はそうですかと大して気にすることも無く微笑みながら頷くと、今度は視線をトーマへと移す。トーマの前へと立っていた為ロッテも神父の暗い瞳に捉えられ、小さく悲鳴を上げて怯えるように体を震わした。一瞬その瞳に飲まれそうになったが、彼女の悲鳴に我に返れば、ロッテを庇うようにトーマは一歩前へと出る。
「ならば、魔術師よ、貴方はどうでしょう。ご一緒する気はありませんか?金も地位も女も、ご用意致しますよ」
「一つ、質問をしても?」
「ええ、何でしょうか」
「貴方がロッテさんに、魔法を強要させていたのですか?」
「とんでもない、彼女は魔法を使えると分かると、それを生かせる事をしたいと言っていたのです。それならば、と私は場を提供しただけに過ぎない」
汚いものでも見るような視線を向けられ、トーマの後ろに居たロッテは首を横に振りながらぽろぽろと涙を零し声を噛み殺している。痛々しいその姿に、溜まらず大丈夫と優しく頭を撫でながら小声で話かければ、驚いた後に泣きながらも彼女は笑った。
「ああ、その娘でも構いません。差し上げますので、好きにして下さって構わない!」
良い提案だとでも言いたいのか、声をのトーンを上げテンション高く告げる姿に面食らうが、すぐに怒りが込み上げてくる。どうですか、と声をかけられれば、トーマはきつく神父を睨みつけていた。
「彼女は物じゃない!!」
怒鳴りつけるトーマに驚いたのは、周りのメンバーだった。怒りで緩くなった自制により、魔力が漏れ出てふわりとトーマのマントがなびき始める。それを切欠とし、ライアス達それぞれ剣へと手をかけ始めるのを見て、神父は恐れる事はなく、むしろ面倒くさそうな表情を浮かべた。
「残念だ」
それでもまだ煽るような発言を続ける神父に、更に怒鳴りつけようとトーマが口を開けば、ひゅっと息が抜ける音がした。ぱくぱくとただ口を動かすトーマに、神父は声を上げて笑う。
「ようやく効いてきたか!どうですか、武器を取り上げられる気持ちは!」
「っ、っ!」
ふざけるなと言い返してやりたいのに、口から出るのは息が抜ける音のみで全く声にならない。喉元を抑え声を出せずにいるトーマの異変には全員がすぐに気付いた。
「まさか…」
「喉を潰した魔術師など、無力の他にないだろう」
誰かの呟きに答えた神父の声が、部屋へと響いた。




