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解除者のお仕事  作者: たろ
解除者のお仕事
40/78

5-17


「こちらで立ち話では申し訳無い。お茶を用意致しますので、どうぞ」


 呆然としているアメリア達へ声をかけると、神父は変わらない笑みを浮かべながら先導して歩き始める。部屋の扉を開け、促す神父に戸惑いながらも続く仲間達を追って出ていこうとしたトーマだったが、しゃがみこんで掃除をしているロッテの隣を通りかかり立ち止まった。先程、腕を切り付けられた時にバケツを落としてしまい、溢れてしまった水を雑巾で拭き取っている。


「大丈夫ですか?」


 片膝を付けてロッテへ声をかけると、彼女は苦笑を浮かべながらも頷いてみせた。


「大丈夫ですわ、トーマ様」

「あれ、名前覚えて…」

「命の恩人ですもの、忘れません」

「ああ、昨夜話していたのはその魔術師殿だったのか」

「え…?」


 突然会話に割って入ってきた神父に、トーマは首を傾げながら扉の方へと顔を向けると、目があった神父はとても楽しそうに笑いながら頷いた。


「ええ、昼間男に絡まれ困っていた所を、魔術師の方に助けて頂いたと言ってましてね、礼をせねばと思っていたのですが…その方が貴方だったとは、これは神の思し召しでしょう」


 神とは程遠そうな神父にそんなことを言われ、思わず苦笑を漏らしてしまったトーマだったが、相手はトーマの表情など気にすることなく機嫌良く笑うのみだった。



 礼拝堂より奥へ入る事は多くは無かったが、ここの教会が異常だと言うのは判断できた。先程の礼拝堂とは変わりただの廊下だと言うのに、室の良い絨毯が敷かれている床や豪華な調度品が所々に置いてあり、教会にこんなもの必要ないだろうと言うものだらけだ。また、通された応接間は廊下とは比べ物にならないぐらいの豪華さだった。暫くお待ちくださいと神父が告げて一旦部屋を出た所で、レオルドが不機嫌な溜め息を漏らす。


「んだよ、この部屋…どれも王室御用達のものばっかじゃねーか」


 趣味悪りぃな、と呟きながらテーブルの上へと足を乗せ始めたので、トーマが慌てて行儀悪いよ、とその足を叩くと、不貞腐れながらも足を下げてくれた。普段真っ先に注意をするライアスは部屋を注意深く見回しており、二人のやり取りをいつもの笑顔を浮かべて眺めていたウィルも、目だけは鋭い。そんな二人に挟まれるようにして座ったアメリアも、緊張して顔が強ばっていた。緊張感が漂う部屋に、ノックが響いたのはすぐだった。アメリアが返事をすると、控えめに扉が開き顔を覗かせたのは先程礼拝堂で会ったロッテだった。マントのボタン部分を壊されてしまった為、彼女は真っ白なノースリーブワンピース一枚と言う出で立ちだ。神父に切りつけられていた事もあり、腕へ目が行ってしまうが、彼女の腕は変わりなく綺麗なままであった。


「ロッテさん…?」

「お茶をお持ちしました」


 俯きながら台車を押し部屋へと入ってきた彼女は、テーブルの近くまでくると言葉通りお茶の準備を始めた。元から話してみたいと言っていた上に礼拝堂で見た神父との一件もあり、アメリアは心配そうにロッテへと視線を向けるが、彼女はあえてその視線を無視するように淡々と準備を進めている。そんな彼女の態度が気に食わなかったのか、レオルドがおいと低い声で呼びかけると、ビクンと肩を揺らしながらこちらへと向けた顔は、ひどく青白かった。


「オマエ、本当に聖女なのか」

「…先程、治癒をお見せ致しましたでしょう」

「あの、私も治癒の力を持っているんです。私以外の聖女さんともお話しをしてみたくって、よろしければ」

「申し訳ありませんが、私はこちらで修道女としての勤めが御座いますので私の一存では…」

「外に貴女の治癒の力を求め沢山の人が押し寄せていると言うのに、貴女は修道女としての仕事がお忙しいのですか。」


 女性にはいつも紳士的で柔らかい物腰のウィルが、珍しくあからさまな嫌味を含め冷たく笑う。彼の言葉に、ロッテは言い返そうと口を開くが、言葉になる前に閉じてしまうと、強く唇を噛み俯いてしまった。それに追い打ちをかけるかのように、レオルドがご立派だ事と皮肉げに笑うので、泣き出してしまわないかトーマは気が気でない。更にレオルドが声をかけようとするのを思わず睨み付ければ、彼は不満そうにだが言葉を飲み込んでくれた。緊張のせいか、今までの町の現状をみてきたせいか、強く当たるウィルとレオルドが口をつぐめば、部屋には茶器が触れ合う音のみが響いた。沈黙を破ったのは、トーマだった。


「そういえばロッテさん、昨日渡したあれ、使いました?」


 突然のトーマの問いかけに、何を言われているのか分からなかったロッテが顔を上げて不思議そうにトーマを見つめ返す。だが、彼の顔を見てすぐに昨日傷薬を渡されたことを思い出し、彼女はこの部屋に入ってきてから初めて表情を崩した。


「え?ええ、有り難く使わせて頂きました」


 小さく微笑みながら頷く彼女に、トーマも良かったと微笑み返せば、自分が表情を崩してしまったことに気づいたのか頬を抑えると慌てて俯きカップへとお茶を注ぎ始める。今までの会話と脈絡のない話題に、何をしてるんだと言わんばかりの視線を向けてくるレオルドを、無言のままライアスが宥めているのを横目に捉えつつ、ソファーから立ち上がり、台車を挟んで向かい合うようにしてロッテの前へと立てば、ふんわりと紅茶の良い香りが漂ってきた。


「沁みませんでした?」

「いえ、そんなことは…」

「本当に?改良中で、是非率直な感想が欲しい所なんです」

「えっと…少しだけ…」

「そっかー、やっぱり沁みちゃいますか。…所で、何故薬を使ったんですか?自分で治せるのに」

「治癒を使用する際には、神父様の許可が必要でして…」

「治癒能力を披露してから、許可が出るまでの間に、何故あんなにも切り傷が腕にあったのですか?」

「それは…私、抜けている所がありまして…」


 表情を変えずにいるトーマとは対照的に、俯いたままのロッテはひどく狼狽えていく。誤魔化そうとあからさまな彼女の様子に、トーマが小さく息を吐いた。


「ロッテさん、俺、言いましたよね。貴女は嘘がつくのが下手だって」

「で、ですから、嘘など…!」

「腕、見せてください。早く治さないと痕が残っちゃう」

「何を仰っているのか…」

「俺は、貴女が進んでこんなことをしているとは思ってない。本当は嫌なんでしょ?だから、俺に助けを求めたんじゃないんですか?」

「か、勘違いですわ、助けなど…」

「それじゃあ、言い換えましょう。俺は、貴女を助けたい。このままその魔法を使い続ければ、いずれ命に関わる」


 はっきりと言い切ったトーマの言葉に、ロッテが顔をあげた。ひどく驚いている彼女の反応は、何も知らされずに今日まで来たのだと断言できるだろう。


「…どういう事ですか…?」

「光魔法って、魔力の消耗が激しいんです。魔法は奇跡じゃなくて、対価を払って使えているのは知ってますね?術者の魔力が底をついた状態で使用し続ければ、何を対価にするか…すぐに分かるはずです」

「そんな!そんなこと、神父様は…!」

「貴女にこんな顔色をさせてまで、魔法の使用を強いている人ですよ」


 声を荒げるロッテの頬へ指をあててやれば、彼女は瞳からは関を切ったように涙が零れ落ちる。優しげに微笑みかけてからトーマはロッテの腕を取り解除魔法をかけると、真っ白だった腕には傷痕がくっきりと浮き上がってくる。その中には、先程神父につけられた傷もあった。女性の腕とは思えない傷だらけの腕に、今まで見守っていたメンバーの息を飲む音が聞こえる。


「アメリア」


 泣きそう表情でロッテの腕を見つめていたアメリアの名を呼ぶと、彼女はすぐにロッテの元へと駆け寄る。両手を包み込むように握り締める彼女へロッテが視線を送るれば、アメリアはにこりと微笑んでから目を瞑る。途端に部屋は光に包まれた。こうして比べると、ロッテが治癒を披露した際に出した物とは違い、暖かな光だ。その光が収まり視界が戻ると、痛々しかった傷痕などひとつもない、綺麗な腕がそこにあった。驚くロッテへ、アメリアはにこりと微笑みながら告げる。


「これで、もう大丈夫ですよ」

「ごめんなさい…本当に、ごめんなさい…」


 ひたすら謝罪の言葉を口にするロッテの背中をアメリアが優しく撫でる姿に、まずは一つ片付いたとトーマは息を吐けば、同じように息を詰めて見守っていた三人もそれぞれに力を抜いた。

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