5-15
「なるほど…解除者としての能力で見た予知夢ですか…」
すべて話終わり続いた沈黙を破ったのは、ずっとトーマの隣で話を聞いてくれたウィルだった。
「前にシアンが襲われてた時も、似たような夢を見た事があって…多分、今回もアメリアに危険が迫るんだと思う。だけど、まだ見極めきれてないから確実だとは…」
「いや、可能性があると言うことを事前に把握しているだけでも、動きが変わってくるだろう」
「そうですね。麻痺状態で牢に繋がれている件も気になりますし、対策を講じるのが懸命でしょう」
ライアスとウィルが明日について話始めるのをぼんやりと聞いていたトーマは、今までずっと黙り混んでいるアメリアへに気付き視線を向けた。この話をするに当たり一番彼女の事を気にしていただけに、声をかけるのは気まずい。俯きぎゅっと握っている自分の手を見つめる彼女の傍には、心配そうなレオルドが寄り添っていた。ヘタレの彼ではアメリアに声をかけられないのであろう。トーマはゆっくりと腰掛けていた自分のベッドから立ち上がると、椅子に座っていたアメリアの元へと向かった。突然立ち上がったトーマにライアスとウィルは会話を止め彼の方へと視線を向けるも、トーマはそれを気にすることなくアメリアの前まで来ると、片膝を付け頭の位置を落とした。
「トーマ…」
戸惑ったようにレオルドがトーマを見るも、それにも目を向けず、トーマはアメリアを見上げる。俯いていた彼女はゆっくりと顔をあげ視線を合わせてくれれば、今にも泣き出しそうな涙の溜まった瞳があった。トーマは、握りしめ白くなってしまっている彼女の手を、包み込むように上から握ってやった。
「解除者や聖女としての義務なんて、どうだって良い。俺は、アメリアの命が最優先だと思ってる」
「トーマ、さん…」
「君はどうしたい?神父との約束なんて守る必要は無いよ。行きたくないのなら、どうとでも出来る」
「私は…」
一瞬言葉を飲み込むアメリアは、不安げな瞳でトーマを見つめてくる。しっかりと見つめ返してやれば、彼女の瞳には強い意志が宿った。
「行きます。行かせてください」
しっかりとした声色で言い切ったアメリアに、トーマはふっと息を抜くと微笑んだ。
「分かった。サポートは任せて。それに、俺たちには心強い護衛がついてる。アメリアを、絶対に死なせはしないから」
ぽんぽんと頭を撫でてやれば、彼女は一瞬驚いた表情を浮かべすぐに嬉しそうに微笑が、瞳はたちまちにして潤むと、収まりきれずにぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「っ、皆さん、ありがとう、御座います…」
声を殺すように泣き出すアメリアの頭を優しく撫で続ければ、彼女はトーマのマントを両手で強く握り締めてくる。必死に泣くのを堪える彼女の声が部屋へと響いた。
「ごめんね、アメリア…こんな話聞かせちゃって…」
ふるふると首を振ると、アメリアは泣きながら笑って見せた。
「話してくださって、有り難う御座います。あなたみたいな人に出会えて、私は、本当に幸福者です」
その後、暫くはすんすんと鼻を啜っていたアメリアだったが、落ち着いてくると泣き疲れたのか船をこぎ始めた。昼過ぎから休まずに治癒活動をしていたのもあり、疲れがたまっているのだろう。レオナルドが寝るように促し強引にベッドへと横にさせると、彼女はすぐにでも意識を手放した。
明日はアメリアの身の安全が最優先であり、教会からの脱出経路について話し合うライアスとウィルの隣で、トーマは自分の鞄を漁ると入っている薬草を机の上に広げ始める。
「トーマ?どうした?」
ライアスが声をかけると、薬草を選別していたトーマは顔をあげた。
「麻痺に効く薬でも調合しようと思って」
「麻痺に効く薬を調合…?そんなこと出来るのか…?」
「酷いなぁ、俺これでも魔術師ですよ?一通りの調合ぐらいは身に付けてるよ。けど、今の手持ちだと全員分の完全無効化は難しいかな…」
「どれぐらい持ちますか?」
「そうだね…持続時間は3時間、場合にもよるけど、強い麻痺の場合はなんとか意識を保ち立ってられる程度かな…」
「完全無効化として作ったら何人分になる?」
「んー…確実なのは2人分だね。どうする?」
「…ちょっと、時間をくれ」
「了解」
パラパラと指で薬草をいじりながらの回答に、2人は頭を悩ませた。どちらを作るのか、2人分にした場合は誰が服用するのか考えると、難しい判断になるだろう。前衛2人が飲んだ場合は回復役がいなくなるし、アメリアを入れれば戦える頭数が減る。だが、戦略はトーマの専門外だ。悩んでも回答は出ないのは明確なので、今出来ることをしようと腕まくりをし、下ごしらえを始めた。そんな彼の隣へ、今までアメリアの元から離れなかったレオルドが椅子を引っ張ってくるとどかりと座る。何事かと目を向ければ、気まずそうに目をそらされた。
「レオルド、どうし」
「手伝う」
「…は?」
「だから、手伝うっつってんだろ!」
食い気味に告げられた言葉にぽかんとしていると、彼は無造作に伸ばしている髪をぐしゃぐしゃと掻き毟って言葉を捜しているようで口をパクパクさせている。そんな姿が子供っぽくて、トーマは思わずくすりと笑い声を漏らしてしまった。笑い声に気付き不貞腐れたように視線を向けてきたレオルドへ、トーマは後でやろうと用意していた擂鉢を指差した。
「じゃあ、そこにある葉を磨り潰してくれるかな」
「お、おう…」
ぎこちない手つきで擂鉢を手に取るレオルドに、大きな弟でも出来た気分になりながら彼の様子を眺めていると、ちょこちょこと動かしていた手を止め、レオルドがこちらへ顔を向ける。
「ちゃんとやっから、お前は自分の作業進めてろ。それと…さっきは悪かったな…」
久しぶりにツンデレを披露してくれた彼に、思わずニヤケそうになる顔を必死で引き締めた。
「ううん。俺の方こそごめんね、大人げなかった」
「ああ?俺がガキだって言いてぇのか?」
横から手が伸びてくると、レオルドに頬を摘まれ引っ張られる。冗談のつもりで弱く摘んでくれてはいるが、流石に鍛えてある彼の力では強すぎる。
「いにゃい」
「るせ」
文句を言えばすぐに手を放してくれた。伸びてしまった頬を撫でながら不満げにレオルドを睨み付ければ、思いのほか機嫌が良さそうに笑い返されて、それ以上は何も言えないままトーマは作業を再開した。
昨晩、宿屋に戻った時に聖女の治癒希望の者が着たら、明日の午後より同じ場所で治癒活動をするので着て欲しい旨と、名前を書いて欲しいと亭主へ伝えていた。その効果は絶大で、朝まで静かにすごすことが出来たが、トーマは寝た気がしなかった。確かに薬の調合は深夜にまで及び、ベッドへもぐりこんだのは明け方近かったが、明日のことを考えれば緊張で到底眠れはしなかった。他のメンバーも同じなのかと目を向ければ、護衛3人はしっかりと眠っている。経験の差を感じながら、少しでも休めようと目を閉じてトーマは寝返りを打った。
そんなことを数時間続け、迎えた朝。宿をとる時には人が溢れていたロビーも、早朝ともなれば閑散としていた。少し早めに宿を出ることにした一行が料金を払おうとカウンターへ向かえば、目の下に色濃い隈を作った亭主が一向を迎えてくれた。話によれば、希望者は後を立たず結局朝まで対応に追われていたそうだ。
「本当に申し訳ありません」
亭主の努力の集大成である治癒希望者の紙束を受け取ったアメリアが深く頭を下げると、亭主はとんでもないと首が取れるんじゃないかと思うほど横に振る。
「こちらこそ、大部屋なんかしか用意できなくて申し訳ありません!聖女様のためならこれぐらいどうってことないです」
「いえ、大変なことをお願いしてしまったのはこちらです。快く引く受けて頂けた事に感謝します。これは、気持ちですので…」
聖女スマイルを浮かべたアメリアは、宿泊代へ上乗せした代金をカウンターへ置いた。かなりの大金に驚いた亭主が受け取れないといつもの押し問答が始まる中、その場にそぐわない音が鳴った。音源はアメリアからで、彼女をよく見れば顔を真っ赤にしながらお腹を押さえ硬直している。
「す、すみません…!」
蚊の鳴くような声で小さくなるアメリア。昨夜死ぬかもしれないと告げられ、ショクで泣き疲れて眠ってしまったので、確かに彼女は何も口にしていなかった。これから危険な場所へと向かうと言うのに、いつも通りの彼女に無理をしているのでは無いかと全員が心配していたのに、当の本人は本当に気にしておらず通常運転なのだ。逞しい聖女に、トーマは思わず吹き出した。
「この近くに、今の時間でもやってる飲食店ってあります?」
「ト、トーマさん!」
「ああ、それなら一本奥に入った通りに美味い店がありますよ」
「ありがとう、それじゃそのお金は今の情報料も加えての代金として受け取ってください。お金はあったほうが困らないでしょ?」
あわあわとするアメリアをスルーして亭主へ声を掛けれれば、根負けしましたと降参ポーズをとり笑いながら頷いてくれる。何とかまとまり、宿を出ようと動き出す護衛に、アメリアは慌てて亭主へ声を掛けた。
「手を出して頂けますか?」
「手ですか…?」
不思議そうに出された亭主の片手を、アメリアは両手で握りしめる。突然のことに驚く亭主にを気に留めることなく、アメリアは祈りを捧げればロビーに光が溢れすぐに消える。ぱっと手を放すと、アメリアはにこりと微笑んだ。
「お世話になりました」
パタパタと入り口でアメリアを待っていたトーマの元へ駆け寄る。トーマとアメリアは、亭主へ軽く頭を下げると宿の扉を閉めた。




