5-14
「遅かったな」
トーマが防御壁を解除して再びアメリアの斜め後ろの定位置へと戻ると、レオルドが声をかけてきた。
「うん、ちょっと騒ぎがあって対応してたんだ」
偽聖女かもしれない少女と会ったとは言いにくく、濁すように伝えれば、彼は興味なさげに頷いてくれたので、追求されなかったことにほっとする。
「ご自愛ください」
お決まりの台詞が聞こえると、治癒が終わったのか中年男性が頭を下げて下がっていく。次を呼ぼうとしたアメリアの肩をトーマは慌てて叩いた。
「アメリア、ちょっと休憩しよう」
「ありがとうございます」
手に持っていた飲み物を差し出すと、驚いていた彼女は直ぐに嬉しそうに笑いながら受け取る。喉が乾いていたのか、すぐに口をつけると半分以上を簡単に飲むと息を吐いた。珍しい彼女の行動に、無理すんなよとレオルドが心配そうに声をかければ、残りを飲み干したアメリアはにこりと笑って頷いた。
「はい、まだまだ元気ですから、大丈夫です」
明らかに最初より悪くなっている顔色で言われても説得力がないが、彼女がやれると言うのならばそれを信じるしかない。レオルドは納得がいかないのか、微妙な表情でアメリアを見つめているが、トーマはアメリアの手から空のコップを取ると微笑んだ。
「少しでもキツいと思ったら声をかけること、良いね?」
「はい!」
「うん、良い返事。じゃあ、後半戦も頑張ろう」
すぐに次の人を呼び治癒活動を再開させると、また祈りを捧げることに集中し始める。日が暮れ、当たりが暗くなり始めても休憩を取ることなく続けるアメリアは、先ほどよりも顔色が悪くなってきていた。袖で額を拭うアメリアの様子に、限界が近いのが分かる。並んでいる列へ目を向ければ、両手で数えられる程度まで減っているので、ぎりぎりと言った所だろう。人数管理をしていたライアスの手腕に舌を巻く。野次馬もだいぶ減ってきており、はじめた当初からは人が減ってはいたが、それなりの人数がまだ広場には残っているようだ。広場へ視線を向けてそんなことを観察していたトーマは、見慣れた人影に目を止める。目を凝らすと、昼間からずっと走り回ってくれていたライアスとウィルがこちらへ向かって歩いてきているが確認できた。
「あれ…?」
首を傾げたトーマに気づきレオルドも彼が見つめる先へと顔を向ければ、マジかよと呟いた。彼らが見つめる先には、ライアスとウィルに先導されるようにしてこちらへ向かってくる神父の姿があったのだ。今日の午前中には人が多すぎて近寄れなかった教会の責任者の登場に、周りもざわつき始める。また一人と治癒を終えたアメリアが顔を上げれば、3人は防御壁のすぐ目の前まで来ていた。ライアスと目が合ったトーマが片手をあげて防御壁を3人が通れる程度解除すると、絶妙のタイミングで彼らは中へと入ってきた。
「アメリア、治癒活動中に悪いが」
「これはこれは聖女殿、お初にお目にかかります」
ライアスの断りを最後まで聞く前に、神父が大声で声をかけると、わざとらしく両手を広げてから片手を胸に当てお辞儀をする。今まで接してきたどの神父とも違う反応に目を大きくして驚くアメリアへ、神父は笑いかけた。その顔を見て、すぐ後ろで様子を伺っていたトーマは全身の血が引いていくのを感じる。格好は違うが、彼こそが夢に出てきたアメリアを殺した男だった。その瞬間に、あの夢がフラッシュバックし、乱れる呼吸と、震えそうになる体を押さえるように抱きかかえる。
(くそ、止まれ…!)
心の中で舌打ちをして、地面をにらみつけると、ライアスの威圧するような声が聞こえた。目だけを声の方へ向けると、神父はニヤニヤと笑って肩をすくめていた。
「そんなに怖い顔をしないでください、護衛殿。私は聖女殿へ挨拶をしようと」
「挨拶ならそこからでも出来んだろ」
「おお…これはこれは。聖女殿、こんな乱暴は護衛を連れていると、貴女の品格を疑われますよ」
「うちのレオルドが申し訳御座いません、神父。治癒活動中のため、少々警戒が強くなっておりまして、ご容赦頂ければと」
二人の間へウィルが割って入ると、綺麗な笑顔を浮かべる。表情は笑顔なのだが、それ以上アメリアへ近付かせないようにしているのは明らかだった。
「怖いですねぇ…挨拶すらさせて頂けないとは」
「皆さん、私は大丈夫ですから。神父さん、気分を悪くさせてしまいましたね、申し訳ありません」
アメリアは立ち上がると、ウィルの隣まで歩み寄り頭を下げる。彼女の対応に満足気に笑い、いえいえと神父は首を振った。
「所で聖女殿、今晩は是非我が教会へ招待したいのですが、如何でしょう?豪華な夕食も用意致しますよ」
その発言に、護衛3人の動きがピタリと止まる。教会から偽聖女を引きずり出す為に行った治癒に、向こうから食い付いて来ているのだ。戸惑ったアメリアの視線を受けたライアスが神父と声をかけるも、その先は意外なところから声が上がった。
「申し訳御座いませんが、今夜は先約が御座いまして。お話ししたいことも御座いますので、明日の午前中にお伺いしてもよろしいですか?」
返事を返したのは、トーマだった。腕を組みながらしっかりと神父を見つめると、ライアスの方へ顔を向けていた神父がこちらへと顔を向ける。濁ったような瞳と目が合えば、背筋に鳥肌が立つのを感じる。
(しっかりしろ、これは現実だ…!)
組んだ腕へ爪を立てて逸らさぬよう見つめ返すトーマに、神父は驚くいた後に嬉しそうに笑った。とても気味の悪い笑みだ。
「おお、貴方が魔術師殿ですね?噂は聞き及んでおります。なんでも、難しい魔法もいとも簡単に操れるとか」
「とんでも御座いません、私はしがない魔術師の端くれですので」
「ご謙遜を。しかし残念ですが仕方有りませんね、明日お待ちしておりますよ」
「いえ、こちらこそ、申し訳御座いません。明日はよろしくお願い致します」
無理に笑顔を浮かべると、神父もニヤリと笑いながら軽く挨拶をしてこちらへ背を向ける。集まっていた人達は、神父が近寄ってくると避けるよう動くので、自然と道が出来上がっていった。その真ん中を当然と言った顔で歩く神父の背中が見えなくなるまで、誰も動こうとはしなかった。
「なんで誘いを断ったんだよ!」
宿の部屋に戻った第一声は、それだった。扉が閉まった瞬間に、レオルドはトーマの胸ぐらを掴むと言い寄ったのだ。
「っ、痛いんだけど」
突然の暴力にトーマも怯むこと無く睨み付けると、更に強く掴まれ苦しさに顔をしかめる。
「やめろ、レオルド!」
慌ててライアスがレオルドを引き離すと、バランスを崩したトーマをウィルが抱き止めた。ごほごほと軽く噎せれば、彼は優しく背を擦ってくれた。
「大丈夫ですか、トーマ」
口元を手の甲で拭いながら頷くトーマは、ありがとと小さく礼告げてからウィルから離れると、襟元を直しながらレオルドへと顔を向ける。
「あのまま行って、どうにかなった?」
「行ってみねーと分かんねぇだろ!」
「何も対策をとらず相手の懐に飛び込むなんて、無謀すぎる」
「なんでそう言い切れるんだ!何かあっても、俺が」
「結果アメリアが死んだらどうするの!」
「テメェ、ふざけんなよ…もっかい言ってみろ、殺すぞ」
「一回じゃ分からない馬鹿には、何度でも言ってやるよ!」
「二人とも止めろ!!」
言い争いを始めるトーマとレオルドを仲裁に入ったライアスの声に、トーマははっとすると気まずそうに俯いた。レオルドの方はまだ不満なのか、言い募ろうとした所で、ウィルにたしなめられ口を閉じる。
「ごめん…ちょっと気が動転してる…」
「トーマ…何か思い当たる事があるのですか?」
「え…?」
「神父を目にしたとき、態度が急変しましたよね」
「そんなこと…」
ウィルの質問に、答えられず口ごもる。ウィルは俯いたままのトーマの肩を両手で掴むと、顔を覗き込んだ。
「貴方の力になりたいんです」
「っ、ずるい…」
トーマにだけ聞こえるように囁いた声に、思わず文句を言いながら顔をあげれば、切なげに細められた青い瞳と目が合う。そんな瞳に映った自分は、とても情けない顔をしていた。
トーマは観念したようにため息を漏らすと、夢で見た内容をぽつぽつと語り始めた。




