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解除者のお仕事  作者: たろ
解除者のお仕事
36/78

5-13

 トーマの脅しと、ライアス、ウィルの整理もあり治癒活動自体は滞りなく進んでいった。だが、如何せん人数が多すぎる。列は一向に減りはせず、すでに夕方に差し掛かろうとしているのにアメリアは休憩も挟まずに治癒を行っていた。額に汗を滲ませはじめているのを彼女をレオルドが心配そうに見ているが、一向に声をかけることはしない。トーマは治癒に集中しているアメリアを邪魔しないように静かにレオルドの元へと近寄ると、彼の耳元へと口を寄せた。


「アメリアに飲み物買ってくるよ」

「おお、わりぃ、頼むわ」

「ちょっとの間よろしくね」


 護衛として動けない彼の肩を軽く叩いてから、トーマはそのまま歩き出す。片手を上げて魔力をこめれば、透明な防御壁が人一人分解除され、トーマが通り過ぎれば元に戻る。簡単にやってみせているが、相当高度な技術が必要でなのは明確だ。野次馬が驚いて、トーマが通り過ぎた所を触り壁が出来上がっているのを確認すれば、流石は魔術師様だ、と口々に呟いている。さっさと歩いていってしまったトーマにはすでに聞こえていないだろうが、さらりとすごいことをやってのける様は聖女も解除者も変わらないようだ。


「ご自愛くださいね」


 治癒が終わったアメリアが、女性の手を離しながら微笑みかけているのに気づき、レオルドはトーマが出て行った所へ詰め掛けている野次馬へと声をかけた。


「お前ら、あんまトーマの防御壁触んなよ、怒られんぞ」


 その言葉に慌てて離れる野次馬の反応を見て、レオルドは小さく笑った。



 ライアスとウィルが整理をしていた所より後方部分は、思ったよりも酷い状況だった。混雑のせいで聖女まで近寄れず苛立っている人が多いような印象を受ける。絡まれると面倒なので、なるべく目を合わせないように俯き気味で歩くトーマだったが、お約束通り突然女性の悲鳴が上がった。


(関わったら負けだ…!)


 見て見ぬ振りをして通り過ぎようとしたが、悲痛な声は止まらない。聖女の護衛である魔術師が、この状況下で騒ぎを止めないのはいかがなものか。だが、自分一人ではなめられるだけだろうし、ここはライアスかウィルを呼んできたほうが早いかもしれない。そんなことを悶々と悩んでいると、事は更に悪化したようで、


「痛い…っ!」


 流石にその悲鳴を聞いてしまえば、目を向けないわけにはいかない。反射的に声の方へと顔を上げると、飛び込んできたのは深めにフードを被った少女と、その腕を掴み上げている男の姿。男にはやはり仲間がいるようで、取り巻きが三人程度笑い声を上げて二人のやり取りを見ているようだ。


「そんな強く握ってねーだろ、姉ちゃんよ」


 ニヤニヤ笑いながら更に腕を強く引っ張り上げれば、彼女は尋常じゃない悲鳴をあげながらもがき、その拍子に被っていたフードが落ちれば、とても美しい金髪の髪が流れ顔がはっきりとした。苦痛に歪め、脂汗を浮かべてはいるものの、その少女が美しいのが分かる。年はアメリアと変わらない程度だろうか。だが、トーマにはそんなことはどうでも良かった。


(夢の中の…)


 その少女こそ、先日シアンとサラの家で見た夢に出てきた少女そのものだったのだ。そうと分かれば、トーマの足は自然と騒ぎの方へと向いていく。集まりだしてきた人を押し分けて、男の前へ立てばトーマに気づいた男は不機嫌そうに顔を歪めた。


「なんだテメェは」

「すみません、俺の妹が何かしましたか?」

「はあ?妹だ?全く似てねーじゃねぇか」

「義理なので、血の繋がりはないんですよ」


 相手を刺激しないようににこりと微笑みながら声をかける。愛想笑いは日本人の特技だ。だが、その愛想笑いが気に食わなかったのか相手は更にトーマを睨み付けた後にニヤニヤと笑いながら少女の腕を離すとこちらへと押し飛ばしてきた。


「きゃっ」


 慌てて少女を抱きとめれば、痩せて薄い体に驚く。ガタガタと震えてはいるが、きちんと自分の足で立てているのにほっとして相手へ視線を戻せば、じろじろ頭から足先まで値踏みするように見ていた。嫌な予感がすると、愛想笑いを浮かべなおしたトーマが感じれば、相手は予想通りの返しをしてくれた。


「その譲ちゃんにぶつかられてよ、俺は腕を怪我したんだ。その治療代を出してくれねぇか」

「それは失礼致しました。おいくらでしょうか」

「そうだな…2万ゴールドぐらいだな」

「残念ですが、とてもそんな大金は持っていません」

「兄ちゃん、ふざけるなよ」

「まあ、待て」


 後ろに控えている取り巻きが殴りかかろうと前に出てくるのを、リーダー格の男が止める。いまだにニヤニヤとした笑いを浮かべていた男は、もう一度トーマ達を舐めまわすように見ると目を細くした。


「払えないなら、物を売るなりして金を作れよ」

「生憎、お金になりそうなものはありませんが」

「何いってんだ、お前らの体があるじゃねぇか。その譲ちゃんが相手してくれるか、兄ちゃんが憂さ晴らしに付き合ってくれるなら、金はいらねぇよ。どうだ、いい話だろう」


 男の言葉に、胸にすがり付いている少女がビクリと肩を揺らす。可哀想なぐらい怯えている彼女を落ち着かせるように背中を優しく叩けば、驚いたようにこちらを見上げてきたので、にこりと微笑み返してやった。


「この子にそんなことをさせられませんし、俺も痛いのは嫌ですね」

「なんだと…?」

「そもそも、こんな華奢な女の子がぶつかって腕を怪我するとは思えませんが…まずは怪我を見せてくれませんか?」

「ふざけんなよ、テメェ!」


 とうとう我慢出来なくなったのか、リーダー格の男が抑えていた取り巻きの一人が殴りかかろうとこちらへ向かって駆け出してきた。トーマは、そんな相手に向けて片手を上げ魔力を集中させれば彼を中心にして不自然な風が発生する。その風に驚き立ち止まった男へ、トーマは浮かべていた笑顔を崩さずに笑いかけた。


「それ以上近づけば、発動させますよ」


 男は振り返りリーダー格の男を見ると、こちらを振り返っている取り巻きの背中を蹴り飛ばして前へと押し出す。バランスを崩し方膝をついた男と、他に控えている取り巻きへ怒鳴りつけた。


「詠唱もなく魔法が使えるか!ただの張ったりだ、さっさと捕まえろ!!」


 その号令と共に、3人の男がこちらへ向かって駆け出してきた。トーマが、腕の中で震える少女を強く抱きもう片方の腕を横へと振れば、マントが大きくなびき一際大きな風が生まれる。


氷弾(アイスショト)


 呪文と共に生成された氷柱は、男達目掛けて飛んでいくと彼らの足元へ深く突き刺さる。舗装している石を砕きいとも簡単に地面へ突き刺さった氷柱を見て、男達は怯えた表情を浮かべ立ち止まりトーマを見つめた。


「次は、当てます」


 先ほどの笑顔が嘘のようにきつく睨み付ければ、威圧に耐え切れなくなった男達は悲鳴を上げて逃げ出していく。最後に残ったリーダー格の男も、覚えていろ等とお決まりの台詞を叫ぶと同じようにして逃げて行った。逃げていく背中を見送ってから、トーマは少女を抱く力を弱め開放してやれば、周りから割れんばかりの拍手が巻き起こる。トーマを絶賛する声に、本人は驚き曖昧に笑い返していると、突然、先ほど助けた少女がトーマの腕を掴むと走り始めた。


「うわぁ?!」


 少女に引っ張られ、騒がしい広場から逃げるように駆け出していくのを見て、周りの人達から笑い声が沸いた。


 しばらくは少女に引っ張られるようにして走っていたが、先に体力が切れたのは少女の方だった。広場から少し離れたところまでくると、少女はトーマの腕を放し自分の膝に手をつき、荒い呼吸を整えようと肩で息をする。マントの下からはやはり夢と同じ白いワンピースのような服を着ており、腕は肩から露出している。常に雪が積もり寒いこの世界に、この服装は異常だ。しかも、両腕とも刃物で切られたような傷跡が多く、最近つけられたのか血が滲んでいるものや、ミミズ腫れのように腫れがっているものもあった。


「大丈夫ですか?」


 トーマも乱れてしまった息を整えながら声をかければ、少女はコクコクと頷く。やっと呼吸が整ったところで少女は背筋を伸ばすと深く頭を下げた。


「有難う御座いました」

「いいえ。それよりも、腕は?大丈夫ですか?」

「っ、大丈夫ですわ」


 腕が露出していた事にやっと気づいた少女は、慌てて腕を隠すようにマントを引き寄せる。そんな姿に、トーマは小さく苦笑を漏らすと肩から提げている鞄へと手を入れた。


「嘘が下手だなぁ」

「な、う、嘘などでは…!」


 慌てる少女を他所に、トーマは目的の物を見つけると鞄から抜き出し少女へと差し出した。


「え…?」

「傷薬。切傷に効きます。流石に聖女じゃないから傷跡まで綺麗に完治させることは出来ないけど、治りは断然早くなる」


 呆然と見上げ動かない少女の手へトーマは薬を握らせてやると、にこりと微笑んでみせる。


「家ってこの近くですか?あまり遠くなければ送りますよ」

「いえ、大丈夫ですわ、ご心配には及びません」

「そうですか。まだあいつらが近くにいるかもしれないから、気を付けて下さいね?」

「はい…」

「それじゃあ」


 軽く少女の頭を撫でてから歩き出そうとした所で、再び少女に腕を掴またトーマは驚いて振り返ると、彼女は酷く思いつめた表情をしてこちらを見上げていた。


「あの…!」


 しっかりと少女の目を見つめ返せば、少女は気まずそうに視線を逸らし俯いてしまう。


「…どうかしましたか?」

「…いえ、本当に、有難う御座いました。お名前を、伺っても宜しいですか?」

「俺はトーマです」

「トーマ、様…」


 名前を呼ばれ、はいと答えてやれば、少女は顔を赤くしてトーマの腕を放すと頭を下げた。


「私はロッテと申します。トーマ様、有難う御座いました」

「いいえ。気をつけてくださいね、ロッテさん」


 もう一度微笑むと、今度こそトーマは歩き出す。ロッテと名乗った少女は、トーマが消えた後もぼんやりと眺めていたが教会の鐘の音にが聞こえると我に返った。


「戻らなければ…あの地獄へ…」


 トーマに渡された薬をきゅっと握り締めると、その包みへ口付けを落とし懐へと仕舞い込んでからロッテも歩き出した。


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