5-12
どや顔で言い切ったレオルドの言葉に、周囲にいた人々は徐々にざわめき始める。トーマの心配は見事的中し、本物の聖女ではないのかと誰かが呟けば、それは簡単に周囲へ伝染していく。一人が近寄ろうと動き出すと他の人間も同じようにアメリアへ近寄ろうと動き出した。だが、一歩足を進めたところで、彼らは動きを止めた。目の前に、ライアスが立ちはだかったのだ。
「聖女は今、治癒活動中になるので」
爽やかな笑顔を浮かべるも、それ以上近寄るなと物語るライアスに相手は怯み足を止めさえするものの、じっとアメリアを見つめる。その反対側を同じようにウィルが牽制していけば、彼らの周りを数メートル程度離れ取り囲むような形になった。そんな状況を気にも止めず、倒れていた最後の人の治癒が終わると、アメリアは呆然と立ち尽くしている最初の騒ぎの元凶の男へ向かい合うようにして立ち上がった。
「私は、この町にいらっしゃるもう一人の聖女さんに会いに来ました。関係者の方であれば、面会を希望しているとお伝えをお願いしても宜しいですか?」
「あ、あぁ…」
「それと、勝手に治癒行為をして申し訳ございませんでした。ですが、この町には一刻も早く治癒を必要としている方で溢れています。聖女として、このままにしておく訳にはいきません」
強い口調で告げたアメリアに、相手の男が押され気味に頷く。もう話すことは無いと言わんばかりにアメリアはこれからの事ですが、とライアスへ声をかけた。聖女との会話が終了しても動けずにいる男へは視線が集まり、次第に敵意を含みはじめる。
「貴方の口から、聖女の意思を確実に伝えて頂けますか」
それに気付いたトーマが、わざと周りへ聞こえるように言えば、男ははっとした表情を浮かべ大きく頷くと駆け出した。そんな男を避けるように周囲の人物は動き自然と道が出来上がっていく。駆け抜ける男の後ろ姿を見届けるトーマに、近くにいたレオルドが溜め息をついた。
「お前な、あの野郎庇ってどーすんだ」
「庇うなんてとんでもない。俺は、聖女の意思を君が伝えてねって言っただけだよ」
にこりと笑い返せば、甘いんだよとデコピンを返される。涙目で額を押さえながらレオルドを睨むと、彼は顔を緩ませていた。そう言えば、こいつツンデレだったわなんて思い出していたトーマの元へ、アメリアが寄ってきた。
「トーマさん、レオルドさん。これから夜まで、近くの広場で治癒活動をしたいと思います」
「え、これから…?」
「おう、そうだな!とっとと始めようぜ!」
レオルドが大きく頷きアメリアの背を押して歩きだすのを見て、トーマはため息をもらす。なるべく穏便に事を進めたかったが、なぜこんなにも大きくなってきてしまったのか。腑に落ちないが多数決では決まってしまったため、異を唱えられずトーマもその後を追う。ライアスとウィルは、周囲の人間へこれから夜まで聖女の治癒活動を始めるので希望するものは広場へと来るように、順番を守るように、騒ぎを起こした者への治癒は行わない等と説明を始めていた。
「大丈夫かなぁ…」
不安げなトーマの呟きが、雑踏へと消えていった。
広場には、すでに数十人もの人間が押し寄せていた。この人数を5人で捌く事など不可能に近いと絶望をするトーマだったが、手早くウィルが列を作り出す。この人は、イベントスタッフの経験があるのだろうかと思うほど手馴れた動きに関心して眺めていると、後ろから肩を叩かれ、振り返ればライアスが立っていた。
「トーマ、アメリアの周囲を取り囲むように防御壁を展開できるか?」
「出来るよ、治癒活動が終わるまでで良いんだよね?」
「ああ。悪いな」
「大丈夫、魔法だったら任せておいて」
「いや、それもなんだが…」
急に言い淀むライアスを不思議そうに見上げれば、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「こんなやり方は、元々反対だっただろ」
「え…」
「他にも方法はあったんだろうが、籠城相手を引きずり出すにはこれが一番早くてな…トーマの魔法があれば、劣悪条件でも治癒活動は出来ると思ったんだ。お前の意思も確認せずに進めてしまって、すまなかった」
そう言って頭を下げるライアスに一瞬何が起こっているのか分からずトーマは呆けてしまったが、慌てて頭をあげてくれと頼む。
「大丈夫だって、ちゃんと考えての行動だって分かったなら俺もそれに乗るよ。それに、頼りにされてたのは…正直…嬉しかったし…」
最後に行くにつれて声を小さくしながら話すトーマにライアスが礼を言えば、恥ずかしさで逸らしていた視線を彼へ戻す。再び目が合えば、ライアスは優しく微笑んでからトーマの頭をくしゃりと撫でた。
「わっ」
「頼んだぞ、トーマ」
爽やかに笑うと列整理へと戻る彼の背中を見送ってから、トーマは乱れてしまった髪を手で整えながらアメリアの元へと向かった。彼女の前にはすでに長蛇の列が出来上がっており、他にも野次馬が大勢押し寄せて周りにギャラリーが出来上がっている。ライアスとウィルの尽力によって通路は確保されていたため、その間を駆け抜ければひそひそと声が聞こえてきた。敢えて聞こえないふりをして進めば不自然に出来上がっている空間が見え、そこにはアメリアとレオルドの姿を確認できる。見知った人物を見つけほっとしつつその空間へと駆け込むと、レオルドに遅いとどやされた。ごめんと苦笑を浮かべながら、どこから用意されたのか2脚用意されている椅子の1脚に座っているアメリアの斜め後ろの定位置へとトーマが付くと、普段は反対側に立っているはずのレオルドがいつもとは違う2脚ある椅子の間へと立った。
「あれ、そこなの?」
「いつもと状況が違ぇからな」
腰に差している剣へ片手を置き、周囲へ目を向けるレオルドからも珍しく緊張した空気を感じる。
「トーマさん、あの…」
「遅れてごめん、話は聞いてるから大丈夫。アメリアは治癒に集中して」
申し訳なさそうにしているアメリアに微笑みかけてから、トーマは魔力を集中させるため目を閉じた。普段魔法を使用する際に、目を閉じて集中させることなどほぼ無いが、これだけ他のメンバーが気を配っているのだからそれ相応に答えるべきだろうと考えたのだ。
(気合入れいきますか)
いつもより強めに意識を集中をさせれば、トーマを中心とし辺りに風が生まれた。服の裾を揺らす程度だった風はすぐに強くなりマントを大きく翻す程度まで発展する。その風に、周りにいた野次馬が怯み後ずさった所で、トーマは目を開くと片手を上へと突き上げた。
「防御壁」
使い慣れた防御魔法はアメリアを中心とし、周囲を取り囲むように展開される。入り口を一箇所のみ作り、上空にまで展開した防御壁は、やはり透明で魔法が展開されているのは一見では分からない。
「今、防御魔法を展開しました。故意に壊そうとした場合、術者にはすぐ分かります。そのような行為をされた方は、見つけ次第相応の対応を致しますのでご留意を」
周りを囲む野次馬の他に、列に並んでいる治癒希望者へも聞こえるよう出来るだけ声を張ってトーマが喋れば、辺りは急に静まり返った。ウィルも魔法が使えるため忘れがちだが、一般的に魔法が使えることは珍しく魔術師は畏敬の対象となっている。脅しのつもりで言った言葉だったが、魔術師様も同行しているのか、と囁くように話し始める野次馬は先ほどよりも熱が篭っている気がする。
「あれ…?」
「まあまあだったんだけどな」
予想とは違う周囲の反応に、首を傾げたトーマにレオルドがくつくつと笑いを噛み殺す。二人のやり取りにアメリアもくすりと笑ってから、順番待ちをしている列の先頭立っている人へと視線を向けた。目が合い、姿勢を正す相手へにこりと微笑みかければ、彼女はアメリアではなく聖女へと変わるのだった。




