5-11
ウィルの後を付いて暫く進めば、宿屋はすぐに見えてきた。広くは無い宿屋のロビーには人が溢れており、とても混雑している。そんな中を縫うようにして進むと、カウンターにいる亭主へウィルが声をかけた。ライアスの名を出せば奥の部屋だと告げられたので、無事に部屋は取れたようだった。
「一番奥の部屋だそうです」
先ほどの出来事が気まずくてなかなかウィルを顔を見られないトーマは、その声に俯きながら頷いた。そんな様子に、ウィルは顔を緩ます。思わず告げてしまった本音に、彼がこれほどまでに動揺するとは思わなかったのだ。目を合わせてくれないので最初怒らせてしまったのかと思ったが、うっすらと頬を赤くしているのに気付けば、目を合わせてくれない彼の反応を可愛く思えてしまう。
(少しは意識してくれたのでしょうか…)
なぜトーマに意識されて嬉しいと感じているのか、あえてその感情に気付かないふりをしてきたが、それももう潮時のようだ。無視しきれない程に育ってしまった感情を認めるべきだろう。先日押し倒されているトーマを見て、ライアスに対して感じた怒りは紛れも無く嫉妬だったのだから。今までで、こんなに心を揺さぶられた相手はいない。無理をして笑う姿を見て、守ってやりたいし自分の前で取り繕わないで欲しかった。性別等どうでも良いとさえ思えてしまったのだ。
「トーマ」
なるべく優しげな声で名前を呼べば、彼はピクリと肩を震わせながら顔を上げる。目が合うと、驚いたような表情を浮かべ、一気に頬を赤く染めて行く姿が可愛くて仕方が無い。まさか、こんな感情を抱くようになるとは、出会った時には思いもつかなかっただろう。
(本当に、この人は面白い)
くすりと笑うと、トーマの頬を軽く指で撫でてやる。
「大丈夫です、突然襲ったりはしませんよ」
「え…?!」
「ですが、あまり可愛い反応はしないで下さいね?私も本気になってしまいますので」
「っ、ウィル!」
頬を赤く染めて睨み付けてくるトーマに、笑みを深くするとウィルはもう一度頬を撫でてから指を離した。いつもの綺麗な笑顔にすり替えてから部屋に行きましょうと告げれば、トーマはほっとしたように息を吐き頷いた。
亭主に言われた部屋の扉を開けると、そこは大部屋だった。扉が開いたのに気付いたアメリアは、座っていたベッドから立ち上がると二人へと駆け寄る。
「お帰りなさい。トーマさん、ウィルさん」
「ごめんね、遅くなって」
「いいえ、それよりも、トーマさん怪我を…」
「ああ、擦り傷だから大丈夫」
慌てて治癒をしようとしたアメリアをやんわりと止めると、彼女は不安そうに見上げてきた。にこりと安心させるように微笑み、有り難うと言えばアメリアは何も言えないのを知っている。空いているベッドへとそれぞれ荷物を下ろし始めると、会話を聞いていたレオルドが興味津々で近くにいたウィルへと声をかけた。
「擦り傷って、殴り合いでもしてきたのかよ?」
「レオルドと一緒にしないで下さい。一方的に燃やしてきただけですよ」
「燃やしてきたって…」
今まで黙って聞いていたライアスが思わず口を挟めば、ウィルはマントを脱ぎながらくすりと笑って見せる。
「トーマが言い寄られていたので、つい」
「あまり問題は起こすなよ…」
顔をひきつらせながらライアスが言うと、生きてますから大丈夫ですよとえげつない事をさらりと返され、彼の顔は更にひきつった。俺も参加したかったとレオルドが口を尖らし、ライアスがたしなめ、ウィルが油を注ぐのをBGMにしながらトーマもマントを脱ぎ始める。そんな彼の元へ、未だに心配そうな表情を浮かべているアメリアが寄ってきた。
「トーマさん」
「大丈夫だよ、アメリア」
「…分かりました。ですが、悩み事があれば、私で宜しければお話お伺いしますので…」
「ん…?」
「本当の気持ちは、大事にしないと駄目ですよ?」
「ア、アメリアちゃん…?何を言って…」
「色々と複雑でしょうが、私は応援します」
両手でトーマの手をぎゅっと握りながら、目を輝かせて見上げてくる彼女は、先程までの不安げな表情等見る影もない。それほどまでに、何かありましたと言う顔をしていたのだろうか。
「女の勘です」
にこりと聖女の微笑みを浮かべて、口に出してもいない質問に答えるアメリア。
(女って怖い…!)
自分の性別も忘れて、トーマはごくりと生唾を飲み込んだ。
翌日、聖女がいると言われている教会へと足を運べば、人の多さに驚いた。入り口は固く閉ざされているのにも関わらず、多くの人が聖女の治癒を求め詰め掛けていたのだ。
「すげーな…」
レオルドが漏らした呟きに、誰もが頷く。アプローチの仕方を変えなければならないが、どうやれば良いのか頭を悩ませたトーマだったが、突然上がった悲鳴に思考がストップする。声の方へ目を向ければ、数人が地面へ倒れているのが確認できた。厄介事に首を突っ込むのは避けたいので、そっと目を逸らしたトーマだったが、聞き慣れた声がそれを許さなかった。
「大丈夫ですか…!」
アメリアが倒れている人の元へと駆け寄っていく。それを見て、慌ててレオルドとライアスが後を追う。
「マジかぁ…」
「困ったものです」
ため息混じりに呟きながらトーマもその後を追えば、最後にウィルが苦笑を漏らしながら走り出した。地面倒れ込んでいた男に声をかけているアメリアを守るように、彼女たちよりも前へ立つレオルドは、対峙している相手を睨み付ける。前へ出ることはしないものの、ライアスからも威圧するような雰囲気が醸し出されていた。そんな近寄りたくないメンバーの元へと駆けつけたトーマは、レオルドの前に立っている男の顔を見て息を飲み、すぐに追い付いてきたウィルもおやと声を漏らした。そんな遅れてきた二人を見て、相手の男も驚きの表情を浮かべている。
「お、おまえら…!」
「こんにちは、またお会いしましたね」
トーマを庇うように自分の後ろへやりながら、ウィルはにこりと微笑んでみせる。すると、相手の顔色は可哀想な程青くなっていった。相手は紛れもなく、昨夜トーマを襲った男のうちの一人だったのだ。
「知り合いか?」
ライアスが警戒を崩さずに聞けば、ウィルの笑みは深くなった。
「ええ。昨夜お世話になった方のお一人ですよ」
「へぇ、こいつか。それじゃあ遠慮なくぶっ飛ばしても問題ねぇよな」
「い、良いのか、俺は聖女様の警護を担当しているんだぞ…!」
声を裏返らせながらも怒鳴りつけてくる男の言葉に、なるほどと納得してしまう。聖女の関係者だから、皆強く言えない所があったのだろう。
「お前が仕えている聖女より、民衆の収拾がつかない場合は暴力も否めないと指示を受けたと?」
「それは…」
「決まりだな、ちょっと面貸せや」
ライアスの質問に口ごもる相手を見て、レオルドは指の骨をぽきぽきと鳴らしながらにじり寄る。流石にウィルとライアスは加戦しようとはしなかったが、止めようともしない。そんな彼らの反応に、トーマは慌ててレオルドの腕へとしがみ付いた。
「ちょっと待ってよ…!」
「んだよ、トーマ」
「まずはさ、話し合おうよ、ね?アメリアの面子もあるしね?ね?!」
「何言ってんだ、お前こそ一発殴って良いんだぞ」
止めようとしていたのに、やってやれ、と背中を押されいつの間にか最前線にまで押し上げられたトーマは呆然と相手を見る。こいつになら勝てるとでも思われているのか、急に相手も構え始めてきたので、曖昧な笑いを浮かべ会釈を返す。すると、挑発されたと受け取ったのか、先程よりも殺気を帯びた目で睨み付けてきた。
(格ゲーすら上手く出来ないのに…!)
やる気満々な二人に挟まれて逃げるに逃げれない状況に追い込まれたトーマは、覚悟を決めるしかないようだ。素手に付き合う筋合いはないので、こっそりと掌へと魔力を集中ようとした所で、急に辺りが光に包まれた。驚いて振り返れば、アメリアが倒れこんでいた男の手を離し、まさに治癒が完了した瞬間だった。蹲っていた男は、不思議そうに体を起こすとアメリアをじっと見つめる。
「大丈夫ですか?他に痛いところはありませんか?」
「痛くない…なんで…怪我が治っているんだ…」
怪我を治したと辺りがざわ付き始めた事を気にも留めず、他に倒れている人の元へ駆け寄り再び治癒を始める。怪我人や困っている人を放って置けない彼女にしては我慢をした方なのだろうが、まさか偽聖女のお膝元でやって見せるとは…それを見て、レオルドが声を上げて笑った。
「そりゃあ、そうだろ。こそこそ隠れてやがる偽聖女とは違って、アメリアは本物の聖女だかんな」
ニヤリと悪そうな表情を浮かべ柄の悪いレオルドが言うと、どちらが偽物か分からない。完璧に収拾不可の状況に、トーマは小さく詰んだと呟き遠い目をした。




