5-10
「何なんですか、アンタ達」
睨み付けたトーマの声に反応して、背中にかかる重みが強くなる。耐えきれずに、ぐっと息を漏らせば、相手は下品な笑い声上げた。
「お前、良いなりしてるな」
「っ、それは、どうも」
息をするのも辛かったが、それを感じさせないようにトーマは表情を更にキツくしながら見上げると、相手は楽しそうに笑った。
「金を譲っていただきたい」
「金なんて、っ、!」
反論しようとした所で、思い切り踏みつけられ一瞬呼吸が止まる。苦しそうなトーマに、一人の男がしゃがみこんでトーマの髪の毛を掴み頭をあげさせた。
「綺麗な顔してるじゃねーか、金が無いなら、体の方で良い値つけてもらおうぜ?」
「ふざ、け、」
喉の奥でひゅっと音が漏れ上手く言葉に出来ない。なぜ突然路地裏に引っ張り込まれ、売られそうになっているのか、そう考えると恐怖よりも怒りが先に来たトーマは、殺気を瞳に宿し睨み付ける。だが、絶対的不利な体制を晒している状態でそれは全く意味がなく、むしろ相手を喜ばせてしまう状況だ。このまま抵抗しなければ、何をされるか分からない。身の危険を感じ状態異常魔法を唱えようとした時だった。男達の奥からもう一つの影が現れた。
「私の連れに、何の御用でしょうか?」
微笑みを浮かべているが、目と声は全く笑っていないウィルがそこに立っていた。最初は驚いていた男達だったが、声をかけてきたのが細身のウィルだと言うのが分かると、ニヤニヤと笑みを浮かべウィルの前へと立ちはだかる。
「なんだ、こっちも綺麗な兄ちゃんじゃねーか」
「良いもん腰にぶら下げてんな」
からかうように笑う男達に、ウィルは不機嫌そうにため息をつくと浮かべていた笑みを引っ込め目を細めた。
「その汚い足をどかせ」
初めて聞くウィルの荒っぽい言葉にトーマは驚いていて彼を見上げれば、見馴れた青い瞳は何の感情も感じさせなかった。そんな簡単な挑発に乗った男達は、力任せにウィルへと殴りかかる。
「っ、ウィル!」
咄嗟に名前を叫んだトーマの前で、ウィルは殴りかかってきた男の腕を軽く避けるようにして相手の懐へ潜り込み、腹に拳を殴り込めば相手は腹を押さえるようにしてその場に崩れ落ちる。それを見て、近くに居たもう一人の男もウィルへ殴りかかろうとする。だが、その攻撃が届くよりも早く、ウィルの蹴りが相手へと入りそのまま壁まで飛んでいく。二人目も地面へと沈んだのを見て、とうとうトーマを踏みつけていた男が足をどけた。
「てめぇ、いい加減に」
『 ――― 焔よ、我が魔力においてその力を解き放て 我が命に従いて、愚かなる者へと焔の弾丸を与えん』
「魔法だと…?!」
詠唱を始めたウィルの回りへ高まった魔力がまとわり付くと、不自然な風が起こり始める。ふわりと裾を揺らし始めた風に、踞っていた男達は顔をあげると青ざめていく。唯一立っていた男は、慌ててトーマを引っ張りあげると盾にするように前へと突き出した。
「いいのか、放てばこいつに当たるぜ」
「動かないで下さいね」
ウィルと目が合えば、彼はいつものように微笑みながらそんな事を告げてくる。頷くトーマに、蚊帳の外状態の男は聞いているのかと怒鳴り付けながら、掴んだトーマの腕を捻り上げた。
「っ、」
「触るな、トーマが穢れる」
痛みで顔を歪めたトーマに、ウィルの表情は先程と同じように冷たい無表情へと変わると低い声で男を威圧する。その言葉に男が笑った瞬間には、ウィルがこちらへ向けて腕を降り下ろしていた。
「火弾」
「ひっ」
容赦なく放たれた魔法は、トーマ目掛けて飛んでいく。動くなと言われたトーマだったが、後ろの男に強く押さえつけられているため身動きなどとれるはずもなく、耐え難い恐怖に思わず目を瞑る。火の弾はそんなトーマの前で大きく弧を描き、彼を避けるように軌道を変えながら後ろにいる男へ目掛け飛んでいった。それに怯み、逃げようとトーマを突き飛ばし駆け出した男の背後にウィルが放った魔法が直撃をすると、男の背から火の手が上がった。絶叫を上げながらその場で転がり苦しむ男を見て、ウィルは足元でじっとしている男達へと目をやる。
「早く脱がせなくて良いのですか?焼け死にますが」
口の端だけを吊り上げて笑うウィルに、男達は小さく悲鳴を上げると慌てて燃えている男へと駆け寄る。やっとの思いで燃え上がるマントを引き剥がし投げ捨てれば、炎は突然大きくなり、燃えていたマントが一瞬にして消炭へと変わった。辺りに舞う炭を前にして、男達は絶叫を上げながら走って逃げて行く。その後ろ姿を見送ってから、ウィルは地面に倒れこんだまま呆然とその一部始終を見守っていたトーマの前へと膝を付けた。男達が消えた方向を見ていたトーマが再びウィルへ視線を戻せば、先ほどの冷たく無表情だった事など感じさせない、心配げな顔をしてこちらを覗き込んでいた。
「どこか、痛む所はありませんか?」
「大丈夫、擦りむいたぐらいだよ」
「そうですか…」
「ありがとう、助けてくれて」
やっと解けた緊張に体の力が抜けていくのがわかる。まさか、町中で追い剥ぎに遭う経験をするとは思わないだろう。込上げる恐怖を誤魔化すように、トーマは笑顔を作ると立ち上がった。
「宿に向かう途中だったよね、ごめんね迷惑かけちゃって」
「トーマ」
「いやぁ、でも、本当に俺目掛けて魔法打ってくるとは思わなかったよ」
あはは、と笑って見せるが、ウィルは何かを堪えるように唇を噛み締めていた。様子が可笑しい彼に、トーマは首を傾げた。
「どうしたの?」
「…あなたは、いつもそうやって誤魔化しますね」
「え?」
(ライ相手だったら、違ったんでしょうか…)
不安げにこちらを見上げてくるトーマに、ウィルは喉まで出掛かった言葉を飲み込むと、真剣な表情を向けた。
「我慢強いのも好ましいですが、ここは我慢するところではないですよ」
「何を…」
「怖かったのでしょう。手が震えていますよ」
指摘されて初めて自分の手の震えに気づいたトーマは、それを隠すように背へ手を回す。まるで隠していた事を怒られ項垂れるような彼の反応に、ウィルは小さく苦笑を浮かべながら立ち上がると、トーマの顔を自分の胸へと押し付けるようにして抱きしめた。頭と背中へ腕を回されると苦しくない程度に力をこめる辺りが、ウィルらしかった。
「私は…頼りないですか?」
「そんなこと…!」
「では、もっと頼ってください…私に、甘えて、下さい」
「ウィル…?どうしたの…?」
いつもと様子の違う彼にトーマは顔を上げようとしたが、それが叶うことはなかった。頭の後ろに添えられていた手が強くトーマの頭を押さえつけ、ウィルの胸から動かすことが出来ず、彼の表情を窺い知ることが出来ない。ただ、先ほどよりも強く抱きしめられ、彼の余裕がないことだけは伝わってきた。
「 を、 すなんて」
微かに聞こえた言葉に、息が止まる。今、彼はなんと言ったのか理解しようと頭をフル回転させるが、中々考えがまとまらない。自分の腕がぴくりと動いた時、突然ウィルが力を弱めると腕の中から開放した。呆然とウィルを見上げる自分は、さぞ間抜けな顔をしていたのだろう。トーマの表情を見て、彼は頬を赤く染めながら困ったように笑って見せた。初めて見るその顔は、いつもの大人びた表情とは違い、とても幼く可愛い印象を受ける。
「すみません、取り乱してしまいました」
「あ…うん…」
「戻りましょう。ライ達には先に行くように伝えてあるので、すでに部屋を取ってくれている頃だと思います」
いつものように綺麗な笑顔を浮かべると、ウィルは歩き出す。その後ろ姿を見て、慌ててトーマも追うように歩き出した。何事もなかったように振舞うウィルに合わせる様、トーマは小さく頭を振って気持ちを切り替えるが、尚も先ほどの言葉が浮かんでくる。
「私を、妬かすなんて」
何について妬いてるのか、本気で言っているのか、ウィルの気持ちが分からない。だが、その言葉にトーマが酷く動揺したのだけは、事実だった。
番号間違えてました…恥ずかしや…( ;∀;)
ご指摘、有り難う御座います…!




