5-7
数回の野宿を挟み、トーマたちは次の目的地である港町までやってきた。ここの港より船を使い北上をし、更に北へ上がったところが最終目標地点だとすれば、やっと半分あたりまで来た頃だろう。暮れかけた空の中町へと入ると、ライアス以外のメンバーは珍しそうに辺りを見渡す。小さながらも活気に満ちた港町は、それぞれの店先に魔石のランプを吊るし賑わっていた。
「確か、宿はもう少し先だったはずだ」
先頭を歩くライアスに遅れないように、トーマも後ろをついていく。
「ライはこの町来たことあるの?」
「ああ。だが、俺が行ったことがあるのは、ここと船を使った先の町までだよ」
「そこから先が、本当に初めての場所になるのか…」
「そうなるな」
よっぽど不安そうな顔をしていたのか、ライアスは大丈夫だと笑いながらトーマの頭をくしゃりと撫でて励ましてくれたので、トーマは慌てて笑顔を作って見せた。そんな話を交わしながらたどり着いた宿屋は割と小さめなものであり、亭主へ確認をすれば最大の部屋で3人までだと言う。仕方が無いので、2人部屋を3部屋取ることとし、1部屋をアメリア、残りをライ・トーマ、レオルド・ウィルで割ることにした。すでに夜へと時間は流れていたため、一旦部屋へ荷物を置いてから町へ出て夕飯を取ることにしようと決め、宿屋の玄関前へと再集合をする。どこで聞いたのか、この港町で一番賑わっていると言う酒場へ行きたいとレオルドが希望したため、そちらへと足を進めた。
宿屋から少し歩いた場所にその酒場はあり、確かに騒がしい雰囲気が外からでも伝わってきた。こんな場所へアメリアを連れて行っても大丈夫なのかと彼女の様子を伺えば、楽しそうですね!と笑顔ではしゃいでいるので問題はなさそうだった。そのまま酒場へ入れば、まるで常連のように空いている席へと陣取るレオルドに、これほど心強いと思ったことは無いかもしれない。そんなことをぼんやりと思いながら見つめていると、トーマに気付いたレオルドは何してんだと声をかけると自分の隣へ座るようへ促した。その言葉に従うように、トーマはレオルドの隣へ腰掛けてから彼の隣へ座るのはこれが初めてだと気づき新鮮な光景に辺りを見回す。
「んだよ」
きょろきょろとしていたのに気づいたレオルドが不思議そうにこちらを見ていた。
「ううん、レオルドの隣って初めてだなって思って」
「むしろ、俺はお前がライに引っ付きすぎだと思うけどな」
「違いますよ、レオルド。ライがトーマを離さない、が正解です」
向かいの席へ腰をかけたウィルが挟んできた言葉に、間違いねぇわとレオルドが笑う。珍しく斜め向かいと少し離れた席へ座ったライアスは、お前らなと小さくため息を漏らしたが、言われてみれば野宿以外では常にライアスの隣へ座っていたんだと気づいたトーマは内心恥ずかしくなった。彼がさりげなくトーマへ気を回して座るよう声をかけてくれていただけだったのだが、傍から見れば確かにレオルドがアメリアを離さない行動に似ているのかもしれない。後で謝っておこう。
「適当に頼むぞ」
有無を言わさずレオルドが注文をすれば、テーブルに運ばれてきたのはこの地方では珍しい海鮮料理が多い。港町なだけに、出された料理は新鮮で美味しい。この旅を始めるようになり、各町での料理を食べる事が楽しみに追加されただけに、ご当地ならではのものを頂けるのは嬉しい。それが顔に出ていたのか、幸せそうですねと向かいのウィルが笑った。
レオルドの酔いが回る前に、明日以降について決めよようと話題に上がれば大まかな予定はすぐに決まる。明日の午前中に教会へ治癒活動の確認をする組と、船の運行状況を確認する組へと別れることになるのだが、誰が何をするかを決めようとしている所に追加で注文した酒瓶をウエイトレスが持ってきた。
「お待たせしましたぁ、蒸留酒です」
「え…これって、割らずにこのまま飲む物なんですか…?」
出された酒瓶からは明らかなウイスキーのにおいがしている。流石にストレートはきついと助けを求めるようにウエイトレスを見上げれば、彼女は艶やかに笑って見せた。
「基本そうなんだけどぉ…お兄さん可愛いからオマケしちゃうわ、ちょっと待ってて」
ウインクをして一旦カウンターへと下がったウエイトレスは、お盆の上に氷と水を乗せて戻ってくるとトーマ達のテーブルへとそれを置いた。
「これ、アタシからのサービスよ」
「わ、良いんですか?ありがとうございます!」
「いいえ~、お兄さんたち観光って感じじゃないわよね~?旅人?」
「まあ、そんな所です」
「ふぅん。どっから着たの?北からかしら?」
「いえ、西からですよ」
「なんだぁ、残念」
「北で何かあったんですか?」
「それが、聖女が現れたらしいのよぉ!」
小さく笑いながらトーマが尋ねると、頬を膨らませていたウエイトレスはテンション高く答えた。その返答に、二人のやり取りにあまり興味が無かったライアスも顔を上げる。ニヤニヤと見ていたレオルドは不思議そうにしたし、微笑みながら酒を煽っていたウィルも笑みを深くする。アメリアは、まだ意味がわかっていないのかきょとんとしていた。
「は?何言ってんだ、聖女は」
「お姉さん、もっと詳しく聞かせてもらえませんか?」
「やだ~、お兄さんたちも気になっちゃう?」
間違いを訂正をしようとしたレオルドを遮るようにしてトーマがウエイトレスへ声を掛ければ、彼女はニコニコしながら詳細について語ってくれた。聖女が現れたのは一週間ほど前からであり、自分の腕にできた傷を見事直して見せ聖女だと名乗ったと言う。この世界で治癒魔法を使えるのは聖女だけとされている為、突然町へ現れた聖女を歓迎し、現在はここからの北へ行った所にある町に滞在をしているらしい。
「興味深いですね。その聖女はどのような方なのでしょうか?」
「確か真っ白なドレスで華奢な方らしいわ。金髪のとても美人だとも聞いたわね」
「滞在している町へ行けばお目通りできるでしょうか」
「お兄さん達カッコイイから、向こうから会いたいって声かけてくるんじゃないかしら。それじゃ、アタシそろそろ仕事戻るわねぇ」
「ええ、色々と有難うございます」
微笑みながら礼を言うウィルに、バイバーイと笑って返すとウエイトレスは再びカウンターの方へと戻っていく。彼女が完全にフロアから消えた所で、ウィルはアメリアの方へと顔を向けた。
「さて、どうしますか?アメリア」
「もちろん、お会いしたいです!」
「だよな!偽の聖女なんて許せるわけ」
「私の他にも聖女さんがいらっしゃったなんて、知りませんでした。是非お会いして、お話したいです!」
「は…?」
力強く頷いたアメリアに同意したレオルドだったが、彼女の斜め上の回答に思わず素で聞き返すと、キラキラとした瞳でアメリアはレオルドを見つめた。どうやら、本気で自分の他にも聖女がいるものだと思っているのか、彼女はお話したかったんですと嬉しそうに笑う。どうも偽者だから、と突っ込める雰囲気ではなく護衛三人はそれぞれ苦笑を漏らしていたが、トーマだけは、自分のグラスを握ったままじっと考え込んでいた。
(金髪で白いドレスを着た、華奢な聖女…)
そのフレーズに思い当たる節があった。先日見た夢に出てきた少女と特徴が酷似してるし、アメリアが殺される時に、聖女の話をしていたはずだ。夢の感覚をリアルに思い出し、震えだしそうになる腕を押さえようとぐっとグラスを握る手に力をこめる。
「トーマ?大丈夫ですか?」
そんなトーマの様子に気づいたウィルの声に、我に返ったトーマは勢いよく顔を上げた。気づけば、全員が不思議そうだったり心配そうだったりと様々な表情を浮かべこちらを見つめてきている。慌てて笑おうと取り繕うとした所で、突然横から伸びてきた腕が首に掛かり引っ張られる。
「ぎゃ?!」
「何シケた面してんだよ!おら飲め飲め!」
レオルドは近くにあった酒瓶をトーマの口へと突っ込むと、そのまま傾ける。勢いよく流れ込んでくる酒を慌てて飲み込むとどんどんと角度をつけてくるし、回された腕で首は絞まるしで死にそうになりながらトーマはレオルドの腕を叩いた。
「おい、トーマが死ぬぞ!」
慌ててライアスが止めてくれたお陰で、レオルドの腕から開放をされると新鮮な空気に咽てしまう。そんな背中をレオルドは笑いながら叩くと、さっきまで握り締めていたグラスへと酒を注いだ。彼なり、トーマを気遣ってであろう行為なので、強くは言い返せずにトーマは目尻に溜まった涙を拭いながらテーブルに座っているメンバーを見渡す。あわあわしているアメリアや、レオルドを叱るライアスや、呆れ気味にため息をつくウィルや、不貞腐れるレオルド。
(大丈夫。一人じゃないんだ)
トーマは息を吐くといつもの様に笑った。
「もう一人の聖女に、会いに行こう」




