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「ん…」
寝返りを打とうとして動かない体に違和感を覚え、トーマはうっすらと目を開けた。目の前に現れたのはシャツから肌蹴て見える引き締まった胸と、銀色の髪。そのまま視線を上へとあげると、楽しそうに細められた青い瞳と目が合う。
「おはよう御座います、トーマ」
「ふぉおお?!?!」
爽やかに笑いながら、耳に心地よい声で囁かれ、トーマは絶叫した。
未だに目尻に涙を溜めて笑い続けるウィルをトーマが睨むが、彼は全く気にする事なくその睨みすらも笑い飛ばす。いつも上品に笑う彼からは想像もつかない大笑いはとても珍しいが、自分の寝起きの反応をみてだと思うとあまり良い気分はしなかった。
「笑いすぎだよ」
むっとしながらリボンを襟へ回すトーマに、ウィルはすみませんと謝りながら、トーマが持っていたリボンを奪うと器用に結びだした。
「あまりにもトーマが可愛らしくって…癖になりそうです」
「俺は、心臓が止まりそうです」
「しかし、先に抱きついてきたのはトーマの方なのですよ?」
「え、マジで?!」
出来ました、といつもトーマが結ぶより綺麗にリボンを結んでくれたウィルの顔を、トーマは信じられないと言った顔をで見上げる。
「ええ、朝方寒かったのでしょうね。貴方が私の胸にすがり付いてきまして、シャツを握ったまま寝息をたて始めたので」
「ぐおおお…黒歴史…記憶から抹消してください…」
「なぜです?とても抱き心地も良かったのに」
「ウィルー!!」
「二人とも、早く支度しろ」
赤くなりながら怒るトーマと上機嫌に笑うウィルへ、レオルドを起こしていたライアスがため息交じりに声をかける。全く起きようとしないレオルドの毛布を剥ぎ取ると、その勢いでレオルドが床へと落下した。
「いって?!」
飛び起きたレオルドがライアスへ抗議をするが、彼は全く取り合うこともなく先に行くと告げると部屋を出て行ってしまう。見たことのないライアスの態度に呆然と出て行った扉を見つめていたトーマの隣で、ウィルが不機嫌でしたね、と呟いた。
「おい、バカップル、お前らなんかしたのかよ」
頭を掻きながら立ち上がったレオルドが言う事に、トーマは首を傾げながらウィルを見上げるが、彼も同じように首を傾げるのみだった。
支度を終えリビングへと顔を出すと、ライアスはいつも通りへ戻っていた。ごめんねとトーマが小声で声をかけると、彼は跋が悪そうに笑い俺こそ悪かったと逆に謝られる。どうしていいのか分からず困っている所へ、サラが朝食を運び入れてくれたので何とかその場は収まった。用意してくれた朝食を採りながら今日について話し合った結果、午前中にライアスとウィルで教会へ行き治癒活動について確認をとり、可能であれば午後一にでも全員で教会へ向かう段取りになった。結果が分かるまではサラとシアンの家で待機をしても構わないとサラから了解を得たため、出掛けていったライアスとウィルを見送ったあとも割りと余裕をもって用意できるのは有り難い。教会へ行く前に、どうしてもシアンの気持ちが知りたかったトーマは、後片付けを始めたシアンの元へと足を運んだ。
「偉いね、皿洗いするなんて」
キッチンの入り口から声をかければ、食器を洗っていたシアンが振り返る。
「シアンができるの、これぐらいだから」
「サラさんの為?」
頷いて答えるシアンの隣へ立つと、トーマは彼女が洗った食器を手に取り拭き始める。魔法で水分を飛ばすことなど簡単だったが、敢えて手でやることを選んだ。
「ありがとう」
「いいえ。ねぇ、シアン。村の人とは話さないの?」
「…話さない」
「どうして?」
「…お姉ちゃん連れていかないでってお願いしたのに、みんな連れていったから」
「それは」
「今はお仕事だからしょうがないの分かってるよ。シアン達のために皆が頑張ってるのも知ってるもん」
彼女は、自分たちやサラが思っていたよりも大人だった。両親を亡くしてすぐの時は姉が近くにいなければ不安で仕方がなかったが、次第になぜ姉が必死になって働いているのか年を重ねる毎にきちんと理解していったのだ。日本の感覚で考えてしまっていた自分が恥ずかしいとさえ思う。この世界は確かに異世界で、日本とは違い簡単に死んでしまうものだ。薬も医療も発達していないのだから、高熱をだして死ぬことだってある。まだ幼いシアンもそれはしっかり常識として知っており、生きていくためにはどうしたら良いのかも分かっている。彼女は、村人を憎んでいるわけではなく、幼い頃に八つ当たりのような態度をとってしまった後どう接すれば良いのか分からないだけなのだろう。向こう側からも避けられてしまっているのならば、尚更だ。それっきり俯いてしまったシアンに、トーマは小さく笑う。
「大丈夫だよ、シアン」
「?」
トーマの声に、シアンは不思議そうに顔を上げた。トーマは、彼女の目線に合わせるように片膝を折り体勢を低くすると、しっかりとシアンの目を見つめる。
「ごめんなさいって、言えばいいんだよ。それから、ありがとうって」
「え…」
「どうしたら良いのか分からないし、相手側にも避けられちゃって困ってる、って感じでしょ?」
「…そんなこと…」
「人に当たっちゃうのは仕方ないよ。俺にだって経験あるし」
「そうなの?トーマも?」
「うん、八つ当たりしてたよ。そう思うと、シアンは本当に大人だよね」
嬉しそうにはにかむシアンが可愛くて、優しく頭を撫でてやる。
「午後に教会で村人を集めるんだ。そこでみんなと仲直りしようよ」
「仲直り…」
「うん。俺も一緒に行くから」
「…シアンが仲直りする時、一緒に居てくれる?」
トーマは、不安げに見つめてくるシアンの腕を取ると、以前魔力を量った時と同じ騎士のようなポーズをとり小さく笑った。
「はい、約束しましょう。姫」
驚いたのか、目を大きく開いたシアンの頬がみるみる内に赤く染まっていく。真っ赤になりながらも、彼女は嬉しそうに頷いてくれた。
ライアスとウィルは予想よりも早い時間に戻ってきた。教会側はやはり想像通りの二つ返事で了承をしてくれたので、後は時間を待つのみとなる。早めの昼食をとり終え、後片付けまで終えてからトーマ達は家を出た。外は穏やかに晴れており、風も少ない。同じように協会へ向かう村人がいたが、彼らはサラたちを見ると全員足早に先へ行ってしまう。それを見て、シアンが悲しそうに俯くのを見逃さなかったトーマは、さりげなくシアンの手を握ってやった。
トーマ達が教会へ到着すると、すでに何十人かの村人が待っていた。村の規模から考えるとほぼ全員が集まっているのだろう。その中にいた神父姿の男性がライアスとウィルに気づくと、抜け出してこちらへと近づいてくる。
「ライアス様、ウィル様」
「教会の協力に感謝します、神父」
丁寧に頭を下げたライアスに、神父はとんでもないと首を振ってから、教会内へとご案内をしますと誘導し始める。神父の後に続くように歩き出せば、自然と村人達は道を明けてくれた。村の教会のためこじんまりとした内装だが、規模自体は小さくはない。世界共通な教会内の作りに感動をしていたトーマを他所に、神父は教壇へと置かれた椅子に座ってもらい治癒活動をしてもらいたいと説明を始める。あらかた説明が終わると、ずっと一緒にいるサラとシアンへと目をやった。
「ところで、サラとシアンはどうして聖女様達とご一緒してるんだい?」
「え…聖女様…?」
「私達は、昨日からサラさん達のお宅にお邪魔していたんです。お話したいこともありますので、ご一緒してはいけないでしょうか…」
二人の会話へ珍しくアメリアが割って入ると、聖女様の希望であればと簡単に引き下がってくれた。そのまま村人を呼んでまいりますと深くお辞儀をしてから去っていく神父を見送ってから、今度はサラへと顔を向ける。彼女はひどく驚いた表情を浮かべアメリアを見つめていた。
「聖女様、だったんですか…?」
「はい。黙っていてごめんなさい」
「そんな…!聖女様とは知らず、とんだご無礼を…!」
「ああ、やめて下さい、今まで通り接して下さい」
膝を付いて謝ろうとするサラを慌ててアメリアはとめると、笑ってみせる。
「治癒活動が終わってから、まずは私から皆さんへお話します。できれば、サラさんからも一言頂きたいのですが…」
「はい、それはもちろん構いません…!」
「ああ、アメリア、できればシアンにも機会をもらえないかな?」
「シアンさんに…?」
今までやり取りを見守っていたトーマが声をかけると、アメリアはトーマと手をつないで隣に立っているシアンへと目をやる。緊張したように背筋を伸ばすシアンは、トーマの手をきゅっと握りながらもしっかりとアメリアを見つめ返した。
「仲直りするの」
シアンの言葉を聞き、驚いたアメリアはすぐに嬉しそうに笑って頷いてくれた。
「はい、頑張りましょうね!サラさん、シアンさん」
そうして、トーマにとって初めての治癒活動が始まった。




