5.見通す力
見慣れた風景に嬉しくなったのか、シアンは村での生活について話していた。両親はおらず、姉と二人暮らしであること。二人でも楽しく生活をしていること。村の大人達はあまり好きじゃないが、生まれ育った場所だからそれでも充実していること。ほぼ、シアンの言葉にトーマとアメリアが相槌を打ってやるだけだったが、今までになく生き生きとした様子に自然と聞き手の顔も緩くなる。そんな楽しそうな3人の様子を、レオルドがちらちらと羨ましそうに盗み見ているをみて、ライアスとウィルも楽しそうだった。そんな調子で歩き続け太陽が一番高い位置まで登った頃、村の入り口が見てくる。入り口付近に人が立っているのに気付いたトーマは手を繋いでいたシアンに声をかけた。
「あれがシアンの村?」
「そうだよ!シアンの村!」
「入り口に女の人が立ってるみたいなんだけど…」
「…、お姉ちゃん…?」
小さく呟いたシアンの声に反応するかのように、村の入り口にいた女の子は顔を上げこちらへと顔を向けた。遠くからでもその表情ははっきりと驚いているのだと分かると、こちらへと駆け出してくる。それを見て、弾かれるようにシアンもトーマの手を離し駆け出した。
「お姉ちゃん!!」
「シアン!」
お互いが名前を呼び合うと抱きしめあう姿に、肩の荷が下りるようでとても心が軽くなった。それと同時に、今までべったりだったシアンに手を離されて少し寂しい気分もする。
「良かったですね…」
「うん。そうだね」
ぽつりともらしたアメリアの言葉に、トーマは少し寂しげに笑いながら頷いた。
「この度は本当にありがとうございました」
「そんな、頭を上げてください」
深く頭を下げるシアンの姉、サラにアメリアは慌てて手を振ると、それに習うようにトーマも頷いてみせた。頭を上げたサラの目にはいまだに涙がたまっており、トーマとアメリアを交互に見てから、もう一度深く頭を下げる。そんなことを何度も続けていると、サラのスカートの裾をつかんでいたシアンが痺れを切らし、ねえ!と声をあげた。驚いて顔をあげたサラに構うことなく、シアンは続ける。
「ねえ、トーマたち、今日はシアンたちのお家に泊まる?」
「え…」
断れる事など無いと言う笑顔を浮かべトーマを見上げるシアン。キラキラと期待するその目に弱いことを知っていてのお願いなら、なんと策士なことか…声を詰まらせているトーマの姿にライアスが助け舟をだしてくれた。
「この人数でシアンの家に泊まったら迷惑だろ?俺たちは宿にでも泊まるから、」
「宿ないよ!」
「宿が無い…?」
ライアスの質問に、シアンは頷いて答える。それを見てからサラへと視線を向けると、彼女も苦笑を浮かべながら頷いて見せたので、本当に宿屋は無いのだろう。
「あの…家で宜しければ是非。狭い家ですが、皆さんが休めるぐらいはご用意できますので」
「お姉ちゃんのご飯、おいしいよ!」
ライアスが他のメンバーへと目をやると、全員が何とも言えない表情を浮かべている。宿が無いと言う事実を突きつけられてからの、甘い誘惑に断る事はトーマ達にはできなかった。
サラとシアンの家は、村の少し外れたところにあった。村の中を通り抜ける途中、村人とすれ違ったが、全員が驚きはするも声をかけてくることは無かった。余所者であるトーマ達が一緒だからなのかと思ったが、挨拶をするサラに返事すら返さない。その態度は目に余るものがあるが、ここで騒ぐのはサラ達の立場を悪くするだけだ。それは全員が分かっていたのか、レオルドでさえも不機嫌そうなオーラを出しながらもしっかりと口を噤んでいた。
家の中へと通されると、小さいながらも家庭的なリビングが迎え入れてくれた。真っ先に家の中へと入ったシアンは、暖炉の前まで駆け寄るとくるりとこちらを振り返り両手を広げる。
「ようこそ、シアンたちの家へ!」
今までに無いほど嬉しそうなシアンの様子に頬を緩ませていると、最後に入ってきたサラがこらと声をかけてきた。
「まずはコートを脱ぎなさい。それから、お客様にもご案内して?」
「はーい!こっちだよ!」
小さい足音をたてながら部屋の隅へ案内するシアンに、この少女を無事助けられて良かったと誰もが実感した。
その後、トーマ達の軽い自己紹介をはさむと、奥の部屋にある客間へと案内された。比較的大きなベッドが2つとソファーが1つ。アメリアへはサラの自室を貸し出し、サラはシアンと共に寝るとことになった。アメリアは良いとして、問題は客間の寝る場所を決める時だ。レオルドがベッドで寝ることを譲らなかった。トーマもベッドで寝ることを楽しみにしていたが、一番体が小さいのでソファーで寝ると申告したが、体が小さいのだからこそウィルとトーマで1つのベッドを使い、ライアスがソファーで寝ると言い出したのだ。結局はその案が採用され落ち着いた。トーマ的にはウィルと一緒のベッドで寝るぐらいならソファーで寝る方が良かったのだが、私と一緒はご不満ですか?と笑顔で聞かれたら、頷かざるを得なかった。
空も赤く染まり始めた頃には、サラが夕飯の準備を始め、手伝うとシアンが駆け寄った。それを見てアメリアも手伝いを申告したが、お客様ですから!と譲らないサラと申し訳ないからと譲らないアメリアのやり取りを挟み、最終的にみんなでやった方が早いと言うことで女性陣全員がキッチンに立つことになった。今までの野宿は毎回携帯食料だったため、アメリアの料理を見たことがない。そのため、レオルドなんかはこそこそとキッチンの前を言ったり来たりしていて、それを見つけたトーマは思わず吹き出した。
「何やってんの、レオルド…」
声をかけると、レオルドは大きく肩を揺らし振り返ると、勢い良くトーマの口をおさえる。
「うっせ、声でけぇよ!」
お前の声の方がうるさいよ、と心の中で突っ込みを入れるトーマだったが、好きな女の子の料理を楽しみに待っている姿に免じて許してやった。レオルドはトーマの口を離すと、再び入り口にくっつき中を覗き始める。
「見ろ、あの後ろ姿…良いよなぁ…」
同じように中を覗き込むと、全員がエプロンをつけて楽しげに下ごしらえをしているのが見える。確かに微笑ましい光景だったが、トーマはそれよりもアメリアの手元に釘付けになった。彼女は野菜の皮剥きをしていたのだが、良く見ると包丁の握り方がおかしい上に、野菜では無く、やたらと包丁を動かしていた。それは皮剥き等ではなく、最早抉り取っている方に近い。しかも、滑るのか何度も野菜を取り落としていて、見ているこっちが恐ろしい。そんな彼女の姿が目に入っているはずなのだが、レオルドはほんのり頬を染めてうっとりしているのみ…恋は盲目とは、本当だった。最初のうちは黙って通り過ぎようとしていたトーマだったが、皮をむこうとしたアメリアが数秒間のうちに片手で数えられない回数取り落とすところを見せ付けられれば、黙っては居られなかった。
「おい、トーマ?!」
小声でトーマをとめようとしたレオルドだったが、するりと腕をすり抜けるとそこで待ってろと目で告げる。それを感じ取ったのか、レオルドは大人しく隠れるように壁へ張り付いた。
「アメリア、変わるよ」
そう声をかけてキッチンへ入れば、アメリアが驚いて顔を上げた。真剣だったのか、額には汗がにじんでいる彼女の手から野菜と包丁を奪い取ると、慣れた手つきで野菜の皮を向いていく。
「わあ、トーマ上手!」
「す、すみません…トーマさん…」
皿の準備をしていたシアンが感動の、隣でしゅんとうな垂れたアメリアが謝罪の声を上げる。それを小さく笑って受け止めると、トーマは火を使っているサラの方へと目を向けた。
「向き不向きってあるからね。アメリアは、サラさんの手伝いをしてあげて?」
「はい、分かりました!」
「あら、ありがとう。それじゃあ、そこの塩を取ってもらえますか?」
「これですか?」
「あ…それはコショウね」
「あ、ごめんなさい、これですよね!」
「えっと…それは砂糖よ」
「えぇ?!あれぇ…おかしいなぁ…これ?」
「アメリア、それ酢だと思う…てか、液体じゃん…?」
流石にここまでのボケをかまされれば、突っ込んでしまうのは許して欲しい。あれ?あれ?!と珍しく取り乱しているアメリアの姿を可愛いと思えれば、きっとその恋は本物だろう。そう思い、未だ覗いているであろうレオルドの居る方へ視線をやれば、彼は先ほどよりも更にだらしない顔をしてアメリアを見ていた。
「二人が幸せなら、それはとっても嬉しいなって…」
「?トーマ?」
「ううん、なんでもないよ」
シアンへと返したトーマの笑顔は、いつもより三割増で似非くさかった。




