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「隣、座ってもいいかな?」
シアンに質問をすると、抱きついていたアメリアから離れると座っていた場所を少し詰めてくれた。
「どうぞ」
「ありがと」
お礼を言いながらシアンの隣へと腰を下ろすと、未だに片手に握っていた携帯食料の存在に気づき、それを差し出した。不思議そうに包みを見つめるシアンに、アメリアが食べ物ですよと教えてやると大人しく受け取ってくれたので、もう一つをアメリアへ渡す。
「トーマさんは?」
「俺は後でいいよ」
「ですが…」
「見張りの時にでも食べるから大丈夫」
「…分かりました」
自分ばかりが優先されないように、こうやって毎回律儀に聞いてくるのは彼女の性格なのだろう。トーマの返答を聞いてから、アメリアは携帯食料を受け取った。シアンへ目を戻せば、包みを開けるのに苦戦をしている。可愛らしい姿に思わず頬を緩ませてしまう。
「貸して」
そう声をかけてやれば、少し考えてから先ほど渡した携帯食料をトーマへ渡す。戻ってきたそれの包み紙を器用に剥いてから再びシアンへと戻してやれば、彼女はありがとうと小声で呟いた。恐る恐る食べ始めたシアンだったが、よほどお腹がすいていたのか二口目からは早かった。パクパクと食べ進める姿を見るからに、久しぶりの食事だったのが分かった。全く同じ事を感じていたのか、アメリアも複雑な表情を浮かべていた。
「…ねえ、シアン。どうしてあんな所に居たのか聞いても良いかな?」
半分ぐらい食べ進めペースが落ちてきた頃にシアンへ話しかけると、彼女は急に怒られたようにしょんぼりすると俯いてしまった。まだ聞くには早すぎたか…と心の中で舌打ちをしたトーマだったが、シアンは携帯食料をぎゅっと握り締めながらぽつりと呟いた。
「お姉ちゃんとの約束破って、洞窟に魔石を採りに行ったの…」
「一人で?」
「うん…」
「道に迷っちゃったの?」
「ううん、シアン洞窟からお家までの道分かるもん。帰ろうとしたらね、大きな魔物が居てね…怖くて逃げたの。気づいたら、どこだか分からない所に居て…お家に帰りたくて…」
「シアンのお家は、洞窟を抜けた先にある村なの?」
「うん…帰りたい…お家、帰りたいよぉ…」
ぽろぽろと再び涙を流し始めるシアン。何も分からない所に投げ出される恐怖は、トーマにも痛いほど分かる。見ているこっちが痛々しくなるシアンの泣き姿に、溜まらずトーマはシアンを抱きしめた。
「大丈夫、俺が帰してあげるから」
「…トーマ…」
「一緒に帰ろう」
「っ、トーマぁ」
せっかく泣き止んだシアンは、再びしゃっくりを上げて泣き出すとトーマの腰へと抱きつく。服が汚れるのも気にせずに、しっかりとシアンを抱きしめ返してやれば更に力をこめられた。こんな小さい子が、一人で平気なはずがないのだ。今度こそ気が済むまで泣かせてやれば、次第に泣き疲れ静かになっていく。ぽんぽんと優しくゆっくりと背中を叩いていると、シアンは簡単にトーマの腕の中で眠りに落ちていった。しっかり寝入った頃合で、ずっと隣で見守っていたアメリアが代わりますと小声で言ってきたので、お願いすれば彼女がそっと抱き上げる。起きるか不安だったが、今度は自然とアメリアへと抱きついたので平気そうだ。
「トーマさん、ありがとうございました」
「え、何が…?」
「シアンさんを村まで送り届けてくれるって…」
「ああ、当然だよ。放っておけないもん」
アメリアへ抱きついて寝ているシアンの髪を軽くすいてやると、嬉しそうに手に擦り寄ってきた。一瞬起きたかと思ったが、寝息をたてているので無意識なのだろう。優しく頭を撫でてから、トーマはその場を立ち上がった。
「送り届ける件については、俺から三人へ話しておくよ」
「はい、ありがとうございます」
「うん、アメリアもしっかり休んでね」
小さく手を振ると、トーマは少し離れた所に居た三人の元へと戻っていく。火の近くに座っていたレオルドが気づくと、トーマへ携帯食料を投げてきた。
「わっと」
「で、あのガキなんって!何すんだ?!」
レオルドが全て言い終わる前に、いつの間にか後ろに立っていたライアスがその頭を叩く。不機嫌そうに振り返るレオルドをスルーしたまま、ライアスは水が注いであるカップをトーマへと渡してきた。曖昧に笑いながら、ありがとと受け取ると、カップへ口をつける。
「悪いな、トーマ。俺たちはどうもまだ警戒されてるみたいで…」
「ううん、大丈夫。それよりも、シアンを送り届けてあげたいんだ」
「シアンって、あの子供か。それは構わないが…場所は分かるのか?」
「洞窟から村までの道は分かるみたい。一人で洞窟へ魔石を採りに行ったって言ってるから、子供の足でも行ける距離なんだと思うんだけど…」
「洞窟を抜けた先の村など一つしかありません。おそらく私たちが目的地と定めている所でしょう」
剣の手入れをしていたウィルが言葉を挟むと、ライアスも頷いた。簡単に同行をすることに了承をもらえ拍子抜けしたが、聖女と解除者が希望をしているのだから当然なのだろうが。
それからすぐに体を休めることになったので、トーマも携帯食料を胃へ詰め込むと馴染み始めた毛布を被って横になった。目を瞑るとすぐに眠りへ落ちることが出来るトーマは、見張りの交代の時間には絶対に起きてこない。交代する人が起こしにくるのが常なのだが、その日は自然と目が覚め、ぼんやりとした頭で辺りを見回すと焚き火の前にレオルドが座っているのを見つけた。もう少し眠っていたいが、せっかく自分一人で起きれたのだ。トーマは暖かい毛布から抜け出すとレオルドの元へと向かう。足音に気づき顔を上げたレオルドと目が合うと、彼は一瞬驚いた顔をした後に人の悪そうな顔でニヤリと笑った。
「んだ、珍しいな」
「たまにはね」
「時間にはまだ早ぇぞ」
「もっかい寝たら起きれないし、交代するよ」
同じようにニヤリと笑い返すと、向かい合うような位置へ腰を下ろす。おう、と返事を返しただけで一向に動かないレオルドは、しばらく無言のまま焚き火を見つめていた。不思議に思いながらも何も言わずに同じように火を見つめていると、レオルドがお前よ、と声をかけてきた。
「お前、強かったんだな」
「え?」
「魔術師なんて、弱いと思ってた…男の癖になよなよしてるしな」
「あ、あはは…」
そうか、傍から見ればなよなよしているように見えるのか、気をつけなければと心の中で自分を戒める。だが、それに気づかないレオルドはぽつぽつと彼にしては珍しく小声で話し続けた。慌てて意識をレオルドの言葉へと集中させる。
「ウィルもライもお前のこと気に入ってたから、実力あんだろうってのも分かってたんだけどよ…目で見てみねぇと分かんねーじゃん」
「…まあ、そうだろうね」
「けどよ、今日の戦い見て鳥肌たったわ。お前、強ぇーよ。今まで悪かったな」
しっかりとこちらを見つめて伝えられ、驚く。今まで何かと素っ気無い態度だったレオルドだったが、認めてもらったと言う事実に段々と嬉しさがこみ上げてくる。きっと、だらしない顔をしているだろう。
「…ありがと」
「なんでお前が礼言ってんだ」
照れたようにそっぽを向いたレオルドは、ぽりぽりと頭をかくとやっと立ち上がった。大きく伸びをすると、寝るわと言いながら歩き出す。
「うん、お休み~」
トーマの隣を通り抜け皆が休んでいる方へと向かう途中、は思い出しかのように立ち止まると振り返った。足音で立ち止まったことに気づいたトーマも不思議に思い振り返ると、野生的な光を宿した紫の瞳と目が合う。不思議と逸らせなくなり、じっと見つめているとなんだか焦点が合わなくなりぼんやりとなる視界。そんな状態でも紫の瞳がこちらへ近づいてくるのは分かり、息がかかるほどの距離まで顔を詰められた。
「さっきの顔と良い、今と良い…お前さ、もっと警戒した方が良いぜ」
「?」
「誘ってんのか?」
耳元で低く囁かれた声に、やっと我に返る。
「はあ…?!」
顔を真っ赤にしながら驚いて後ろへ後ずさるトーマに、レオルドはぷっと吹き出すと折っていた腰を正して顔を離してやる。
「ったく、それで男だかんなぁ…」
未だに動揺しているトーマの頭をぐしゃりと撫でると、今度こそレオルドは上機嫌に休みへ向かう。背を向けた状態で、片手を上げる彼の背中を呆然と見つめた。
「おやすみ、トーマ」
放心状態でその後姿を見つめていると、自分の荷物の所へ腰を下ろしたレオルドと目が合う。ニヤリと楽しそうに笑われ一気に恥ずかしさに襲われたトーマは、慌てて顔を焚き火の方へと戻す。未だに早い鼓動を落ち着かせようと大きく息を吐くと、数回軽く頬を叩いた。
(なんなの、今の…?!)
急にデレ始めたとか、目が合うと逸らせない野性的な紫な瞳とか、初めて名前を呼んでくれたとか。
鞭しか使われていない所に突然飴を与えられ、思わずときめいたなんて、口が裂けても言えない。




