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その場でひとしきり少女を泣かせると、泣き疲れてぐったりとしてしまった。特に大きな怪我は無く、かすり傷や切り傷だけの体だが、目視では確認できない何かがあるかもしれないとアメリアが祈りを捧げる。体力的には回復をしているはずだが、ぐったりとしている少女は、トーマから離れようとしなかった。
しっかりと腰へ手を回している少女にライアスは苦笑をもらす。
「仕方ない。今日はもうこの辺で野宿をするか」
「それが良いと思います」
同じように少女が心配でトーマのそばから離れなかったアメリアが同意をすると、今日の寝床となる場所を探すことになった。それでも一向に離してくれないので、身動きが取れないトーマはどうしたものかと途方にくれる。正直、幼い子と話す機会があまり無かったため、どうやって接していいのか分からないのだ。先ほどは無我夢中だったが、常時に戻ってしまうとどうしても声がかけれなくて…うぐぐと声を漏らしたトーマの足元へ、アメリアがしゃがみこんだ。
「これからみんなで寝るところを探しに行きましょう?」
優しいアメリアの声に少女はうずめていた顔を上げると、アメリアの方へと顔を向ける。ね?と首をかしげるアメリアに、少女は小さく首を振った。
「お外で寝るのは怖い?」
こくりと頷く。確かにあんな魔物に襲われた後に、近くで野宿をするといわれたら誰だって怖いだろう。防御壁を張らなければ、トーマだって怖い。
「大丈夫です。また怖いものが出てきても、お兄さんたちが守ってくれます」
不安げに見つめてくる少女に、アメリアはそっと手を差し出した。
「何か出てきても、私も守っちゃいます!だから、一緒に行きましょう?」
しばらくの間、差し出されたと手とアメリアを交互に見ていた少女。最後は戸惑ったようにトーマを見上げてきたので、微笑みながら少女の頭を撫でてやる。
「大丈夫」
そう声をかけてやれば、少女は小さく頷きゆっくりトーマから離れ、アメリアの手を握った。アメリアが小さい手を優しく握り返してやれば、少女が肩の力を抜いたのが分かる。
「ありがとうございます。さあ、行きましょ」
立ち上がると、少女の手を引きながらゆっくりとした歩調で歩き出す。アメリアに遅れないようにと、少女も歩き出す所まで見届けてから、トーマも安堵のため息をついた。
「流石だな…」
三人のやり取りを少し離れたところで見守っていたライアスに声をかけられ、トーマも素直に頷いた。
「助かったよ…小さい子とあんまり接する機会が無かったから、どうしていいのか分からなくて…」
「そうなのか?随分と懐かれていたから、てっきり得意なのかと思った…」
「いやぁ、あんなにモテたの初体験」
そう答えると、ライアスは小さく笑った。
「防御壁」
防御壁という魔法テントを展開してやれば、少女はあたりを見回しながら目を輝かせていた。その手はしっかりとアメリアを握っていたが、大きな進歩だろう。これで、怖いものは入ってこれませんよとアメリアが説明してやると、素直に信じて頷いていた。小枝へ火を放つ仕事はウィルが担当するようになっていたので、トーマは水筒へと魔法で水を注いでいく。他にやることは無いかと見回すと、ウィルが名前を呼んで近付いてくるのに気付く。彼はトーマの前までくると、手にしていた二人分の固形食糧とカップを渡してきた。不思議そうにしながらも、それを受け取るトーマに、ウィルは視線をアメリアの方へと向ける。
「それは、レディたちへ」
「俺が…?!」
「随分な返事ですね。小さいレディは、貴方を離さなかったと言うのに」
「あの時は怖くて誰でも良かったんじゃないのかな…」
「私も、ライも話しかけたのですが、振られてしまいまして。レオルドなんて見た目が怖いので、話しかける前に怯えられていましたよ」
レオルドが声をかけようとするも、泣きそうになりながらアメリアの後ろに隠れる少女の姿が簡単に想像がついて、妙に納得してしまう。
「アメリアは付きっ切りで動けないのですから、ここはトーマが適任だと思いますが?」
「うう…それは分かってるんだけど…」
「子供が苦手ですか?」
「苦手っていうか、どうしたら良いのか分からなくて…」
「簡単です。いつもアメリアへ接しているように話せば大丈夫ですよ」
「…分かった。やってみる」
ぐっと片手を握り気合を入れると、トーマはアメリアの方へ向かって歩き出す。広くは無い防御壁の中なので、すぐに彼女たちの元へと辿り着く。トーマに気づいたアメリアが顔を上げると、それにつらるようにして少女も顔を上げる。目が合えば、あ、と少女は口を開くも、すぐに閉じられてしまった。トーマはそんな少女の前へ片膝をついてしゃがむと、視線の高さを合わせた。
「はい、どうぞ」
片手に持っていたカップを少女へ差し出すと、一瞬迷ったのちにカップを受け取ってくれたが、中身を覗きこみ何も入っていないのに気付くと再び不安げにトーマを見つめてくる。パチン、と指を鳴らすと突然少女の持っていたカップへ水が注がれた。驚いてカップとトーマを交互に見る少女へトーマはウインクしてみせると、少女は頬を赤く染めてトーマを見つめた。
「すごい…!」
「飲んでも大丈夫だよ」
興奮気味の少女に小さく笑い頭を撫でながら促すと、カップに口をつけて飲み始めてくれた。もう一つのカップへも水を注ぎアメリアへと手渡すと、彼女は有り難う御座いますといつもより優しい笑顔を浮かべていた。
「お兄さんは、魔法使いなの?」
「そうだよ」
「魔法使い、なれる?」
「うーん、素質があればなれるかなぁ」
「シアンは?」
「ん?」
「シアンはなれる?」
大きな瞳で見つめてくる少女。恐らく、シアンとは少女の名だろう。ミラージュであれば見るだけでその人の魔力量が分かると言っていたが、流石にトーマにそんな力はないので、通常の判断方法を用いることにした。魔力が高いものが魔力を図るときは、対象を触り体内に流れている魔力を感じとって判断をする。
「調べてみよっか」
にこりと笑ってから、トーマは手を差し出した。恐る恐る手のひらへ自分の手を差し出す少女、シアン。乗せられたひどく小さい手をきゅっと握ると、目を閉じて意識を集中させる。
「っ!」
びくんと肩を跳ねさせると、シアンは頬を赤くしてトーマを見つめた。どこか虚ろな瞳でトーマを見つめる姿に気づいたアメリアは小さく息を飲む。彼女にとって、トーマは颯爽と助けにきてくれた王子様なのだろう。魔力を図るという名目だが、パッと見はお姫様に忠誠を誓う騎士のような恰好なのだ。恥ずかしそうだが嬉しそうにしているシアンが微笑ましく、思わず顔を緩ませていると、トーマがふっと頭を上げた。
「うん、しっかり魔力あるから、なれると思うよ」
にこりと微笑むトーマに、シアンは赤かった頬をさらに赤くさせると急にあわあわと慌てだし、困ったようにアメリアの方へと顔を向けた。
「良かったですね、シアンさん。トーマさんとお揃いですよ」
「おそろい…」
もごもごと何度か呟くと、再びトーマを見つめ返す。大きな瞳に見つめられ、一瞬ドキリとしたが、すぐにいつものように微笑むと、きゅっと握っていた手に力を入れる。
「お揃いだね、シアン」
「ぴゃっ」
体全身を赤くして動揺するシアンに驚き、慌ててトーマは握っていた手を離してやると、シアンは勢いよくアメリアへと抱きついた。
「ああ、ごめん。ずっと握ってて」
あからさまな態度に小さく苦笑をするトーマに、アメリアはくすくすと笑った。
「トーマさん、意外と鈍感さんなんですね」
「え?鈍感?」
「アメリア…!」
シアンが慌ててアメリアへ抱き着く力を強くすると、ごめんなさいと楽しげに笑う。いつの間にそんなに仲良くなかったのか…少し寂しさを感じてしまうが、最初よりは元気になったシアンの様子に一安心するトーマだった。




