表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
解除者のお仕事  作者: たろ
解除者のお仕事
18/78

4-3

 

 下らない話を続けながら歩いていたら、突然ウィルが立ち止まった。一歩遅れてトーマも立ち止まる。それと同時に、先程までの和やかな雰囲気から急にはりつめた空気へと変わっていく。それはウィルだけではなく、前方を歩いていたライアスとレオルドも同様だった。無言で剣を抜き前方を睨む三人に、トーマも同じ方向へ視線を向けると手へ魔力を集中させた。何か来る。普通の魔物ではなく、もっと強いものが。不思議なことに、その場に居る全員がそれを感じ取っていた。


「下がってろ」


 レオルドは隣にいたアメリアへ指示をだす。彼女は緊張の面持ちで頷くと、トーマとウィルの元まで駆け寄ってきた。トーマは彼女の腕をつかむと、更に自分の後ろへと下がらせた。すると、すぐに地響きような音と共に地面が揺れ始め、森から大型の魔物が飛び出してきた。四つん這いでこちらを威嚇する魔物は、熊のような外見に、額から二本の角が生えている。ひどく爪が伸びており、あれに掠りでもしたらひとたまりも無いだろう。今まで見てきた動物のような可愛い外見の魔物とは違い禍々しいそれと一人で出会っていたら、確実に怖気づいてしまう程の迫力だった。


「トーマ、付加を!」


 鋭いライアスの声に、トーマは答えるように彼の方へと腕を振り上げる。


麻痺付加(エンパラシリス)


 ライアスの剣が緩く光を帯びる。彼は予想以上の上級魔法をかけてきたトーマに驚いたが、すぐに剣を握り直すと魔物へと神経を研ぎ澄ます。


「もって3分!」

「十分だ!」


 後ろから聞こえてきたトーマの声に返しながら、ライアスは地面を蹴った。即座に、先程同様に魔力を集中させると、レオルドとウィルの剣へも付加魔法をかけた。


麻痺付加(エンパラシリス)って、マジかよ?!」

「これは、助かります」


 光を帯びる自分の剣にテンション高く言いながら、二人もライアスの後を追って駆け出す。すでに魔物への斬りつけていたライアスが一瞬後ろへ引くと、その隙間へとレオルドが滑り込んだ。戦い慣れているのか、三人は絶妙なコンビネーションで息つく暇もなく攻め始めた。剣など振るったも無いし、習ったことも無いので詳しくは分からないが、ライアスの剣捌きは美しい。それに比べ、同じ武器を使っているとは思えないパワーで、レオルドは魔物を斬りつける。二人の間縫うように素早い動きで斬りつけるウィルの動きは、まるで剣舞のようで、舞っているようにも見えた。三者三様の戦いの中、急に魔物の動きが遅くなる。付加をした麻痺が発動したようで大分緩慢にはなったが、それでも動きは早い。しかし、三人はここぞとばかりに攻め込み後ろへと押していった。


(終わるか…)


 注意深くその様子を見守っていたトーマは、勝利を確信した。もうすぐ決着がつく。張り詰めていた息を吐こうとして、何か違和感に気づいた。


(…あれ…?)


 違う、これで終わりではない。この戦いには続きがあったはずだ。そう、数日前に、全く同じ夢をみたばかりだった。確かあの夢では、アメリアが影に隠れていた少女を庇って…

 記憶をたどり、夢でアメリアが駆け出した方向へと視線を向けた。戦っている三人から数十メートルしか離れていない木下には、夢と同じ年端もいかない少女が怯えた表情で座り込み魔物を見ていた。そして、魔物へと視線を戻すと、しっかりと少女を見ていたのだ。


(嘘だろ…!)


 それに気づいた時には、トーマはその少女の元へと駆け出していた。一刻も早く少女を保護しなければ、攻撃が止まったら少女へ狙いを定められてしまう。魔物は相等して、その場に居る一番力無い弱いものから狙う性質があるのだから。


「トーマさん!」


 突然目の前に立っていたトーマが斜め前へ走り出したのに驚き、悲鳴にも似た声でアメリアが名前を叫んだ。だが、それに答えられるほどの時間が無い。同じタイミングで、ウィルが魔物を魔法で吹き飛ばしたからだ。夢では、この後起き上がった魔物が少女へと狙いを定め襲い掛かってくるはずだ。木をなぎ倒しながら倒れる魔物を横目で見ながら、ただひたすらに少女の元へと駆ける。

 アメリアの叫び声に気づいた三人が後ろを振り返ると、見当違いな方へと走るトーマの姿。そして、その先に少女が座り込んでいるのを見つけた。


「子供?!」


 レオルドが驚きの声を上げるが、そのほとんどは背後から上がった物音によってかき消される。再び視線を前へと戻すと、倒れていた魔物が立ち上がっていたのだ。血走った目はもう目の前の人物など捉えておらず、トーマが駆け寄る方向を見ていた。


「まずい!」


 攻撃を仕掛けようとしたライアスよりも早く魔物はその場から駆け出す。先ほどの麻痺を引きずっていた為本来の速度ではないが、それでも人間よりは早い。空を切る剣に舌打ちをすると、ライアスも後を追うようにして駆ける。だが、トーマが少女の元へとたどり着くには十分だった。トーマと目が合った少女は、ひどく驚いた表情を浮かべている。肩で息をしながら、そんな少女の前へトーマは庇うように立つ。魔物はもう目の前だった。特有の獣くささが鼻をつく。意識を集中をさせながら、両腕を前へと突き出した。魔力を手のひらへと集中させると、それと連動するようにトーマの周りに風がうまれ始める。最初こそ微風だった風は、すぐにマントを翻す程へと変わって行った。それとほぼ同じタイミングで、魔物はトーマを殴り飛ばそうと腕を振り下す。


氷嵐(アイスストーム)!」


 トーマの叫び声と共に、魔物目掛けて氷を纏った嵐が吹き付けた。自然に吹き付ける風とは格段に威力が違い、魔物の体が簡単に凍り付いていく。そんな氷の嵐を受け、片手を上げた状態で動けないはずだが、魔物を覆う氷には次々とひびが入っていく。


風鎌(ウインドハッシュ)!」


 怪力で強制的に氷漬けから抜け出そうとする魔物に、トーマは慈悲もなく次の呪文を叫ぶ。すごい勢いで風が魔物へ吹き付けると、次々に体を切り付けて行く。凍っていた魔物の体が、風による斬撃で簡単に崩れる。体の部位が崩れ落ちるたびに悲鳴を上げていた魔物は、最後に一際大きく叫ぶと、その場へ倒れこみ、次の瞬間にはサラサラと灰へと変わっていった。そこまで見届けてから、トーマはカクンと地面へ膝をつくと座り込む。始めてみる魔術師としてのトーマの戦闘に驚くばかりだったライアスは、座り込む姿を見て我に返る。止まってしまっていた足を慌てて動かしトーマの元へと駆け寄った。


「トーマ!」


 声をかけて彼の両肩を掴むと、ゆっくりと頭を上げる。目が合うとトーマは力なく笑ってみせた。


「は…はは…ビックリしたぁ…」


 いつも通りの反応に、ほっと息をつく。すぐにレオルドとウィル、最後にアメリアも駆けつける。


「トーマさん!」

「おい、無事か?!」

「素晴らしいです、トーマ!!」


 一人なんだか違う気もするが、それぞれ心配する仲間へもトーマは笑顔で答えてから後ろを振り返る。未だに怯えた目でこちらを見ている少女が居た。トーマは膝立ちで起き上がると、体ごと少女の方へと向ける。ビクリと肩を揺らす少女に、出来る限り優しく微笑んで見せた。


「怖かったよね、もう大丈夫だよ」


 その言葉に、少女の瞳から涙が零れ落ちていく。ひくひくと声を殺して泣き始める少女を優しく抱きしめてやれば、今度はトーマに縋るようにして大声を上げて泣いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ