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「はい、ライ」
「ああ、悪いな」
トーマが差し出してきたカップをライアスは受け取ると、再び視線を地図へと戻す。何度目かの野宿を経験し、この生活へ慣れ始めてきた頃。トーマはライアスが見ていた地図を横から覗き込んだ。
「今ってどの辺なの?」
「ここが目的の村。で、今がこの辺だな」
彼が指差す場所は村まであと数センチのところまできている。日数に換算すれば、後2、3日と言ったところだろう。もうすぐちゃんとした宿で寝れると浮かれたかったが、村と現在地の間に見慣れないものを見つけた。
「ここは何?」
「洞窟だな」
「え?!洞窟通るの…?!」
「そうだな。ここの洞窟なら何度か通ったことがあるが、そこまで入り組んでもないし、歩きやすい所だったぞ」
「そっか…!」
「どうかしたのか…?」
「ううん、なんでもない。洞窟なんて初めてだから緊張してるんだ」
「確かに、普通に生活してたらあまり洞窟なんか通らないな」
そう言って笑うライアスに、トーマも小さく笑い返す。ダンジョンみたいでテンションがあがったとは言い出せない雰囲気だったため、トーマはそっと自分の心の中へとしまうのだった。軽い休憩を終え、歩き始める。街道を歩いては居るが、周りが木が多い茂る森へと変わってきていた。雪の重みで垂れ下がってきている枝たちが頭上を多い、昼間でも薄暗く体感気温も低く感じる。この森を抜ければ、洞窟があり、そこを抜けたらすぐに村へ到着するだろう。割とどこでも寝れるトーマだったが、やはり寝具で寝れるのが一番良い。ベッドでの安眠へ思いを馳せながら、歩みを進めた。
「何を想像してたんですか?」
「っ?!」
突然横から声をかけられ、肩を揺らして振り返るとウィルが並んで歩いていた。先ほどまで前方を歩いていたはずなのに、いつの間に隣へやってきたのか。そんな事が顔に出ていたのか、ウィルはくすくすと笑う。
「やはり気づいてませんでしたか。考え事は良いですが、表情まで崩さないほうが良いですよ」
「うえ、そんなひどい顔してた?!」
「ええ、それは幸せそうな」
慌てて自分の頬を両手で覆うが、すでにウィルにはばっちり見られてしまっているので遅いだろう。恥ずかしさを紛らわすようにトーマはそのまま頬を抓った。
「で、何を想像して幸せを感じていたのですか?」
「…ベッドです…」
「はい?」
「だから、ベッド。早く村でごろごろしたいなって考えてたの」
「…ぷっ」
クツクツと声に出さず笑い始めるウィルを、トーマは睨み付ける。だが、彼はそんな視線を気にするようなことも無く、笑いながら謝罪をしてきた。全く誠意の感じられない謝罪にトーマは不貞腐れると、更にウィルがすみません、と笑う。
「いえ、とても貴方らしくて良いと思いますよ。女性でも想像していたのかと思った私が馬鹿みたいです」
「なんだよそれ。どうせ俺は甲斐性なしですよ」
「私は、そんなトーマを好ましく思いますけどね」
「はいはい、ありがとう」
「やはり釣れないですねぇ」
難しいです、と零された言葉に苦笑を浮かべる。出会った当初から、ウィルはトーマに対し女性を口説くようなことをよく言ってきた。からかわれていると分かっていたため、彼なりのスキンシップだと受け取ったトーマは、それを嫌がることなく受け流す。そんな彼の反応をお気に召したのか、ウィルのトーマ口説きは日常となっていた。他のメンバーもトーマ同様二人のやり取りを受け流していたが、時折まだ慣れきれていないアメリアが頬赤く染めている姿もあった。
「でも、ウィルって女の子には困らなさそうだよね~」
「ありがとうございます」
「うわ、いらっとするね、その態度」
「事実ですからね。女性は弱いですから、愛でてて可愛がるものですよ」
「何人の女泣かせてきたのさ」
「失礼な、誠実にお付き合いはしていましたよ。ですが、性格の相違もありますしね」
「ウィル君、腹黒そうだもんねぇ。前戯とか長そう」
「トーマからそんな話を振られるとは思いませんでした。嬉しいですね、今度試してみます?」
「謹んで、お断り致します」
「残念」
丁寧に断ったトーマに、ウィルは何でもないように答えるとお互い笑い出す。思い返せば、この世界に来てミラージュによくしてきて貰ったので不満はなかったが、そんな馬鹿話をすることはなかった。こうやって笑いあうこと事態久し振りで、とても楽しかった。最初こそ、ウィルはいつでも紳士で一線引いた印象だったが、今では向こうから歩み寄ってきてくれる。彼は、一度懐にいれたら距離が近くなるタイプなのだろう。
「ですが、貴方が男性で良かったです」
「どうしたの、急に」
突然の話題についていけず、トーマは首をかしげる。
「私、今まで口説いて流された事がなかったんですよ」
「でしょうね」
そんな綺麗な顔に愛を告げられたら、誰でもコロっといっちゃうでしょうね。現に、初めて会った時にリアル乙女ゲーな雰囲気に呑まれかけた経験のあるトーマは深く頷ける。そんなことを思い出して、素っ気無くなったトーマの返事に、ウィルはくすくすと笑った。
「それですよ」
「え?」
「そうやって素っ気無い態度。女性だったら、本格的に落としにかかっていた所です」
「それはどうも…」
「その上、類い稀な魔法の能力を持っている」
「どちらかというと、そっちが本命じゃない?」
そりゃあ女性と交際しても長続きしないはずだ。守って愛でるものだと言っている相手へ、強い魔法の力を求めるところが間違っている。苦笑するトーマに、バレましたかとウィルも笑って見せた。
「本当に、男性で良かった」
「はいはい、ウィルが俺のこと大好きなのはよくわかったよ」
「トーマ」
急に真剣な表情で名前を呼んだウィルは立ち止まり、トーマの右手を掴む。引っ張られるようにして一歩遅れて立ち止まったトーマは驚いてウィルの顔を見ると、綺麗な青と目が合った。
「ですが…どうでしょう。本気で私と付き合ってみませんか?」
「え…」
一瞬、何を言われているのか理解できずにポカンとウィルを見つめるが、数秒後には頬を赤く染めていく。そんな変化をじっと見つめていたウィルは、ふっと息を抜くと綺麗に笑った。
「冗談です。男とは付き合えませんが、そんなに恥ずかしがられると燃えますね」
「なっ?!ウィルー?!!」
「あはは、本当に可愛いですね。年上なのを忘れてしまいます」
追い討ちをかけるように、掴んでいたトーマの手を引くと甲へとキスを落とす。口をパクパクさせる姿を見て満足そうに笑うウィル。何してんの!と声をひっくり返しながら思い切り手を振りほどくと、トーマは顔を赤くしながら先へ歩いて行った。
「聖女のお守りなどごめんと思っていましたが…何があるか、分かりませんね」
ぽこぽこと怒るトーマの後ろ姿を眺めながら、自然と声が漏れる。その前を歩くレオルドとアメリア、先頭を歩くライアスまで視線をやると、ウィルは小さく笑った。
「ウィル!」
声と共に、トーマは立ち止まりこちらへ振り返る。
「何してるの、置いてくよ」
怒っていたはずなのに、次にはついてこないウィルを心配する。自分の周りにはいなかったタイプに、今度はどんなことをしてくるのか想像がつかない。
(これだから、この人は面白い)
はまり始めている事に気づかないふりをして、ウィルは一歩足を進めた。




