4.トーマの能力
一日中街道を歩き続け日が暮れ初めてきた頃、ライアスの判断で初めての野宿の準備を始めた。街道から少し外れた所まで入り、近くにある林のような所で枝を広い、火をつける。実際、枝拾い以外は全てトーマの魔法で片付いた。一部始終を見守っていたライアスは、トーマがテント、火の準備、スコップなど重い荷物まで揃えようとしていた所を、魔法で全て代用できると止めてきた事に今更ながらに納得がいった。
「仕上げに防御魔法張るから、近くに来てー」
トーマの指示により、よく分かっていないながらも全員が傍へと寄ってくる。それを確認してから、トーマは片手を上げた。
「防御壁」
声と同時に魔法が発動し、周りに薄く光る透明な壁のようなものが現れる。それは、周り以外に足元や上空にまで出現しており、光る箱の中に入っているような感覚だった。何が起こっているのか分かっていない他の仲間を前に、トーマはどんどんと魔法を展開していく。最後に周囲が急に温かくなった。これで終わりなのだが、なにも説明せずにはいどうぞなんて言っても安心できないだろう。上げていた腕を下ろすと、全員を見回した。
「えーっと…説明しとくね?」
防御魔法である防御壁を応用して、防御壁で360度周りを覆うことにより外からの侵入を防ぐ。また、雪の上から張っているため、直接地面に接することもない。ついでに普段から利用していた温度調節の魔法をかけてやれば、快適空間の出来上がりである。火を焚いているので、器用に換気穴つきだ。便利なテントが魔法一つで対応可能なため、トーマが必要だと判断したのは、寝るときに体にかける薄めの毛布と、簡単な料理器具、食器のみだった。軽く説明をすると、やはりウィルが目を輝かせて迫ってきてが、慌ててライアスの後ろに隠れることで難を逃れた。このスタイルの野宿に慣れてしまったトーマが一番に地面へと腰を下ろすと、荷物を広げだす。そんな彼の姿に習い、それぞれが火を囲むようにして好きな場所へ座りくつろぎ始めるまで時間は掛からなかった。
「仕事で何度も野宿や夜営の経験はあったが…こんなに快適なの初めてだ…」
大きめの水筒へ魔法で注がれた水を自分のカップへと注ぎながら、ライアスはしみじみと呟く。その言葉に、ウィルも大きく頷いた。
「そうですね。魔法をこのように利用するなんて、トーマぐらいでしょう。魔導師様々ですよ」
「そんな大したことじゃないってば。褒められ慣れてないからやめてよ」
「少し落ち着いたら、貴方の魔法について是非調べてみたいものです」
綺麗な笑顔を向けられ、思わず後ずさってしまうトーマ。そんな日が来たら、質問攻めで休む暇もなくなりそうで想像するだけで恐怖だった。曖昧な笑顔で笑い返している所で、珍しくレオルドが声をかけてきた。
「おい、簡易風呂だったか?それはどうやんだよ」
「今の状態とほぼ同じかな。周りに防御壁を展開して、上からお湯を出す。そのままにしてたら足元に水が溜まっちゃうから、すぐ乾くようにする工夫が必要ぐらい。防御壁の展開方法が今のとはちょっと違って…」
「まどろっこしいな!とりあえずやってみろ!」
説明を強制終了させ実践希望を言ってくるレオルドに、トーマは小さく笑うと頷いた。立ち上がり、レオルドの周りへ自称簡易風呂の魔法を展開する。すると、先程まで目の前にいたレオルドが消え、そこには誰もいないような空間が広がっている。
「はい。できたよ」
驚く三人を前に声をかけてやれば、誰もいない所からレオルドの声がした。
「は?何言ってんだ、何も起こってねーだろ」
「レオルドからはそう見えると思う。だけど、外からは誰もいないように見えてるはずなんだけど…どう?」
「はい…レオルドさん、消えてしまいました…」
一番誠実そうなアメリアへ聞くと、彼女は驚きながもこくこくと頷く。
「声をかけてくれれば、俺が上からお湯を降らせるよ。そうすれば、簡単に洗えるでしょ?どうする?このまま入っちゃう?」
「お、おう…そうだな…」
「りょーかい。服は斜め上へ目掛けるようにして、こっちに投げてー」
「わかった」
上着を脱ぐと指示通りにトーマの方へと投げる。彼はその服を受けとると腕へかけ、次に備え待機する。それに釣られるようにして、ベルトへ手をかけたところでレオルドは動きを止めた。視線の先にはアメリアの姿。言葉通り彼女には見えてないのか、全く検討違いのところを見ているが、こちらからは外の様子が丸見え状態なのだ。アメリアも居るため全員がグルになって騙しているとは考えにくいが、見えないからと言って、好きな女の前で全裸を晒すにはまだ早い。
「…おい」
「ん?」
「これ、普通に壁としては出せねーのか?」
「…そっち側からも見えないようにして欲しいの…?」
「いや、まあ…そうだな…」
「っ、ぷ!」
堪えきれなかった笑いに、トーマは慌てて口を押さえるが一歩遅かった。漏れてしまった笑いを必死に噛み殺しながら肩を揺らす。レオルドの姿はこちら側からは見えてないので、どんな顔をしているのかは分からないが、彼の方からは笑っている姿は丸見えで。二人のやり取り聞いていたライアスとウィルも、小刻みに肩を揺らしているのがわかる。
「っ、おまえら!!笑ってんじゃねーよ!!!」
一発殴ってやろうかと踏み出したが、彼は思いきり見えない透明の壁へ顔をぶつけた。顔を押さえしゃがみこむと、突然目の前に白い壁が現れる。驚いて顔をあげれば、その壁はレオルドの周囲を取り囲んでいた。
「はい、これでどう?」
未だに笑い混じりに喋るトーマにもう一度笑うなと怒鳴ると、レオルドは一気にズボンを脱ぎすてた。
いくら防御壁を張っているからと言っても、野宿なのは変わりが無い。そのため、護衛の三人で見張りを立てることになった。最初、トーマもその見張りへ加わると名乗り出たが、全員が寝れないよりは一人はしっかりと寝て、それを一日交代にした方が良いだろうと却下されたのだ。こんな人数で野宿をすることが始めてのため、最初はなかなか寝付けなかったトーマだったが、気づくと朝までぐっすりと寝てしまっていた。優しく揺らされて思わず飛び起きると、驚いた表情をしているアメリアと、その奥にある防御壁の外が朝もやで白くなっているのが目に入る。熟睡していても、魔法はきちんと展開を続けてくれていたようだ。
「おはようございます、トーマさん」
「おはよう…」
「ぐっすりと眠ってらっしゃいましたね」
「本当だ。こんな中熟睡できるなんて、どうかしてんぞ」
頭の上からも声をかけられ、そちらの方へ顔を向けると、カップを片手に持ったレオルドが立っていた。そのままそのカップを渡されて、トーマはそれを受け取ると、続いて携帯食料を投げられる。受け取ろうとして失敗したそれは、トーマの顔面に当たるとそのまま膝の上へと落ちた。
「いて」
「それ食ったら出発するからな」
「あ、うん。ありがとう、レオルド」
用は済んだとばかりに、さっさと自分の荷物の方へと歩いていくレオルドの背へ声をかける。プイっと顔を背けるが、少し頬が赤いのを見てトーマは心の中で笑った。
(大型の猫みたい…)
昨日自分が魔法で出した水が入っているカップへ軽く手をかざすと、ポンと水から湯気が上がる。お湯に変わったそれを飲みながら、顔を緩めるトーマ。そんな二人のやり取りを見ていたアメリアは、詰めていた息を吐くと、にこにこと自分の支度をはじめるのだった。




