外壁の死闘②
塔の根元から湧き出した異界の悪魔達は、影から歩み出るとその全容を白日の元に晒した。
二メートルを超す身長の頭部は白骨化した羊に似た、しかし明らかに変形した巨大で重い頭蓋骨が据付られており、その眼窩は燃える様に赤く明滅している。真っ黒な全身は剛毛で覆われ、生まれたての動物の様に汚水を滴らせて足跡を残していた。ダラリと垂れ下がった太く長い腕の先には、鋭利な刃物状の鉤爪が三本づつ伸びており、歩く度に巨大な蹄と共に耳障りな音を響かせている。
人間には理解出来ない異界の言語でブツブツと呟きながら歩く姿は、背の曲がった老人の様でありながら、徐々に活発化する動作の端々には機敏な力強さが垣間見える。
折れた塔の影から染みの様に湧き出すレッサー・デーモン達は見る間に増えていき、ズキが走り寄る内に十体程が日の元に姿を現す。
それらの動向を見定めたズキは、走りながら腰の鞘に差した前腕長の牙の棒状を左手で抜く。逆手に持つ鋭く尖った火龍の牙の先端には、聖銀の台座で真紅の魔石が固定されており、指の接触を受けて淡く輝いた。それを目の前に翳してスムーズな魔力の変換を確認しつつ、空いた右手を無造作に魔具のポーチに突っ込むとダーツを引き抜く。
よく見ると液体が滴るダーツを、間近に迫ったレッサー・デーモンに投擲すると、機敏に反応した右爪が振るわれる。だが払われると思った瞬間、ダーツは爆ぜる様に速度を増してレッサー・デーモンの胸に突き立った。
〝バースト〟と名付けられた悪火のズキ特有の火魔法は、魔力消費も少なく発動も速い。だがその反発力は集約するほど大きな力を発揮し、剛毛を貫通すると、刺し込まれたダーツにたっぷりと塗られた聖水が、レッサー・デーモンの肉体に触れて煙を上げる。
『ヘルツ爺の聖水は効くぜ!』
知り合いの破戒僧から譲り受けた聖水の効力に満足したズキは悪い笑みを浮かべる。体内に侵入した聖水は、硫酸のように悪魔の体を溶かして滴り破くと、飛び出した内蔵物が地面を穢す。ヘルツ爺は極悪人の部類だが、何故か最高の光魔法使いとして裏稼業では有名で、彼の売る聖水やポーションは破格ながら格段の効果を発揮した。
仲間を手早く葬り去ったズキを強敵と認識したレッサー・デーモン達は、遠巻きに彼を取り囲むと異界の言葉で呪文を紡ぎ出す。魔力の集約された口からは溢れ出したオーラが霧の様に漂い出した。
「気を付けろ! レッサー・デーモンは魔力が強い種族だぞ」
後方からのズクの助言を、知っているとばかりに無視したズキは、次の獲物に向かって走り出す。
その時一斉に放たれる熱線、レッサー・デーモンの純魔力がそのまま熱に変換された様な、超高熱の光線が口から放出されるとズキに集中した。
だが、次の瞬間にはそのうちの三本があらぬ方向に急転回させられる。光線の発動を見切ったズキのバーストが、複数のレッサー・デーモンの顎を弾き、それらが他のレッサー・デーモンに向けられると、至近距離からの熱線がダメージをもたらす。
即座に中断された熱線の放射と辺りに立ち込める異臭と煙。その隙を縫う様に素早く移動したズキは、笑みを浮かべながらレッサー・デーモン達を翻弄していった。
ズクがその様子に溜息をつきながら、手下達に魔具を装備させつつ、対悪魔用の陣形を組む為に指示を飛ばしていると、
「我々も加勢を」
その横に来たイゼルとその部下二名が竜馬の上から声を掛ける。異形の怪物と対峙しても騒ぎ立てない流石の軍用馬は、騎士の昂りを感知して熱い鼻息を漏らしていた。
「ありがとうございます、今弟が時間を稼いでますから、合図と共に攻め手の一部と連動して下さい」
そう言うと、十名程からなる騎馬隊の一部に編入した。ズクの横で手持ち無沙汰なアンジーは、これ幸いと百名にも満たない歩兵の隊列を傍観していたが、
「アンジー殿には前衛部隊のサポートをお願いします、何かの異変を感じたらお教え願いたい」
ズクの一言でいつの間にか前衛部隊に編入されてしまった。高価な魔剣やポーションをただで貰った為に、断る事も出来ないアンジーは素直に従うしかない。
『これは高い借りを作ってしまった』
と後悔しながらも、傷を負って鈍った体に喝を入れるには丁度良いと、どこか心を弾ませるアンジー。彼はあれこれと悩むよりも体を動かす方が性に合っている現場主義の男だった。
周囲を見回すと、明らかに堅気ではない強面の男達が、まるで軍隊の様に統率の取れた陣形を作っている。事前に聞いた話では、悪魔は悪魔でも他の悪魔を仕留める為に組織された集団らしく、専門の訓練を受け、潤沢な資金の元で装備品なども完璧に揃えられたズク達の私兵らしい。
その偶然とは思えない間の良さに、ズキやズクが師匠と呼ぶ、迷宮都市内にいる女性に感謝しつつ、前衛部隊の行進に合わせて歩き出した。
ズキは増え続けるレッサー・デーモンの間を縫って、火魔法を駆使して牽制しつつ聖水のダーツでトドメをさしていく。集団の圧力で振るわれる黒爪は暴風を纏って殺到するが、悪夢の三兄弟の内で一番の身体能力を誇るズキのスピードに翻弄されて、本来の力を封じられていた。
〝悪火〟の二つ名通り、ズキの火魔法はタチが悪い。発動対象の表面にそれ自体はダメージとなりにくい程の極小さな〝バースト〟を起こし、態勢が崩れた所にダーツを放ち、接近してきた者には火龍牙を刺して火魔法を操り、内側からグツグツに焼いてしまう為、抗魔力に優れた剛毛を持つレッサー・デーモンもひとたまりもなかった。
瞬く間に五体のレッサー・デーモンを仕留めた所で、周囲を取り囲まれない様に立ち回るズキにも限界が訪れる。
彼を取り巻く新手の敵が増えすぎた上に、塔の影から今までとは違う威圧感が漂ってきたと思い振り向くと、そこには一回り大きな個体と、それに続く小ぶりな二体のレッサー・デーモンが居た。
巨大な個体からは特別強力な魔力が発散していた。見ると頭一つ高い頭部には血の様に赤い頭蓋骨が二つ並び、左手には苦悶する顔が集まって出来た黒の大盾、右手には黒いオーラを振りまく巨大な戦斧が握られている。
その後ろに控える小ぶりな二体も、他とは違い赤い頭蓋骨が狼のそれに酷似しており、牙と親指の爪が短剣の様に発達していた。
突如として影から飛び出した狼頭二体のスピードは他のレッサー・デーモン達とは比べものにならない程速く、一直線にズキに駆け寄ると同時に飛びかかって来る。
正確に振るわれた剣爪に咄嗟にバーストを発動して、相手を弾いて窮地を脱したズキは、そろそろ潮時とばかりに逃走を計る。弾き飛ばされながらも難なく着地して追いすがる狼頭達と併走しながら、他のレッサー・デーモンを置き去りにした所で、
「うて!」
ズクの掛け声と共に、レッサー・デーモン達に一斉に矢が放たれた。
一本一本が高価な破魔矢であるその弾幕は、レッサー・デーモンの抗魔の剛毛をも突き破り、そこに当然の如く塗り込められた聖水が悪魔の肉を焼き溶かす。
第二射と共に瞬く間に一掃されたレッサー・デーモンの後ろから、大盾により無傷の赤双頭が熱線を放つと、ズクの指揮する兵団を一直線に薙ぎ払う。
二つの口元に煙を上げる赤双頭の後ろから、群れと化したレッサー・デーモンが進み出ると、ズクの号令と共に突進した騎兵隊と激突した。




