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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
最終章 生存都市ノ夜明ケ
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豚野郎ぶらり仇討ち旅〜シズ心無ク血花ノ散ルラム〜

 全速で迷宮化した都市を駆け抜けるズカの背中には、運動による発熱とは別の冷や汗が伝っていた。それは迷宮化によって変化し続ける街並みや、不意に現れるアサルト・ローチの為では無く、後ろから追い駆けてくる黒豚から放たれる重圧のせいである。


『こいつは本当に以前戦った奴と同じ個体か? 魔力の放出量や殺気の鋭さが別次元だ』


 以前交戦した若オークと同一個体と見定めた自分の判断を疑うほどに、姿形よりもその存在感の大きさが段違いに成長している。だがこの手の直感に絶対の自信を持つズカは、こいつが一年以上前にバイユ王都付近で戦ったオークだと認識を新たにした。ただ単に強くなったのだ、過日に感じた嫌な予感が見事に当たってしまった。


 騒音を立てて迫り来る黒豚は、スピードを上げても全く振り切れない。途中に有る障害物を避けもせずに黒甲殻で蹴散らしながら真っ直ぐに突き進んで来るため、スピードでは勝るズカも路上の物を避けて進む内に追いつかれそうになる。


 突進によって巻き上がる土埃と弾き飛ばされた瓦礫の飛沫が、一瞬黒豚の視界を塞いだと思った次の瞬間、音もなく放たれた矢が黒豚の眼前に飛び込んで来た。

 急所たる眉間に命中する寸前で、魔嗅覚により危険を嗅ぎ分けた黒豚は、首を振って矢を避ける。その時、隠匿されていたもう一本の矢が胸の甲殻に突き立った。

 だがその不意打ちは硬くぶ厚い黒硬皮に弾き飛ばされる。


『チッ! 影矢も硬さで歯が立たなきゃ意味が無い』


 振り向き様に連射した後に、無傷な標的を目の端に捉えて確認したズカは速度を落とさずに走り続ける。胸を突かれた黒豚もそれを気にも止めずに追いすがった。


 真上から照らす魔法陣の赤光が作り出す影を目ざとく見つけたズカは、闇魔法を詠唱しながら壁伝いに疾走する。

 スピードの落ちた標的に涎を垂らして追いすがった黒豚は、


「めじ、おでの飯〜っ」


 思わず漏らした嬌声と共に槍を伸ばす。が、槍先が届くかどうかという所で、ズカの体は壁際の影に吸い込まれる様に消えてしまった。


「ブゴッ! どごだ? ンゴッ」


 突然消えた標的に驚いた黒豚は、今までダンジョン・マスターの魔法陣で色んな所に飛ばされて来た事を思い出し、何処かへ移動する魔法のせいだと思い至る。ならばすぐに何処かから出て来るはずだと鼻を鳴らして周囲を探った。


 その鼻が違和感を訴えて脳に届く刹那、黒豚の背後の影からヌッと姿を現したズカが、引き絞った弓の弦を解き放つ。静音の魔法がかけられた矢は避けられる事も無く黒豚の後頭部に突き立った。だが鏃が皮を破り肉に食い込もうとした時、筋肉繊維の表面に黒硬皮の膜が斜めに盛り上がり、矢を横に誘導して行く。力を逸らされた矢は、滑る様に起動を変えると、皮一枚を切り裂いて飛んで行った。


 魔嗅覚の導きにより、振り返りもせずに後ろ手に振るわれる魔槍〝一転空〟黒豚はその固有能力〝一転〟を発動しつつ槍先を捻じり込んだ。


 ズカの現れた影はさほど離れていない、とは言えども優に10mは超えていた。それにも拘わらずその槍先はズカの喉元に正確に打ち込まれようと伸び、思わず仰け反ったズカの顔面スレスレを突いて壁に穴を開ける。


うん


 その時、左手で印を切ったズカの闇魔法が姿を現すと、最前放った影矢と今しがた放った矢を中心に、黒豚を縛る闇魔法の糸が出現する。

 そのまま魔法力を上げて、太くなる闇の糸で黒豚をきつく拘束すると、黒豚は前回の戦い同様に地面を転げ回った。


「ブゴオォォォッ!」


 雄叫びと共に胃の魔力渦を発動させると、溢れ出る魔力を黒硬皮に流し込む。するとその表面にビッシリと生えた剛毛が一瞬で逆立ち、衝撃波を放ちながら起毛した。


 周囲の瓦礫を弾き飛ばした粉塵で一瞬視界を奪われたズカは、しかし冷静に黒豚の気配を探りつつ、新たに腰の魔具ポーチの中から信じられないサイズの大型魔導弩バリスタを引っ張り出す。

 取り出したと言うに憚られる程の巨大な魔導バリスタは、攻城兵器と言えるほどの大掛かりなもので、既に矢が充填されている合金製の弓は絞り込まれてはち切れんばかりの力を溜めている。


 半自動武器である魔導弩との同期シンクロ作業に意識が行って、慎重に探っていた黒豚の気配を一瞬取り逃したと思った次の瞬間、少し横にズレて槍を構える黒豚を発見した。

 その手には何故か察知出来なかった槍がその穂先を伸ばしている。不思議に思った次の瞬間、激痛と共に胸に感じた鋼鉄の冷たい感触に下を見ると、いつの間にか伸ばされた魔槍がズカの胸を貫いて背中まで貫通していた。


 大量の血が食道を逆流して溢れ出る、呼吸困難になって息を吸おうとした時に、切り裂かれた心臓が深い痛みをもたらした。

 そして体温を奪う冷たい金属が素早く引き抜かれ、その引き力にタタラを踏むと、槍特有の小さくも深い傷口から大量の鮮血が噴き出した。


 もんどりうって倒れるズカを見下ろした黒豚は、


「みダがっ! おでの力をブゴッ 借りはがえジだど! ブゴオオォォォッ!」


 一転空を天に突き上げて雄叫びを上げた。そして倒した敵を食ってやろうとズカを見下ろした時、血だまりに平伏している筈の男は影も形もなくなっていた。


「なんじゃゴラアァアッ!」


 絶叫と共に駆け寄る黒豚の耳に張り詰めた物が弾かれる〝バチッ〟という破裂音が届く。思わず視線を向けると、知らぬ間に照準を合わせたバリスタから放たれて、唸りを上げて飛ぶ、丸太の様に太い矢が眼前まで迫っていた。

 何とかいなそうと咄嗟に槍を合わせた時、それまで一本だった矢が突然ばらけて、散弾となって飛来する。


 その一本一本が貫通と炸裂の魔力の込められた鋼の矢であり、黒硬皮を分厚く展開した黒豚を次々と刺し貫き、体内で散華する。全身を隙間無く射抜かれて、肉片を撒き散らした黒豚は針鼠の様に不発の矢を立てながら吹き飛ぶと、そのまま壁に貼り付けとなった。


「危ない危ない」


 ズカは懐から煙を上げる呪物を取り出すと、地面に放り投げる。禍々しい外見の人形は空中で発火すると、地面に落ちる前に燃え尽きてしまった。


「身代わりの呪人形は古代遺物級の中でも最高級品なんだがな〜、ダグラスさんに何と言えば良いやら」


 やれやれ、と頭をかきながらはりつけとなった黒豚を見据える。


「お前に逃げられてから回復の早い魔物を仕留める良い方法を模索してきたんだが」


 言いながらポーチから分厚く防魔布に包まれた一本の木矢を取り出した。魔法印で覆われた白木で出来た矢の先端には、艶やかな表面に血の様な赤く細かいひびが入った種と、三つ叉に広がる特殊な金属の鏃が据えられている。


「吸血樹は千年経つと蓄積した魔力を結集させて一つの種を実らせる、その種は生物の体液のみならず、魔力をも瞬く間に吸い付くすらしい。噂では千年龍エンシェントドラゴンを常食しているそうだ」


 無造作に木矢をつがえ黒短弓を引き絞ると、貼り付けから抜け出そうともがく黒豚の腹部に射放つ。丁度肉片が飛び散り、剥き出しになった皮下脂肪に命中すると、突き刺さった種が急激に成長して体内に根を伸ばした。すかさず対抗の為に魔力を放出する黒の胃だったが、その魔力は湧き出す端から種に吸収されて却って成長を促進させてしまう。


 そして血管やリンパ節を遡って伸びる根が全身に行き渡ると、メキメキと成長した真っ黒な幹が寄生主たる黒豚を取り込んで3m程まで成長した。張り出した枝に芽吹いた真っ黒な包皮を裂いて、血の様に赤い花が咲き誇るまで、あっという間だった。


 黒豚にステップアップしたばかりの黒ぶちは、いまや黒吸血豚樹へと進化して、生存都市の目抜き通りにドッシリと根を張っている。


「やれやれだ、こんなに疲れる戦いも久しぶりだぜ」


 貧血にふらつく体に増血薬と回復ポーションを服用すると、散らばった魔導バリスタ等を回収して回る。その時、ふと地面に転がる魔槍〝一転空〟を見つけると、手元に広げた防魔布に包んで眺めた。


「それにしても不思議な技だったな、この槍自体の存在感が無くなるとは。何にせよ矢を使って槍を得るとは、悪くない取り引きだ」


 そうひとりごちて底なしのポーチに魔槍を突っ込むと、師匠を追い掛けて走り去るズカ。その足元には早くも散り始めた真っ赤な花弁が地面を覆わんばかりに降り注いで、真紅の花道を作り出していた。

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