G狩③
又もやゴキブリ登場! 苦手な方は要注意! あとがきにあらすじを載せます。
アサルト・ローチの気配を感知したイザは咄嗟に状況を分析した。後ろには逃げ道の無い地下の個室、通路の左端には地上への階段、右手通路の先にはアサルト・ローチ達の群れ、しかもその数は見る見る増えていく。突き当たりの壁から先には何の気配も感じないのに、まるでそこから突然生まれ出る様に押し出されるローチ達は、恐ろしい数に膨れ上がっていった。
「ぎゃああっ!」
アサルト・ローチの居る方向で悲鳴が上がる。奥の部屋には古代魔法院の教授達と、警備隊長ファストフを始めとする隊員達が居た筈だが、その生命反応が見る見る減り、アサルト・ローチのものとすり替わっていく。
そして圧倒的な数の足音が地響きを伴なって聞こえてきた時、
バタンッ! とドアを蹴破り廊下に転がり出たファストフは、一人の女性を庇いながらイザの方向に走って来た。
その後を追うアサルト・ローチの鼻先に向けて咄嗟に肉水を射出すると、
「皆早く階段へ!」
と部屋のメンバーにも大声を掛けた。
「なっ!何これ?」
部屋から首を出したセレミーが、肉水に群がるアサルト・ローチ達の折り重なる醜い姿に毛を逆立てて顔を顰める。暗視に優れた彼女は闇に蠢くものをハッキリと見てしまった。
「今の内に早く階段へ!」
焦るイザの声に背中を押される様に、ファストフを先頭に、女教授、セレミー、ラヴィ、ドゥー、ワンジルが後ろを振り返りつつ階段へと急ぐ。
殿のイザはもう一度感知魔法の精度を上げるが、最早通路にはアサルト・ローチ達の反応しか感じられなかった。
『ごめん!』
奥に居たはずの人達に心の中で短く謝ると、肉水魔法を発動させてスイの鉄木と粘蔦に同期させる。
次の瞬間爆発的に成長した鉄木と粘蔦は絡まり合いながら数メートルもの通路をギチギチと埋めた。
その過程で、枝に貫かれ、押し潰されたアサルト・ローチが奇声を発して暴れまくる。その鳴き声を聞いて更に奥から群がり出たローチ達は、粘蔦に絡め取られて団子状に塊を作って壁に擦り潰されていった。
既に階段を登り切ったファストフが「うおっ!」と声を上げる。そこに追い付いたセレミーが一階玄関前の広間を見ると、暗がりの中で他から湧き出したアサルト・ローチ達が、使用人達に群がり襲いかかっている所だった。
「こっちだ!」
最後に上がってきたイザがアサルト・ローチの少ない方へと皆を導く。その横に並んだセレミーが、
「先頭は任せて! 義姉さんは私の後ろ、イザは続けてこいつらの居ない方を指示して! 他は遅れずついて来る様に!」
言うや走る速度を上げて先陣を切る。初手から三匹固まって何かを貪っているアサルト・ローチに出くわしたが、イザの指示の元、弱点に振るわれたラヴィの大剣によってアッサリと魔石を断ち切られて絶命した。
そのまま走るスピードを落とさずに駆け抜けた一同は、壁から飛びかかって来たローチを刃水の噴射で仕留めると、通路の端に辿り着いた。
「引き返そうか?」
焦るイザに向かって、
「ばか! ここでいいんだよ」
と言うや、腰に差した短剣の柄頭で窓を叩き割ったセレミーは、外を調べると躊躇も見せずに飛び出した。
その後ラヴィに続いて飛び降りたイザが、
「ここどこ?」
館の周囲を見て愕然と呟く。小高い丘に建つ領主の館の庭から見た街並は闇に包まれて、天井の魔法陣から赤い光に照らされて判然としない風景は、さながら婆の夜語りの中で聞いた魔界の様相を呈している。
「迷宮……」
後から続いたドゥーが思わず呟いて、ハッと口を塞いだ。
〝迷宮〟その言葉に、ドゥーの呪力が篭ったのか、イザの耳に途轍もなく不気味なイメージがこびり付く。
ドゥーの言葉を受けたセレミーが、一瞬怯えた様に顔を崩すと、次の瞬間にはそっぽを向いて、腰のポーチから取り出した通信用の魔具を操作しだした。
「迷宮って何?」
己の無知を恥じぬイザが、ストレートに疑問を口にする。少なくとも生まれ故郷ではその様な言葉を聞いた事が無かった。
「迷宮とは現界と魔界の狭間の世界、つまりは何でも有りな空間ですね、ぶっちゃけて言えば魔物側にとってはですけどね、クククッ」
ファストフに手を引かれて飛び降りた女教授が興味深そうに周囲を観察しながら呟く。
そして皆の視線が集まると、パッと顔を伏せてファストフの後ろに隠れてしまった。
「喧嘩売ってんのかい? 教授様よ! ったくこんな時に限って使えないとは、どうなってんだい」
通信用の魔具を手の中で叩きながら、イラついた声を上げるセレミーが、射殺す様な険のある目で女教授を睨み付ける。
「教授って、ククッ、私にはヴェルって名前があるんですけどね。それにこの迷宮では通信系の様な繊細な魔具は、場の魔力に引っ張られて、ぶっちゃけ使えないでしょうねククッ」
ブツブツと呟く女教授に「ああん?」と掴みかかるセレミー、その間に入ったファストフが、
「まあまあ……」
と止めに入った時、またしても〝ドクン!〟と心臓の拍動の様な波動が発せられ、全員が目眩を起こした様な錯覚に陥った。
「あれを見て!」
立ち直ったイザが指す方を見ると、目の前の街道が朧気に霞み、空間ごとグニャリと形を変えた。それに次いで無音のまま壁が出来上がると、さも以前からそうであったかの様に幅の広い通路が出来上がる。
呆気に取られて見守る一同。その後ろに居たワンジルの、
「後ろ!」
の声に振り向いた一同の目の前には、先程脱出した窓は無く、冷然と屹立する巨大な城壁が存在していた。
異様な魔力の奔流の中で、一人冷静に周囲を探知していたスイが、
『来るよ!』
と念話と共に映像を送り込んでくる。その方向に注視したイザは、闇の中に真っ黒な魔法陣が出現する瞬間を見た気がした。
『こっち!』
スイの指示する方向に皆を誘導しながら走り出すと、その魔法陣は地面に穴を穿ち、中から無数のアサルト・ローチ達が湧き出して来る。
『幸いズミーレ達も近くに居る様だから、早く合流しましょう』
スイの言葉に蹴り足の力を上げると、迷う事無く皆を誘導して行く。途中の通路に撹乱用に肉水を放つと、追い付く程に迫ったアサルト・ローチ達が慌てて肉水に飛びつき、貪り合って争い出した。
イザ達が走り去った後、穿たれた穴から数百匹のアサルト・ローチの大群が湧き出して、最後に上位種たるダーク・ローチが倍以上の巨体をくねらせて這い出て来る。
「ビギイィィィッ!」
天を向いたダーク・ローチが強烈な咆哮を上げると、一気に活気付いたアサルト・ローチ達は、拡散する様に通路を驀進して行った。
「ちっ! あたしとした事がこんな事態になるまで察知出来ないとはね」
魔法陣に覆われた空を眺めるハードキィが呟く。これで綿密にたてた計画もご破算、黒の姉妹を追い詰めるつもりが、自分が罠にかかった様な違和感を感じている。
「師匠〜! バーモールさん達も準備が出来た様ですぜぃ」
こんな時でもご陽気なズーパンチが手を振りながら走り寄る。その奥からは完全装備のバーモールとテオが続いた。
「おや、懐かしい格好をしてるじゃないか、こりゃ発掘狂の復活だね」
遺跡ハンター時代の二つ名でからかうハードキィの視線の先には、豪奢なドレスを脱ぎ捨てて、実用一点張りの、しかし最も高価な魔導武装を着込んだ真紅のバーモールと深黒のテオが居た。
「まさかこの歳になってこの魔装を鎧う事になるとはね、でも力を貸すと言った以上私はまだ諦めてないわよ」
あくまでも助太刀の姿勢を崩さないバーモールは、行きがけの駄賃とばかりにテオを巻き込むと、有無を言わさずに背中をポン! と叩いた。
迷宮化の元凶を探る事にした一行が、ピンフ・バーモールを一歩出ると、ボーイ頭のラティスが腕組みをしながら見送る。ガーゴイル二体を従えた彼は、主不在の館を守るという使命を帯びて、他のボーイ達を纏めると、
「ご安心をマダム、後顧の憂いは私がしっかり守ります」
自慢の棒杖を一振りすると、腰の剣を示して見栄を切った。
「やっぱりいい男は何を言っても様になるねい!」
ハードキィの一声に真っ赤になったラティスがそそくさとピンフ・バーモールの扉を閉める。
「さて、計画は変わったがやる事は却ってシンプルになった。先ずは迷宮攻略じゃ。ここからが腕の見せ所だよ!」
ハードキィが眼光鋭く一同を振り返ると、気を引き締め直した一行が頷きかえす。その時、何の気無しに領主の館を遠望したバーモールが肝を冷やした。そこには見たこともない城郭が魔法陣に照らされて赤黒く屹立しており、その大きさから一瞬距離感を狂わされる。
「シンプル……なら良いけどね」
色魔人の呟きが、重みを伴って暗い地面に落ちていった。
あらすじ
イザ達一行は警備隊長ファストフと女教授を連れて、迷宮化した領主の館を脱出。直後に館は巨大な城に姿を変える。
その間にもアサルト・ローチ達は迷宮化の進む街に湧き出す。
そしてハードキィ達はバーモール師弟を伴い、迷宮化した街の攻略に乗り出した。




