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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
最終章 生存都市ノ夜明ケ
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リアル・ソフティー・ソイル

 街全体を覆う魔法陣の異変を誰よりも早く感じ取ったのは、察知能力に特化した魔犬〝アイク〟と〝レイク〟だった。

 首に仕舞われた感覚ヒレを逆立てて反応したレイクと、それを見て五感に魔力を宿らせたアイクが、何かを捉えて狂った様に吠える。


 普段は物静かな二匹の反応に唯ならぬ事態を察した魔犬使いのドゥープスは、同じく領主の館に滞在するリーダーたるズミーレの元へと急いだ。


「ズミーレさん、うちの子達が何かを感じたらしい、この怯え様は只事じゃないですぜ」


 見ると遺跡発掘ではモンスターを相手にしても猛然と立ち向かう二匹の魔犬が、股の間に尻尾を巻き込みながら、時々狂った様に何者かに向けて吠え立てている。


「この子達は何にこんなに怯えているの?」


 古代遺跡〝大聖堂〟の外に居た補給部隊メンバーの内、唯一の生き残りであるアートが尋ねる。彼女は咄嗟に次元魔法を発動して、一人だけ黒飛蝗の害から逃れる事に成功していた。その後魔力の回復を待ってズミーレ達と合流した彼女は、領主から事情を聞きたいとの要請を受けて、主だったメンバーと打ち合わせ中だった。


「それが要領を得ないんで、ブリサガのプリズム宮の時と同じような反応をしているんでさぁ」


 その言葉に古参のメンバーがピクリと反応する。ブリサガ王国のプリズム宮とは、良質の水晶やごく稀に貴重な魔水晶を産出する事で有名な地下洞窟だったが、内包する魔力が飽和状態に達して自然と半魔界化した珍しい迷宮だった。


 若かりし頃のズミーレ達が丁度依頼を受けていた時に突然迷宮化が始まり、命からがら脱出した苦い経験がある。


「じゃあ何か? こんな街中で突然迷宮化が始まったってか?」


 剥き出しの頭皮を拭いながらサブリーダーのバラシが身を乗り出す。領主の嗜好で暖房の良く効いた館は、代謝の良い彼には暑いらしく、先ほどから汗が滴り落ちて残念な毛髪が頭皮にペタンと張り付いている。


「そうかもしれやせん、何せこんな事はあの時以来初めてでさぁ」


 その言葉に皆がズミーレを見る。こんな予測不明な事態に、明確な指針を打ち出せるのは、リーダーたるズミーレしか居なかった。


「確かに膨大な魔力の流れを感じるな、それに街を覆う結界の魔力も掻き消えている様だ。いずれにせよ俺達だけじゃ荷が重い、領主様に相談するしかあるまい」


 既にメイジダガーを構えて感知魔法の触覚を展開していたズミーレが答える。その言葉に頷いた一同は、各部屋に散らばった仲間を集めると、領主の元へと急いだ。




 異変の報告は領主の館中を、そして街中を駆け巡った。何せ街全体が突然暗くなったと思い外を見れば、上空には不気味な模様が赤く光っているという怪現象である。自然光の消えたシュビエは人と言わず動物と言わず騒然となり、モンスター達の侵攻と合わせて邪悪な魔法使いの仕業ではないかという噂すら立ち始めていた。


 ズミーレ達の一報を受けて、シュビエの首脳陣は早速緊急会議を開く。迷宮化であればその元凶を探り、全軍で対処しようと提案するドルケスに反対して、


「この様な事態にあっては何が起こるか予測は不可能である。ここに集まる首脳陣に万一の事があれば、この街をコントロールできる者は居なくなる故、先ずは守りを固める事を最優先事項とする」


 と宣言するソイル・カルバートⅢ世、その発言を聞きながら、ドルケスはジロリとその贅肉だらけの顔を睨み付けた。


『この男はいつからこんな弱腰になってしまったのだ?』


 ドルケスが知る青年期のハツラツとしたソイルは無く、目の前に座るのは長年の安寧に根腐れをおこした、弛み切った貴族社会でのみ力を発揮する無気力な男だった。難民や外壁に対する大胆な起用を見て見直していたが、今となっては誰かの入れ知恵では無いか? と半ば本気で疑っている。


 そして領主のイエスマンばかりが集まった会議の場では、案の定その決定を覆す事は叶わず、又もや大きな部隊を動かす事は出来なくなった。こうなると将軍職を辞退した事が悔やまれるが、全ては遅きに失する。


 結局、領主の示したシュビエに滞在する遺跡ハンターに探索を依頼するという消極案で話は纏まり、ズミーレ達にも協力依頼の申し出が来た。

 街の一大事に対する余りにも無策な対応に呆れるズミーレを呼び出したドルケスは、


「実戦経験の無い領主様には荷が重い事態の様じゃ、いや儂にもこんな経験は無い。こうなっては心苦しいが、早急に依頼を引き受けてくれ」


 そう言って手のひら大ほどの魔具を出してくる。それは通信用の魔具の中でも次元魔法の魔石を使用した最高級品で、例え結界が張られていても会話が通じるという機能を有していた。


「何かを掴めたらこの道具で知らせて欲しい、少ないが儂が直接動かせる私兵を待機させてあるから、出来得る事なら対処したいと思う」


 本当は、無手で街に来て間も無いドルケスには私兵などは居なかったが、いざという時は緊急時対策と称してクーデター紛いの事も辞さない覚悟を秘めていた。正規兵の中には過去に彼自身が育てた者も多く、ドルケスに指揮をとって欲しいという要望も多く耳にしている。


 騙す様で気の引けるドルケスに対して、何かを感じたズミーレは「任せて下さい」と彼の手を固く握った。


「私達にも関わる事態です、それに迷宮とは行かなくても遺跡探索なら手慣れたもの、期待してお待ち下さい」


 刺青で表情の読み取れないズミーレの目が、自信あり気にしっかりとドルケスを捉えていた。





 国王の命により賓客扱いのイザ達は、領主ソイルの配下の者達に誘導されて、館の地下に匿われていた。

 だが水分感知魔法や、ドゥーの占術、スイの察知能力で情報収集をしていると、周囲の不自然さ、そして魔力の異常さに居ても立っても居られなくなる。


『ギョランからは事態不明の状況では把握の為に動け! と教わったんだけど、こんな時どうすれば良いの?』


 イザは黙して語らないスイに向かって問いかける。暫く無言だったスイは、


『この状況では何処に居ても一緒かも知れないわね』


 と素っ気ない返事が返ってくる。


『ええっ! 何もしないで待つの?』


『馬鹿、そうは言って無いでしょ、問題は場所じゃなくて人よ。こんな時は最も頼れる人物の所に行きなさい。あの刺青だらけの男、あいつは相当な使い手だし、こんな事態でも何とかする手立てを知っているかもしれない』


 イザの発見した古代遺跡を発掘したという男の忘れられない風貌を思い出す。外見は怖いが、話をしてみると教養深く、立派な男だった。


「取り敢えず準備をして、ズミーレさん達を探そう」


 隣で難しそうな顔をするセレミーに話すと、暫く黙考した後で頷く。


「それか師匠の元って言いたいけど、彼女の気配は辿れないし、何故か連絡もつかないから一先ずはそれが良いわね」


 と言うや、ラヴィを見て同意を求める。ラヴィとしても異議は無く、ドゥーやワンジルにも代案は無かったため、早速ズミーレ達の所在を感知すると、元々纏められていた荷物を抱えて部屋を出ることにした。


 イザなどは最近では荷物も最小化して、背負い袋をやめ、草盾の服に作ったポケットにポーション類や魔石、種などを直接入れている為、荷物と言うと鉄パイプだけの身軽さだった。

 準備をする仲間より先に通路に出て、水魔法による水分感知でズミーレを探そうとドアを開けて廊下を覗き込んだ時、


 〝ドクン〟


 と、立ちくらみの様に意識を揺らす波動を感じた。


『気を付けて! 空間全体が異常な魔力を放ってる!』


 スイの警告と同時に、暗かった廊下のカンテラが掻き消え、代わりに真っ赤な明かりが天井や壁自体から発せられた。目の錯覚だろうか? 視界が滲む様に捻じ曲がると、廊下の幅が広くなり、壁の材質も荒々しい岩肌に変質していく。


 後ろのメンバーから動揺の声が上がった時、常に張り続けていたイザの感知魔法に何者かの存在が触れた。

 廊下の端、本来は何も無い所に複数の気配がある。この形状、動きには身に覚えがあった。


『『アサルト・ローチ!』』


 イザとスイの念話がユニゾンした。

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