外壁の死闘①
「正面、百年百足撃てーっ!」
剣をかざすアンジーの号令により、土壁を這い上がってくる巨大なムカデ型モンスターに向かって、数十名が一斉に矢と石を放つ。その中には矢弾尽きて櫓を取り崩した杭を投げ落としている者の姿もあった。
丸太を梃子にして投下された、巨大な石の直撃を喰らった百年百足は、頭部を潰されながらも驚異的な生命力で土壁にしがみ付くと、背中を伝ったモンスター達が続々と壁上によじ登ってくる。
その中には先陣を切って駆けるスンモゥとスンドゥの姿もあった。
槍を構えた民兵が二人、弩の援護を貰いながら二人に突撃する。だが、援護の太矢はスンドゥの風魔法に散らされ、スンモゥが操る蛮刀の一振りで突き出された槍は二本同時に叩き折られた。
更にその勢いのまま突進したスンモゥは返す刀で兵士達の胸を叩き斬ると、半分千切れかけた体は土壁から転落して行った。
たったの一撃で前衛たる槍兵を屠られた弩兵達は、迫るスンモゥから逃げる様に背中を向ける。そこに突貫した緑の大男が振るう蛮刀は苦もなく彼らを撫で斬りにして行った。
次々と取っ掛かりを得たモンスター達が外壁の至る所からよじ登ってくる。その様子を眺めたスナの、
「アンジーさ〜ん、あっちヤバイっすよ〜」
声と共に指差す方を見ると、体長20mは有ろうかという龍頭蛇が火を噴きながら土壁に這い上って来ていた。その異様な迫力に近づく事の出来ない兵士達が遠巻きに矢を放っているが、硬い鱗に阻まれて無益に進行を許してしまう。
「バカヤロウ! 大型魔獣には魔具で対処せんか」
アンジーは足元に置かれた筒状の魔具を二本抱えると、龍頭蛇の元へと駆け出す。
魔石の加工で知られたシュビエには様々な魔具が集められており、戦時には接収された武器が大量に支給される。筒状の使い捨て魔具はそんな中でも一番ポピュラーな備品で、各部隊に均等に配備されていた。
完全に土壁を登り切った龍頭蛇はとぐろを巻いて周囲を威嚇している。火炎魔法を司る咽頭管を晒す時には、何時でも火炎放射できる様に先端部には小さな火がチロチロと揺れていた。
魔具の筒を抱えたアンジーが最大出力の認識魔法を発動すると、火炎の魔力が龍頭蛇の咽頭管寸前までこみ上げている。その魔力量は周囲一帯を火の海に呑み込む程に大きな物だった。
躊躇の間が無い事を知ったアンジーは、助走の勢いを込めた左足を思い切り踏み込むと、左手を振り下ろし様に右手の筒を思い切り遠投する。バイユ軍斥候部隊一の強肩を誇るアンジーの投げた筒は、己の肉体認識、そして空間認識の正確な把握の元、物凄い勢いで回転しながら放物線を描いて、龍頭蛇の大きく開いた顎に吸い込まれた。
口内で炸裂した魔具によって、ボンッ! と膨れた龍頭蛇の喉は、次の瞬間土壁の地面に倒れこんだ。だらしなく舌を出す口からは、緑色の泡が大量に溢れだす。
大型モンスターに対する予防策として配備された筒は、火を付ければモンスター除けの煙幕となり、直接服用させたらモンスター用の毒となる代物だった。
横たわる龍頭蛇に間髪置かずに走り寄ったアンジーは、腰から肉厚のブロードソードを抜き様、その太い首を刎ねる。
隊長の勇姿にワッと沸き返る兵士達。だが当のアンジーは周囲の賞賛を片手で制して周囲を見回すと、戦況を確認した。その時、前方から悲鳴と共に怒声が聞こえてくる。
〝ベチャッ〟
アンジーの足元に飛んできた物を見ると、斬り飛ばされた人の頭部だった。貼り付いている血に濁った眼球が、恨めしそうに天を睨んでいる。
余裕の無い戦場において、しかしふとしゃがみ込んだアンジーは、眼球を愛しむ様に持つと、肉片の下にソッと隠し入れた。
『堪忍してくれ、後で埋葬してやるからな』
小さく手をかざして短い祈りを捧げると、悲鳴の上がる方向に走り出す。外壁の上は今や異種族が入り混じる、局地的な地獄と化していた。
アンジーの足音が遠ざかった後、祈りを捧げた肉片の下で眼球が動く。下方から液状化した眼球がバランスを崩してドロリと溶けると、徐々に土壁に染み込んでいった。そして誰一人として気付かない内に、ゆっくりと時間を掛けて肉片全てが土壁の中に吸収されていった。
「この患者はもう大丈夫だ、奥に運んで安静にさせておけ。次! 重篤な者から運んでくれ」
シーメン流治癒術院院長のオルトスは、次々と運び込まれる負傷兵を簡易治療所で治療しながら、全体の様子にも気を配る。傍ではピンフ・バーモールから呼び戻した一番弟子のカエナ(イザが初めてピンフ・バーモールに行った際、治癒術を行ってくれた妙齢の女性)も、弟子達に指示を出しながら、血泥にまみれて光魔法による施術を行っていた。
元々の街門詰所を改造した簡易治療所には、外壁の戦いで負傷した兵士達の他にも、外壁を乗り越えてスラム街で暴れるモンスター達によって傷つけられた難民達の姿も見受けられる。
その難民達は安全なシュビエの街門内へと避難しようと数の少ない門に群がり、守備兵達と揉み合って、負傷者の搬送に支障をきたす様になっていた。
「このままじゃ効率が悪すぎる! 簡易治療所をスラム内に作らんと救える命も救えんぞ!」
治療以外の混雑ぶりに苛立ったオルトスが声を荒げるが、隣に立つ領主の使者は、
「先生、ご存知の様に戦時下では治癒術院はバイユ軍の下に編入されます。領主ソイル・カルバートⅢ世様の決定はシュビエ街門内に留まれとの事、先生にはこれ以上外に出る権限はございません」
とお決まりの文句でオルトスを諌めた。お目付役として領主より送り込まれた、普段はソイルの執事をしているこの初老の男を睨み付ける。にこやかな目元と気取った巻髭が神経を逆撫でした。
戦闘狂のオルトスは戦場を前に後陣を配するだけでも苛立っているのに、したり顔で忠告をしてくるこの男によって非効率的な命令に縛られる事が余計にストレスを増加させた。
「分かっている! 要らん事を偉そうに言う位なら少しは搬送を手伝え!」
苛立ち紛れに怒鳴りつけるが「その様な命令は受けておりません」と取りつく島も無い男に「チッ」と舌打ちして、目の前に運び込まれた片腕の無い男の治療を始める。簡易治療所にはまだまだ重篤な負傷者が山の様に控えていた。
ーー数刻後ーー
オルトスは止めど無く運び込まれる大量の患者を捌きながら、弟子達をフォローして忙しく立ち回る。そんな中で不意に強烈な違和感を覚えた。
長年の武闘僧としての勘や、光精神のもたらす啓示が合わさって、明確な悪寒となって背筋を貫かれたオルトスは、同じ反応をした弟子のカエナと目を見合わせると、反射的に街門の見張り台に駆け上る。街の内外を見渡せる高台から周囲を見た二人は驚愕の余り声も出せなかった。
薄靄の向こうでシュビエの街全体が壁に囲まれ、その上には真っ黒な天井が覆いかぶさっている。高濃度の魔力を発散する魔法陣が不気味に赤く明滅していた。
「なんだこりゃぁ?」
呟いたオルトスは、光魔法の触媒である古代のマッサージ器具で首をグリグリと揉みほぐす。
「さあ?」
理解の範疇を超えた状況に、一番弟子のカエナも間抜けな返事しか返せない。
二人の見守る中で形を変え出した魔法陣に呼応するかの様に、周囲に薄靄が立ち込め出した。赤い光を受けた靄によってこの世のものとは思えない景観となったシュビエの街で、魔法陣の魔力が頭上から全てのものを圧していた。




