外壁の攻防
シュビエのスラム街を大きく囲む土壁は溶岩石の様に真っ黒に固まり、その上部は数人が並んで歩ける程の幅を持っている。
一人の土魔法使いが一週間で作り上げたとは信じられない堅牢さを誇る壁の上には、要所要所に物見櫓が組まれていた。
剥き出しの丸太を組み上げて作った簡易的な櫓の柱を支えに、男が一人で遠方を監視している。壁の北東部に作られた櫓からは、朝もやの向こうに死の森が遠望できた。
軍事顧問ドルケスから直接訓練を施された民兵の若者は、剣も弓もあまり得意ではなかったが、だだっ広い草原地帯で暮らしていたため、驚異的な視力を持っていた。
教えられた通りに時々周囲を見回しながら、目安となる区間を真剣に監視する。
山向こうから射す朝日が対流する靄を黄色に染める中、その隙間にチラリと動く物を見つけた男は、額を柱に押し当てて固定すると、瞬きも忘れて食い入る様に凝視した。
今度はハッキリと光る物が見えて、緊張と共に半鐘を鳴らす為の木槌を握る。
冷たい風が吹きさらし、少し靄が晴れた先に見えたのはーー死の森から溢れ出る様に進軍するモンスター達の大軍だった。
カーン! カーン! カーン!
非常事態を知らせる半鐘の音が街に響き渡り、伝令の兵士達が忙しなく走り回る。スラム街の外壁の慌ただしさは、瞬く間にシュビエの街中にも伝播して行った。
「ドルケス様! 死の森からモンスターが進軍して来ます、その数概算にして300超、外壁より視認したとの事で、真っ直ぐに進むと二刻ほどで長弓の射程内に到達すると予測されます」
バイユ正規兵の伝令がドルケスの私室に飛び込んできた。
慌てて走って来たのだろう、軍事顧問に相対するのに制服の第一ボタンははだけ、上着の裾がはみ出している。
「うむ、して現場には誰がおるか?」
男の取り乱し様に眉をしかめながら事務的な口調で伝令に問う。
ドルケスの視線から己の状態を察した兵士は、慌てて服装を直しながら、
「民兵隊隊長アンジー様と顧問魔術師のスナ様が民兵隊を率いて警戒に当たっています。早急に正規軍の出動を要請するとの連絡が入りました」
素早い対応に頷く。二人をセットにしておいて良かった、シュビエ分隊の事を知り尽くした元門番のアンジーと、凄腕ハンターとして世界を渡り歩いた経験豊富なスナは、間違いなくスラム街を統括する民兵隊にとって、必要不可欠なリーダーである。
「正規軍守備班全員を外壁に集結させよ! 当面の指揮権はアンジーに一任する。そして至急軍事会議を開く故、関係諸氏に伝令! その判断を持ってシュビエ分隊全軍の軍事行動を展開する」
弾かれる様に部屋を飛び出す伝令を見送りながら、壁に立てかけた〝飛鞭〟と呼ばれる銀色に輝く戦硬鞭に手を掛ける。
ドルケスの背丈程もある古代武装は、持ち主の念を受けると、不自由な左足に巻きつきながら、一体型の杖に形を変えて主を支えた。
『常在戦場……にしても生涯休む間も無しか』
芯から鈍い痛みを訴える体に喝を入れると、領主の間へと急ぎ歩く。ふと見た窓の外には慌てふためく街の人々、己の守るべき者達を見て奮い立つ心を表す様に、廊下に響く軍靴の音が一際高く鳴り響いた。
突如として死の森から現れたモンスター達の先頭には、巨大な二頭の六肢熊に跨ったスンモゥ、スンドゥ兄弟の姿があった。
ゴブリンを中心としたモンスターの群れを率いて、シュビエ近郊の耕作地帯を踏み荒らしながら、驚異的なスピードで外壁を目指す。
ダンジョン・マスターと契約を交わした兄のスンモゥは、命令を受けて死の森へと連れて来られると、与えられた薬を使って次々とモンスター達を支配下におさめていった。
弟はその時点で新たに与えられた心臓にも慣れ、以前の様な表情こそ欠落して能面様になっているものの、魔法の威力もそのままに戦列に復帰した。
その二人に今朝、契約主のダンジョン・マスターから、
『死の森のモンスター全てでシュビエの街を攻めて下さい』
との念話がもたらされた。
ダンジョン・マスターが何処からか入手してきた様々な武器を手に、興奮の雄叫びを上げるゴブリン達、それに灰色熊や黒狼、森の主と呼ばれる百年百足や龍頭蛇、六肢熊などの魔獣を含めた混成軍は、調伏者たるスンモゥの思うがままに、一心不乱にシュビエの街に殺到する。
「うわ〜、うじゃうじゃと気持ち悪いっすね〜」
己の作り出した土壁の上から、土煙を上げて殺到するモンスター達を遠望した土魔法使いのスナが呟く。
手にした赤石の杖の導きによって、近年火魔法の威力を増強した彼女が作り出した土壁は、溶岩石様の強度を誇るが、この数のモンスター相手にどこまでもつかは未知数だった。
「スナ殿! ノンビリ感想を言ってる場合じゃありませんぜ、仕掛けの按配と兵士達の配置の確認を急いでくれ」
シュビエ民兵隊隊長に就任したアンジー・メイラーが脂汗を垂らしながら、バリケードを増強する兵士達に指示を飛ばした後、眉を顰めて抗議する。
民兵隊は数名の指揮系統をバイユ正規軍兵士が務めているが、その殆どが少し前まで野盗だった若者達で、ようやく練度も高まってきた急造軍である。モンスター達との集団戦の経験など皆無で、皆浮き足だっていた。
「大丈夫っす、後から正規軍が来たら兵の配置変えが必要っすけど、今の所はオッケ〜っすね」
軽薄な口調のスナは冷たい風になびく髪を掻き上げる。その美しい容姿とは裏腹に、数々の戦場を経験して来た凄腕の魔術師は、これまでも戦場で一番頼りになった。
その言葉に頷いたアンジーは、遠望するモンスター達の先頭に意識を集中させる。
〝認識魔法〟
魔力を消費して視認するだけで識別できるアンジーの脳裏には、スンモゥ達の能力が浮かんできた。
「チッ、何度確認してもとんでもない奴らだ、だが地の利はこっちにある。小さな街だと舐めてかかったら、痛い目にあうぜ」
身に纏った金属鎧の留め具を確認すると、身幅の厚いブロードソードの柄をギュッと握り締めて、配下の兵士達に指示を出して回った。
ーーその二刻後ーー
シュビエ新町の外壁に詰めた兵士達は、体が浮くほどの衝撃と、地を揺らして響く轟音に肝を冷やした。街中では余波を食らって基礎の甘い建物が倒壊している。
外壁から20m離れた地面に突如として出現した横一列に伸びる大穴ーーそこに落ち込んだモンスター達は、底に突き立つ岩杭に貫かれ絶命した。
だが、後続のモンスターは我関せずその穴に次々と飛び込むと、死体をクッションに前へ前へと進軍する。
「あれ〜? 思ったほど罠にかからなかったな〜」
穴から這い出てくる百年百足を見下ろしたスナが残念そうに呟くと、赤石の杖に更なる魔力を込めて魔法を唱える。
次の瞬間、轟音と共に落とし穴の床が更に抜けると、底が見えない程の深さに周囲のモンスター達が落ちていく。更に上段の地面が土石流となって、這い出て来た者を巻き込んで行った。
「さあ、これで半数は片付いたでしょ、後は地道にやるしかないわね」
魔力補給のポーションをグイッとあおったスナが、隣で青ざめるアンジーの肩をポンッと叩く。
咄嗟に我に返ったアンジーの号令と共に矢を構える守備兵達、民兵達も投石機やスリングを構えて命令を待つ。
穴や土流を掻き分け、必死に駆け上ったモンスター達が射程内に入った時、
「射て!」
アンジーの号令と共に、張り詰めた弓や投石機が一斉に放たれた。




