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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
最終章 生存都市ノ夜明ケ
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異変の始まり

 ーー遡る事半年前ーー



 シュビエの街は度重なる飢饉の影響で門の外に殺到した避難民達が定住化し、掘っ建て小屋の並ぶ新町ーースラム街を形成していた。苦しみ悲しむ住民達の間で祟り神として黒神を恐れ敬う者が増加し、邪悪な儀式が密かに行われる様になった。


 更に飢えた避難民の一部が野盗と化して、街道の往来を襲う事件が頻発し、無秩序状態の街道は半ば機能しなくなる事態に陥った。


 交易の街にとって交易路は生命線である。その安全性を確保する為に、シュビエ領主のソイル・カルバートⅢ世は私財をはたいて、急遽凄腕の土魔法使いを雇うと、急ピッチでスラム街をグルリと取り囲む土塀を作らせた。


 そうしてスラム街の安全策を提示した後、半野盗と化した若者を賞罰不問で掻き集めると、そのまま軍事顧問ドルケスの手引きで彼らを民兵として鍛え上げ、他の野盗を瞬く間に討伐していった。

 たったの半年間でこれだけの事を成し遂げた有能な領主の元で、街は一時の平穏を得たかに見えたがーー



 領主の懇願を聞き入れ、シュビエ民兵隊の顧問魔術師として組み入れられた凄腕土魔法使いスナは、ドルケスと相談の上、周囲の治安を確保する為に様々な方策を立てた。


 その一環として、暫くの間監視もせずに放置していた死の森を偵察に赴いた二人の男は、不気味な程の静寂に包まれた森の外縁部から中を伺う。


「本当にここが死の森か? 話に聞くのと大違いだな、モンスターどころか鳥の鳴き声すら聞こえないぞ」


 白い息と共に吐き出される体温を惜しむ様に、先頭を行く男が小声で話しかける。


「ここで間違いないが確かに何の気配も感じられないな。スナさんの命令は外からの斥候だったが、この分なら中に入っても問題ないだろ」


 憧れの土魔法使いに良い所を見せたい二人は、頼まれてもいないのに森の中へと足を踏み入れる。豪快な魔力を誇るスナは凛とした美しさを備え、そのさばけた性格と共に部下の中にもファンは多かった。


 黒狼などの鼻の利く猛獣も多い森の中に、腰のショートソードを引き抜いた男を先頭に、短弓を構えながら移動する男が数歩後を追いながら慎重に足を運ぶ。


 だが、話に聞いた様なモンスターの気配は全く感じられなかった。その内少し警戒心の緩んだ二人は、気付けと称して酒を煽ると、ゆるんだ口で声を掛け合いながら大きな岩場を迂回した。


「何も居ないって逆に気持ち悪ッーー」


 弓使いが話ながら歩いていると、急に立ち止まった先行する男に肩をぶつけてしまう。


「なんだよ! 急に止まるな馬鹿」


 少しの酒で気の大きくなった弓使いが抗議の声を上げるが、前を行く男は何も言わないどころか硬直して振り向きもしない。


「何してんだ」


 グイッと肩を引いた時に、その隙間から岩の向こう側が垣間見える。そこには数百の瞳がこちらを凝視しつつ、整然と隊列を組む姿があった。


「ひいっ!」


 ゴブリン弓兵達の引き絞る数十の弓矢を見た男の短い悲鳴は、冷たい木々に吸収されーー暫し後ーー森は完全なる静寂を取り戻した。





 イザ達がゲート魔法によって転送されたのは、シュビエ領主の屋敷の一室だった。

 そこには連絡を受けたバイユ王国軍正規兵達が列をなして待ち構えており、そのまま領主の居室へとイザ達を案内する。


 小高い丘の頂上に位置する領主の館からは街並みが一望できた。移動する通路から外を見たイザは、少しの間に様変わりした景観に驚く。

 以前訪れた時の街壁の外には平地が広がっていたが、いつの間にか数多の小屋が軒を連ね、その外周を真っ黒な土壁が囲っているのが遠くに視認できた。器用な事に、ちゃんと門にあたる部分には、簡易的ながら移動式のバリケードが築かれており、外敵の侵入を阻んでいる様に見える。


 街中は記憶していた倍ほどの人々でごった返し、綺麗だった街並みも人のたてる土埃で霞んで見える。そこには初めて訪れた時に気後れした華のある雰囲気はどこにも無かった。


「以前から続く飢饉で人が集まって来ていたが、黒飛蝗のせいでさらに難民が押し寄せたんだ、人口だけなら王都を超えたかも知れんな」


 いつの間にかイザ隣に来ていたズカが窓から外を眺めつつ教えてくれた。

 確かに人々をよく見ると、とても余裕のある服装には見えない。それも街全体から華が消えた様に感じる原因かも知れなかった。


「万が一、僕の家族が紛れていたとしたら、調べる事は出来ますか?」


 一縷の望みを託して半ば懇願する様にズカを見上げる。ダグラスの情報網は今まで知り合った人達の中でもダントツの精度を誇る。その従者だったズカならば、何かの方策を教えてくれるかも知れない。


「お前さんの家族の名前と特徴を教えな、後で会う予定の奴に聞いてあげよう」


 後ろからハードキィがイザの肩をポンと叩きながら言う。それを聞いたズカは、


「師匠が会うのはこの街一番の情報通だから、家族がこの街に居るならひょっとすれば分かるかもしれん。頼める所は仲間に任せて、お前は少し力を抜け」


 頷いたイザは、ハードキィに家族の名前と事細かな特徴を説明しだす。その間にズカはイザの側を離れると、後続のセレミーの隣に移動した。


「お前はこのままイザについていてやってくれ、思い詰めた奴は何をするか分からんから、しっかり見守れよ。作戦の肝を握るのはあいつだからな。連絡は何時もの通り定時に取り合う以外に、必要な時には魔具を惜しまずに使って通信しろ。後、暫くは全てのアイテムを惜しみ無く使え、ダグラスさんから渡された分も含めてな」


 兄弟子の言葉に頷く。王の間での一件以来、イザとは一言も喋っていない。だが、その張り詰めた表情からは余裕が消え、セレミーも危なっかしく感じていた。


 ラヴィも居るし大概の事は心配ないが、復讐に心奪われて視野狭窄を起こした人間は思わぬ所で躓く事がある。それをフォローするのが自分の役割と認識した。


 ダグラスから仲間全員に支給された、通信用の使い捨ての魔法印や各種回復アイテムがぎっしり入ったポーチをさすりながら、前を歩くイザの後ろ姿を見て「フゥーッ」と溜息をつく。ズカからこの少年を任されてからこっち、陰日向なく見守り続けてきたが、黒飛蝗なる災害を相手取る時に、自分の力など役に立つのか? そんな事を考える内に領主の間に到着した。


 バイユ王の間と比べると、身分が低いにもかかわらず随分と豪奢な部屋に通された。教えられた通りに、高貴な人とは目を合わさない様に伏せながら進む。その中央に据え付けられた金張りの椅子には、たっぷりと肥えた体を沈み込ませたソイル・カルバートⅢ世が、取り巻きに囲まれながら執務をこなしていた。


「バイユ王都より、古代魔法院警護隊長ファストフ様、並びにシャオ・ルー博士と客人のイザ様ご一行の到着です」


 案内をした兵士が大音声で宣言する中を、案内のまま進んで跪くと頭を垂れた。


「良くぞ来た、そなたらの話は伺っておる、表を上げよ」


 恰幅の良い男ならではの厚みのある声が耳障り良く響く。思わず釣られて顔を上げると、肉が付きすぎてはいるが、中々均整の取れた顔立ちの中年男が段の上から見下ろしていた。


 その下段、イザ達の少し前方には体表の殆どを刺青に覆われた大男と、変な形のヘルメットを小脇に抱えた頑強そうな男が同じく跪き、イザたちを振り向いている。


「ちょうどこの者達から報告を受けていた所だ。紹介しよう、こちらは遺跡ハンターのズミーレとその部下のバラシ。イザ殿の発見した遺跡を発掘中に黒飛蝗の襲来を受けて助かった、唯一の生き証人だ」


 故郷の近くに生存者が居たことに少しの希望を見出したイザは、思わず顔が上気する。それ見て全てを察したズミーレは、


「イザ君、残念ながら俺たちが見たのは木の一本も生えない丸坊主の山だけだ。家族の生存を期待しただろうが、遺跡以外で難を逃れていたのは死の森だけ。それより北は俺の見たところ絶望的だ。俺たちも外に待機していた補給部隊のメンバーは一人を残して全滅した」


 ズミーレの言葉に少しだけ持っていた希望が打ち消される。スイの『分からない事は後回し!』という叱責がなければ、放心状態のまま呆けていただろう。


「心労の重なる所すまないが、事態は一刻を争う。黒飛蝗の猛威はすぐそばまで迫ってきている。その対策の切り札である君達には、速やかに作戦に取り掛かって欲しい」


 それから大人達は臨時の作戦会議を始めたが、心ここに在らずのイザの耳には殆ど意味のある単語として入って来なかった。


『私が聞いとくから、あんたは少し休みなさい』


 というスイに甘えるかの様に、イザの意識は彼岸の彼方へと飛んで行った。

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