死の大地
迷い込んだら生きては出られないと言われる死の迷宮〝呪呪魔呪〟その最深部でダンジョンマスターが見守る中、黒姉妹の長女の手によって魔法人形が完成した。
全長2mの人型、数多の命を練り込んで仕上げられた人形は、血肉を持ち、ある種の生命反応を想起させる循環をなしていた。しかし肺呼吸等はしておらず、のっぺりとした頭部には呼吸器たる口や鼻などは見当たらない。
「これで完成よ、約束の品物を出して」
長時間に渡り大量の魔力を費やす作業を続けて、少しやつれた長女がダンジョンマスターに手を差し出すと、慇懃にお辞儀をするダンジョンマスターは地面を指さした。
指された地点から漆黒の魔法陣が広がると、そこから巨大なオーブを抱えた真っ黒なオーク兵がせり上がって出た。
「お求めの品、魔女のオーブで間違いないですね?」
頭を上げたダンジョンマスターが真っ黒な瞳を歪めて聞く。確かめるまでもない、これ程禍々しいオーラが立ち込めるオーブなど他には無いのだから。
黒豚が魔女のオーブと呼ばれたダンジョンコアを地面に置くと、長女は引き換えに魔法人形の鍵となる魔石をダンジョンマスターに渡した。何も言わずとも委細承知のダンジョンマスターは、
「それではこれにて失礼いたします」
と頭を下げると、魔法人形を肩に担いだ黒豚と共に魔法陣に落ちて行く。
「やれやれ、これでやっと私も自分の仕事に取り掛かれるわ」
黒の長女も闇魔法を唱えると、己の影にダンジョンコア、そして自分自身を滑り落として消えた。
イザ達を乗せたジャスティス号は浮島を離れると、途中に中継港での補給を入れながらも無事にバイユ王都に辿り着いた。
浮島事件の功労者であるイザ達には、船舶組合から後日報奨金が渡されるとの事だったが、ホーン船長から個人的に各種高級ポーションや魔導弩と破魔矢、その他役立ちそうな品物がお礼として贈られた。
「本当にありがとう、君達が居なかったら私達はここに辿り着いていないだろう。何かあった時は力になるから、何時でも会いに来てくれ、ただし私は大概海の上だけどね」
ニッコリ笑う、港まで見送りに来た船長がドゥーと固い握手を交わすと、背中に手を回して覆いかぶさる様に抱擁した。驚いたドゥーもしっかり手を回すと、負けじと抱きつく。
この船旅で二人の間には年齢を超えた友情が芽生えた様だ。暫くして離れた二人は笑顔で別れを告げると、船長は他の皆にも丁寧な挨拶をして船に戻って行った。船員や乗客に多大な損害を受けたジャスティス号の船長には、時間などいくらあっても足りないだろう。
ミストとファングは出迎えに来たリーバ教団の馬車で旅立っていった。
別れ際、イザの側まで来たミストが、
「又会いましょう、それまで命を大切に、神の加護があらん事を」
と言ってイザに小さな瓶に詰めた液体を押し付けて来た。
「リーバ神の加護が込められた聖水、必要な時が来ます」
そう言うと、感謝の言葉も聞かずに去って行った。後に続くファングが、初めて他の人間を気遣う言動をしたミストに絶句しながらも、彼女を護衛しながら教団の馬車に乗り込む。
真っ白に塗られた馬車は六頭立ての大型の白馬が引く立派過ぎる代物で、周囲を警護する神官騎士団と共に異様に目立つ。
「けっ! 最後まで気色悪い奴らだ」
セレミーの呟きも無理は無い、神官騎士団が先導する馬車は、混雑する港を傍若無人に切り裂いて、人々を轢きそうになりながら突っ切って行ったのだから。
そのセレミーも用事があるとの事で、暫くしてから去って行った。イザに付いて行くというラヴィの意思を確認した彼女は、暫く一行について行きたがったが、それには師匠の許可が必要らしい。スカウトにはスカウト業界の不文律が有る、という事だろう。
幸い近場に居るという師匠の元に出かけるセレミーが、
「多分一週間で戻れると思う、ラヴィには通話の魔法印を渡してあるから、何かあったら連絡をちょうだい」
と言って去って行くと、その場に残された一同はハンター組合への挨拶も明日に回して、取り敢えず今日の宿を探す事にして街に歩き出した。
久しぶりの陸地は揺れてもいないのに何だかグラグラと不安定に感じる。知らぬ間に溜まった疲労に足取りも重い一行は、早く宿をとってゆっくりと寛ぎたい一心だった。
「失礼、イザさんですね」
呼び止められたイザが振り向くと、立派な甲冑を身に纏った兵士が三人、こちらを凝視していた。その胸にはこの国でよく知られたバイユ王国軍正規兵の証であるバッジが光っている。
三人の内、もう一つ位を示すバッジを付けた上官らしき男が、きょとんとするイザに向かって懐から木札を差し出してきた。
「私はバイユ王国軍魔法院警護隊隊長のファストフと申します。長旅でお疲れでしょうが王の命令による最重要案件の為、このまま王立古代魔法院シーメンスバイユまでご同行願います」
角角しい軍人口調に口を挟む余地は無い。
木札の表面に書かれた難しい字の列、その下にはバイユ王国の象徴たる幽霊鳥を意匠化した立派な焼印が押されており、読める部分だけ見ても言われた内容と合っていた。
「フーッ」
我知らず深いため息が漏れ出てしまう〝あの〟サイプレス教授に肉体をいじり倒されたのは記憶に新しい。タガル大陸に行ったのも教授達から逃れる為なら何でもすると思った部分が大きかった。
俯き、検査と称して削られた腿の窪みを撫でながら滅入っていると、
『大丈夫、私がそんな酷いことさせない』
スイの念話が沈んだ心に染みた、今はもう一人ではないとの思いが気持ちを上げてくれる。顔を上げると、仲間達が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「大丈夫、酷い事にはならない筈だ」
空元気で胸を張ると、隠そうとしても滲み出る同情の視線を送る兵士たちに先導されて、一行は古代魔法院に向かった。
ズミーレ率いる遺跡ハンター集団ゴールドサージの面々は、地下4階に達する古代遺跡〝大聖堂〟の探索を大まかに終えようとしていた。
概ね地上に運び上げた発掘品は、今迄に彼らが見つけた財宝類を合わせても比較にならないほどの価値があった。
その成果にメンバー達も自然とホクホク顔になってしまう。
地下2階で発見された、何らかの生命体が入っていたと思われるカプセルは、全てが破壊されており、床には最近腐ったと思しき人型の死骸が9体干からびていた。
人型なのに何らかの生命体と判断したのは、骨格や牙などが明らかに人とは違う構造をしていたからである。
10個のカプセルと数が合わないが、別に全てのカプセルに生命体が入っていたとは限らないので、周囲に警戒しつつも目ぼしい物を物色した。
この階からは設備以外にも、隠し倉庫から生命体の装備品のストックらしき武器防具類や魔具が大量に出て来た。特別支給としてゴールドサージのメンバーは各々自分に合った装備を手に入れて、戦力的にも精神的にも探索に弾みがついた。
地下3階にあった異常金塊の発生源たる実験装置は空っぽになっていたが、何も持って帰らないと断言したサイプレス教授にそれ以上絡みたく無いので、この件はスルーする事にした。多分教授の実験室には、それらの実験装置がしれっと置かれているだろう。
そして地下4階は、この遺跡の管理者達のプライベートフロアらしく、生活の跡が多く見られた。
全100室を超える部屋からは、魔具や宝飾品が山程発見され、ドンドン地上に運びこまれた。
その総額は1千万金を軽く超える試算を弾き出し、メンバーは手を取り合って困難な探索の成功を祝い合った。
最後に、ゴールドサージのメンバー全員で地下遺跡から戦利品を総ざらいした。はしゃぐメンバーを叱責しつつも本気では怒れないズミーレは、最近壊し屋が落として行った魔具たる短剣〝クリス・タリズマン〟の柄頭を撫でる。先に発掘して左薬指に嵌めた〝魔力のリング〟と、元々装備していた〝メイジダガー〟を合わせると、恐ろしい程の魔力上昇だ。
隣を見ると、元の装備の上から女性用の短いローブを羽織った彼の情婦にして弟子のスピークが、嬉しそうにこちらを見てくる。ローブと共に大聖堂で発掘されたサークレットは二つで一組の装備品で、身に付けたスピークは一つの魔法を身につける事が出来た。
湧き上がる達成感と共に基地への帰路につく。この日の為に全ての努力があったと思えば、血を吐く思いで修行をした日々や、飢えながらも死ぬ気で攻略した数々の遺跡、その過程で犠牲になった仲間達も浮かばれる気がした。
そんな感慨に耽るズミーレが地上で見たものは……草木一本生えぬもぬけの殻と化した丸坊主の大地だった。




