閑話⑦甲殻虫人は空を夢見る②
D部隊の中でも特に頑丈な甲殻をもつ兵士10体を引き連れ、エリィを護衛する様な位置取りで囲むと、中でも一番頑丈なディムゴが殿の頂点を務める。
内壁まで退却する甲殻虫人に対して大量の矢が追い打たれる中、横手から突進した彼らは多少のダメージを無視して、エルフの弓部隊を蹴散らした。
先頭に立つディムゴは左右の戦爪を振るい、手当たり次第に周囲のエルフを肉塊に変えながら、放たれる魔法や矢を七色の甲殻で無効化していく。
並び立つD部隊の戦士達は分厚い甲殻を盾にディムゴの切り開いた空間を助走に使い突進するが、身軽な森エルフ達はヒラリヒラリと回避すると、細身の銀剣を構えた戦士団と入れ替わった。
そのD部隊の中でも一際分厚い装甲を誇る個体が細身の剣士達に翻弄されていると、足元から巣を破って木の根が絡んでくる。
森エルフの常套手段である木精魔法〝絡みつく根〟による強力な捕縛は、爪で切り裂くものの後から後から湧き出るため対応が追いつかなくなる。
そしてとうとう両足が雁字搦めになると森エルフの戦士達がさっと身を引いた。
足を取られて良い的となった戦士に向かって無数の矢が放たれると、甲殻の隙間に突き立った無数の矢で動きを封じられたのを良い事に、エルフ戦士達が殺到して細剣の餌食にする。
今や数的優位に立った森エルフは焦らずジックリとディムゴ達を包囲してきた。
更に後方から瘤鹿に乗った森エルフ槍騎兵達が跳ねる様に突進して来るのを確認すると、
「撤収!」
ディムゴは号令の羽音を響かせて、味方が後退した方向に反転した。
援護射撃としてエリィが四枚翅を駆使して風魔法を重ねた大嵐を巻き起こすと、逃げる背中に追いすがる森エルフ達は血飛沫を上げて風の刃に切り裂かれる。
だがそれも後から後から湧いて出る森エルフ達には一時凌ぎにしかならなかった。とうとう通路に逃げ込もうとした一同にエルフの騎兵が追いついて来る。
「隊長!任せて下さい!」
志願した兵士三匹が通路に立ち塞がりディムゴ達を逃がす。ガッチリと足を絡ませ通路を塞いだ彼らは、遠間から射かけられた無数の矢によって針のむしろにされながらも、近づいて来た森エルフに爪を立てて最後まで抵抗し、かなりの時間を稼いだ。
その間に8匹に減ったディムゴ達は、息を弾ませて飛べない翅を羽ばたかせて、先に行った仲間達を追いかける。複雑に交差する巣の通路の中、女王の住まう中枢部への道を確実に選んで行くと、女王の張る防御結界域に辿り着いた。
「待て! 撤退がスムーズ過ぎるぞ、敵は我らを囮に女王の元まで案内させるつもりだ!」
エリィの言葉にハッとする一同。翅を休めると、確かに触覚には追跡者の存在が感じられた。上手く誤魔化しているつもりなのか、一定の距離を保って着いて来る。
「こうなったら我々から罠にかけてやろう」
エリィの提案にディムゴの頭に一つの案が生まれる。
「ではエリィ様、奈落橋まで誘い出すのはいかがでしょう?」
奈落橋とは地下水源の上を覆った場所の事で、床面の老朽化が激しく立ち入り禁止区域にされている。真ん中に多少太い梁が一本通っていて、そこは比較的安全な事から奈落橋などと呼ばれていた。
最初にこの巣が出来た時の中枢部で、構造的にも女王を目指す敵を欺き易いという目論見もある。
「奈落橋か……ならば我らの命を懸ける事になるが、皆ついて来てくれるか?」
奈落橋は巨大な空間だが行き止まりであり、そこに大量の敵をおびき寄せるという事は、自らの死を意味していた。
エリィの言葉にその場の皆が同意した、ここまで来て命の惜しい者などいない。意思を確かめ合った一同は、そのままの勢いで通路を駆け抜けて地下に到達した。
地下水源の広大な湖に、大昔巣作り兵達が拵えた床を貼った巨大な空間が広がる。
巣と同じ木片と硬質化粘液で形作られた床は、周囲の蛍光苔の淡い緑で照らされている。
ディムゴ達は重すぎる体で床を踏み抜かない様に気を配りつつ、柱の陰まで慎重に移動した。
エルフの斥候兵の誘導で森エルフ本隊も後から続く、体重の軽い彼らは多少不安定な足場にも問題無く移動できる様で、次々と奈落橋へと侵入して来た。
瘤鹿から降りた騎兵隊が奈落橋に入った後、天井にコッソリと忍んでいたエリィが最大級の風魔法を入り口上部の門柱に叩きつけた。
轟音と共に崩れ去る門柱とその付近の梁。粉塵で視界も塞がれた中、彼方此方の床が落ちて、森エルフ達を巻き込んで行った。
奈落橋の崩落が落ち着くと、残った床には少なからぬエルフ達が固まっている。更には湖に落下しつつも、何とか命を取り留めた者達が壁材にしがみついて浮いていた。
それを見たディムゴ達は、チャンスとばかりに翅を全力で羽ばたかせて、ジャンプを繰り返しながら固まった敵を戦爪にかける。
空中から繰り出されるエリィの援護射撃とあいまって、見る見る内に森エルフ達を討伐していった。
数を減らす森エルフの陣営でその様子を見ていた一際美しい女性、森エルフの王族の中でも特に秀でた召喚術師の彼女は、悲壮な覚悟を決めた。
残された床の端に移動し、腰に差したミスリルダガーを抜くと、全ての魔力を込めて召喚魔法を唱える。だが、敵地の結界内で阻まれた大型召喚魔法は結界の効果で打ち消される筈だった。
呪文の詠唱の最後に、
「呪われし蝕む種に血の粛清を」
エルフの言葉で呪いの言葉を吐いた女は己の心臓にダガーを突き立てる。四肢の力を失った女はバランスを崩して湖面に落ちて行った。
小さな波紋は激戦を繰り広げる殆どの者には聞こえなかったが、次の瞬間には女性の落ちた地点を中心に渦が巻き始め、その異様な光景に皆の注目が集まる。
徐々に盛り上がる渦の中心が真っ赤に染まると、中心部から精霊そのものが飛び出して来た。
〝血の凶女〟
エルフの間で最も恐れられる狂える精霊の中でも、召喚術師の死と引き換えに顕現する最凶の水精。変幻自在の体が重力を無視して跳ね上がると、両手を血の刃と化して、周囲の者を薙ぎ切った。
エルフも甲殻虫人も関係なく手当たり次第に襲いかかる凶女の刃は、分厚い甲殻をも易やすと切り裂き、反撃の爪は液体の体に何らダメージを与えることが叶わなかった。
それとは逆に襲われる森エルフ達は、全てを受け入れて、殉教者の様に無抵抗に凶女の刃を受け入れる。
その血を吸う度に濃度を増す凶女は、加速する様に周囲を蹂躙して行く。
空中からその様子を見ていたエリィが風魔法の刃を飛ばして凶女を牽制するが、素早い身のこなしで避けた凶女は、一瞬の溜めの後、血刃を矢の様に射出した。
物凄い勢いで飛んだ数本の血の矢がエリィの翅を貫く。その勢いで跳ね飛ばされたエリィは、壁に叩きつけられて僅かに残る床に落ちた。
「エリィィィ!」
憧れの英雄が撃墜される。信じられない物を見たディムゴは、思わず叫びながら凶女に突進した。
真上から頭部を狙って振り下ろされた血刃を、辛うじて首を捻じって肩に受けると、甲殻が切られるのも無視してタックルをかます。更には両腕で凶女を抱きしめると、思いっきり抱き潰した。
液体の体はすぐに元に戻るが、再生する間を与え無い位に戦爪を振るい、メチャクチャに引き裂くディムゴ。
その攻撃は一見意味が無い様に見えたが、再生する凶女の体は徐々に小さくなっていた。
一瞬攻撃の間が空いた時、それまで再生するために即座に形を成していた凶女が、液体としては当然の様に形を崩すと、ディムゴの体に纏わり付いた。
腹の呼吸器を塞がれたディムゴは、のたうち回りながらも、再度形を崩そうと戦爪を振るう。
だが、一部を液状化しても、纏わり付きを解く事は出来ず、しつこく呼吸器を押さえつける攻撃についに膝が崩れて失神した。
本来ならば体の中に血刃を侵入させてズタズタに切り裂く所だが、魔法を弾く甲殻に阻まれて上手く刃を通せない。そして切り裂こうと刃を立てても、分厚い甲殻に傷を作る事しか出来なかった。
凶女がディムゴを体内に取り込みつつも手を下せずに窒息死待ちをしていると、一筋の風刃が凶女の頭を切り裂く。
壁にぶつかり気絶していたエリィが覚醒し、残った一枚の翅で風の刃を打ち出してきたのだ。だが、半減した魔力と一枚しか残されていない翅では、いくら魔力を込めても大した威力にはならなかった。
窒息死寸前のディムゴから離れる事無く余裕で風の刃を受け続ける凶女に、突然タックルをかますD部隊の戦士達、エリィの風魔法を目くらましに近づいていた彼らは、不意打ちに成功すると、凶女からディムゴを救出にかかった。
ガッチリと取り込まれたディムゴは、思いっきり引っ張っても体の一部を引き出すだけで精一杯。その間にも血刃で切りつけられた戦士達は手足を失い血まみれになっていった。
そこに近づいて来たエリィが凶女にとりつき、至近距離から風魔法を送る。元々水を弾いていたディムゴの甲殻に突風が吹くと、勢いに押された凶女の体は剥がされた。
それと同時に、剥がれる凶女の放つ血刃がエリィの胸を貫く。垂れ流す緑の血液にエリィは死期を察すると、凶女の腕を掴んで最後の風刃を至近距離からお見舞いした。
生き残ったD部隊の戦士に介抱されたディムゴが目覚めたときに見た光景は、正に血刃がエリィを貫き、エリィが風刃を食らわせた時だった。
至近距離からの風刃は凶女の体をかき混ぜるだけで終わったが、その時に体の中心に光る部分が見えた。直ぐに血の色で隠された光を目に焼き付けながら、再度凶女に突進すると、またもやメチャクチャに戦爪で切り裂く。
中々見つけられない光に、しかし諦めずに攻撃を続けていると、形を崩した胸の中にあの光を見つける。だがその時、凶女もディムゴの肩に付けた傷に血刃を滑り込ませた。
体中に侵入し、突如牙を向いた血刃に全身を切り刻まれながらも、最後の力を振り絞って光る部分を握りしめると、力の限り引きちぎった。
凶女は絶叫をあげながら仰け反ると、液状化して床にぶちまけられて現世との交わりを断った。
真っ赤な染みが広がる床には、エリィとディムゴの死骸が折り重なる様に残っていた。
数週後、なんとか森エルフ達を退けた巣では、大量に死滅した甲殻虫人を補充する様に、これまた大量の新生児が産み出されていた。
「女王様この幼生をご覧ください!」
孵化を担当する飼育兵が殻を破ったばかりの幼生を連れて、忙しく産卵に励む女王の元を尋ねる。
「おお! これは正しく……彼らの生まれ変わり」
女王の手の中に収まる幼生の甲殻は七色に輝き、まだ小さな翅は黄金色に煌めいていた。
これにて閑話終了、次回から最終章「生存都市の夜明け」が始まります。ラストスパート! 頑張らせて頂きます。




