表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/128

閑話⑥甲殻虫人は空を夢見る①

 疲れた体を引きずる様に暗い寝ぐらに戻るD-165(ディムゴ)は、六角形に区切られたプライベートルームにスッポリと体を押し込むと、気絶するかの様に眠りに落ちた。


 深い眠りから微睡みに移行する早朝、ディムゴは珍しく夢を見た。


 四枚翅に風魔法の加護を纏わせ、軽い体で自由に空を飛ぶ。素晴らしいスピードで地上スレスレを滑空したかと思うと、急上昇して雲を突き抜け直射日光を体中に浴びながら、視界いっぱいに広がる地上を見下ろす。


 正しく自由、ディムゴは憧れ続けた空を独り占めしたような爽快感と共に目が覚めた。


 現実の自分は分厚く重い体を六角部屋に押し込めている。

 翅は突進の勢いを強める為だけの存在で、鋼の鎧の様に頑丈な甲殻を支える為に太く力強い手足。

 空を飛ぶ事を否定する己の体を見て一気に現実を思い知らされると、体側の呼吸器から深く溜め息を吐き出した。


 夢から醒めると、日常と化した戦場へ向かう。

 弱肉強食の世界、古から続く諍いで他種族に狙われる巣や女王を守る為に、戦闘に特化した存在。巣の中でも唯一自分にだけ与えられた、魔法を弾く七色の重甲殻と巨体に秘めたパワーで巣の主戦力であるD部隊を率いて戦う。


 特に縄張りを巡って昔から戦いつづけた森エルフ達とその使役獣との戦闘は激化の一途を辿り、周囲の木精達を味方に付けたエルフ達と善戦するも、多くの仲間が死傷していった。


 ふと見上げた空には華麗に黄金翅で風魔法を操るE-11(エリィ)の姿。彼は片翅づつ別々の魔法を操れる、巣が出来て以来の天才と称されている。エリートである羽虫種のE部隊の中でも魔法、剣術共にトップクラスの正しくエースと呼ばれる存在だった。


 素晴らしいスピードで戦場を飛び回るエリィに憧れの溜め息を付きつつ、


「サボってる奴は俺が後ろから噛り付くぞ! ドンドン攻めろ!」


 翅を震わせる虫言語で部下達を焚き付けると、目の前のエルフ達に突撃していった。


 激戦を勝ち残り、撤収の合図と共に戦爪に引っ掛けた獲物を引きずって巣に戻ると、納品と僅かな配給を求めて広間に向かう。


 途中、見張り窓に腰掛けて遠くを眺めるエリィの姿があった。憧れの相手に声もかけられず、かと言って目はその姿を追い続けていると、


「お疲れさん、今日も大戦果でしたね」


 俺の引きずるエルフの死骸を見てエリィが声を掛けて来た。彼固有の金色翅から発せられる美振動に心が揺れる。


 確かに今回はエルフの大部隊を蹴散らすことに成功した。俺の引きずっている中にエルフの王族も含まれているから、相手にとっては大打撃だろう。


 だが、それと引き換えにD部隊は半分が死傷した。新たな戦力を育て上げる苦労を思って気は浮かなかった。


「E部隊の牽制のお陰で厳しい戦いにも何とか勝利できました」


 これは本心である、彼らの働きが無ければ、我々は全滅していただろう。


「お互いにやるべき事をやったという訳ですね、これから女王様に謁見しますので、D部隊にも褒美を下さる様、進言しておきます」


 貴族である羽虫種しか女王と直に接する事は出来ない。だが、特権を振りかざす彼らの中にあって、そのトップといえるエリィは俺たちにも分け隔てなく接してくれた。


 では、と言って軽やかに窓から飛び立つエリィを見送りつつ、疲れきった体を何とか運んで広間に向かうと、配給である一掬いの糖蜜を嚥下して、何時もの部屋に体を押し込んだ。


 その深夜、唐突に警報が鳴り響く。何者かが巣に潜入し襲撃を掛けた事を告げる羽音が、警備を担当するD部隊警備兵に伝播したため、巣全体にウワンウワンと鳴り響いた。


 飛び起きたディムゴは羽音に導かれる様に真っ暗な通路を進む。繊細な触覚を起毛して、空気の流れや音波をキャッチしながら、事件現場にようやく辿り着いた。


 見ると四人の森エルフが黒装束に身を包み壁際に固まっている。その近くには五体の同胞達の死骸と、三体のエルフ達の死骸が折り重なる様に転がっていた。


 周囲を興奮した同胞が取り囲み、長柄の槍で突かれたエルフ達からは血が滴り落ちている。

 遅れて来た俺はそれを外側から眺めるかっこうになったが、何か違和感を覚える。何だろうか? 違和感の正体を探る内、一体の森エルフが戦闘の輪から外れ、壁際にうずくまって何かの包みを設置している事に気付いた。


「奥の奴! 何か置いたぞ!」


 俺は叫びながら部下達を掻き分けて進むが、蹲っていたエルフがニヤリと不敵な笑みを浮かべた次の瞬間、


 腹に響く轟音と共に、設置した包みから魔光が爆発した。


 煙が収まると、分厚い壁にポッカリと空いた大穴が顔を出す。


『やばい』


 巣を守る事を植え付けられて産まれた全員がその穴を見て殺到する。

 するとそれを待ち受けていたかの様に狙い撃たれた矢の雨が襲い掛かった。


 硬い甲殻が自慢の戦士達も許容量を超える矢を受けて、次々と倒れて行く。


 その中で戦士を束ねる俺は一先ず撤退を命じ、壁から離れた所に防衛戦をひく様に指示を出した。


「D-165どうなっている⁈」


 ようやく駆けつけた羽虫種に聞かれて事情を説明すると、


「ばかもん!何故防げなかった!」


 と罵倒された。


 普段の戦いでは指揮を任されるのは俺でも、巣を守る戦いとなると指揮権は女王直轄となり、その意思を伝える事の出来る羽虫種が実際の指揮をとる。


 空中戦の得意な羽虫種は、狭い空間に阻まれて苛立ちながら不得意な地上戦を強いられる。

 その作戦とも言えない物量戦に駆り出されるD部隊は、準備万端攻め入る森エルフ軍の弓部隊の良い的になり、無益に屍を積み上げた。


「ディムゴ! ディムゴは居るか?」


 混迷する戦場と化した巣に清涼感のある羽音が響く。思わず振り向いた先には、片手剣を振るい、風魔法を駆使してエルフ達を葬るエリィの姿があった。


「こちらです!」


 思わず返事して目の前の敵を大戦爪で切り裂くと、甲殻を広げ全力で羽ばたきながら周囲の敵を蹴散らして声の方に向かう。


「こうなっては最早収集がつかない、一旦大広間まで引いて戦況を立て直すしかない。ディムゴは私と殿しんがりを務めてくれ!」


 憧れの相手と肩を並べて戦える。不謹慎にも俺は久し振りに心が浮き立ち、知らぬ間に笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ