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閑話②豚野郎ぶらりグルメ旅〜迷宮編〜

 ダンジョン・マスターの用意した闇魔法の穴に自ら落ちた黒ぶちは、落下した先の石畳にしたたか頭を打ち付けられて正気に戻った。


 その時、頭に直接響いてくる様な声が聞こえる。


 『黒ぶちさん、貴方が居るのは魔女ウィッチズポケットと呼ばれる迷宮ダンジョンです。そこが貴方の求めた修行の場。今の貴方なら分かる筈です、どうです? すごい魔力の気配を感じるでしょう?』


 契約を交わした今、それがダンジョン・マスターのものである事をすんなりと理解出来た。

 彼の言うように感覚を研ぎ澄まさなくても、異様に濃い魔力の奔流を感じる。


 〝迷宮ダンジョン


 黒ぶちは過去にも師匠によって迷宮に放り込まれた事がある。

 現界と魔界の狭間の空間に出来る半異界とも言える迷宮は、古代の遺跡とは似て非なる存在。そこでは現界に存在出来ない魔物が闊歩し、魔界に存在出来ない動植物などと混在している。

 通常地下に続く多階層からなり、どの様な摂理かモンスターが湧き出してくる。


 魔女ウィッチズポケットは以前に潜った迷宮が子供の遊び場に感じる程の魔力量を感じさせた。


 『貴方には最下層に居る黒騎士を倒していただきます。その時、貴方は自身の求める以上の力を手に入れるでしょう。その為に必要なアイテムを贈りましたので右手に持っている物を飲み込んでください』


 黒ぶちが右手を見ると、いつの間にか真っ黒な球を握っていた。表面は滑らかだが、磨かれた石などではない。全ての光を吸収する闇を凝縮した様な塊。


 『飲んで下さい』


 と繰り返し語気を強めた言葉に、押される様に口に入れると無理矢理飲み下した。


 食道を通った塊は胃に到達すると、一気に溶けて発熱する。うずくまって内蔵を焼かれる苦しみにのたうちながら、服を破いて熱い腹を見ると、黒いシミが出来ていた。

 生き物の様に形を変えるシミは、放射状に伸びると安定する。その頃には痛みも引いて立ち上がる事が出来た。


 『それは新たなる力、私からのせんべつと思って下さい、それでは健闘を祈ります』


 それっきりダンジョン・マスターからの声は聞こえなくなった。


 気を取り直して現状を確認する。持ち物は魔槍〝一転空〟のみ、僅かな荷物も盗賊達との戦闘中に転がって無くしてしまった。

 服はボロボロで、辛うじて下半身を包んでいる状態である。


 新たなシミが出来てしまった腹を腹立たし気にさすると、嘘のように痛みは引いていたが、激しい戦闘や急激な回復によって消耗したせいで、グーグー鳴る空きっ腹が激しく自己主張してくる。

 このままでは隠密行動にも支障が出るだろう。


「まズはブキッ何か食うぞブゴッ」


 ギラつく目を向けた先には、飢えた嗅覚にゴブリンの群れがハッキリと捕らえられていた。




「ギャキィィッ」


 腹が落ち着くまでゴブリンや黒狼を殺し喰らった黒ぶちは、見つけた階段を降り続けて、5層目まで来ていた。


 その彼は今しがた捕まえた一回り大きなゴブリンを踏みつけにしながら、何か違和感を感じていた。

 違和感の正体は大きなゴブリンだけに感じる。それが魔力である事に気付いて腹を掻っ捌くと、よく見る内蔵の中に魔力を溜め込んだ魔石を見つけた。


 濃緑の血に彩られた茶色の魔石を眺めると、普段の食欲とはまた違った欲求を覚える。

 欲望の赴くまま反射的に魔石を飲み込んだ時、腹のシミが一段と濃くなり、そこから得も言われぬ快感と共に力が湧き立つのを感じた。


「ブゴッブゴッもっとブゴッ食うブゴッ」


 興奮した黒ぶちは涎を撒き散らしながら新たな敵を探し回る。より多くの魔力を溜め込んだ大きな魔石を持つ獲物を。


 魔女ウィッチズポケットには10層毎にボス・モンスターがいる。


 最初のボスはゴブリンキング、肉は不味かったが、特大の魔石は濃厚でクリーミー、かつ後味が長く快感の尾を引いた。


 二十層のボスは鬼蜘蛛オーガ・スパイダー、本体の魔石も去る事ながら、倒した後に湧き出てきた子グモを掻き集めて頬張ると、プチプチとした食感に出来たての若い魔石が絡まって絶妙な珍味だった。


 三十層のボスは――


 どの位の時間が経過しただろうか、延々と魔石を食べながら降りて行く黒ぶちは、我知らずパワーを吸収し体も一回り大きくなっていた。

 口から伸びる二本の牙は大きく天を向き、豚というよりは猪に近い外見になっている。

 更に腹を染める黒いシミは徐々に広がって元々のシミと合わさり全身を黒く染め上げていた。


 途中で毒性の肉を喰らったり、敵の群れに囲まれたり、罠にかかって死にかかったが、持ち前の回復力で強引に乗り切って今がある。


 百層のボス、灰白竜アッシュホワイトドラゴンの首をツマミに魔石を飲み込んだ時、ボス部屋の奥からゴゴゴゴゴーーという重い石の擦れる音が響くと、ポッカリ空いた壁の穴に地下に続く階段が出来上がっていた。


 鋭敏な嗅覚がその奥に潜む存在を捉える。纏わり付く様な魔力は、それまで相手にして来たモンスター達とは一線を画する濃度で、黒ぶちは嗅ぐだけで目眩がするような錯覚を覚えた。


 はやる黒ぶちは罠などの存在を忘れ、階段を駆け下りると魔力の一番濃い場所に向かって躊躇なく進む。そこは一つの大部屋になっていて、すぐに目指す相手の輪郭を捉える事が出来た。


 黒騎士、その名の通り巨大な黒の騎士甲冑ナイトアーマーを着込んだ人物が部屋の中央に座していた。下を向いた顔は見えなかったが、兜の隙間からのぞく青白い肌には血の気が感じられず、身に纏う分厚いナイトアーマーは周囲の闇よりも尚黒い。


 その黒騎士がうつむいていた首をもたげて黒ぶちを見る、その目は暗がりの中でハッキリと敵意に燃え、赤い光を放っていた。


 ガシャリと重厚な音をたてて立ち上がった黒騎士は、一回り大きくなった黒ぶちよりも更に大きく、片手に持った3mを超える巨大な斧槍ハルバードを軽々と振り回すと、槍先をピタリと黒ぶちに向けて中段に構えた。

 黒い鋼で出来た斧頭は大人の手首程の厚みを持ち、対をなす戦槌ウォーピックと短剣程も有る槍先と合わせて相当な重量を思わせる。


 まるで挑発するかの様な動きに、絶世の美女を目の前にしたオークの様に涎を垂らしながら突進する。

 先手必勝と一転空に魔力を流し込むと、固有の能力を発動して柄を急激に伸ばしながら突きを放つ。

 猛烈な突進と柄の伸びがあいまって、遠間の黒騎士を一瞬で射程内に収めると喉元を正確に貫いた――かにみえた。


 大きな輪郭がぶれた様に見えた次の瞬間、半身に槍を避けた黒騎士は、その流れでハルバードを横薙ぎに一閃する。


 長い柄を絡められた黒ぶちは、信じられない程の剛力に良い様に振られてよろけると、返しのウォーピック側の一振りが斜め上から襲いかかってきた。


 一転空を瞬時に縮めて踏ん張ると、ハルバードに打ち付けて斬撃の軌道を反らせる。

 だが、相手の方が一枚上手で、一転空とかち合った柄を離さぬ様に絡めると、上から押し付けてくる。そのまま不利な体制での押し合いになった。


 黒騎士の押し込みは、装備の重さもあいまって凄まじいプレッシャーとなって黒ぶちを押し潰しにかかる。黒ぶちも踏ん張るものの、体格的にも劣る相手に、不利な状況が重なってジワジワと押し下げられていった。


 力が一点に集まり、双方魔力の籠った頑丈なはずの槍の柄がミシミシと嫌な音を立てる中、とうとう黒ぶちの右膝が地面に着いた。

 すると、上から押し付けたままの黒騎士は瞬時に膝蹴りを繰り出す。

 甲冑に鎧われた膝が丁度黒ぶちの顎に入ると、グシャッ! と顎が砕けて血が流れる。更に力の入らなくなった所を押し潰しされると、振りかぶったハルバードの大斧を思いっきり振り下ろした。


 絶体絶命のピンチに、最初に黒い塊を飲んで焼かれた胃が再度発熱すると、大量の魔力を消費しながら一瞬の内に身体回復力を増強し、体中に漲る活力が湧く。


 咄嗟にハルバードの軌道から転がる様に身を避けた時、今までに無い不思議な感覚を覚えた。右手に持っていた筈の魔槍〝一転空〟が自分でも分からない位に存在感を無くしている。確かにそこに存在するのに認識出来ない、そんな不思議な感覚。


 気付いた時には地面を砕くハルバードの一撃を横目に、自然な動作で一転空を突き入れていた。


 カウンター気味に入った槍が吸い込まれる様に鎧の隙間を穿ち、左腕を斜めに貫く。普通なら何らかの反応をする所だろうが、傷を付けられるまで全く認識されなかった槍は刃が全て埋まっていた。


 古代武装〝一転空〟の固有能力は魔力消費量によって、単に柄を伸ばす〝一転〟と存在感を掻き消す〝転空〟更にはそれらを同時に行う〝一転空〟という三段階に分かれている。


 一気に増えた魔力量に反応し、二段階まで力を解放した魔槍。更なる奥義への手応えを感じた黒ぶちは、立ち上がりながらも攻め手を休めずに突きを放った。


 黒騎士は血も出ない左腕を何事も無かったかの様に振るうと、ハルバードを掴んで応戦する。が、傷付いた腕によって振るわれる槍捌きには以前の精彩が欠けていた。

 そして〝転空〟によって認識妨害された見えない槍は捌き様が無く、良い様に突きを喰らいまくる。


 分厚い黒甲冑を一転空の槍先が乱れ打ち火花を散らす中、腹の中から沸き立つ力をそのまま槍に込めて固有能力〝一転空〟を放つ。

 見えない槍先は兜の隙間に飛び込むとそのまま頭を貫通して兜を吹き飛ばした。


 剥き出しになった青白い顔は原型をとどめておらず、人形の様に力を失うとドオッと倒れ込んで動かなくなる。

 手を離れたハルバードは自重によって床に突き立った。


「ブフーッ」と大きく息を吐き出した黒ぶちは、黒騎士にとどめを刺そうと近づいた。蹴っても突ついてもピクリとも反応しない黒騎士を見て涎を垂らすと、たまらずに解体し出す。

 だが、それまでのモンスターと違い、体中探しても魔石らしきものは見つからなかった。


「ブゴッブゴッ! どうなってるブゴッ 」


 腹立たしく黒騎士の遺体に八つ当たりして拳を食らわせる黒ぶちを黒い靄が包んだ。


 先ほど突き飛ばした兜をいつの間にか黒ぶちの頭にはめ、黒騎士の鎧が襲い掛かる様に体に纏わり付く。

 そして黒い靄で全身を包みながら肢体の自由を奪うと黒ぶちの精神も乗っ取りにかかった。


 黒甲冑こそが黒騎士の正体、悪魔の鎧と言われる呪われた武具だった。


 全身の鎧からえもいわれぬ気持ちの良い洗脳波動が放射され、黒ぶちの自我は惚けて快感に身を任せた。そして黒い靄が体内にまで入り込むと、全身を侵食していく。


 だが、靄が胃に達した時、最初に飲み込んだ黒の塊が反応すると、逆に靄を喰らい取り込みだした。


 慌てて靄を引こうとする悪魔の鎧、だが、時すでに遅く、圧倒的な吸収力で胃の中に収まってしまう。


「ゲーップ」


 満腹の黒ぶちは取り込んだ悪魔の鎧で胃もたれのする腹をさすると、満足気にゲップを吐く。

 今だに暴れる悪魔の鎧も、力を吸収して行くのを己のパワーアップで実感する。

 悪魔の消化と引き換えに、黒ぶちの表皮が硬質化して、甲殻生物の様な毛皮付きの鎧になった。


 黒ぶちは今や黒騎士――いや黒鎧豚くろぶたに進化を遂げた。


 『おみごと! 私の約束も果たせましたね、黒ぶち改め黒豚さん。では契約成立という事で、これからも持ちつ持たれつ宜しくお願いします』


 頭に響くダンジョン・マスターの声に感謝の念が湧く。それが黒い塊の誘導によるものだとは全く気付かずに自然の感情の様に思われた。

 俗に言う伏魔テイムと呼ばれる魔法にかけられた従魔と化した黒豚はダンジョン・マスターの声に従い黒騎士の座っていた台座に向かう。


 その台座には巨大オーブがはめ込まれ、ガッチリと金属の爪で固定されていた。


 〝さあ、この迷宮核ダンジョン・コアを取り出してください〟


 金属の爪に触れると、仕込まれていた魔力が電気のように黒豚に流れ込む。

 激痛を伴う魔力が腕を焦がすのを黒の硬皮と胃から湧き出す魔力で抑え込みながら、力いっぱい外側に捻じるとギギギッと不協和音を発しながら隙間を開けた爪の間から真紅のオーブが転がり落ちた。


 『ではこちらへ』


 オーブを拾った黒豚は、ダンジョン・マスターが再度用意した黒い穴に迷いもなく落ち込む。


 主人を無くした黒騎士の間にはポツンと突き立つハルバードだけが戦いの痕を残していた。

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